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竜だけにチートで楽したい(1)

翌日から、訓練なるものが始まった。




「レノ様は、剣の才能はありませんね」


「それは…残念です」


「戦闘センスは良いんですけどね。どうも向いてないようで」


朗らかに言って、筆頭騎士は交代で榊原の相手を始めた。


剣道部だけあって、榊原の動きは様になっている。しかし道場剣術の癖が抜けきらず、何度となく騎士に打ち負けていた。


その身体能力は3時間の鍛錬を経て疲労で鈍るどころかテレビの中で見るようなレベルになりつつある。


レノ自身は、自分がどこまで動けるのか測りかねていた。目がすごく良くなったので、騎士の素早い剣筋もよく見えているし反応しようと思えばできそうだが、あまり非常識な動きをして不審がられたくない。


かくしてアンバランスでギクシャクした動きが出来上がり、剣どころではなかった。


(戦い方の記憶もあるんだろうか)


そういうのは自転車のように、体が覚えていそうなものだが。


戦う手段はなんなんだろうか。竜といえば、火を吹く?風を起こす?しかし、レノが理解する白銀の竜はそんなことはしないはずだ。


榊原の訓練を横目に見ながら、自分の手に目を落とす。


(白銀の竜……、鱗の色が白銀だからついた呼び名だ。なら、擬態した後白銀はどこにある?)


正解は、骨や筋肉繊維に隠している。あと、爪にも。髪の黒曜は、(たてがみ)の色だ。


(……なんで、わざわざ爪に)


ただの収納なら、歯でもいいはずだが、腕から爪先までの白銀の量が一番多い。


ぴきぴきぴき、と体内の白銀を爪先に再現してみる。


直感的に記憶をなぞると、しなやかな爪を模した金属の武器が両手の甲に発生した。


思わず感嘆の声が漏れる。


「おお…」


「なんですか……それは。まさか、もう、特殊な力に目覚めた…!?」


筆頭騎士が驚いた顔をする。


「…なんとなくですよ。それに、使い方は分かりません」


「しかし…次はその武器でお相手しましょう」


「いや…いいです別に」


二の腕くらいの長さの10本の刃が、指の動きに合わせて動くようになっている。慣れていなければ、すぐにもつれて怪我をしてしまうだろう。


(そこは体が覚えている……っぽいな)


竜の姿でも爪は長いからか、違和感がない。


刃の先で米粒とかつまめそうだ。


「咲田、どうやったんだよ!きっかけとか…」


「……分からない」


レノは白銀を体内に戻した。騎士を相手にする前に、記憶を辿りながら自主トレしたい。


「刃を自由に出し入れする能力か…」


騎士は腕を組んだ。


「西方の砂漠民族の能力に似ていますね」


「では、ありがちな力なんですね」


「そうなりますね」


そんな話をしていた時、訓練場の廊下を数人の兵士が通り過ぎた。


その会話が聞くともなしに耳に入ってくる。


「明後日、将軍が戻られるそうだぞ」「また荒れるな…」「俺、1週間暇もらうかな」


レノは彼らに目線を送って、話題を変えてみた。


「将軍?」


教官は少し顔を強張らせたが、平常心を装って答える。


「ああ…、アレクス将軍のことです。魔国一番の暴れ者ですよ。ーーレノ様、喧嘩を売らないでくださいね」






「…レノ様は、精霊魔法の才能はないようですね」


「それは、残念ですね…」


既に2回目という残念さよ。


「精霊が近寄ろうとしません。マナはあるようなんですがね」


「皆まで言わなくて良いです…」


精霊の感知自体はできるようになった。


その言葉もなんとなく理解できる。この精霊術師はそれができないようだが。


精霊たち曰く、竜自身が属性を司る精霊の一種なので、力を貸す貸さないの問題ではないらしい。


(あー…、つまり、この魔導書に書いてある金属属性かな、俺は。)


精霊魔法の系統だとそれしか…しかも主に自分の身体の要素しか使えないようだ。


(それで、ミネラルが必要なのか)


金属成分にも食欲をそそられる理由がこれで判明した。


(しかし、白銀の竜は精霊ではないはずだが)


世界の狭間で得た感覚的には、種族としては単なる凶暴な人喰いの獣であり、精霊的な要素は一つもなかった。


(訪れる世界の設定に左右されるということか)


この世界は一ミリも懐かしくないので、生まれ故郷ではないという確信がある。


榊原はというと、光の精霊に気に入られて、魔国民たる精霊魔法の先生に嫌な顔をされていた。


精霊も光と闇以外は、個体によって神魔どちらかに属するそうだ。人間やエルフたちと違って後天的で、浄化すれば聖なる方に転じ、逆に堕天することもあるという。





「レノ様は、黒魔法の才能はありますね」


「ざんね……、ん?あるんですか?」


いわゆる魔法陣を使う系統の魔法だ。マナが足りない分は詠唱により魔王の力を借りて力を行使する。


火を出したりと精霊魔法とできることは被る。違いといえば精密な効果の調整ができることだろうか。


魔法を使えなくする結界を貼るだとか、名前で相手の心の反抗心を削ぐとか、そういうこともこちらの魔法の得意分野らしい。


「マナの操作が上手でいらっしゃいます。魔法陣への理解も早い。マナの量も多いので詠唱もいらないでしょう」


実は魔法陣の紋様には既視感があった。


だから、初見で最初に見た魔法陣の性質が良くないものだと思ったのだ。


「なんで魔導書読めてるんだよ」


「だだの英語だろ」


「英語も赤点ギリギリだったじゃないか、お前」


「なんで点数知ってるんだよ」


「毎回張り出してあるだろ。テストにどんだけ興味ないんだ」


ちなみにこの世界の言語も英語だ。榊原が意識せずに話せるのはいわゆる召喚者特典だろう。


自分が英語も魔法陣もついでに精霊の言葉も介せるようになったのは、竜の記憶がうまく活きているためだと思われる。


(知識チート的な?地味にありがたいが)


ではなぜ異世界なのに言語が英語なのか。そういう根本的な知識の記憶は抜け落ちたままだった。




割り当てられた部屋には窓がないので、時間の経過がわかりにくい。


それとは関係なく、この世界に来て以来、眠くなるということがなく、夜がとても長く感じる。


衝立の向こうに榊原の寝息を確認してから、レノは床に座って集中した。


(知りたい……自分自身について)


咲田伶乃となる前の、白銀の竜について。


なぜ、専ら人の姿をしていたのか?


それは、原初の記憶だ。竜であった時ですら、昔のことすぎて思い返すことのなかった記憶。


「……」


軽い吐き気と共に、また母の顔が過ぎった。


(ーー親?そうだ、親がいたはず)


無理矢理、その記憶の蓋を引き剥がしていく。




「……うっ」




強い吐き気を感じて、レノはかぶりを振った。


(ーー思い出した、が)


(うっす)ら予想していた通り、全く気分のいい記憶ではなかった。


育て親…人間を喰ったのだ。そしてその姿を引き継いだ。


その時の絶望感と哀しみがとめどなく溢れ出し、涙が自然と頬を伝った。


(…その後は)


不明瞭なところがまだたくさんあるが、元々そこにあったかのように自然と思い出せそうだ。


涙を拭い、テープを早送りするみたいに、記憶を掘り起こしていく。


それは概ね、猫の言った通りだった。


白銀の竜ラズレイドは、それから数万年かけて、数多くの異世界を渡る。


育て親の遺言を忠実に守って。


そして、ようやくある世界で、一人の妖精に出会う。


いつも丁寧な口調で、少し天然、からかうと端正に笑いながらぷうと頬を膨らませる、自分のことを全て受け入れてくれた女性。


(心から、大切だった…)


彼女の生まれた世界を助けた後100年近く、彼女との安息の日々を過ごしていたが、ある時、事故が起こる。そして、彼女と離れる覚悟をした。


(ーー「必ず、また会おう」)


あれほど固く誓ったことは、後にも先にもなかった。


だというのに。


ふんわりとした笑顔が脳裏に浮かぶ。


ここ1年で何人かの少女と付き合ったときには全く起こらなかった、相手を愛しいと思う気持ち。


一度感じたら、気味が悪いほどすんなりと、自分の心の中心に居座ってしまった。


この気持ちを今まで忘れていたことが、逆に腹立たしくなるほど。


「……秋茜(アキアカネ)


その名を小さく声に出すと、また勝手に涙が溢れた。


人間の少年に生まれて、随分涙もろくなってしまった。


(物心つくまで、泣く生き物だからな…人間は)


涙を拭きながら、息を吐く。


主要な記憶はあらかた()ったように思う。


別人だと思っていた“白銀の竜”の過去は、もっと他人事のように認知するものかと思っていたが、あまりに記憶の感覚が自然だ。


まるで自分の小学校時代を思い出すくらいの勢いで、『秋茜』との関わりも思い出せる。


一方で、旅の合間に身につけた武術は断片的にしか思い出せない。世界を渡る際のルールなども不明瞭だ。これでは榊原を元の世界に返せるのかどうかも分からない。


(はあ…、もう少し楽できると思ったんだがな……。)


ぼやいていても仕方がない。朝までまだまだ時間があるし、できることを試しておくか。


手の甲に、昼間と同じ爪の武器を作り出す。


そして、白銀の形状を刃からワイヤー、布と切替えていく。

それから今度は、白銀の鱗の形に変化させて、マナだけで鱗を宙に浮かばせた。余ったマナが光に変わって鱗がキラキラと輝く。


生来は念動力的な力で操作して、鱗が捉えた光や音を情報に変換する、諜報用の技だ。声を遠くに届けることもできる。


鱗一枚を飛ばせる範囲はせいぜい200mだが、一枚飛ばせばその180m圏内にもう一枚、と、芋づる式に距離を伸ばせる。そして、孫ひ孫になるほど、効果は下がる。


ただし、この世界は魔法がスタンダードなので、下手に鱗なんて飛ばして諜報したらすぐばれるだろう。


(使い道が見つかるまで封印して、黒魔法に勤しむか)


あとは物理的な武術だが、こう狭い部屋だとイメージトレーニングくらいしかできない。


…が、文句も言っていられない。


冗談でBG(ボディガード)と言っていた時と違って、この世界は日常的に暴力が振るわれる様子なので、強くないと不安だ。


白銀の竜はもっぱら人の姿で生きていたので、戦闘の経験は人の姿で積んでいる。


(イメージだけでどれだけ勘が取り戻せるかな。)


レノは手をグーパーさせてから、軽く伸びをした。

記憶については『傍に空』本編で触れておりますので、割愛いたしました。

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