03-27 待ち人
この護国学園は広い。
小中高一貫とは聞いていたが、流石に大きすぎるだろうと思いながら、俺は学園の正門の前で佇んでいた。
その正門は白い長方形の、俺より少し高めの柱が立ち、前面に俺がこれから通う学園の名前が刻まれている。
この柱は、華月家がかき集めた神鉱まるごとで出来ており、通る際に自動的に体全体を瞬時にスキャンし、登録者を判別する《《予定》》だそうだ。
よく加工できたなと思いながらも、これはまだ稼働していないと言われて嫌な予感が過ったのはつい先日の話。
その正門から見て左右には、綺麗に整えられた石畳の道路が学園を囲むように続いているそうで、俺が今みている正門の正面にも同じような石畳の通路が遥か先まで続いている。
まるで神社の境内のようなその道は、石畳とはいえ、計算され尽くしているかのように綺麗に並べられており、新しいのに古風な趣を醸し出していた。
その道に沿うように、様々な店が立ち並び、ここだけで全て――学園生活に必要そうな全てが賄えそうな商店街が、碁盤目状に区画整理されて並んでいる様は圧巻の一言であった。
探してみろ。この世の全てをそこに置いてきた。
空からみるとそう言いたくなるほどの町並みなんだろうと思うと、ここに華名家がどれだけ期待しているのかよく分かる。
これも、町活性化の手段なんだろう。
先日までこの俺が住んでいた町はギアに破壊され、廃墟と化していたわけだし、このように新しい試みを行うことで聞き付けた人々が集まり、また町となっていく。
そんな学園へと続く道は、学園に通う学生で溢れ、まだ店はちらほらとしか開いていないにも関わらず、活気がある。
どんどんと登校してきては正門を通りすぎていく生徒達が、正門前の俺をちらっと見ては消えていき、中には、ひそひそと俺を見ながら話す生徒もいれば、興味なく仲間同士で話しながら通りすぎる生徒もいた。
あまりの人混みに、トラウマとなった人の目への恐怖が現れそうになる。
やはり、俺は人の多い場所には、もう、いられないのだろう。
俺も目立ちたくはないから、端のほうで人の目に映らないように過ごしていこう。
そう、思っていたのだが……
大量の人の皮を被ったギアと戦ったからなのか、一向にトラウマは現れず。
そんな簡単なものではないはずだ。
あれのおかげで少人数としか関われなくなって苦労したし、あんな想いももうしたいとは思えない。
出来ることなら、このトラウマを払拭して、皆と仲良く登校して通いたいと思っていたのは確かであるが、本当に俺は払拭出来たのだろうか。
そう思っていると、くいくいっと、制服の袖を引っ張られた。
「お兄たん。待たずに入るの」
「いや、そう言われてもな……」
隣で、俺と同じように待ち人を待ってくれている制服姿のナオが飽きたようだ。
いや、飽きたのではなく、多分待ち人を待つのが面倒なのだろう。
妙に二人の仲が悪いことが気になるのだが、二人が同じ制服を着るというのは何だか不思議だった。
「お兄たん、ナオの制服姿にめろめろなの」
相変わらずのナオはこの町並みを意識しているのか、和風な学生服だ。
左肩付近から右脇辺りまでに斜めに入る重ね衿の一線が入った制服。
両肩と二の腕の間の衣服を繋ぐ紐で網上に縫われて肌を透けさすアクセントが着いているのは、先日御披露目してもらってわかっている。
だが、ナオには少しだけ大きかったのか、ぶかぶかとしていて、それがまた天使に磨きをかける。
膝上のプリーツスカートは、御披露目の時には黒猫フードとよく似合っていた。
その黒猫フードのパーカーは、今はナオの腰に巻き付けられている。
うん。眩しい。
やはりお前は天使だ、ナオ。
「ええ。ナオ様には御主人様がお似合いです」
「いや、似合われても」
「御主人様。そう言うときは誉めちぎるものですよ」
「誉めるの、お兄たん」
「いや、昨日誉めまくったろ」
「乙女はいつでも誉めてほしいものですよ」
「なの」
「お前ら、少しめんどい……」
二人に呆れて、自分がトラウマで悩んでいたことをすっかり忘れてしまいそうだ。
ナギはこうやって困る俺を、今も俺の中で楽しんでいるのだろう。
……そう言えば、起きてからナギの声が聞こえない。
やっぱり無理をしていたのだろうか。
あいつには弥生を救ってくれたお礼もしたい。
……と、言うか。
火之村さんと橋本さんからあの後を聞いて何してやがるんだと本気で思った。
人を生き返らせた。
そんなの人が出来ることじゃない。
弥生が生きていてくれたのはとにかく嬉しかった。
嬉しかったが、「無事じゃない」と弥生が言っていた意味がよぉく分かった。
それを貴美子おばさんから、「さあ、教えなさい」と言われても、どうやったか分かるわけがない。
絶対確信犯だ。
そう思っていると、ふつふつとナギに対して怒りのような感情が沸きだしてきた。
そんな俺から何か出ていたのか、通りすぎる女子生徒の「ひっ」と怯えた声で我にかえる。
「凪君。目付き凄い悪いけど何かあった?」
女子生徒の逃げるように去っていく後ろ姿を見ながら、制服姿の弥生が合流した。
今は一緒の《《敷地》》に住んでいるが、出る時間がずれていたので今到着だ。
そんな弥生は、黒のブレザー姿に身を包んでいる。
俺と同じ制服なのだが、なぜか弥生が着ると、男装の令嬢のような雰囲気が出るのはなぜだろう。
やっぱりこいつは女なのではないだろうか。
でなければ、俺のこの胸のトキメキの理由がつかない気がする。
うん。つかない。つくはずがない。
弥生は女だ。うん。きっとそうだ。
という冗談はさておき。
目付きが悪くて不良みたいな俺と弥生とでは、着ているものが一緒なのに大違いだ。
これに、向こうの世界の茶髪だったら尚更不良みたいな出で立ちだったろうとも思う。
「凪君は……そう言う目付きしてると不良みたいね」
弥生の腕にしがみつくようにぴったりくっつきながら登校した巫女が、心を読んだかのように俺の今の心情をぴたりと当てた。
……うむ。
今日も弥生の腕でたゆんがぽよんだ。
なんだこの、制服がはち切れんばかりのボリュームは。
あっちの世界の巫女は、そんなんではなかったぞ。
お父さんはそんな巫女は、許しませんっ。
巫女のトリップを発動してみるが、いまだ待ち人は来ず。
「揃ったの。学校入るの」
ナオが待ち人を無視して俺の腕を引き、校門へと向かおうとする。
「はっはっはっ。そのような力ではこの俺はびくともせんわぁ」
「むぅ……じゃあ《《姫》》を使うの」
「畏まりましたナオ様」
「いや、それしゃれにならん」
「御主人様と絡み合いたかったのですが……残念です」
引かれる力にびくともせずに辺りを見渡すと、何故か校門前に屯して仲間達と話す輩が多い。
「いやまあ、もうちょっと待ってやらないか? 流石に世話になってるし」
「一緒にお兄たんと初登校させたくないから行くの」
「なぜそこまで……」
「独占欲でございます。御主人様」
「独占欲……」と、呟き巫女《本家》がトリップし、弥生が苦笑いする。
そんな光景に。
ああ、やっと。
やっと、いつもに戻ってくることができた。
そう、実感して、笑みが零れた。
「相変わらずの人気だねー」
「毎日飽きないほうがどうかしてるの」
そんな弥生とナオの言葉と、この校門の人だかりを見れば、俺達の待ち人はとにかく凄い人気なんだと思った。
毎日見ててもリピーターがいると言うことが人気の証拠だろう。
時間が経つにつれて、校門には人が集まる。
男子生徒はばらばらに立っているが、女子生徒は纏まって集まっており、何かを心待ちにしているようだった。
お目当てが、違うのかもしれない。
「あ。来たよ」
弥生が遥か正面の人だかりを指差した。
そこにいたのは、紛れもなく――
お嬢様。
悪戯に時折吹くそよぐ風に、その艶やかな髪をなびかせ。
一つ一つの、歩くという動作さえも高貴さを漂わせ。
整った顔立ちに、目尻が気持ち下がったその瞳にほんの少しの憂いを帯びながら。
周りに鉄壁の壁である黒服を纏い。
深窓の令嬢。華名朱の登校だ。
その姿を見た生徒達から、「おおっ……」と声が上がった。
「相変わらず美しい」とか、「ああ、御姉様……」とか、「私、本になります!」とか、「あの憂い……晴らしたい」とか、よくわからない感嘆の声もあがっている。
そんな注目の的が、こちらに気づくと、満面の笑顔が咲き誇り。
俺達に向けて手を振りだす。
「凪様っ!」
ぶんぶん残像を纏いながら振られるその手が、俺の名前を連呼しながら。
先程までの深窓の令嬢の憂いはどこへ……溌剌と、満面な笑顔で走ってくる。
その姿に、辺りがざわつく。
目立ちたくない。
ああ、俺は、目立ちたくないんだ。
なのに、このお嬢様は、
「凪様っなーぎーさーまーっ」
と、言う感じで、合流してすぐに、じっと弥生と巫女を見てから、甘えるように俺の腕に抱きついてきて、必然的に、ナオと朱に両方の腕の自由を奪われてしまう。
「おはようございますっ、凪様っ」
「お、おぅ……おはよう」
「遂に、遂に凪様と初登校ですのっ! 私は嬉しくて嬉しくて……夜も眠れませんでしたのっ」
ああ、だから、憂いを帯びてたのね。
要は、眠い。と。
「あいつ誰だ」
「おい、あそこの女の子達、レベル高いぞ」
「メイドいるぞ。どこの良家だ」
ざわつくギャラリー。
ほんの少し感じる殺気に、これから先の学園生活が思いやられる。
「離すの。お兄たんはナオのなの」
「あら、ナオちゃん。凪様は私の婚約者ですよ?」
「姫、どっちの?」
「あら、姫さん。今日もメイド服?」
「メイドの嗜みです。ちなみに、御主人様は私のです」
そんなレベルの高い女子を腕に抱きつかせている俺は、そりゃあもう、注目の的だ。
悪い意味で。
だが、俺は。
そんな、状況よりも。
朱の後に歩いてきた《《彼等》》に、釘付けになっていた。
四人の男子生徒。
固まって、同じ赤い人具を様々な持ち方で携えた四人の男。
一人を除き、かなりのイケメンで、どこかアイドルグループを思い起こさせる。
その男達の登場に、辺りの女子生徒が一斉に声をあげた。
まさにその声は、黄色い喝采。
「姫。あいつら、なに?」
「ナオ様。あの方々は……」
ナオが、俺をみている先の、女子生徒から黄色い喝采を浴びる四人の男達を指差した。
いや、ナオさんや。
お前、間違いなく知ってるだろあれ。
あえて言うのか? 言うのか?
俺のボルテージも、もはや振り切る寸前だ。
俺は、あの四人組を知っている。
まさか、同じ学園に通うことになるとは思ってもみなかった。
『あなたを護ります。この人具で』
そんなフレーズが、頭の中で何度も繰り返されては消えていく。
そう、あいつらは――
「あれは……」
ナオの隣に佇むメイドの言葉にごくりと喉がなる。
「モノホシの君、です」
あいつら、そんなユニット名だったのか!!
物干し竿掲げてキリッとポーズ決めるポスターが浮かんで、皆して一斉に吹き出してしまった。




