03-11 森の中
太陽の光が木々の隙間から木漏れ、風が吹くと、さわさわと辺りの緑が優しく音を立てる。
時折、その緑に浸食された家屋がちらほらと見え、内部を伺ってみるが、そこに人が住んでいたような形跡はない。
いつギアと遭遇するか分からず、都度隠れられそうな家屋を見つけると、人を探すついでに隠れ、辺りを警戒しながら移動をしているので進みは遅い。
道も獣道とは言わないが、舗装されていない枯れ枝や腐葉土と化した葉っぱ等が積った道が延々と続いており、時には分かれ道もあるが木々に埋もれて先が見えないことから道はないと判断。
ばきぱきと、枯れ木を踏み潰すそれ以外は何の音もない、静かな森の中を、俺達三人は歩いている。
終始無言で辺りを警戒しながら進むが、すでに補足されているのではないかと不安を覚えてしまう。
俺の隣で背後を気にしながら歩く弥生も同じ気分なんだろう。
先程から誰かに見られている気配があって、妙にそわそわする。
この気配が小動物の気配であればいいと思うが、ギアだったらと思うと、急に戦闘が始まるのではないかと緊張する。
先頭で、前を警戒しながら歩く執事姿の火之村さんが、手を挙げて後方の俺達に合図を送ると、すぐに近くの林の中へと消えていった。
何か見つけたのだろうか。後を追うようにして弥生と共に火之村さんと合流し、茂みに身を隠す。
火之村さんが歩く時は音が鳴らないのに、俺達が動く度にぱきぱきと踏みしめる音が鳴る。
火之村さんからすると、いい迷惑なのではないだろうか。
「あちらに、大きめの家宅がありますな」
そんな俺の心配は他所に、火之村さんは大木に隠れながら俺達に指し示す。
指差す先を見てみると、確かにそこには二階建ての一軒家があった。
漆喰の白い壁であろう家の外側は、蔦が絡まり緑色に変わっている部分もあるが、損傷は少なく、家の原型は留められている。
屋根はレンガ風のしっかりとした屋根で、その屋根には一時期流行った太陽光を電気に変えるパネルがずらっと並んでいた。
今も生きているのであれば、それを利用することで電気が使えるかもしれない。
そう考えると、この家が、見てきた中では人のいる可能性の高い場所だと感じた。
「……凪君。入ってみるかい?」
弥生の言葉に無言で頷き祐成を起動させると、弥生も同じく成政を起動。
俺達の隠れている茂みからあの家までは、歩いてきた道の倍ほどの広さの道が間にあり、隠れられそうな障害物もない。そこをさっと通り抜けるには少し距離があった。
近くにギアがいれば、それこそ見つかってしまう距離だ。
お互いの武器に白い光が灯ったことを確認すると、火之村さんに目で「行きます」と合図を送る。
「……気になっていたのですが、その光は、なんですかな?」
火之村さんが、前に進もうとしていた俺達の武器を見て、不思議そうな顔をしていた。
「いや、火之村さんも宇多を起動させてください。行きますよ?」
歴戦の猛者が何を急に言うのかと。
俺達の気勢は削がれ、少し恥ずかしい。
火之村さんからしてみたらタイミングが悪かったのだろうか。
「起動とは?」
「……は?」
何を寝ぼけたことを。
流石に何年も戦いから離れれば人具の起動さえ忘れてしまうのだろうか。
「人具を起動させないと、ギアが現れたときにどうするんですか」
「? その時は宇多で斬り捨てますが」
いや。そりゃ当たり前だろ。
「とにかく、一気にあの家の中まで駆け抜けます。来てください」
「凪君。待って」
なんだ。弥生も俺の勢いを削ぐのか、と弥生を睨み付けると、弥生は唇に人差し指を添えて「静かに」とジェスチャーをする。
火之村さんも気づいて茂みにしゃがみこむ。
ギアが現れたのかと、驚いて俺も視線を家へと向ける。
「……人、だ……」
そこに、男女の二人組がいた。
警戒しているのか、ゆっくりと、俺達の目標先である家へと入っていく。
やはり、あそこに隠れているんだ。
あの家に何人いるかは分からないが、まずは生存者がいたことにほっと安堵する。
「……行こう」
二人に声をかけて一気に駆け抜ける。
がさっと音と共に、弥生と俺が飛び出し、直ぐ様玄関へと張り付く。
弥生がすぐに玄関先の扉をチェックし、静かに家の中へと入っていく。俺も続こうとしたが、火之村さんがまったく着いてきていない。
茂みを見ると、力を解放していない火之村さんが、辺りを警戒しながらゆったりとした動作で辿り着く。
いや、今は一気に来るところだろう。
見つかったらどうするんだ。
「何で、力を発動しないんですか」
ほんの少しの苛立ちを覚えながら、火之村さんに問いかける。
「発動とは?」
ダメだ。話が通じない。
さっきまでかっこよく思えた火之村さんがただの耄碌爺に見えてきた。
「凪君。早く中に」
弥生の声が内部から聞こえて、舌打ちしたい気分になりながら家の中へと入っていく。
「……人の気配がないんだ」
入ってすぐに、弥生がそう伝えてきた。
辺りを見渡すと、玄関には所々にクモの巣が張っており、埃が酷い。
隠れ住むなら掃除などしていられないのはわかるが、その先の廊下にも乱雑に埃の被ったビニール袋が詰め置かれていて、窓から差し込む仄かな光に照らされて埃がきらきらと舞っているのがわかる。
二階に上がる階段も破壊されていて機能していない。
ビニール袋には小蝿のような小さな虫が群がっており、その中から溢れたであろう、今は黒く変色した染みにも、蛆のような白い生き物がうじゃうじゃと蠢いていた。
「さっきの、人はどこに?」
ビニール袋から臭っているのか、鼻をつく異臭に、どこかで嗅いだような臭いだと不快な気分を覚えながら、鼻を押さえてその先の廊下を見る。
先程の人が歩いたのか、足跡が白い廊下にくっきりと残っていた。
俺達が入ってきた音に気づかなかったようで、そのまま廊下の先へと足跡は続いている。
「その前に、聞いていいですかな?」
落ち着き払った耄碌爺が俺達に声をかけて来る。
「先程の、話ですが、な。やはり腑に落ちませぬ。起動や発動と言った話が出ておりましたが、それを行うことで人具がそのように光るのですか、な?」
今更何を。
そう思って耄碌爺を無視しようとした時に、弥生が俺の肩を叩いた。
「凪君。もしかして、火之村さんは、起動方法を知らないんじゃないかな?」
「いや、そんなわけないだろ。だって、昔は――?」
昔は?
あれ? 今まで守護者と言われている人達は、どうやって戦っていたんだ?
「以前から枯渇してたから、知らない人も多いと思うよ? 欲しくても手に入らない稀少なものだったんだから」
……枯渇?
そうだ。何で人具は枯渇したんだ?
火之村さんからは愛用の人具が壊れて引退したと聞いた。
そんなわけがない。
だって、人具が壊れるなんてことは……それこそ、考えられないほど乱雑に扱わなければ壊れる品物じゃない。
俺は一度、力を発動した人具同士を思いっきりぶつけてみたことがあった。欠けることはなかったし、弥生が持つ成政だって、振り回したら家の柱が壊れそうになるほど突き刺さったけど、歪みもしなかった。
ギアがいくら硬いと言っても、メンテナンスさえしっかりしていれば早々壊れることなんて……
まさか――
いや、落ち着け。
人具を整備できる人がいなければすぐに朽ちるだろうし、それ以上の激戦だったと思えば死者もいただろうし、そこに捨てられた人具もあったはずだ。
だけど、もし……
もし、誰も、人具の発動が出来なかったとしたら?
そうだ。おかしいんだ。
弥生だって俺だって、戦いに関しては全くの素人なんだ。
なのに、鎖姫は別格としても、俺達は人具の力の恩恵を受けてギアを倒している。
「火之村さん。あんた達の時代は……ギアと戦う時、その人具をそのまま武器として使っていたんですか?」
素人が戦えてるのに、今より人具があって、訓練されて戦っていた人達は、もっと戦えているはずだ。
「いや、そうでしょうな。武器は武器。人は武器を持ちギアと戦う。流石に己の体だけで戦うわけはないですな」
「いや、そう言う意味じゃなくて。その武器達を、そのまま振り回して斬っていたのかって意味」
「そうですが? だから消耗も激しく、一戦あれば大量の人具が壊れ、なくなりましたから、な。生産が追い付かないのは仕方がないかと」
「まぢか……」
なるほど。やっと枯渇した意味が分かってきた。
人具の力の解放を、誰も知らなかったんだ。
……だから、隣町でギアを一人で倒したと言ったら嘘つき呼ばわりされ、発動したら橋本さんが腰を抜かして、みんなから怖がられたのか……。
「? 例えば、水原様が作られたあの棍型の人具は、かなり量産されておりましたが、あれで殴るとなると、ギアを倒すまでにはかなりの時間を要します、な。
複数人で囲んで殴ることを想定していたのでは? その為にあれだけ量産していたのかと。
いろんな方が大量購入していたのも、ギアを殴っても簡単には壊れない鈍器として買っておりましたが、用途が違っておりましたか、な?」
俺が作った人具をなんだとっ!?
そんな使い方、皆が持ってた普通の鉄の槍と変わらんわっ!
思わず今の状況を忘れ、叫びそうになった。




