??-?? 観測所
「それでねー。なっくんったら小さい頃から新巻鮭が大好きで食べ過ぎてねー」
ふむふむ。
お兄ちゃんは新巻鮭が大好き、っと。
ボクは白い世界で命さんといつものお兄ちゃん話を繰り広げている。
ボクにとっては凄く有意義。
だって、ボクの知らないお兄ちゃんを垣間見れるんだからっ。
でも。
『凪君』と言うと、なぜか命さんからお兄ちゃんと呼びなさいと言われて、折角名前で呼べるようになったのに逆戻り……。
次に会ったときにはちゃんと凪君って言えるか心配だったり。
命さんの前ではお兄ちゃん。お兄ちゃんの前では凪君。
使い分け、大変そう……。
ううん。違う。
そのうち『凪』って呼べるように。
お父さんとか、あなたとか、パパなんて呼べるようになるって目標があるんだから。
お兄ちゃんがボクのことをお嫁さんとして名前を呼んでくれるって目標があるんだから、こんなことで大変って思ったら後がもっと大変。
お兄ちゃんのお嫁さんになるために、ボクは頑張るよっ。おーっ
……体ないけど。なんとかするよっ!
この白い世界が観測所って場所とか、お兄ちゃんの好きな食べ物だとか。
お兄ちゃんが夢から覚めていなくなってから、ボクは命さんからお兄ちゃんについて色々聞いていた。
お兄ちゃんの初恋が誰だったとか。巫女ちゃんってことはうっすらわかってたけど、聞くとやっぱり、何でもっと早くお兄ちゃんに会えなかったのかなと悲しくなる。
概ね、お父さんから聞いていた話がほとんどだったけど、命さんからも聞くと真実味が出てきた。
例えば。
先の新巻鮭の話だったり。
明太子よりタラコが好きだったり。
秘密にしたかったみたいだけど、スルメを焼いて食べることがかなり好きだったり。
……塩辛い食べ物が、好き?
お酒に合うおつまみ系が似合いそう。
お兄ちゃん……よくお酒飲むお父さんに付き合ってたから、気づいたらそういうの好きになってたとか普通にありえそう……
違う違う。そんなお兄ちゃんの好きな食べ物なんて、二の次。
でも、次に手料理を振る舞うことがあれば絶対好きな食べ物で胃袋掴んでみせるっ。
違う違う。
胃袋掴まれてるのはボクだし。
……お兄ちゃんの作ったデザート食べたいなぁ……。
そうじゃない、そうじゃないっ。
お兄ちゃんの秘密――
怪我が寝たら治ることなんか特にそう。
お兄ちゃんは、この観測所の力を常に受け取っている。
だから、お兄ちゃんの体は常に、この――
「――やあ、君が、碧、だね」
「……ぇ?」
この観測所で、命さん以外の人がいることに驚いた。
勿論、ここで声をかけられたのも、お兄ちゃんと命さん以外にはいない。
その人は、まだ子供で。
茶髪で少しやんちゃそうな印象を受ける男の子。
よかった。
お兄ちゃんがここからいなくなって、命さんと二人きりだったから、服とかいらないかと思ってたけど、命さんから服の出し方を聞いておいて本当に、よかったっ。
知らない子に、裸を見られるなんて。
ちょっと恥ずかしくて耐えられないかも。
「初めまして、だね」
ちょっと目の前の男の子に驚いていると、命さんがボクの前に、男の子からボクを遮るように前に出た。
「あなた……なっくんじゃないわね」
見たらすぐに分かるようなことを命さんが言い出した。
「命さん?」
「見た目は小さくて可愛くて、噛みつきたくなるくらい愛らしくて、今すぐお持ち帰りして頭なでなでしながら、着せられてるみたいにおっきめな布団で寝てるのみるとぎゅーってしたくなって、あー、なっくん可愛いってくらいなっくんの小さい頃の姿してるけど、なっくんじゃないね」
……お兄ちゃんへの愛が凄い……。
え? 噛む?
あ。そう言えば、お兄ちゃんが前に噛まれたって言ってたような……。
違う違う。
そこじゃない。
そこじゃなくて、お兄ちゃんの子供の頃の姿?
じっと、目の前の男の子を見てみる。
……言われてみれば、お兄ちゃんに似てるかも?
あ。ちょっと命さんにも似てるかも。
へ~、お兄ちゃんの小さい頃ってこんな感じだったんだぁ……
「やあ。久しぶりって言ったほうがいいのかな? 刻の護り手」
「なぁんでなっくんの姿してるのか知らないけど、今度は、倒すわよ?」
「いやいやいや。僕を消したら凪も死ぬと思うけど。一応、かなり凪のこと助けてるし、さっきも、凪のために人助けしたところだよ?」
少し慌てて早口で返すお兄ちゃんに似た男の子は、命さんと知り合いみたい。
お互い少し楽しそうな会話なのに、物騒な言葉もちらほら?
命さん。ちっちゃな子なんだからいじめちゃダメだよ?
「……ふ~ん。確かにそうね。ありがと」
ほんの少しだけ考え込むように空を見つめていた命さんが、目の前の男の子にお礼を言った。
「で? あんたがなっくんの体にいるのは分かったけど、ここにはどうやってきたのかな?」
言った直後にまた。
命さんの周りだけ妙な空気が流れたと思ったら、背後から白い、獰猛な猫科の鋭利な牙や爪を持った動物が立ち昇った。
巫女ちゃんといい、命さんといい……背中に何を飼ってるのっ!?
「観測所から力が流れ込むなら逆もできるでしょ? 流れを作ってお邪魔してみた」
「あー……そこまで辿り着いたのね。なっくんはそれ知ってる?」
「知らないよ。一回死にかけたのと、僕が弥生――ああ、神夜って言った方が碧には伝わるかな? 神夜を蘇生させたから倒れて眠ってるよ」
「そう……。なら、お迎えはもう少し先ね」
ボクを見て、少し悲しそうな命さん。
大丈夫。ボクはお兄ちゃんをずっと待つって決めたから。
だから、命さんも悲しそうな顔をしないで。
むしろ、お兄ちゃんが死にかけたとか、御月さんが蘇生とか。
なにがあったのっ!?
ボクのことよりそっちのほうを心配すべきだよっ。
「ああ、そうだ。……碧、僕はナギだ。カタカナでナギ。君の大好きなお兄ちゃんの体に居候している相棒で――」
ナギと名乗った小さい子がそう言うと、辺りに異変が起きた。
「ああ。間に合ってよかったよ」
白い世界がほんの少しだけ暗くなり、空間に黒い亀裂が走った。
その亀裂の中から見えるものは虹色の光で。
ボクは、それを見たことがあった。
そこから現れる、黒い腕を。
「ボクはね。君を、凪のために、助けに来た」
目の前に現れたそれは、全身が黒く。
暗闇よりも黒い、この白い世界によく映えた黒のその人型の、目らしき赤い宝石のような瞳と、目が合った気がした。
これが……ギア。
人の血液を《《ジュースのように飲む》》ために人を殺すプログラムを植え付けられた、お兄ちゃんが戦う、アンドロイド。
みたことがある。
ボク達が乗っていた飛行機を落としたギア。
それが、今、ボクの目に映っていた。
「やあ、絶機。悪いけど、あちらの世界には戻させないよ」
ボクの前に、ナギと命さんが立つ。
絶機と呼ばれたギアは、観測所に侵入しようと黒い縁のような亀裂を抉じ開けながら火花を散らしている。
「碧ちゃん。すこぉし、離れてた方がいいわよ。……ナギ、期待していい?」
「勿論。凪のために、碧は必要だからね。碧は逃げとくといいよ」
逃げるってどこへっ!?
隠れるところもないこの白い世界で、ボクはただ、二人から離れるしかなかった。
「碧ちゃん。想像したら何でもできるから考えて。壁になるものとか、身を護るものとか」
身を護る?
そう思って必死に思考を巡らせる。
守ってくれるもの、壁になるもの、頼りになるもの、救ってくれるもの。
観測所のよくわからない見えない力がボクの周りに集まって、形を作り出す。
出来上がったのは、ボクより少しだけ大きな像。
……お兄ちゃんそっくりの像。
うん。
お兄ちゃんに守って欲しいけど、今はこの像いらない……。今は。
二人が出来上がったお兄ちゃん像を見て苦笑いを浮かべている。
「なっくん好きすぎね」
「これは……今、必要じゃないことは確かだね」
見ないでーっ!
どしゃっと音がして。
絶機が観測所に侵入を果たした。
異物のように、侵食するように、立ち上がり、白を汚していく。
「ソコノオンナガホシイ」
ボクを見て、言葉を発した黒の一言に二人が身構える。
こんな何もない観測所で、
絶機との戦いが始まり、
ボクは――




