05-08 双子、所により 2
俺はこの混沌のなか、お湯を吸い込み延びきってしまった『かなっぷぬーどる』を、どうすれば美味しく食べることができるか考えていた。
イルとスイの登場によって用意された夕食という名のかなっぷぬーどるだが、存在忘れられているんではないだろうか。
……いや。
一人だけ。こんな混沌とした中に平常運転のやつが後ろにいた。
「御主人様エキス……美味しいです」
『御主人様の愛人枠』とエプロンに文字を浮き出させている姫だ。
姫はしっかりと。かなっぷぬーどる・凪味を時間通りに蓋をぺりっと開けて食べていた。
メイドの矜持なのか、俺の後ろで立ったまま、ずずずっと。
その姿に、ギアってしっかり箸持ってご飯食べるんだなって思う。
「食べるときくらい座って食べろよ」
「これは失礼を。では、御主人様の上に乗らせていただきます」
違う。違うぞ姫。
何で俺の上を選択する!?
俺、お前の御主人様なんだよな!?
そんなやり取りをこっそりしている間も、双子から始まった混沌は収まらない。
そんな中、それを収める言葉が、双子から発せられた。
「イル……橋本さんだよ。ハシタダおじさんじゃないよ」
「あ。そっか。別人だったね」
「ハシタダ?」
「うん。ハシタダ・シモトおじさん。あたし達を保護してくれたおじさんだよ」
保護? そのハシタダって人がこの双子の親代わりの人か?
名前からして外国人? いや、違う?
ハシタダ……シモト……?
ハシ……タダシ……モト……
ハシモト……タダシ……
「橋本さん」
「な、なんだい水原君? 今ちょ~っと手を離せなくてだね」
達也の持つ携帯から、『ぴっ』と音がした気がするが、まあ、気にしないでおこう。
達也も凄い顔してるし。
言ったところで後の祭りだろう。
「名前、なんだっけ」
「そこは覚えておこうね!? 正だよ! た・だ・し!」
……確定だ。
「偽名まで使って隠し子とか、やばいと思うぞ」
「何を言い出すのかな!?」
「最低ね」
「認知してないとか」
「弥生はああならないでね」
橋本さんを汚物を見るような目で見ながら巫女が弥生にしなだれる。
「ならないよ。巫女しか見えないから」
「弥生……」
「巫女……」
甘い雰囲気出す二人と、家族の絆にヒビが入りそうな親子の対比が凄い。
「まあ、冗談はさておき。別人だな」
「うん。パパじゃない別人だね」
「分かってたならこういうこと止めないかな!?」
「でも、パパは帰ったほうがいいよ」
達也が携帯の画面を橋本さんに見せると、橋本さんの顔が真っ青になった。
「たつやぁぁぁ! なにやってくれてんのぉぉぉー!?」
やはり押していたらしい。SNSの送信を。
橋本さんの叫びがあまりにも凄くて、ばたんっとキッチンの奥の冷蔵庫の扉さえ開くほどだ。
「ごめんよっ! 帰るねっ! 達也も来なさい!」
そう言うと、笑う達也と泣きそうな顔した橋本さんは、物凄い勢いで去っていく。
「いや、話終わってないんだけど……?」
なんか、橋本さんの浮気問題で凄い時間を食った気がするのだが……。
それよりも、かなっぷぬーどるをどうするんだ。
まだまだ延びきらせる気なのか。勿体無い。
いや、まだ手はつけられていないから、味がよければ食べるか。
「ハシタダ……? イル? スイ?」
そんな中、ナオがぼそっと呟いた。
名前に何か引っ掛かっている様子だが、思い出せないようで、唸っている。
「ん? あれ?」
「どしたの? スイ」
「ほら、あの子……」
「ん。……あれ?」
双子も違和感を感じたのか、ナオをじっと見た。
見られたナオも負けじと、じっと、いつもの眠そうな目で双子を見る。
「「あ」」
双子が何かを思い出したかのようにナオを指差した。
「「あのときの子だぁぁーっ!」」
双子の驚きの大音量が俺達の耳を襲う。
びりびりと、衝撃さえも伴うかのような叫びに、キッチンの冷蔵庫の扉がまた開いて閉じ、貴美子おばさんの席に置いてあったカップも割れる。
皆も一斉に耳を押さえて悲鳴の大合唱だ。
なんだ、なんの攻撃を受けたんだ俺達は。
攻撃とさえ思える無邪気なその叫びに、皆もふらふらだ。
「な……ナオの知り合いだったのか?」
「し、知らないの」
キーンと鳴る耳の痛みに耐えながらナオに聞いてみるが、ナオは知らないようだ。
ナオは頭をふらふらと。被った黒パーカーフードの猫耳も同じくぴょこんぴょこんと生きているかのように揺れる。
「知らないのも無理ないよ」
「覚えてたら凄いよ」
双子はうんうんと頷き、自分達だけで納得しているが、何を納得しているのかさっぱりだ。
「お兄ちゃんの知り合いでもなくて、ナオの知り合いでもなくて……誰の知り合いでもないの?」
「碧。……俺の父さんか母さんが関係してると思う」
「「ミドリ?」」
今度は俺が言った碧という名前に反応する双子。
まさか、また攻撃が来て冷蔵庫のドアも開いてしまうのかと、思わず身構えてしまう。
「君がミドリなのかぁ。じゃあ、《《君達》》がシンヤお兄ちゃんの子供なんだね」
「ミコお姉ちゃん、悲しそうだったねー」
唐突にその双子の言ったことに。
「「え……?」」
俺と碧は二人して、同じ一言を発してしまった。
「お前達……なんで神夜と巫女を……」
……いや、あり得る。のか?
碧から、俺の知る二人は別世界にいるようだったと聞いた。
俺は別にしても、碧だって、ナオだって。
今は『別の世界』にいる。
俺なんて、今の世界から元の世界――ギアのいない別世界に旅行して、また戻ってきている。
だから、他にも世界があって、そこにあいつらがいると考えれば――
だが、そうだとしても。
神夜と巫女と同じ世界から来ていたとして、生まれ変わるはずだった碧のことを知っているとしても。
この双子が、ナオを指差したのはなんでだ?
……分からないことだらけだ。
たが、俺は話のなかで、この双子の正体に気づいた。
やはりというか、なんというか……一匹いたら何百匹もいると思えという言葉もあるが……
「だって、あたし達のお兄ちゃん、お姉ちゃんだもん」
「……おかしいよっ。御月さんも巫女ちゃんも、ここじゃない世界にいたはずだよっ! ボクは、あそこから――っ!?」
碧も気づいたようだ。
気づいたようだが……。
……いや、おかしい。
碧は、『産まれていない』。
じゃあ、何でこの双子は?
何で碧を知っている?
二人の傍にいたのか?
「イル。それじゃあ伝わらないよ」
こつんと、イルの頭を叩くスイが、俺に向かって真剣な顔をした。
「凪のお兄さんは、僕たちの正体に薄々気づいていると思いますが」
皆の視線が俺に注がれる。
ああ。気づいている。
こんな短い時間の間に何人の《《絶滅種》》に会っているのかとさえ思う。
まるで
『絶滅種のバーゲンセールだな……』
と、どこぞの野菜人のように呆れてしまうほどだ。
「僕達は、ムイタ族です」
この双子は、俺や砂名と同じ、ムイタ族。
つまり……刻族だ。
別の世界にいた、刻族の生き残りだ。
「ムイタ族? 凪くん。あなた、なにか知ってるの?」
知りたがりな貴美子おばさんが俺を問い詰めるように聞いてきた。
知ってるもなにも――
「――刻族よ。私と同族。わかる? 貴美子」
そんな声が急に、俺達が背を向けていたキッチンから聞こえてきた。
その声を聞いたとき。
俺は、橋本さんや双子の大声で冷蔵庫が開いたのかと思っていたが、そんな訳があるはずないと、今更ながらに直感した。
当たり前だ。
声だけで扉が開くとか、冷気が駄々漏れにも程がある。
誰かが開けないと、そんなの開くわけがないと、すぐに気づけば、こんなにも驚くことはなかったかもしれない。
……いや。驚くのは当たり前だ。
皆も、全く意識してなかったキッチンからの急な声に驚き、キッチンに一斉に振り向いた。
「なっくん。料理上手ねー。このケーキ、凄い美味しいわよ」
キッチンに。
艶やかな、流れるようなきらきらと光が反射する、ストレートの腰まで伸びる《《黒髪》》の。
優しそうな笑顔を絶え間なく浮かべ続ける、
俺が皆に出すはずだった、ショートケーキを両手に持って、そこに。
「なっくん。帰ってきたよ」
俺の母さんが、普通に。
そこが定位置かのように、立っていた。




