02-14 ノート
町長さんと話をした翌日、自分の生まれ育った家に向かうために隣町に入ったときと同じ拡神柱の前へと向かう。
主力ギアを俺が倒したことでこの町は比較的安全にはなったと思うが、いつギアが襲ってくるかも分からないし、掃討部隊がこの町に到着するまでに、彼らが言う神具――人具を作成できるようであれば人死にも少なくなるだろう。
今のままでは掃討戦が始まれば多くの人が死ぬ。
町長さんとはあの後その辺りを含めて話をしたが、やはり心配だったのか、俺と一緒に拡神柱の前まで来てくれた。
直を預かってくれると言ってくれた町長さんに感謝したが、その直が再度大泣き高速はいはいを発動して向かってくる様に、町長さんと共に恐怖を感じ、笑いあった。
泣き疲れて指をちゅぱちゅぱさせながら眠る天使みたいな直のためにもノートをすぐに手に入れて戻ってくる必要がある。
だが、俺は拡神柱を前にして、入る時に起きた、衣服が焼き切れる現象を思い出した。
俺が痛い思いをするのは問題ないが、服がなくなるのは流石につらい。裸で自分の家に戻るとか、どんなプレイなのかと思ってしまう。
……いや、待て。
俺がここに着くまでに、人を見かけなかった。
……見られないんじゃないか……?
そうだ。
見るやつなんかいない。
ギアがいつ来るか分からないところで住んでいる人はいないはずだ。
今なら、何も言われないし何も罰をもらうことがない。
そうさ、恥ずかしがる必要はない。いっそのこと――
「本当に、大丈夫か?」
町長さんの声にびくっと体を震わせてしまった。
「大丈夫……です」
「ならいいが……気をつけていくんだぞ? では開けるぞ」
町長はそういうと拡神柱に触れる。
よく見たら町長が触れた先に丸いボタンがあり、町長がそれを押すと中からレバーが飛び出してくる。
レバーを下げるとバリアみたいな膜がなくなるのだろうか。
「入った時にも操作していると思うが一瞬だけ拡膜を消すからその間に抜けてくれ」
あ、その通りでした。
なんだかがっかりしている自分がいる。
いや、違う違う!
家まで戻るまでに爽快感、開放的な溢れる旅ができるとか、そんなことは全く思ってない!
思っていたとしても気の迷いだ。
……そう、信じたい。
佑成の力を借りて一気に向かおうと開放。
俺の体を通して佑成に力が流れ込み、佑成から力が俺の体に流れ込み、循環し、漲ってくることが分かった。
準備はできた。
挨拶しようと振り返ったら、町長さんが腰を抜かして座り込んでしまった。
「そそそ……」
「? あっ……」
そうだ。忘れていた。
人具さえない町だったことを忘れていた。
そのさらに上位の神具を見たらそれは驚くのも無理はない。
「えーっと……神具です」
「あ……ああ、な、なるほど……そうだっな。だから鎖姫も倒せたのか……やっと現実に意識できたよ」
厳密に言うとわかっていないと思う。
この町では神具を本当にみた人はいない。町というより、この世界で神具を見たことある人が少ないだろう。
この世界では、神具の量産器、人具が神具と言われているくらいだ。
この説明は流石に後でしたほうがいいだろう。
急ぐ必要がある。
とにかく一気に走り抜けよう。
町長がレバーを上げ下げする一瞬の間に拡膜を抜け去り自分の家へと走り出す。
・・
・・・
・・・・
ギアに荒らされ焼け焦げた家や倒壊して中身が露出している家。荒れ果てた道路。その道を塞ぐ倒れた電信柱や道路に突き刺さって半壊した車。
壊れて機能せず、ただ道のりの邪魔となっているそれ等を横目に通り過ぎていく。どこもかしこも住宅や建物のあるこのご時世だが、拡神柱で守られていない場所は至る所に破壊の跡があり人の気配を感じられない。
どこにギアが潜んでいるかもわからないが、今はとにかく家へと向かう。
佑成の力でブーストされた身体能力は辺りの障害物はものともせず。
行きにかかった時間がなんだったのかと思うほど早くに着いた。
俺の町にあるはずの拡神柱は隣町方面はやはり壊れていたが、まだ機能している拡神柱もあるようだった。
この拡神柱を繋ぐことが出来れば安全が確保され、また人が戻ってくるということなのだろう。
隣町まで繋ぐことも出来れば移動も容易くなる。
……これ、作れないのかな。
人具の次に作ってみたいものが増えた。
水原家に近づくにつれて破壊の痕が真新しくなった。
削り取られたかのように消失した家の残骸や、焼けて黒い炭と化した半壊した家、小さな穴が無数に開いた家が目立つようになる。
鎖姫と俺の戦いの跡だ。
家に着く手前で、鎖姫の使っていた牛刀が墓標のように道路に突き刺さったままだった。
特にこの牛刀を叩きつけられたときは死を身近に感じた。
佑成が俺の治癒能力を上げてくれなかったら今頃ここで死んでいたのだろう。
ギアの恐怖を改めて実感した。
自分の家が壊れずに変わらずあることに安堵しながら家の中へと入る。誰もいない静かなリビングを一度見た後、すぐに二階の自分の部屋へと向かう。
目的の品である、机の上のブックスタンドに整えられたノートを一つ手に取り中を見る。
試行錯誤を繰り返して、やっと神具の量産器・人具が作れたという感動の言葉が載っていた。
神具でなければ意味がないと思ってはいたが、これさえも人類にとってかなりの貢献であり、各地に父さんが生産した人具が輸出されていたのだろう。
ただ、それさえも今はほとんどない。
何があってなくなったのか。
紛失や人同士の争いでなくなったと言うわけではないと思うが、この辺りはギアとの争いで少しずつなくなったのだろうと推測したい。
直せないのだから壊れれば捨てられる。
消耗品扱いだったとも考えれば納得もできる。
ただ、人具が作れなくなるということを考慮されていない。
ああ、だから父さんは作り方を公開しようとしていたのか。
ただ、それが何らかの事情で出来なくなった。
これは確かに陰謀説も流れるわ。
だが、子供の頃の俺よ。
よくやった。
ぺらぺらとページを捲る。
子供だったからか、漢字が少なく、まだよろよろっとした平仮名で、自分の作った人具の絵とこの時にどう思ったかといった感想が書かれていた。
どうやらこれは日記のようだ。
妙に凝ったデフォルメされた長い髪の女の子キャラが、「頑張れなっくん!」「輝いてるよ!」「お父さんなんか抜き去っちゃえ!」とか吹き出しつきで記載されていて全く頭に入ってこないのが難点だ。
途中のページに「なっくん、噛んでいい?」と惚けた女の子が書いてあって、ああ、これは噛まれたな。と何となく頭を撫でてしまう。
うん。これ母さんだわ。
ガジガジと噛まれている小さい自分が容易に想像できた。
……いや、そんなことはどうでもいい。
当時の記憶と照らし合わせながらなんとか最後のページまで辿り着く。
ここに至るまでに書かれていた内容から、うっすらとではあるが作り方を思い出してきてはいたが、最後のページに書いてあった言葉に止まってしまう。
『まとめ』
『ときぞくのちからをつかう
ぶわーってひろがってぎゅーってなってできあがり
すこしだけきらきらひかっておもしろい』
……え。
何で最後はこんな意味不明なことが。
今までは図付きで細かく書かれてたのに。
とはいっても、大体は自分がどんな人具を作ったのかの説明ではあったが。
ノートの最後のページには、そんな文字とノートの半分を占めるデフォルメ女の子の絵だけが描いてあった。
とりあえず、最後のページはよく分からないからそこまで書かれていたことと自分のあやふやな記憶で実践してみよう。
自分の机の上に置いてある機械を見てみる。
作り方そのものは至って簡単そうだった。
まずは、起点となる棒状のものを用意する。
この棒は鉄でも木製でもなんなら竹でもいい。筒上になっていれば素材はなんでもいいらしい。
見た目を考えるとしっかりとした素材を用意すればいいが、今回はあくまで試作のためなんでもよかった。
一度家から出て近くの家から物干し竿を火事場泥棒してくる。
長さ的に自分の身長と同じくらいの物干し竿だから、完成品としては槍?になるだろう。
片脇についているキャップを外すと筒に見えなくもない。
次に、机に置いてあった機械を使って神鉱を粉々に砕き、砂上にする。
この砂を筒の中に敷き詰めていく。
ごりごり、ごりごりと神鉱を機械で砕いては詰め、砕いては詰める作業を繰り返し、物干し竿の中に満杯にしたところでキャップを締める。
ここまでが、すっごくはしょった人具の作り方。
本当に凝らなければこんな簡単な作り。
……なわけないだろう。
これだけなら誰でも作れるわ!
ただ、本当にこれくらいなことしか書いてない。
子供の頃の俺よ。
もう少し詳しく書いてほしかった。
……いや、覚えていない俺が悪いのか?
何が足りない。
ヒントがないかと何気なく最後のページの絵を見てみる。
左から見てみると、女の子がまるでどこぞの気功を操る超人のように手に力を溜めている……ように見える絵から始まる。
次は掌から丸い力の塊が現れる……ような嬉しそうにはしゃぐ女の子。
最後はその塊を棒のような線に叩きつけて……「はい、できあがり♪」
…
……
………なにが?
思わずノートを引きちぎりそうになった。
いや、待て。
まさか、そういうことか?
佑成が起動したのは右手だ。
右手には佑成を起動させるなにかがあるのかもしれない。
物干し竿を右手でぐっと握り締める。
ぶわーっていうのが分からないが、この絵をみる限りは、こう、力を込めて拡散させればいいのか?
右手に意識を集中する。
感覚的に右手に何かが溜まっていく感触が感じられた。
佑成を握り締めて起動したときに感じる、体から力が流れ込む感触。
無垢な白いイメージの力が物干し竿に流れ込んでいくとぼこぼこと内部で音がし始めた。
内部に詰め込まれた神鉱が白い力に反応している。
物干し竿の表面のステンレスが圧縮されるかのように赤く変色し、赤い光を発しながら細くなっていく。
握るとちょうどいい程度まで細くなると赤い光が止まった。
「嘘……だろ」
改めて物干し竿を見ると、物干し竿と呼べない代物と化していた。
シュウシュウと内部の熱を放出するかのように煙を吐きながら、赤黒い棒がそこにあった。
硬そうな赤いフォルムをした、見た目は単純な棒。おそらく棍と呼ばれるものが最も名称として合っていそうな物に変化していた。
「あ~……そういうことか」
この目の前で起きた現象は納得はしたくないが、子供の頃の俺の書いていたことやデフォルメ母さんの絵の意味が妙に納得できた。
力の塊をぶつけて出来上がり。
ぶわーってひろがってぎゅーってなってできあがり。
なるほど。これがその力なのか。
佑成と同じように力を込めてみると、わずかにではあるが力が流れ返ってくる感触を感じる。
この恩恵が多いのか少ないのかは分からないが、佑成と比べると雲泥の差だと感じた。
これが神具と人具の違いなのか。
だが、これがなんの力なのか。
ノートに書いてあった『ときぞく』という意味が関係しているはずだ。
小さい頃の俺はわかっていたようだが、今の俺には分からない。
いつかこの意味が分かる時が来るのだろうか。
この意味が分かれば今の状況もわかってくるのだろうか。
……これは、みんなができることなのか。
ふと、疑問が湧いた。
できるのであればここまで枯渇しないのではないか。
もしこれが他の人が出来るのであれば、俺がわざわざ人具を作る意味がないのではないだろうか。
もしこれが他の人が出来ないのであれば、人具を他の人が作れないのではないだろうか。
だから、父さんは行方を晦ました?
そこに俺が現れて人具を作る? それは正しいのか?
子供の頃の記憶の中で父さんが言っていたことを思い出した。
『連れていかれるぞ』
誰に?
急に心の中が寒くなった気がした。
「……いや、それよりも今のことを考えよう」
無駄になるかもしれないが、俺はあまりにも簡単に作れた人具を、更に作るため、材料を探し始めることを決めた。
今はまだ分からないことだらけだ。
今この状況を少しでも良くするために。
俺の周りで人が死なないようにするために。
もう、あの夢の中のように人が死んでいく瞬間に感じた気持ち悪い気分はうんざりだった。




