03-03 襲い来るアレ
ヒロインっぽい人がやっと登場です。
ここでいうヒロインは、執事のほうですが。
「弥生、物騒だからそれしまえ」
まさか、また出会うとは。
そう思いながら、自分の寝ぼけた頭を覚醒させるためにベッドに腰掛け、首をこきこき鳴らす。
入り口付近で、巫女を守るように立つ成政に力を流したままの弥生に声をかけながら、自然に出た欠伸を手で隠して来訪者を見る。
以前見た時よりも長くなった艶やかな黒髪。
純白のセーラー服ではあるが、左肩付近から右脇辺りまでに斜めに入る重ね衿の一線と、両肩と二の腕の間の衣服を繋ぐ紐で網上に縫われて肌を透けさすアクセントがどこか和服を思わせる。下半身は青を基調とした白とのストライプの膝上のプリーツスカート。
この辺りどころか、見たことのない制服だ。そもそも制服なのだろうか。
物静かそうな、窓際の端でのんびり本でも読んでいそうな雰囲気があるが、目尻が気持ち少し下がった目が、おっとりといった印象に拍車をかける。
そんなお嬢様がそこにいる。
眼鏡をかければ、何となく図書委員とかやっていそうだと思った。
その目が、潤んでいるように見えるのは、なぜかさっぱり分からない。
きっと、成政を持った弥生に脅されたのだろう。そうに違いない。
ナオが見せてくれた夢の中で、また会うことのできた神夜と巫女を思い出して、懐かしい気分に襲われる。
が、しかし。
気になるのはお嬢様より、左の頬の十字傷が印象的な……むしろそこだけをまじまじと見てしまう、黒を基調とした正統執事服がよく似合う爺が気になって仕方ない。
「……あんた、抜刀とかしそうだよな。技に『閃』って言葉がつきそうだ」
「? なんの話ですかな?」
流石に伝わるわけもないが、弥生が「あ、そう思えばいいのか」と、なぜか納得していた。
……よし、今度二人で話してみよう。
「お久しぶりです」
そう、少しだけ自分より爺を優先されてむすっとした表情を浮かべるお嬢様が俺の思考を遮る。
「華名――」
「帰れ」
その名前は聞きたくない。
俺の一言で名乗りを遮られたお嬢様は、何を言われたのか理解できないと言った顔をして俺を見た。
「よくも、まあ……昨日あんなことがあってここに来れたもんだな」
「は、母が……ご迷惑をおかけ致しました」
はっと我に帰ったかのように、すぐさま涙を浮かべながら謝罪の言葉と丁寧にお辞儀するお嬢様に、少しだけ心が痛む。
ついでとばかりに、まだ寝起きのせいか頭が痛い。
まあ、頭痛がしていようが、許す気はない。
「お兄たん」
俺の横にちょこんと座った黒猫が声をかけてきた。
……?
…………?
………………?
……うおっ!?
……なんだ、可愛い可愛い俺の妹のナオか。てっきり黒猫の姿を借りた天使かと思った。
そんなナオの頭を撫でると、本当にごろごろと鳴っていそうな、照れているような表情を浮かべる。
相変わらずの癒しに俺の心が満たされる。
と、ともに。再燃。
……お前らは、こんな天使を泣かせたんだぞ。
許す気は、まったくない。
「凪君……もう、一週間経ってるよ」
「……はぁ?」
ちょっと、何言ってるのか分からないんですけど。
そう思いながら巫女を見ると、呆れたような表情を浮かべてこくんと頷く。
「お兄たん、寝ぼすけ」
「え……まぢで?」
なんだ。俺に何が起きていたんだ。
一週間、だと……?
「それは、つまり……見たい番組を一回見逃したってことか?」
「だいじょぶ。録画なんてないの」
いや、別に見たい番組があったわけでもないが、流石にすぐに過ぎ去った日々に追い付けない。
「失礼ながら」
爺がこほんっと咳払いをしながら、注目を向けさせる。
「お嬢様の謝罪に対して、何か言うことはありませんかな?」
「ない」
即答にびくっとお嬢様が体を震わせる。
しばらくすると、嗚咽のような声と、床にぽつりと水が落ちる。
周りからは一週間経ったのかもしれないが、俺からしてみたらつい――夢の中の出来事は無視して――数時間前にとにかく絶望したのだ。
しかも寝起きにいきなり部屋に入り込まれているのだから不機嫌でないと誰が思うのか。
「流石に紳士的な態度では――」
「紳士的な態度で接してこなかったのはそっちだ。今も、な」
爺もあの出来事を知っているのか、言葉に詰まった様子だった。
「後な、お前ら。ちょっと印象悪いんだよ、初めて会った時に」
その言葉にお嬢様が顔をあげる。
涙で頬に跡がついていて、おっとりした雰囲気はすでになくなっていた。
ただ、何か期待しているかのような、ほんの少しだけ希望が満ちたような顔。
「一年くらい前に、お前らは」
すっと人差し指でお嬢様を指差す。
「住居侵入罪」
続けてその指を爺に向け、
「窃盗罪。おい、おっさん。神鉱、盗んでいったろ。まだそのポケットに入ってて置いていくなら許してやるが」
お嬢様を見ると、酷く頭が痛くなる。
あの時はあれだけ二人に聞きたいこともあったし、今も聞きたいことはある。だが、この痛みは思考さえも止める程の痛みだ。
とにかく、この二人を追い返して頭痛薬でも飲んで横になりたい気分だった。
「一年、前……? 住居侵入罪?」
お嬢様の顔から希望が消える。
ゆっくりとナオが立ち上がった。不思議そうにお嬢様を見ている。
先程からこのお嬢様が何を求めているのか、何か俺から聞きたいようだが、初めてこうやって話す相手に、何を思えばいいのか。
ずっと探していたようだからやっと会えたことが嬉しい程度だとは思うが。
ただ、探していたのは父さんのはずで、俺ではなかったはずだ。
そんなことよりも、ナオさんや。
頭が痛いので座り直してもらえないだろうか。今の俺には癒しが必要なので撫でさせてもらいたい。
「お嬢様と一緒に水原様を探していた時です、な」
「でも、あの時は誰も……」
「いたよ。ああ、あの時は家中掃除してくれて助かった。そこだけは感謝してる」
「どこに……?」
「あんたが開けたクローゼット。服がなくて裸だったからな。隠れさせてもらってた」
ナオが「あの時ナオも裸。お兄たん、ナオと一線越えたの?」と言い始めたので「んなわけない」と返しておく。
いや、待て。
おい、ナオ。お前、そんな言葉どこで覚えてきた?
町長さんの息子か?
……よし、今度会ったら祐成の錆にしよう。
「だから、その時に勝手に人の家に……ん?……あんた、さっき、久しぶりって言ったか?」
「凪様……」
「様付けされるよう――っ!」
急に頭痛は激しくなり、思わず額を押さえてしまう。
座っているのに、ベッドから前に倒れこみそうになる。
お嬢様がとっさに俺を支えようと近づこうとしたようだが、その前にナオが正面に立ち、抱きつくように俺を支えてくれる。
なるほど、だからさっき立ち上がったのか。
なんだこの子は。
天使な上に天才か。
「お兄たん。だいじょぶ?」
ナオが俺をベッドに押し戻してくれるが痛みは引かない。
いや、この痛みは、知っている。
来る。来るのか。
あの時は裸で床に突っ伏したが今はベッドの上だ。
みんなには悪いが布団に入って――
相変わらず、忘れてるんだね。君は。
布団に手をかける前に、そう、『俺』の声が聞こえた。




