05-02 癒しの時間
「……ん?」
少しずつ意識が戻っていく。
俺は一度目を覚ましていたような気がするのだが、全て夢だったのだろうか。
そうか。姫やナオ、碧と一緒のベッドにいたというのも夢だったのか。
ああ、そうだ。そうに違いない。
少し惜しい気もするが、そんなの起きるわけがない。
目をしっかり開ける。
暗い。
ここはどこだろう。
目をしっかり開けているはずなのに目の前が暗い。
ぴっ
⇒視力低下。
⇒これより自己治癒能力を開放し、視界を回復させます。
真っ暗な視界の左目に文字が表示された。
視力低下? なぜ?
そんな疑問の後、視界が拓けてきた。
目の前に映るのは、机だ。
確かこの色合いは、ソファーの傍においてある机だ。
ソファーで思い出す。
そうだ。さっき、俺はナニかを食べた。
そう、あの黒いナニかだ。
あの後意識がない。
そうか……そういうことか。
「……夢じゃないってことか」
「凪君。生きてたね」
そんな声が聞こえて、ずりっと、突っ伏したそのままの体勢で視界をずらしてみる。
「あ。こっち向いた。凪君、大丈夫?」
弥生だ。
弥生が隣に座っているらしい。
弥生だ。……弥生というか、男だぁ……。
じわっと、涙が流れた。
「や…やよぃ~……」
「わっ。なに! 凪君苦しいよっ!?」
思わず、がばっと。弥生を抱きしめてしまう。
こんなにも安心することがなかった。
おぉぅ。お兄さん妙に胸板固いですね。
どれどれ、腹筋の辺りは……っと。
ぉぉぅ、しっくすぱぁぁーっく。
「やよぃ~……聞いてくれよぅ……わたし……あたし……」
「うん? なんか知らないけど酷い目にあったんだね。後、手つきが何かぞわっとするね」
ちょっと嫌そうにしながらも優しく頭を撫でてくれる弥生にほっとした。
何だろう。すごく、弥生に癒される。
ああ、なんていい匂いがするんだ。
「何があったか知らないけど、僕は君の味方だよ。さ、話してみて」
「ぅぅぅ……あたし……けがさ――」
「はい、そこまでー」
俺と弥生の間にずいっと腕と肉まんが放り込まれ、弥生が俺から離れていく。
ああ、弥生……弥生が……胸板の厚い男が……俺のしっくすぱっくが……
「凪君。一応言っとくけど、弥生は私のだからね?」
「巫女? 何か変な想像してない?」
くっ。この肉まんめ。捥いでやろうか。
「凪君。弥生に今日の朝の凪君の状況は刺激が強いので、そこまでにしときなさい」
弥生が「朝の?」と疑問を浮かべながら、思い出したのか無意識なのか、自分のお腹を摩っている。
あの一撃はかなり痛かったらしい。
そりゃそうだよな。普通蹴られて吹っ飛ばないもんな。階段ごろごろ落ちていかないもんな。
そう考えたら、弥生も気絶してたからさっき起きたばかりなんだなって思うと、女性に翻弄される男という共通点があるようで、妙に親近感が湧いてくる。
「後、穢されたとか、そういう言葉使わない。三人だって恥ずかしかったと思うよ? 女性に失礼です」
いや、そうなんだけどね。
俺だって、起きてるときにやられたのならそりゃ納得するさ。
そんな巫女は朝の出来事に「ぐふっ」と言いながら、俺と弥生を交互に見て「ぐふっ。薄い本かけそう」と十八番しながら去っていく。
「……? 何かすごいことあったのかな?」
いや、それよりも。
あいつ、薄い本って……
「御主人様。|先程の殺傷兵器は処分しておきました《眼福でございます。もっと続きを。さあ》」
俺が起きたことに気づいた姫が近づいてきて副音声付で話しかけてきた。
ふんふんと息が荒い。
そうか。アレは処分されたか。
やっと、まともなご飯が食べれそうだ。
そう思って時計を見てみると、昼間近だった。
「俺、どれだけ寝てたの?」
「正確には。気絶し、生死の狭間に迷い込んでいたが正解です。五時間ほどですね」
あいつらにはもう料理作らせねぇ……
改めてそう思った。
・・
・・・
・・・・
昼食を俺と姫で作り、巫女と弥生も含めてみんなで食事をする。
ナオと碧も作りたいと言い出したが、断固として拒否。むしろ俺がああなったの見て何も思わなかったのかと説教だ。
お前達の作る料理は、誰かの監修の元作りなさいと姫を見る。
姫は「次は目を離しません」と心に決めたのか、頷きで俺の言葉に返す。
そんなやり取りもあったが、昼食の時間はあっさりと終わり。
昼食中に巫女と三人が妙にこそこそと話をしているのが気になったが、聞かなかったことにし、今は食器を洗いながら目の前の五人の会話に耳を傾けている。
「ねぇ。――なんだけど、寝ている間――って――」
「巫女ちゃん、今度それ――してよぅ」
「それが意外と――でしたよ」
「え、そうなの? だったら――」
「おっ――の。お兄たん――なの」
……弥生が暇そうなので話かけてみることにした。
「弥生、結局新人類ってどうなったんだ?」
「いや、僕はそれよりも、凪君側のほうがどうなったのか知りたいよ。姫さんがここにいるから大丈夫だったのは分かるけど。姫さんに何があったのかも分からないし、こっちにも余波みたいなの来て、新人類含めて皆して震えてたんだから」
姫が「その節はご迷惑を」と弥生に頭を下げているが、姫はこれから皆に会うたびにそうするのだろうか。
ノアの紫の光は酷く怖かった。
あの怖さが広範囲に撒き散らされていたと考えると、新人類と戦っていた守備隊にも影響与えていたのかと思うと、ノアの力は計り知れないものだったんだろうと思う。
「あ。でも、後で華名おばさんとか集まるから、その時に纏めて話したほうがいいかも」
巫女が思い出したかのようにそう言った。
集まるところはどうせこの家なんだろうと思うと、ここは酒場か何かなのかと思ってしまう。
だがしかし。
そうなると、ナオのお友達の眼鏡ちゃんも来るということになる。
ならば、前回最初から出来なかったおもてなしを――
「お兄ちゃん……夏美ちゃん来てもはっちゃけないで……恥ずかしいから」
かちゃっと冷蔵庫をあけた時に碧からそう言われる。
なんだ恥ずかしいとは。兄として妹の友達をおもてなしすることに何が恥ずかしさを感じるのか。
「あのな、碧。お前だって前の世界で何度も俺に作らせただろ」
「そうだけど……それとはまた話が違うというか……ね?」
「お兄たん。ナオも夏美たんも、いいから」
「うんうん。おやつの時間だったとしても飲み物くらいでいいんじゃない?」
あれ? 妙に女性陣が遠慮がちだ。
弥生が「美味しいのに」と言ったところで、ひゅっと風切り音を立てた巫女の鋭い肘打ちが腹部に入って蠢いている。
「御主人様、皆様は恐れているのです」
姫が女性陣を見ながらにやぁっと笑った。
三人の表情がぴしっと固まる。
「私はギアなので、そういうことは気にならないのですが」
姫が一人一人ゆっくりと見ながら、勝ち誇ったように、にやぁっと再度笑った。
「姫ちゃん……それは……羨ましい」
「ナオ。ギアって、そうなの?」
「人と同じように消化はするの。でも吸収しないの。だから排泄だけなの」
「ナオ様、それは言われると少し恥ずかしいですね」
しかし、姫のあの笑いは何なのか気になるところだが……
女性陣の話も何の話なのか分からず。疑問符が頭の中に浮かぶ。弥生も同じように首を傾げている。
「皆様、先日のおもてなしの際、数キロふくよかになっております」
「「「言っちゃだめー!」」」
ナオと碧が必死に姫の口を押さえだす。
ああ、そういうことか。
はい。前回作りすぎましたもんね……すいません。
「あ。だから最近巫女重いの――ひゅがっ」
そんな失言が弥生をして、真っ赤になった巫女の捻りの入った拳が顎に炸裂し、ぐらんと頭を軽く揺らしてからリビングの机に突っ伏した。
え。待って……
弥生君、起きて。そこんとこ、詳しく話聞こうか。
お前、以前毎日って言ってなかったよな? おい毎日なのか。なあ、毎日なのか?
「お兄ちゃん。ボクも、重たかった?」
いや、知らんよ。
俺、寝てたんだからっ! もう一度言う。俺、寝てたんだってのっ!
ああ、またナギからもらった夜の情事が頭の中で再生されていく……。
そんな何気ないやり取りが、酷く懐かしく思えて。
平和だなって。思った。




