??-?? 終わる日
辺りを飛び交う悲鳴と暴風。
通り過ぎていくのは人や荷物の塊。先程、お母さんもお父さんも、遥か遠くへと飛んでいった。
残るボクの家族はお兄ちゃんと直。
でも、もう……それも終わるんだと思う。
ぎしぎしと、お兄ちゃんの左腕は飛行機の椅子を必死に掴んでいるけど、嫌な音が先程から聞こえている。
「……お兄ちゃん、もしボクたちが生き残れたら――」
「――デート、しような?」
「えっ?」
「約束だぞ?」
「………うん!」
お兄ちゃんは、恐らく死なない。
あのピアスが守ってくれるから。
お兄ちゃんの周りには、青い光が立ち昇っている。
お兄ちゃんの周りだけ、何も変わらない。
辺りに吹く風も、飛行機がくるくる回っていても、お兄ちゃんが椅子から手を離してもそこに、何も変わらず何も起きていないように居続けるんだと思う。
だけど、ボクは死ぬ。
あの青い光は、お兄ちゃんしか守っていないから。
だから、最後に想いを伝えたくて、お兄ちゃんと唇を重ねた。
お兄ちゃんから、好きだって伝えられた。
やっと、お兄ちゃんがボクのことを見てくれた。
(碧っ。みどりぃぃっ!)
俺の半透明な体は、飛行機の中にいる俺の背後にいる。
(早く、早く椅子から手を離せっ! もっと、碧を抱き止めろっ! 離すなっ!)
左腕でも抱き締めろ。
絶対後悔する。だから、だから、その左腕を。
必死に自分の左腕に触れて引き剥がそうとするが、俺の体は左腕には触れられず。
俺は、俺が碧を離す所を見てしまった。
半透明な俺の体を、大きな物体が通り過ぎていく。
あれは、俺の右腕を千切った、飛行機の欠片だ。
その欠片は――複数の欠片は、俺の背中に突き刺さり、最も大きな欠片が右腕の付け根を抉り、引き千切る。
直が、碧が、離れていく――
(うああ……うああああっ)
なんで。
なんでまた、この光景を俺に見せるんだ。
目の前の出来事は、俺の慟哭とは関係なく、更に進んでいく。
――お兄ちゃんと、もっと、もっと一緒にいたかった。
お兄ちゃん。大好きです。
そう伝えたかったけど、伝わったかな。
横から、死が訪れた。
熱い 熱い 熱い 熱い
目の前だけじゃなくてボクの回りを囲む全てが真っ赤。
直をぎゅっと抱き締めて守る。
熱い 痛い 熱い
耐えられない。
体が少しずつ熱で溶かされていく感覚。
こんな感覚、感じたこともなければ感じたくもなかった。
一瞬で燃え尽きるものじゃないの?
誰か、誰かこれを止めて。
熱い 熱い
どろりと、ゆっくり液体が流れる感覚が分かって首を下に向けると、濁った白濁液が下部へ流れてすぐに蒸発した。片目が見えなくなったから、目が溶けたんだと分かった。
まだ溶けていない目が見たのは、ボクの腕はすでになくなっていて、直がすでにいない事実。
さっきの、どろっとして流れていった液体は直だった。
ボクもそうやって消えていく、と考えが過る。
嫌。やっぱり死にたくない。こんな、こんな――
お兄ちゃん。助けて――
ボクは、消し炭になった。
・・
・・・
・・・・
真っ白な世界にいる。
ここはどこなのかは分からない。
分からないけど、分かるのはボクにはまだ体があって、目の前に、ふよふよと浮かぶ丸い球体がある。
それが、直だって、すぐに分かった。
ごめんね。ごめんね直
小さな赤子が、きゃっきゃと笑ってる声が聞こえた気がした。
ぎゅっとその球体を抱き締める。
酷い。酷いよ。
こんな小さな子が、あんな風に死んじゃうなんて。
痛かったよね。辛かったよね。
「――あら。あなた」
背後から声がして、振り返ると女の人が立っていた。
「あら、あらあら」
天使の輪っかみたいに、長いストレートの茶髪がきらきらと光っている。
とても、綺麗な髪をした女の人。
その女性は、ボクの背後を見て嬉しそうに、まるで向日葵が咲いたような、とても綺麗な笑顔を見せてボクと直をみる。
「『刻族』の『旅行者』でもない、可愛い女の子が、こんな所でなぁにしてるのかなぁ?」
わくわくと、擬音が出そうな喋り方をする女性がよく分からないことを聞いてきた。
「早く帰らないと。戻れなくなっちゃうよ?」
戻れる? ボクはまだ生きてるの? お兄ちゃんにまた会えるの?
「……お兄ちゃん?」
ボクの背後をじとっと見つめる女性。
ボクの背後になにか、あるの?
「今度会ったら吹き飛ばす」と、物騒な言葉を呟く女性がまたボクをみて、溜め息をつきながら「でも、おっきくなれたの見れたから満足満足」と、また綺麗な笑顔を見せる。
「あなたは帰れるよ」
本当? じゃあ今すぐ帰りたい。帰って、お兄ちゃんと一緒にいたい。
「でも、その子は帰れない」
女性が指差したのはボクの胸元の丸い球体。
「だって、その子。もう、体が無いから」
直は、直は帰れない?
「うん。帰れない」
そんなの、そんなのないよ。
直は生まれてまだ一年も経ってないんだよ?
まだ、なにも分からない、これからどんどん楽しいことや嬉しいことが待ってるのに。
「ね。あなた達って、なっくんのなに?」
なっくん?
女性がまた、ボクの背後を見ながらにやにやと、含み笑いを浮かべながらそう聞いてくる。
ボクはお兄ちゃんの義妹で、直は実妹。
ボクのことを伝えたときは何もなかったのに、直のことを伝えた瞬間、ぴきっと額に怒りマークが現れた。
笑顔のままだから怖い。
「じゃあ、どっちかが戻れるなら、どっちが戻る?」
直とボク。
どちらかが戻れる?
……ボクは、戻りたい。
お兄ちゃんに会いたい。
お兄ちゃんに会って、またあの素敵な笑顔を見ながら抱き締めてもらいたい。
また、お兄ちゃんが作ってくれたデザート食べながら、仲良く暮らすの。
やっと、お兄ちゃんが好きって言ってくれたから、もっと、お兄ちゃんのこと、知りたい。
……でも、だめ。
直は、これからいっぱい素敵なことを経験しなくちゃダメだから。
お兄ちゃんだって、直に会いたいだろうし、直にはお兄ちゃんの凄いところ、知ってほしい。
直は、お兄ちゃんのこと、すごく好きだったもんね。
お兄ちゃんも直のこと大好きだったもん。
ちょっと嫉妬しちゃうくらい。
お兄ちゃんには会えなくなるけど。辛いけど。
……お兄ちゃんにはきっと、ボクよりいい人がきっと見つかる。
だって、お兄ちゃんだから。
ボクが好きになった、お兄ちゃんだから。
だから、だから。
……やっぱり、直を、戻して。
「泣きながら言うことじゃないけどねー……でも、良くできましたっ」
そう、女性が告げると、ボクの体が小さくなって。
目の前のふよふよ浮く球体が人を形作る。
見た目は少しだけ幼い、ショートカットの女の子。
直が大きくなったらこんなに可愛い子になるんだと、二人でどこかに遊びにいったり、話したりしたかったと思うと、少しだけ悲しくなった。
直が目を開けた。
くりっとした大きな瞳が、この世は不思議に満ちているっと言っているかのようだった。
ボクをみて、少しだけ不思議そうな顔をしている。
……丸いもんね。
直。お姉ちゃんだよ。直のお姉ちゃんの碧だよ。
お兄ちゃんに、これから会えるね。よかったね。
そう伝えると、直は嬉しそうに笑ってくれた。
直は、これから、いっぱい楽しいことをするの。
これから嬉しいことや、友達や好きな人ができて。遊んだり、泣いたり、笑ったり。色々経験するの。
好きな人が出来たら、出来たら……
きっと、幸せになれるよ。
直だもん。
「ねぇ……ね?」
直がボクを触ると、ぎゅっと抱き締めてきた。
丸い球体だから、抱きやすかったみたい。
直が、生きてる。
温かい。
よかった。これで、直はお兄ちゃんに会える。
でも、ボクも、やっぱり……やっぱり。
お兄ちゃんに、会いたかった。
「それじゃ、しゅっぱーつ」
そんな軽やかな声と共に、直の体は薄くなっていく。
直が、不安だったのか、ボクをぎゅっと抱き締めて離さない。
でも、直は少しずつ、消えていく。
「ねぇね? ねぇね!」
そう慌てるように、叫ぶように、泣くように。ボクのことを「ねぇね」と呼ぶ直を見ると、ボクもそっちへいきたいって想いが強くなった。
直。直。お兄ちゃんは、とっても格好いいの。
でも、お兄ちゃんをボクから奪ったら、許さないからねっ。
だけど
お兄ちゃんと、仲良く、ね?
ボクは笑えていたかな?
あ。丸いから分からないか。
でも、それでいい。
だって。絶対、笑えてないから。




