03-38 達也 ―町長の息子と呼ばれる男―
「……んで、ナオはここで何を調べてたんだ?」
図書館での一騒動後、司書さんがたまたま席を外していたことに感謝しながら、俺に襟首を掴まれ「にぎゃぁ」しているナオに声をかける。
「にぎゃぁ」
「守護神について調べておりましたとナオ様はおっしゃられています」
「守護神? なんで?」
つい先ほど理事長室で貴美子おばさんに言われたことを思い出した。
首席卒業なんて何の魅力も感じないのに、なぜ貴美子おばさんは首席卒業を薦め、今もこうしてナオが調べるのか意味が分からない。
何か、とてつもない恩恵等があるのであれば話は別だが……。
「にぎゃぁ」
「ご主人様を首席卒業させる為ですね。私も是非に、と思っております」
「? 何かあるのか?」
何をどう聞いたらそんな長い言葉になるのか。
ぷらーんと抵抗しない大人しいナオの、「にぎゃぁ」だけの言葉を代弁をする姫が優秀すぎる。
「あっ! 水原のお兄さんっ」
ナオの行動があまりにも猫っぽすぎて、前世は猫だったんじゃないかと思う。
……いや、ナオの前世は天使だ。きっとそうに違いない。
「お兄さん?」
うん。きっとそうだ。
こんなにも目に入れても痛くなさそうな可愛い可愛いナオだ。
本当に入れてみても痛くないかもしれない。
よし、試しに頑張って、入れてみるかっ!
「おにーさーんっ!」
「うっさい! 誰がお前の兄だっ!」
ナオをいかに目に入れてみて痛くないかを確認しようとしているのに、さっきからお兄さんお兄さんと俺のことを実の兄のように呼ぶ輩はどこのどいつだっ!
「やっと気づいた……」
俺を呼ぶ学生がやっと俺に気づいてもらえて、どさどさっと、本を近場の机に置いて項垂れる。
かなりの本を持っていたが、ナオに言われて本を探していたのだろう。
「お久し振りですっ! 僕も遂にお兄さんの後輩になりましたっ!」
「あ、ああ……久し振りだな」
無視されていたことも意に介さずに背後にキラキラとした何かを発する笑顔を見せる学生が、俺に挨拶してきた。
確かに、項垂れ方が妙にどこぞの誰かに似ているその学生は、よく知っている。
げっ、とナオがにぎゃぁ以外の言葉を発していることからもよく分かる。
どこぞの誰かを思い起こすそのイケメン顔は幼さをまだ残しており、女性の母性を最大限に引き出すその幼さはデフォルトで子犬のような雰囲気を醸し出す。
雑誌で童顔モデルでもやっていそうなその学生は――
町長さんこと橋本正の息子、橋本達也だ。
隣町で橋本さんに保護してもらった時に知り合い、妙にキラキラした目で俺によく懐いていた。
ついでに。ナオと話すときはよくモジモジとしていて、いつも嫌そうな顔をされていたのが印象深い。
隣町ではよくナオの遊び相手になってくれた貴重なナオの友達でもある。
しかし、ナオさんよ。
本を探してもらっているのに、まるで忘れてました的な嫌な顔はやめた方がいいと思うぞ?
後、こいつも……いくら頼まれたからって……
先程、達也が机に置いた本に視線を移す。
図書館の閉館時間は後二時間ほどだ。
読むのにどれだけ時間がかかるのかと言うほどの量を持ってきているが、片付けとか考えているのだろうか。
いくらナオに頼まれたからって張り切りすぎで、橋本家はこんな感じの家系なのだろうかと思わずため息が漏れてしまう。
……はっ……まさか……
ナオを嫁にもらう気かっ!?
ほぅ? 遂に祐成の錆になりに来たか。
よかろう。
錆にして、挙げ句の果てには海洋生物の餌にしてやろうじゃないか。
「こんなに持ってきても読めないの。とっとと戻すの」
「酷いなぁ。ナオちゃんがいっぱい持ってきてって言ったのに」
そんな会話が聞こえて、俺はポケットの中の祐成を離した。
そうだ。
ナオだっていつかは誰かの嫁に行く。
それが誰だろうと、ナオが選んだ相手なのだから、俺もしっかり祝福しなければならないのだ。
せめて、半殺しくらいには抑えないと。
今からこんなのではダメだと、自分に言い聞かせて言い合う二人を見る。
ナオの興味無さそうな言葉にいちいち反応し言葉を返しまた興味無さそうな回答をされて焦る姿。
それを繰り返しどこか嬉しそうな達也だが、これは、脈なしではないだろうかと、男心に思ってしまう。
「……頑張れ、達也」
「え!? 何がですかっ!?」
なぜか応援したくなるその姿に、俺は目頭が熱くなった。
「お兄たん。こんなの無視してナオと守護神について話すの」
「こんなのって……ナオちゃん酷いよー」
「酷くないの。お前はいいから本でも片付けるの」
「持ってきたばかりだよっ!?」
「修行でもよくあるの。持ってきたら片付けて、持ってきたら片付けを繰り返し続けるの」
そんな二人のやり取りから、ああ、これもしそういう関係になっても尻に敷かれるのが目に見えてるわ……と、感想を抱いてしまった。
「ナオ様。私が片付けてまいりますので、ご主人様と達也様を交えて守護神についてお話を」
姫が助け舟のように達也が持ってきた本を胸に抱えながら言う。
ただ、なぜかこちらを見て、にやぁっと何かを期待するような笑顔をしていたのが気になる。
それは恐らく、これからナオが話すであろう守護神について、が一番濃厚だ。
姫もそれを推奨するということから、やはり何か恩恵があるのではないかとも思える。
「あれ? ナオちゃん、守護神になるの?」
「ならない。お前はいいからあっちへ行くの」
「あっ! じゃあお兄さんがなるんだねっ!」
「いや、ならんけど」
「ならないの!?」
ぼぼぼぼっと、アフターバーナーを噴射しながら、姫は本を返しに行った。
それを司書が呆れた顔で見つめている。
司書は、もう……アレについては諦めがついたようだ。
そもそも守護神と名乗れるのは、首席卒業者だけだ。
今現在では、この俺の目の前にいるナオが最もそれに近い。
ナオは俺より一学年下の学年のはずが、今は俺と同じ学年となっている。
これは、ナオが例を見ない高スピードで学年内取得の単位を取りきってしまい、且つその後に姫の研究成果を華名家の名で大々的に発表したことが大きい。
学園を早く卒業させて自分達の研究や世界に対する貢献の為にもフリーにさせたい、または手元に置きたい考えを持った多数が裏で動いた為と聞いている。
それを貴美子おばさんが一蹴したはいいが、全ての声が抑えきれず、やむなく一学年飛び級させたという経緯があったそうだ。
……俺が寝ている間の話だ。
つまりは、一ヶ月間の間で学園内でも語り継がれるであろう偉業を成し遂げた、天才の中の天才なのだ。
もちろん、そんな簡単に授業単位を手に入れれるわけではないが、そこは少なからず貴美子おばさんの思惑もあってのことではないかと思っている。
俺は、朱の婚約者、というだけでなく、ナオの兄、という所でも注目を浴びてしまっており、俺もおいそれと授業をサボることができなくなってしまっている。
天才すぎて、俺のプレッシャーが半端ない。
とはいえ、俺も『三原』の名を出してしまえば、俺の世界に対する貢献度はそれ以上であるとは思っている。
理事長室で貴美子おばさんが仄めかしていたが、恐らく近いうちに俺が三原だと発表する気なのかもしれない。
そうなると、俺は稀代の英雄の息子であり、人具の唯一の製作者となり、知名度が一気に上がってしまうだろう。
それは流石に勘弁して欲しいのだが、それを差し引いても守護神になる、ということが重要なのかもしれない。
それらをひっくるめて、貴美子おばさんも何か動き始めていると考えるとしっくりきた。
「んで? 守護神になったらどうなるわけ?」
「え。お兄さん……この学園にいて守護神になったらどうなるかしらないって……」
「うっさい。お前はとっとと本片付けて来い」
「片付ける本、もう姫さんが持ってっちゃったよ!?」
ああ、もう、相変わらず橋本さんみたいにうるさいやつだなぁ。
だが、橋本さんのようになぜか憎めない。
それが、橋本家なんだろう。
で、守護神とは何なのか、それはいつ俺は知れるのだろうか。
相変わらず、橋本家が関わってくると話が進まない。




