05-17 『渇望』の絶機
この世界を――人類を世界から守るには、
ノアを倒すこと。
世界の流れを正すこと。
この二点は確実に行わなければならず、世界よりもまずはノアを倒して、それから世界を正すことが必要だった。
ノアは、刻の護り手の存在に気づいていて、すでに動き出していた。
あの時の口振りから、歴史をずらしてでも人を滅ぼす『世界』についても知っているはずだ。
世界を正してからノアを倒さないと、また狂わされる可能性もあるし、ノアに変わる何かが現れて世界が狂うこともある。
だけど、世界よりもノアだ。
ノアは、すでに準備を終え、着々と人を滅ぼすために動いている。
直近の脅威と言う点では、ノアのほうが優先すべきだと思う。
世界が正されていない状態でノアを倒せば、またノアのような敵は現れるのは間違いない。
だが、それでも。
今滅ぶよりかは、ましだと感じたから。
「世界とノアは、俺が何とかする」
これからのことに話し合いをしていた皆に、俺はそう伝えた。
「何とかって……方法はあるの?」
「いや……流石に無理だろ」
「ノアはどこかへ逃げたのでは?」
ノアの居場所は分かっている。
居場所だけではあるが……。
「まずは、ノアだ。あいつを倒さないと……近いうちにこの世界だけじゃなく、他の世界からも人が消える」
あれならやりかねない。
あいつは、最も世界に近しい考えを持った、人類に対する害悪だ。
「他の世界からもって……」
「お兄さん。それは、ノヴェルからも人が消えるという意味ですか?」
弥生の呟きを掻き消すかのようにスイが参加してきた。
ちなみに、イルは先程夢の世界へとダイブし、今は母さんの膝枕中だ。
本当に、この双子はスイが苦労する形で役割がはっきりしてるなぁ。
「それは、ハシタダさんにも影響しますか?」
「……ああ」
「ノアは、何をされるつもりなのでしょうか……」
ノアは……人類を滅ぼすために、観測所を、壊すつもりだ。
「まさか……冗談よね、なっくん」
母さんが俺の思っていることに気づく。
人を滅ぼすには、観測所がなくなれば簡単だと。
勿論、その場合は、生命そのものが消える。
そこが、世界とノアの、考えの違いだ。
「冗談じゃない。……あいつは、観測所を壊して、人の輪廻を立ち切ろうとしている」
あいつと戦っていたとき、人を滅ぼす為には観測所を壊せばいいと言っていた。
今すぐに何かが起きるというわけではないが、人が輪廻の輪に乗れなくなれば、産まれることがなくなる。
そして、それは世界もいいように使うだろう。
だから観測所を、壊されるわけにはいかない。
だが。どのようにしてノアが観測所に介入しようとしているかは不明だ。
あれは量子コンピューターだ。
ギアであれば観測所には入れない。あそこは、ギアの天敵である人の意志の塊のような場所だから。それと同じく、ノアも入ることはできない。
「……まずいわね」
母さんが珍しく考え込み、焦ったように言った。
だが、その『まずい』は何を指しているのかは分からなかった。
「……ナギ、絶機はノアに乗っ取られる可能性はある?」
「……ああ。ノアの居場所が居場所だからかな? 可能性はあるよ。ノアに最も忠実なギアだからね、僕以外は」
「? あら、あなた。ノアの居る場所、知ってるの?」
ん? ナギと母さんの会話が噛み合っていない気がする。
「俺達は、ノアから直接居場所を聞いている。……嘘じゃなければだけど」
「それは、観測所ではないってことね?」
母さんは何かに警戒しているようだった。
なんだか、嫌な予感がする。
なぜさっき、母さんは絶機が乗っ取られるかの心配をしたのだろうか。
「あれ、そう言えば。おにーさんのお母さん、絶機と戦っているって話でしたよね?」
「命さん。凪君も『英知』を簡単に倒したみたいですが、そちらも倒されたんですか?」
「ああ、それ是非聞きたいな。どれくらい強いか参考にしたい」
戦闘狂達《弥生と白萩》が絶機を二度撃破した母さんに興味津々だ。
確かに俺も興味がある。流石にノア程の強さはないとしても、後一機あっちの世界に残っているのだから、相対したときのことを考えて聞いておきたかった。
ナギが「僕だけじゃ不服かい?」とむすっとした声をあげたが、俺含めて皆が「お前、さくっとだから参考にならない」と反論したら静かになった。
「僕だって本気出したら凄いんだからね」
と、何かツンっぽいことを言い出したが無視しておこう。
「倒してない。だからまずいのよ」
そんなやり取りをしていた俺達の耳に届いた言葉に、耳を疑った。
「倒してない? あれ……?」
そして、俺も。
新人類に襲撃されていた時に感じた疑問を思い出した。
「『渇望』の絶機は、何で観測所にいたんだ……?」
倒していないことは確かに危険だ。
だが、その前に。
なぜ、絶機があそこにいられたのか。
「そこよ。つまり、あの絶機は、ギアじゃないのよ」
「いや、それを言うなら、凪も左腕が僕の腕――絶機だよ。ギアがあの場にいられないなら、凪もあの場にはいられないはずだよ」
ナギの否定に、俺もそう思った。
根本的に勘違いをしているような気がする。
母さんの言うことが正しければ、俺もあの場にはいられない。
俺が碧と会った時は別としても、俺はこの世界に来る最初に、観測所を通ってこの世界に来ている。
「でもあそこに絶機はいたよ? ボクを執拗に狙ったよ? だからナギも命さんも。ボクを逃がしてくれたんだから」
碧も絶機を見ている。
だが。
『執拗に狙われた』と言うことは聞いていなかった。
なぜ碧は狙われた?
ノアが言った邪魔者はナギのはずだ。
ならば、『渇望』はノアとは別?
いや……『混迷』の絶機も観測所を通って俺達のいた世界へと――
「観測所は、この家と同じですよね、命おばさん」
スイが眠そうな顔して母さんに質問した。さすがに『おばさん』という不名誉な称号に母さんも反論しなかった。
「観測所は、ムイタ族しか辿り着けない。ただ、例外はあります。……ムイタ族から許可を得ればいいんです」
それは確かに、この家と同じ原理だ。
この家も、主人から許可を得ないと入れない。
「だから、あの絶機は刻族の誰かから許可を得たことになる。許可を得れば、そこにいる姫やナギのようにこの家にも入れて、観測所にも入り込むことができるのよ」
母さんがさらっと、「ここ、簡易観測所を固定化させた場所だからねー」と、この家の正体を語った。
流石に、俺も、皆も。
まさか観測所に足を踏み入れていたなんて思っても見なかった。
許可を得なかったら見えないはずだ……。
「あ……だからですか? 神鉱が生まれ続けるのは」
「神鉱? あれねー……あれ、観測所から漏れた意志の塊だからー。じゃないと人具なんて作れないわねー」
神鉱が俺の家が生産地だった意味も、神鉱の主成分も、さらっと。
貴美子おばさんがぱくぱくと口を開け閉めしている。
「貴美子が金魚みたいになってるけど、今は絶機よ」
流石の話の腰を折る天才もそこで話を戻した。
さらりと言いすぎだと俺も思うが、確かに、そんなことよりも絶機の謎が優先だ。
「御主人様のお母様。皆様とは違う刻族の方に許可された可能性はありませんか? もしそうなら、あれはギアという可能性も」
「ないわねー。刻族は絶滅しているようなものよ。……基大さんが許可したなら話は別だけどそれはないし」
姫の問いかけに答えた母さんが、「もし基大さんなら、半殺しが全殺しになるだけよ」と追加する。父さんは母さんに会ったらどちらにせよ殺されるんだろうなと思った。
「俺達でもないし……」
「僕達はハシタダさんやシラさんが危険に陥るようなことはしませんよ」
双子も違う。
違うが……
「シラさんって誰だ?」
「ハシタダさんと一緒に町を守っているハシタダさんの後輩の門番さんです。よくしてくれました」
……うん。
余計な情報だった。
俺達、そのノヴェルにいる橋本さんもどきは知らんからな?
「僕達やお兄さん達が許可してないなら、あの場にギアがいることはおかしいですね」
「そう、そこよ。そうなるとあの絶機は、ギアだけどギアじゃなくて、ギアだから人でもないってことになるのよ」
なぞなぞのような母さんが出した問題に、俺もそこに至った。
だけど、なぜ。
確かにそれはあり得る。だけども、それこそ時間軸がおかしい。
いくらなんでもそれは――
「あれは。新人類よ」
母さんが誰もが答えを言う前に自身で答えた。
「新人類で、碧を求める……?」
「朱さんにちょっかいかけてる新人類?」
「新人類で……刻族ならあり得るってことだよね?」
「あー……だったら誰の許可もいらないってことか」
皆が碧を見た。
何となく、皆は一人の存在が頭に浮かんでいることが分かった。
俺も、そうだ。
「え? ボク何か変なこと言った?」
碧はまだ、自分がとても重要なことを言っていたことに、気づいていない。
『渇望』。
その名が示す通り、やつは渇望していたのだ。
……碧に。
欲しくても手に入らない存在。
碧にいくらアクションしても、見てもらえない存在、興味がない存在だから、自身の中で妄想し、その妄執を実現させようとした。
そうしないと、碧は自分のものにならないから。
碧を執拗に狙う存在。
あいつは、『砂名』だ。




