03-35 理事長室で話す
神具が作れた理由は分からない。
ただ、少からず兆候はあったと思う。
宇多を作った時も、普段と違う異常なことが起きていたことがそうだ。
観測所で碧と母さんに会ったことがきっかけだろう。
ナギと話した時にも、観測所から得られる力が他の凪より多いと言われたことも、これを匂わしていたと思える。
だが、成頼を作ったことでパニクった弥生から執拗に色々聞かれても分からないことは分からない。
観測所とはなにか。
あの世界は何なのか。
流されている力は何なのか。
流れてくる力の本質的な、人具や神具を起動できる力が何なのか、それを知る必要があると思った。
知っていそうな人もアタリはついている。
今度は、その人に声をかけてみよう。
そう思いながら、成頼を返却できなくて焦っている弥生のことなんてお構い無く、恋愛相談をしてみた。
俺のことを観測所で待ち続けているはずの碧のこと。小さい頃に結婚の約束をしてからずっとその約束を信じてくれている朱。
俺は、二人をどうしたらいいのか。
弥生から返ってきた答えは。
「凪君がどっちに重きを置くかじゃないかな。約束したのは確かだろうし、その間に違う人を好きになっちゃったってことは普通にあり得る話だよね」
……ですよねー。
「僕なら……その碧って妹さんを助けた後に、二人と話を交わしてから決めるかな」
……ですよねー。
凄い当たり前のことではあったが、それでも聞いた俺としては、そんな考えもあったと感動したし、妙に言葉に重さを感じた。
さすが、たゆんのぽよんのぷるんを恋人としているだけはある、と。
いや……誰かに話したかっただけなのかもしれない。
碧という女の子がいると言うことを、誰かに知ってもらいたかっただけかもしれない。
誰にも知られてないってことは可哀想だし、この世界に来れたときに知ってる人がいないと大変だと思う。
それに……俺が朱に気持ちが揺らいでいたことも、はっきりさせたかったのかもしれない。
また相談に乗ってもらおう。
今度は姫の扱いとか……な。
どちらにしても、弥生に話してはっきりしたし、スッキリした。
俺の恋愛については、碧を助けるまで保留だ。
早く碧を助けて、二人に答えてあげたいという気持ちも再確認もできた。
やはり、俺は碧を助け出さない限り先に進めそうにない。
改めて自分の気持ちを引き締める。
明日からまた、碧を助けるために情報や手段を見つけようと思う。
……今まで全く探せてなくて手掛かりないけど。
・・
・・・
・・・・
そして次の日。
「……で? 説明してもらおうかしら」
学園二日目にして、俺は護国学園の理事長室に呼び出され。
高級そうなソファーに座らされて、貴美子おばさんの質問攻めにあっていた。
「ああ、その前に。
朱の守護人になると宣言して、大々的に婚約者とも認めたことは嬉しいわよ?」
「あー……」
思い出したら恥ずかしいので勘弁してください……。
さっさと、本題に入ってほしいです。
とはいえ、本題に入られても分からないことは分からないので、こちらの話に持ち込んでうやむやにしようとも思っている。
「朱を守るために言ってくれたことだってのもわかってるわ。だから、そこについては、感謝しかないわ」
「あいつは、何か事を起こしそうですか?」
話を反らしたくて、思い出したくもないあの男の話題に変える。
「あいつ?……ああ。あれね。あれは気にしなくていいわ」
「いや、気になるでしょ。あれがいなかったら俺はあんなこと言わなかったのに」
「いつかは漏れる話よ。あなたに懐いているあんな姿を見たら。早いか遅いかよ」
はい。ぐうの音もでません。
隣では相変わらず頬を膨らませながらつまらないと思っていそうなナオが座っている。
ナオをちらっと見ると、やはり貴美子おばさんに対しては遠慮をしているようだった。
「どちらにせよ、あんな砂名家の勘違い息子に朱を嫁に出す気はなかったわ」
「……砂名家?」
「あら? 知らないの? あれのこと」
「ええ。興味ないので」
あんな奴は『あれ』でいいと思っていたが、貴美子おばさんの「呆れた……」発言に知ってないとダメなことなのかと思ってしまう。
「財閥については知ってるわね?」
「華名家しか知りません」
俺の間髪おかずの発言に、「学力、大丈夫なの?」と、理事長から言われたらまずそうな言葉を頂いてしまう。
「北の『亞名』から反対回りに、西の『華名』、南の『砂名』、東の『太名』。後は中央に財閥を統括していた大財閥の『奈名』があったけど、これはすでにないわ。東西南北の財閥を一括りに、四大財閥ね」
気になる名前だったが、財閥の家元を知れたことに、また一つこの世界を知れた。
だが、それが碧に繋がるわけではないのでどうでもいいとも思う。
あいつが財閥に関わりがあることも、なぜあの時あそこまで息巻いていたのか、朱に言い寄っていた理由も分かった。
財閥同士であれば、確かに釣り合う。
政略結婚もすんなりいくだろう。
それに比べて、俺には観測所の力を借りて人具を作れることや、水原基大の息子というネームバリューしかない。
「……今、釣り合わないって思ったわね」
顔に出ていたのか、俺が思っていたことを言い当てられてしまう。
「十分釣り合うから安心しなさい。あなた、命の息子よ?」
なぜそこで母さんの名前が出るのか。
まるで、水原命という、母さんの名前が免罪符のように思える。
「あなた……本当に何も知らないのね」
「……知らないのは当たり前ですよ」
「当たり前?」
「俺は……この世界にいなかったから」
ギアなんていない世界で。別の世界で。
人類が滅びかけているなんてこともない平和な世界にいたのだから。
俺のその一言に、隣のナオも、目の前に座る貴美子おばさんも驚いた表情を浮かべていた。
「俺は、元々この世界にいたそうですが、全く違う世界からこの世界へ戻ってきたそうですよ」
昨日の夜中。
弥生と話して、碧に辿り着けそうな道はすぐ近くにあったと気づいた。
母さんと父さんを深く知っている人物は、一人だけだ。
華名貴美子。
目の前の、前の世界では俺の義母だった人だけ。
これで知らなかったら地道に探すしかないが、話すことで協力してくれるかもしれないという打算もある。
「平和な世界でしたよ。ギアなんていなくて。人と人が争ってはいましたが、俺の知る周りでは平和そのもの。それこそ、人類が滅びかけてるなんてこともなく、です」
楽しかったあの日。
つまらない退屈な毎日ではあったが、友人がいて、くだらないことで笑い合う、そんな日常。
この世界でも皆が周りにいて、楽しくはあるが、やはり、前の世界の思い出は別格だ。
碧や直がいて、父さんや義母さんもいて、神夜や巫女、無月といった仲のいい親友や友達がいる幸せな世界。
この世界でもいい出会いはあった。
あるが、やはり。
あの時、あんなことがなければ。
俺はまだあの世界で幸せに暮らせていたんだろうと思うと……
戻りたい。
そう、思えてしまう。
俺以外の死んだ凪も、こんな望郷の念から、俺に記憶を流そうとしたのだろうか。
「こっちにいた時のことなんて、小さい頃過ぎて覚えてませんよ。……だから知りたいことは沢山ある」
俺は、この世界に戻ってきてしまった。
戻れる保証だってない。ないが、あの世界のことを知れれば。
母さんの言っていた、旅行が出来れば、戻ることだってできる
「まっ、待って……凪くん。あなた、別の世界って……」
狼狽える貴美子おばさんが俺の言葉を遮り、そして、決定的な言葉を伝えた。
「あなた……まさか、命と一緒で、旅行ができるの……?」
正解だ。
やはり、貴美子おばさんは、俺より知っていることがある。
知りたいこともあるが、いつでも聞けることも分かった。
であれば今はそれよりも――
ぽんっと、いまだ驚いたままのナオの頭に手を乗せ頭を撫でる。
約束していた、内密な話を優先しよう。




