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異世界転移というやつ(2)

「よく来てくれた、異界の者よ」




「は???」


今なんと?


榊原がぽん、と手を打った。


「はっ!もしかして異世界転移ってやつ?!」


(呑気な……)


猫はこれから異界に放り出されるだろうとは言ったが、まさかこんなコテコテの……


魔術師風の初老の男は、険しい顔つきでレノと榊原を見下ろしている。


周囲ではローブを着た大臣だか神官だかが顔を見合わせている。その小声の会話がレノの耳には聞こえた。


「なぜ2人も」「しかし、これで聖王国への切り札ができた」「また若いな…」


ごほん、と初老の男が咳払いをすると、場が静粛になる。


「まず、名乗れ」


「あ、えと…、榊原、悠馬です」


周囲の視線がレノに向けられる。


「…咲田伶乃」


「ユーマに、レノか。言葉は分かっているようだな」


その男は、隣の同じような服装の男に何事か耳打ちした。曰く、「偽名のようだ」と。


(どういう意味だ?)


囁やかれたその魔術師らしき男が、入れ替わるようにこちらの正面に立つ。


「この土地で生きるには、毒に対する加護が必要となります。あなたは召喚時にそれを得ていないようなので、改めて。動かないで下さいね」


「……」


雲行きが怪しすぎて、その言葉を鵜呑みにする危機感が募る。


いかにもな魔法陣が男の杖の先から浮かび上がったのを見て、本能的に後ずさると、魔術師は不快げな顔をした。


「何度もやると疲れるのですが」


「咲田、…何やってんだ」


魔術師と榊原、ほか多数の無言の圧力に顔をしかめて、レノは首を振った。


「嫌なものは嫌です。この場所が安全なように、直接魔法?をかけなくても、他の方法だってとれるでしょう。」


(それに、多分俺の身体に毒は効かない)


それは口に出さず、それらしく理由を募る。


「魔法なんて、初めて見るんです。怖いに決まっているじゃないですか」


アルバイトの時の癖で、年長者に向かって自然と敬語を使ってしまう。はた、と猫が別れ際に言っていたことを思い出した。


(『常に、丁寧な口調』か)


白銀の竜の『大事な約束』の相手は、猫が奥方と表現した女性のことだ。


そして、彼女は常に周囲に敬語を使っていた。


猫の言うことが本当で、自分が彼女のように丁寧な口調を使うようになるとしたらどんなきっかけだろうか。


そんな思案を、魔術師の声が遮った。


「我がままを仰らないでください。…力づくで押さえてもいいんですよ。」


「ーーへえ、できるんですか?そんなことが」


ぴくり、と魔術師の笑顔が強張る。


「…できますよ。()()、力の使い方をよく知らないでしょう?」


この口ぶりは、レノの身体が普通の人間ではないことや、その割に記憶がほとんどないことを見抜いているのだろうか?


レノは口の端を吊り上げた。


「そうなんです。それを試してみたいと思っていました……私も」


「……やはり将軍がいるときに喚ぶべきだったか…」


鎧をガチガチに来た兵士たちが両脇から槍を向けてくる。どうも恐々、という雰囲気だ。


不穏な空気に、榊原が焦り始めた。


「おい、咲田!」


「知ってるか、榊原。無理矢理召喚する系の話は大体、都合よく主に服従させるって目的だ」


「知ってるよ!だからやめた方がいいだろ!」


つまり、榊原が言いたいのは、危険な奴らかもしれないから、逆らうべきではない、と。


「俺が大人しく従うタイプだと思うか?」


「うっ。お、思わねーけど!」


ふっとレノは不敵に笑う。ひら、と腕を広げ、今度は魔術師に向かって話しかけた。


「ーーということで、私に言うことを聞かせたいなら、命令するより、餌を吊してほしいですね」


大胆不敵とはこのことか。榊原が呆れた顔をした。


レノは腕を組んで少し考えて、続ける。


「加護の話は、遠慮します。あなたたちにとっても、こんな不穏分子は勝手に毒で自滅する方がいいですよね?本当にこの土地が、毒で危険なのならですが」


魔術師は逡巡しているようだった。代わりに高いヒールを履いた偉そうな女性が前に出る。耳が尖っていて肌が黒く、露出が多い。


(ていうか布の意味あんのかアレ…)


榊原をちらりと見るとゆるい顔をしている。うんうん、目が行くよな…


彼女はにぃー、と気味の悪い笑みを浮かべた。


「なかなか見込みのある子ね。…あなた、私の部下にならない?悪いようにはしないわよ」


上から下まで舐め回すような妖艶な視線に、かえってぞっとする。喰われる方だ、これは。


レノは脳内に轟くアラートをどうにか堪え、目を細めて余裕の笑みを返そうとした。若干頬が引きつっているのは薄暗くて見えないことを期待したい。


「…それについて返答する前に、まともな情報が欲しいですね」


その斜に構えた笑みを余裕の様子で受け止め、その女性は指を優雅にぱちんと鳴らした。


「……いいでしょう。シャーロット」


その呼びかけに、後ろに控えていた博識そうな中年の女性が反応する。


その女性も、浅黒い肌で耳が尖っていた。……熟女の横乳に興味がなければ、服装は見ていられるレベルである。


「彼らに部屋と食事を。それから情報を差し上げて。」


「ーーかしこまりました。ユーマ様、レノ様、こちらへどうぞ」


レノを無理矢理取り押さえて魔法をかけよう、という話にはならないらしい。


彼女について歩いていく間、背後の人だかりの間の声についつい聞き耳を立ててしまった。


「名で縛れなかっただと?抵抗されたらどうする」「隙を見て屠るか」「案外と、使えるかもしれない」「今回はすぐには死なないかもな」




連れてこられたのは、窓のない6畳程の部屋だった。男2人のためだとすると狭い。第一、寝台が一つしかない。


もともと2人も喚ぶつもりがなかったからだろう。


「……」


入り口にどこか物々しい雰囲気を感じて、レノはふと足を止めた。先に入った榊原が戸惑った表情で振り返る。


シャーロットがにこりと笑って、手振りで入るように促した。


「どうも勘が良いようですが…、入らない限りは何もお話しませんよ。それとも無茶を承知で逃げてみますか?」


「……」


嫌な気配はするが、さっきの加護のくだりほどではない。シャーロットの言うことも最もなので、レノは覚悟を決めて部屋に足を踏み入れた。


「2部屋の用意ができるまでは、ここでお過ごしいただきます。…椅子を持ってきて」


近くの侍女らしき人間に命じて、彼女はこちらに向き直る。


「それで、何が知りたいのかしら」


「そうですね……世界情勢かな。どんな人種や国、モンスター?がいるか、その力関係とか」


「魔法って使えるようになるんスか?」


彼女の話によると、この世界では唯一神と複数の魔王が常に争っており、人間、エルフ、ドワーフほか亜人たちそれぞれがどちらかの陣営に属して国を作っているらしい。精霊やモンスターも聖と魔に分かれそれぞれ存在する。


「で、この国はどっちかというと?」


「南の魔王、フェニクス様の支配下にあります」


なんとなくガラが悪そうだと思ったらそういうことか。


「魔法…剣も異界の方々は才に恵まれます。そして、特殊な力をお持ちになることが多いです。」


まあ、ありがちだ。ベタすぎてそれでいいのかと疑いたくなるほどに。


「で、課せられる最終目標は、神サマの討伐ですか?」


「そこに至ったことはありません。差し当たりの目的は北に隣接する神側の人間の国との戦争に勝つことにあります。」


榊原が身を固くした。神殺しもさることながら、人殺しをさせたいと言っているのか。


「南の魔王は自由と混沌を司ります。きっとレノ様にもご加護を下さると思いますが」


「……なら、神は正義と愛と秩序かな。榊原はそっちのほうが性が合いそうだな」


シャーロットが冷たい目をした。


「もし神に味方することをご希望になられても、それは叶わないと申しておきます」


「召喚者に反抗される前例がありすぎて、だから名にまつわる魔法で、自由を奪おうとか考えたんですかね」


レノの軽い口調に、彼女は眉根を寄せる。


「……あなたはどうして、そこまで理解が早いんでしょうね」


「…ただの勘ですよ」


そして、自分が免れたのはある意味偶然だ。咲田伶乃の本名はラズレイドだ、とこの世界には認識されているらしい。


「…ちょっと待ってくれ。名ってどういう…」


シャーロット女史とレノのやり取りを引きつった顔で聞いていた榊原がようやく口を開いた。


彼女は肩を竦める。


「命令に反するか、危害を加えるか、逃げようとすると苦痛が与えられる呪をかけさせていただいています。お世話にあたり、私も権限を頂いてますから、ご注意を」


「……それが全部、名前を言ったから…?」


「ええ。レノ様には何故かかかりませんでしたが…」


「へ?なんだよそれ」


「…俺は本当は咲田伶乃って名前じゃないらしいから」


「戸籍の名前以外で学校通えるなんて聞いたことねーけど……もしかして、ジャ○ーズだったのか、お前」


気の抜ける発言に、思わず苦笑してしまう。人気アイドルに対しては学校からの配慮というものがあるらしいが、そんなまさか。


「どこをどう見てそう思う…。ーーたぶん、召喚される直前に、別の名前を意識したせいだ。ところで、榊原は特殊な力って言われて自覚あんの?」


「いいや、ねーよ」


「最初から力を使いこなせる方はおりませんので、ある程度の指南はいたします。」


「そりゃご丁寧に。」


「ですがレノ様が忠誠を示してくれない限りはここに幽閉となります」


「げー…、まあ、そうなるのも分かりますけど……。」


この口ぶりだと、この部屋にかかった魔法は幽閉にまつわるものだろう。


榊原を人質に取ろうと言うのではないだけましかもしれない。


ここまでの雰囲気から言って、レノも榊原も異世界から来た『人間』だと見なされているような気がする。


(隠せるなら隠した方がいいか…。どうせ、竜の姿に簡単になれる訳でもないし)


そう考えてから、レノは質問を続けた。


「あの女の人の言ってた手伝い、とは?」


「ビルナス様は、ダークエルフの神官長にあらせられます。北の国の街の人間を供物として、アンデッドや悪魔の召喚をし、軍事力の増強を」


やることが正しく悪の親玉ではないか。いや、(しも)の方の手伝いじゃないだけましか。


「はは、どうして私がそれを手伝うと思ったんでしょうね」


「あなたの気配は、最初から魔属性に傾いています。私たちと考え方が近いとお考えになったのでしょう」


シャーロットは冷たく微笑んだ。


「ビルナス様の直属となれば、魔界の全ての国で賓客に迎えられますよ。少しの助力で、自由を欲しいままにできるんです。」


「へー…」


「お前、今ちょっといいなって思っただろ」


「ばれたか。」


これが白銀の竜だったら、十分受け入れる条件だっただろう。人間同士の殺し合いに何の情もモラルも持ち合わせていないので、動きやすければ後はなんでもいい。


咲田伶乃だって、他人に入れ込まない性格のはずなんだが。


(なんでだろうな。心にブレーキがかかる)


自分の心情を冷静に分析しながらも、レノは立ち上がってドアに触れてみた。ノブを下げて押して開くが、手だけが部屋の境界に阻まれる。


パントマイムのように見えない壁に手を当てると、榊原がぎょっとした。シャーロットは澄まし顔だ。


忠誠を示さなければ、この狭い部屋から出ることすら叶わないということか。


(それは嫌だな…)


自身の放浪癖は好奇心ではなく欠落感によるものだが、じっとしていられない性格であるのは間違いない。


「…忠誠って何をすれば?」


シャーロットは懐から何かを取り出した。


「この種を呑んで頂きます」


「ええ…」


げんなりしつつ、渡された小さな種を見下ろす。スイカの種みたいなフォルムだ。


「『密告者の種』と呼ばれています。行動の監視と、特定の呪文を唱えると宿主を眠らせる効果が発動します」


その言葉を信じるならば榊原にかけた魔法より条件は少し緩いようだが、行動が筒抜けというのはいやらしい。


「……」


種をつまんでしばらく考え込む。まあこのくらいいいか。


そう思った直感を信じ、レノは種をぽい、と口に入れた。


そのまま、ごくんと飲み込む。


「おや、潔い」


身体の中で瞬時に種が芽吹いて根をはり、脊椎にまで届くのが分かる。


(作用は魔法チックだが、根は物理的なもののようだから、竜の擬態能力ですぐに排出できるかもな)


なんて考えていると、シャーロットはようやく安心したように微笑んだ。


逆に榊原はショックを受けた表情をする。


「そんな顔すんなって。しばらくは一緒なんだし。ですよね、シャーロットさん」


「ええ」


「私達の他にも、召喚者っているんですか?」


「いいえ。今、召喚者を抱える勢力は、神側にはまだないと聞いています。そして魔王側では5国中、我が国だけです。あなた方がいると神側に伝わるだけで、かなりの抑止力となるでしょう」


「たった2人いるだけで?」


「はい。かつて神側の召喚者は、剣の一振りで見渡す限りの大地を割ったのだとか」


この話は魅力的だったらしく、榊原が食いついた。


「はっ?普通に訓練してどうやってそうなるんだ…」


「だから、特殊な能力によるんです。」


シャーロットはこっそりと「それが目覚める前に亡くなる方もいましたが」と付け足したが榊原には聞こえなかったようだ。


「じゃあ、活躍するには能力に目覚めないといけないってことか…」


「頑張れよ、榊原。そしたらもしかすると、名前の支配にも抵抗できるようになるかもよ」


「なんで他人事なんだ、お前」


「だって面倒だしな。俺はそこまではいいや」


榊原は少し怒った表情をした。


「それで、ビルナス…さんの手伝いをして、人を殺して回る気か?」


「…そこまでは言ってない。それはそれで興味が湧かないしな」


「じゃあ、何がしたいんですか?レノ様は」


「……」


ここに来る直前に頭に浮かんだ『大事な約束』を果たすために、何をしたらいいかまだ思い出せない。


「…適当に、色んな経験ができればいいかな」


行動しないことには、思い出すきっかけも得られないだろうし。


レノの緩い回答に2人は唖然とした。


「お前、ポリシーのない奴だとは思ってたけど、そこまでなのか?協力してこの支配から逃れようとか……ないのかよ」


榊原の声色は、心許なく弱気な響きだった。


「悪かったな、一緒に来たのが俺で。」


彼は言葉を失って、目を逸らす。


ーー休日遊んだりしたこともない、教室で席が近いだけの気のいいやつ。


自分の方が、彼をこの世界に巻き込んでしまった感もあるし、あまり突き放すのもどうかとは思うが、この先ずっと彼と行動する気がないならはっきりさせた方がいい。


シャーロットが出て行ってから、気まずい沈黙が降りた。


彼女は衝立と簡易ベッド、着替え、食事を手配してくれるらしい。


「帰れねえのかな…こういうの」


寝台に寝転んで天井を見上げ、榊原がぽつりと呟いた。さっきもそうだったが、少し、泣きそうに見える。


「…それを探すなら、まずは自由にならないといけないだろうな」


「お前のそれって、前向きなのか?」


「そうだな……昔から。」


昔とはいつだろうか。


(「ずっと、孤独と絶望の中、一つの言葉を信じてひたすら淡々と目の前のことをこなしていく日々だった……、何万年も」)


記憶の泡が心の奥底から浮かんできては消えていく。


(それは誰の言葉だった?なんと言われた?)


知りたいのに、それを邪魔するように脳裏に浮かんだのは母の顔だった。


(結局、何も言えなかったな)


かつて母がいないと駄目だとただをこねた幼い息子が写った写真の下に、自分の道を決めて生きるようになったという証を置いた。そんな暗喩を食卓に見つけ、そしてその息子が帰らなかったら、母親はどんな気分になるのだろう。


榊原はもっと辛いんじゃないだろうか。両親がいて、友達がいて、恋人がいたのに、突然異世界に拉致されてもう会えない。


「いずれにしても、そのうち俺はお前を置いて勝手にする……だから、お前は、俺を恨んだらいいよ。」


可哀想なクラスメートを、クラスで唯一親しく言葉を交わす彼を、助けてやりたい、と思うことすらない自分のことを、彼は恨んで然るべきだ。


榊原は顔を伏せたまま答えた。


「……ねーよ。お前はいつだってお前だ。そういうところが、話してて楽だった。ここで、お前が飄飄(ひょうひょう)としてるから、俺はこれくらいで済んでる」


そうか、こいつはそういう奴だった。


「…俺も、お前といるのは楽だったよ。」


それだけ言うと、レノは床にあぐらをかいたまま、息を吐いて目を閉じた。

4話読了ありがとうございます。

この辺りの2話は本編との交わりで描き方に戸惑い何度も書き換えている部分になります。

ご奨励でも、ご感想を頂けますと幸いです。

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