03-18 白い部屋
ぱちっと目が覚めた。
目を覚ました俺の目の前に広がるのは、いつもの見慣れた俺の部屋の天井。
……と、言うわけではなく。
知らない天井だった。
よく知る、木目調のシミをいつか数えてみようと思っていた天井ではない。
真っ白。
体を起こして周りを見てみると、辺り一面真っ白だった。
窓もなければ入り口らしきものもない、ただの白い箱の中のような部屋。
俺が寝ていたベッドも無機質な白いパイプベッド。かけられた毛布も白。
ただ、そのパイプベッドの上に俺が寝ているだけの部屋。
まるで、俺だけが色付いているかのような、そんな錯覚さえ覚える。
「やあ、起きたんだね」
そんな部屋に俺以外の人の声が聞こえた。
妙に聞き覚えのある声だ。
すぐに声のほうを見ると、ベッドの隣に椅子があり、そこに小さな子供が座っていた。
先ほどは誰もいなかったその場にいつ現れたのか。
椅子もどこから出てきたのか分からなかったが、その子供には見覚えがある。
「お前がいるってことは……ここは俺の記憶の中か?」
その子供は、俺だった。
小さい頃の俺。
時折、俺に忘れていた記憶を思い出させる、子供の俺だ。
「ん~、少し違うかな。だって、君、戦ってたでしょ?」
その言葉に、俺が先ほどまで何をしていたのか思い出す。
そうだ。俺はさっきまで橋本さんから依頼された調査で家に入って……人を殺してその皮を被るギアと遭遇して。大量のギアと戦って……人の皮を被ったギアにレーザーのようなもので貫かれて――
「ここは……死後の世界か?」
俺は死んだ。
あの時、顔面をあのレーザーで焼き貫かれたはずだ。
覚えている。
目の前が自分の血で真っ赤になる光景と、その直後の、飛行機墜落時にも感じた、喪失感。間違いない。
自分の顔を触ってみるが、そこに穴が開いている形跡もなく。
触るために動かした右手も、焼き切られてなくなっていたはずだった。
「君はばかだなぁ……光線で焼かれたら血なんてすぐに出ないよ」
少し呆れたような口調で俺の考えを否定する子供の俺。
だが、死んだ。と言うことは否定されなかった。
やはり、俺は死んでしまったのだろう。
色々思うところはあったが、死んでしまった後なら、もう、何をしても無駄だ。
悔いが残りすぎるが、何も出来ない。
「そうだねぇ……彼女達は泣くだろうねー」
そもそもこの子は、何で俺が考えていたことが分かるのか。
「あのね……。僕は君だよ? 精神上、繋がっているんだから、君が考えていることなんて分かるよ?」
「精神上?……言っている意味が分からないんだが。お前は俺の記憶の中の小さい頃の俺だろ?」
「違うよ? 記憶を見せていた時にいた僕はそうかもしれないけど。少なからず、今ここにいる僕はね」
記憶の中で現れた子供の俺と、目の前にいる子供の俺は別人、という意味と捉えればいいのか。
やはり、よく分からない。
俺がいるのに、なぜ目の前に子供の俺がいるのか。しかも、記憶の中で見る子供は俺の小さい頃の話なので同一人物と分かっているが、それとは違うとも言う。
『水原凪』という存在が二人いるようではないか。
「色んな意味で言うなら、君の今思った、《《水原凪が複数人いる》》って言うのは《《間違っていないよ》》」
「……どういうことだ?」
「そのままの意味だよ?……君は、あの世界でお母さんに会ったんだよね? であれば、君がいるこの世界は?」
「……並行、世界?」
ぱちぱちと拍手をしながら、「正解」と人を馬鹿にするかのように話す目の前の子供の俺が、本当に俺なのか疑わしくなってきた。
俺はここまで人を馬鹿にするようなやつじゃないと、思う。
「並行世界。君がそう思っているのなら、その並行世界は一体どういうところかっていうのは分かるかな?」
ああ、やっぱり馬鹿にしている。
「異なる次元のIFの世界だ」
「じゃあ、その異なる次元に、君がいると思わない?」
「ああ……そういう意味か」
何かしらの行動等によって、枝分かれした同一の時間軸で動く隣り合った少し違う別世界。もしこの行動を行った時にどうなっていたか、といった、その選択をしなかった場合のあり得るかもしれない世界で、その選択をしなかった人には見ることのできない別次元の世界が並行世界という意味だったと思う。
そう考えてみると、俺は、凄い貴重な体験をしているのではないだろうか。
人の行動そのもので発生する別の次元軸。人それぞれに枝分かれがあり、無限ともいえる分かれ道があり、一つの選択をしたことで選んだ選択以外の別のものを選択した自分が存在する世界。
その選択をした時にしか、見ることができない世界。
それを、見ているのだから。
あれ……? だとすると、この世界にいた『俺』はどうなったんだ?
まさか、今目の前にいる子供の俺が、この世界の俺?
「いないよ」
「は?」
「だから。この世界に君だった人はいない。君がこの世界の水原凪だよ」
「ん? じゃあ、俺のいた世界の水原凪は?」
「あ~……もう……あの世界には水原凪はいないよ……」
ため息混じりに、なぜそんなことが分からないのかという表情をされるが、そんなの誰がわかるのかと。
「……君には色々説明が必要そうだから、説明は難しいんだよね……。
まず、君は、元々こちらの世界の人間だよ。君が元いたと言っている世界は、元々君が生まれていない世界。あそこに、《《君達》》がいないからこそ、影響を受けずにあの場にいられたと言ってもいい。だから君達がいなくなったこの世界でも行方不明扱いになっていたんだよ。本当は、移動した時点でいないものとして扱われるからね。でも、統合があってもう君は並行軸上はほぼいないから、君がオリジナルになるわけ。だけど君は刻族の力を発現したからもう増えることはなくて……ああ、でも、君と同じく発現した水原凪は何人かいるからオリジナルは何人かはいるわけで、それらも同じようになってたり、もう先のステージに進んでいたりもするけれど――」
……うん? 言っている意味が分からない。
俺はこの世界に元々いたけど、俺は実はあっちの世界では生まれてなくて???
発現して何人かいる?
「……ああ、分からないよね。覚えておいて欲しいのはこれだけ。
君は元々はギアがいるこの世界の人間で、その世界から別の次元の世界に行ってしまってそこで暮らしていた。で、あっちからまたこっちに戻ってきた。これだけ覚えてくれてるといいよ」
だったら混乱させること言うなと思った。
そう思ったことは子供の俺には筒抜けで、「君が知らなすぎるんだよ。刻族なのに」と謎の発言で返してくる。
ただ、子供の俺は、間違いなく俺より色んなことを知っている。いや、正しくは俺が知っていたはずの内容か?
とにかく、聞きたいことは多々ある。
そう思うと、「どうぞ?」と声が返ってきた。
この子が協力的で、とても助かる。
「刻族とはなんだ? 碧のいる世界に辿り着く方法は? 碧をあの世界から連れ戻す方法を知りたいがわかるか?」
自分で言っておきながら、意外と欲張りと思う。子供の俺もそう思ったのか、呆れていた。
「刻族を説明するには、まずはあの世界を知らなきゃね。……あの世界は、刻族の観測所だよ」
「観測所?」
「そ。観測所って呼ばれてる。刻族が並行世界や時間軸を移動するための拠点みたいなもので、彼等の住んでいた世界だね。滅多に移動することはなかったみたいだから、刻族は稀少種だよ」
「住んでいた?」
「彼等があそこで何をしていたのかは今となっては分からないよ。でも、あそこで住んでいた。時には珍しく世界に降りてきて……ああ、観測所はね、この世界の上位にある世界なんだよ。だから、刻族以外が行き来することはないんだ」
「よく分からないが、なんで何をしていたのか分からないんだ?」
「記録上、絶滅したから。知ってる人もほぼいないし、知ってても名前くらいしか知らないんじゃないかな? だって、ほとんど下界に降りてこずに自然に絶滅したから」
何となくは分かるが、肝心な所がぼやけているような説明ではある。ただ、刻族はもういないと言うことはわかった。
恐らくは、俺や母さんが最後なんだろう。
「で、刻族は、なにかって問いにもある程度は答えたと思うけど。言葉で表すなら、時間軸を支配した、人の上位種ってとこだね」
なんか、とんでも発言がでてきた。
「見た目は変わらないし、区別つかないけどね。彼等も上位種だとか、そんな風には思ってなかったみたいだし。降りてきた刻族はみんな優しくて、この世界の人達に普通に溶け込んでいたよ」
そこで、子供の俺は一旦言葉を切る。
でも、そうであるなら、刻族が絶滅することはないのではないだろうか。
「……ただ、ね。種族が違うと、血が混ざっちゃうよね。刻族が絶滅したって言うのは、純血がって意味だよ。純血じゃなければ、いくらでも君は会ってるよ?」
「会ってる?」
「うん。人具を発動するには刻族の血が混ざってないと発動できないからね。君が力を使って呼び起こしたんだよ。彼等に流れるほんの少しの刻族の血をね」
人具や神具の力を使うには刻族の力が必要。
俺がなんで人具を作れるのかも分かりそうな発言だった。
「なあ、小さい頃の俺」
「ナギ」
「ん?」
「君は小さい小さい言うけど。一応僕にも名前はあるんだよ。僕はナギって呼ばれているからそう呼んで欲しいな。凪君」
誰に呼ばれているのかは知らないが、ナギとこの子を呼ぶことで色々知れるならいくらでも呼んでやろうと思った。




