03-39 忘れた頃にやってくる
「ナオちゃ~ん。迎えにきたよー」
俺が守護神について聞こうとしている時に、巨大な本棚の影から大きな肉まんが二つ、にょきっと現れた。
その肉まんからはなぜか俺の妹の名を呼ぶ声が聞こえてくる。
「あれ? 凪君もいる」
いや、違う。これは巫女だ。
そんなことを思いつつ、相変わらずのたゆんっぷりを発揮する巫女に軽く手を振って挨拶。
「凪様っ。お母様とのお話は終わりましたか?」
入り口に陣取る司書に会釈してから朱も合流。
ナオは一緒に帰る約束でもしていたのだろうか。元々ここに集まる予定だったのかもしれない。
……俺は聞いていないが。
そう思うとハブられた感に襲われたがきっと気のせいだろう。
「あれ? 達也君だ」
「こんばんは、七巳先輩、華名様」
「私のことは相変わらず様付けですのね……」
「様付けないと恐れ多いですって」
「ナオのことも様をつけるの」
「なんで!?」
巫女と朱が「相変わらず仲いいね」と二人の会話を見ながら微笑ましく見つめているが、やはり俺と同じことを思っているのか、達也にちょっと哀れみを感じているような視線だった。
「凪様、凪様。こちらで探し物ですか?」
俺が達也を本格的に応援することはないが、さすがに可哀想だと思って達也を見ていると、すっと朱が俺の隙を見て腕を絡ませてくる。
「ん? 探そうとは思っていたのだが……」
あれ? そういえば俺は何を探していたのだろうか。
話をしているうちに何をしようとしていたのか忘れてしまっていたことに気づく。
「ご主人様、守護神についてです」
ぼぼぼぼっと、図書館内の空中に弧を描くように白煙で軌跡を残しながら、しゅおおおおっと、俺の隣に着陸する姫が、周りに俺の探し物を伝える。
おい、これ本当に火出てないんだよな?
思わずツッコミたくもなったが、守護神について調べようとしていたわけでもないことにもツッコミたい。
「え……守護神になるの?」
「ならん。俺は何度この話をすればいいんだ」
「そっかぁ……ならないんだぁ……」
少し残念そうな巫女が、その言葉とともにしゅんっと小さくなった。
小さく、「ぐふっ」と言ったのは気にしないでおこう。
今日も巫女は平常運転《トリップ三昧》だ。
ここまで皆が言うからには、守護神にはやはり何か恩恵がありそうだ。
「あ。凪君だ。達也君も」
「あら、ここにいたのね」
そこに弥生と火之村さん、貴美子おばさんも合流して互いに挨拶をかわす。
やはり、ここで皆合流する予定だったようだ。
……俺は聞いていないが。
「……まあ、いいや。で、守護神になったら何があるんだ?」
改めて聞いてみると、周りから呆れた反応が返ってきた。
「あなた……知らないでさっき話してたの?」
「いや、なりますとも言ってませんよ」
「まあ、仕方ないわね。……いい? 守護神とは各学園で首席卒業者だけが名乗れるのは分かってるわね?」
「はい」
「学園に多大な貢献をしていて成績も優秀、且つ、世界に功績を残せた人だけがなれるのよ」
そう聞くと、各学園で首席卒業をしても、功績がなければ名乗れないことになる。
なるほど。だから、あまり聞かないのか。
学生で世界に名を残すなんてよっぽどのことがなければ難しいだろう。
「あなたの場合、森林公園でのギア討伐の功績と、それが比べ物にならない三原のネームバリューがあるから、後は学力の問題だけども――」
「そちらは問題なさそうですな。すでに学期分の単位も取得済みですから、な」
「そうね。皆必死に守護神になろうと努力してはいるけども、凪くんには敵わないって知ったらやる気なくすかしら」
まさか、世間に森林公園の話も知られているというのは驚いた。
道理で、周りが少し遠慮がちだったのかと、それとともに、誇張もあって話が大きくなっていそうにも思えた。
だが、気になる点もあった。
「……すでに守護神になること前提で話してません?」
そこが妙に気になる。
なぜ、そこまでして俺を守護神にしたいのだろうか。
「あなた……守護神になれるくらいの功績があるのよ? 種くらい欲しがるでしょ」
は? 種?
種とはなんだろうか。
「複数人との婚姻が認められるのよ。守護神は」
「……は?」
え? 種って……
「あなたねぇ……。自分がとんでもない有望株だといい加減気づきなさい。婚約の話があっても見合いの話が凄いわよ」
「凪様は、学園中の女生徒から人気があって、大変ですの」
「僕も凪君との仲を取り持って欲しいってよく言われるよ」
「……ナオは全部潰して回ってるの」
「ナオ様ではなく、私が睨み効かせているだけなのでご安心を。未来の旦那様」
苦笑いする弥生と恥ずかしそうな朱。不機嫌悪そうなナオとこっそりぶっこんできた姫を見て、ある単語が俺の頭に浮かんだ。
「ま、まさか……ハーレ――」
言い終わる前に、がしっと、今まで静かだった巫女が俺の肩を掴んだ。
なぜか俯く巫女の口からギアのように白い蒸気が吐き出されるような幻覚が見える。
ま、待て。
まさかまたなのか!!
いつからトリッ――かっと、巫女が顔をあげた。
「そぅ!凪君あなたハーレムなのよっ!選り取りみどりなのよっ!なんで私も数えられてるのかしらないし私は弥生一筋だから関係ないけど端から見たら見た目もいいし頭も冴えて朱ちゃんを守るための婚約者発言とか毎日ナオちゃんと仲良くしてるところとか話振られたら嫌そうな顔しながら最後はきっちり面倒みるところとかおまけに三原ってなんなのよ!人具作れておまけに強いってなに!?それだけで有料物件すぎてなにこの人って女の子みん――」
巫女の暴走は留まることを知らず。図書館の閉館時間が訪れた。
・・
・・・
・・・・
「さ。そろそろお願いね」
巫女の暴走が終わり、図書館の閉館時間が来て、司書さんに理事長いること関係なく図書館から追い出されて、今は夜。
空も綺麗な星空が出ているほどに暗くなった時間に、俺達は学園の正門前にいた。
今までずっと機能していなかった正門の機能を解放するために今日は皆が集まっていたらしい。
「……ずっと気になってたことが」
「あら? 何かしら」
「俺、この話聞いてませんが」
「……言い忘れてたわね」
実行する人に言い忘れるとかなんなのさと思いつつ、溜め息をつきながら門の柱に触れる。
「凪くん。本当に出来るのよね?」
「この町の拡神柱を直した時と同じ要領でやればできると思いますが……」
この正門は、拡神柱と同じく『人かギアかを識別』できるようにしたいそうだ。
華名家はその技術を父さんからすでに聞いており、拡神柱に力を流せる人材がおらず起動ができなかったが、俺が拡神柱を起動したことを知り、導入を決めたそうだ。
ギアであれば問答無用で破壊する拡神柱は、今はギアのバージョンアップによって破壊されてはいるものの、それでも破壊されるまでの時間稼ぎも出来て数も減らせることから、あらゆる場所への配置も検討しているらしい。
……俺がそれに力を流すことが必要ではあるが。
これからは人具も作りつつ、各地に配置された拡神柱も起動させつつ、学園にも通いつつと、かなりのハードスケジュールになりそうだ。
人類の生息域を広げるためには、これも仕方ないことなのかもしれないと、自分を無理やり納得させておく。
ただ、これを起動させたら、ギアである姫は学園に通えなくなるだろう。
そこが登録するシステムを搭載させた理由でもあるらしいが、まずはこの正門を起動させた後に登録システムを取り付け姫に実験してもらう予定だそうだ。
ゆくゆくは、全生徒の識別機能を搭載するそうだが、それはまだ先のことらしい。
その話を聞いたとき、なんとなくギアが正常化した未来を想定しているのだと思った。
姫のように護衛としてギアを連れてくる生徒も、ギアの思考を正常化出来れば増えるだろう。
「御主人様と一緒に学園に通えなくなりますね。寂しいです」
姫がその話を聞いて、無表情ながらそう呟いた。
ギアにも心がある。
そんな風に感じていたのだが。
「私はしばらく、『妻』として、御主人様を家でお待ちします」
妻を強調する姫に、朱とナオが素早く反応し、二人とも家で待つとか言い始めて騒動があったが、貴美子おばさんの説教で事なきを得た。
というか、君達。
俺の意見をもう少し聞こうね?
このままだと、実妹とギアとお嬢様と義妹が嫁とか混沌すぎるわ。
「じゃあ始めますよ?」
そう、周りに声をかけてから、俺はピアスに軽くデコピンする。
相変わらずの澄んだ音を響かせ、ピアスから力が溢れ、俺が触れる柱へと流れていく。
暗闇の中でも一際目立っていた白い柱が、赤く光りを放ち、内部からぼこぼこと音をたて始める。
始めて見る作業に皆が驚きながら、興味津々にその光景を見ている。
見たことのある弥生と巫女も何度見ても不思議なのだろう。
達也なんて、俺が人具を作ったりしているところも見たことがないので、とにかく騒いでいる。
うるさいので、「うるさいの、黙れなの」とナオが達也の頭にネコぱんちしているが収まる気配がない。
俺も不思議すぎて、考えないようにはしているが、よくよく考えればとんでもない話だ。
やはり、時間をかけてしっかり調べる必要がある。
ナギと話が出来ればもう少し何か分かりそうではあるのだが……。
柱の音は少しずつ小さくなり、間もなくこの柱は拡神柱と同等の機能を持つことになるだろう。
正門外へと姫が名残惜しそうに移動した。
……しかし、今日は色々なことがあった。
守護神になれと言われて、おまけに嫁を複数もらえとか言われ……空は綺麗だなぁとか現実逃避してみる。
ただ、朱も碧も嫁にもらえば、確かにそれはそれで俺の抱えている問題はクリアではある。
貴美子おばさんの万事解決というのはここを意味しているのだろう。
つくづく、俺の知る世界とは違って、ここは別世界なんだなと感じた。
とはいえ、俺としては二人に悪いので、やはりどちらかを選びたいとも思う。
どちらを選ぶとか、どこ目線かと、思わず笑ってしまう。
ちくっと、心にトゲが刺さったように、軽い痛みが起きた。
やはり、俺の良心も、複数選べるなんてどうかと思っているのだろう。
いや、これは、ちょっと違うか……?
……ああ、違うな。
この痛みは良心の呵責じゃない。
これは……
俺は、弥生に声をかける。
「弥生」
「なんだい? 凪君?」
「……やっちまった」
俺の満面の笑顔に、弥生の顔が強ばる。
「火之村さんっ! 今すぐ皆を避難させ――ああっ、巫女は皆の目を隠し……ナオちゃんも手伝ってっ!」
悲痛な弥生の言葉に、巫女がアレを思い出して青ざめ。
ナオはすでに諦めモードですでにジト目。
そんな状況に、何が起きたのか分からない他勢はあたふたすることしかできない。
「弥生」
「ダメだよっ! 諦めちゃダメだよ凪君!」
「大丈夫だよ。もう、遅いから」
悟るように絞り出したその俺の言葉とともに。
俺の制服はぱぁんっと弾け――
夜空が瞬く学園の正門で、俺は全てをさらけ出した。
ああ……
なんて、なんて開放感なんだ。
周りの悲鳴も心地好い。
もう、お嫁にいけない……。
というか、なんで、拡神柱は俺にこんな痛みを毎回与えるのかっ!
拡神柱を作る度に人類の叡知を切り離すのかと、嬉しくて涙が出てきた。
癖になんか、なってないんだからねっ!




