04-44 簡易観測所《イントラ》
目の前でポンコツの体を操るナギと、姫の体を操るノアが戦いを始める。
紫の光を纏いながらの競り合いは短い時間。
ナギが競り合っていた右腕のレーザーソードを消し、急に競り合う力を失ったノアがたららを踏むようによろけた。
そのノアの顔面めがけて、振り上げるような蹴りが迫る。
牛刀のない左腕でその脚を受け止めたノアが、ナギの脚を握り潰すかのようにぐっと力を込めると、接触面から紫の光が弾け出した。
互いに譲らない戦いに、俺は一人。
その場で二人の戦いを見守るように見つめていた。
チャンスは一回。
簡易観測所をノア目掛けて放つだけだが、避けられたら意味はない。
南の地で放ったような規模ではポンコツとナギにも影響を与えてしまう。
局所的に、ある条件の時に至ったときにノアのみに放つ。
外してしまえば俺はもう次を放つこともできないだろう。
これは自爆技だ。
外せば俺だけが痛い目を見るし、左腕と左目の状況を考えると、後一発だと思っていたそれを、南で新人類に一度、三原商店で守備隊の皆に力を与えてるためにすでに撃っているのだから、俺が耐えられるのだろうかとも思う。
次を撃つと言うことさえ、まず出来るのか心配だし、それがどれだけ難しいか。左目も今は辛うじて見えるようにはなったが、左目の補助がなければ間違いなく諸とも放ってしまうだろう。
そもそも、左目のこの補助は何なのかと思う。
この左目はナギが俺を侵食したときに生まれたもので、いわば、ギアだ。
景色を第三者的視界から見ることのできる能力はナギの絶機としての能力とは聞いているが、この俺の補助をする能力のことは聞いていない。
もしこれがナギの能力だとしたら、ナギが常に俺とリンクして状況を監視していることになるが、ナギが戦っていたり、いなかったはずの修練場でも発動しているのはおかしい気がする。
ナギと別系統だとすると、なぜ簡易観測所に反応して痛むのか。ギアだからなのだろうが、ギアなのにそれを扱えるのも気になる。
まさか、ここでも自爆というわけでもないとおも――
⇒凪、ちゃんと見てる?
呆れたようなナギのメッセージが左目に流れて、俺は、はっと現実逃避していたことに気づく。
こんな時でも現実逃避できるとは。
やはり俺は何か大きなことが目の前で起こると駄目らしい。
⇒そろそろ、やるよ?
ナギのメッセージに、ポンコツの姿をしたナギを見る。
ナギはレーザーソードを振り回してノアを牽制し、ノアはそれを片腕の牛刀で捌きつつ、時にはスカートを揺らしながら、紫の光を脚や腕に纏わせて反撃している。
紫の光が強くなっているかのように見え、その光は次第に姫の体から溢れだしているようだった。
ノアがナギの猛攻に耐えきれていない証拠にも思える。
だが、それが姫を助けるために必要なことだと先程ナギから聞いた。
「本当に、上手く行くんだよな……?」
今目の前にいるノアは、姫の体をギア間ネットワークを使って乗っ取るだけの、ただの意識だ。
意識だけで姫の体を自由に扱えていることは恐ろしくもあるが、先程、姫の意志が表面に現れ邪魔したことから、内部までは支配できておらず、表面のみを支配しているとナギが理解した。
ならば、その表面を支配している物体を取り除けばいい。引き剥がせばいい。
それは、紫のあの光。
あの光が姫を蝕むノアの本体だ。
「いい加減疲れてきますよ。『英知』」
「こちらも疲れてきましたよ、母」
そんなやり取りをする二人には大きな違いがあった。
常に紫の光を放ち続けるノア。
その光を吸収しながら自身の力として使うナギ。
どちらも元々はノアの力だ。
ナギは少しずつノアの力を引き出し吸収し、姫を少しずつ解放している。
後は、その光に向かって簡易観測所を当てるだけだ。
「……なるほど。あなた方は、この娘を私から引き出そうとしているのですね」
ノアが自分の総量が減っていることに気づく。
だが、気づいたところでどうにかできるものでもない。
すでにナギはかなりの力を奪っている。
「気づかれてもどうしようもないでしょ」
「いえいえ、出来ますよ」
そんな友人と話すかのような口調の言葉の後に、にこっと笑いかけるノアから、紫の光が一気に溢れ出た。
「まだそんなにあるのかい……お腹いっぱいなんだけど」
ナギも負けじと奪った力を解放し、お互いがお互いを警戒する。
このノアの力を吸収できれば、一気に状況は変わるはず。
だけど、不安は尽きない。
まさか……あの光を放つ何かしらのパーツでもあったら。
もしそんなものがあれば、俺とナギは無駄なことをしていることになる。
ノアの余裕はここにあるのではないだろうか。
……いや、そんなものはない。
そうじゃないと思うしかない。
俺はその一瞬に、全てをかけるために、いつでも簡易観測所を発動できるように不可逆流動を開始した。
『ほら、見えるよ』
『大丈夫。よく見て』
「っ!?」
――その瞬間、俺は流れをみた。
「簡単ですよ。だって――」
ノアが動いた。
地面が爆発したかのように抉れる突進に、ナギもすぐに対処ができない。
――その流れは、ノアから。
――姫の体を流れ、脚へと、腕へと流れていく紫の光の動きをみた。
ノアの牛刀が薙ぎ払われる。
ナギが遅れてレーザーソードで身を守る。
――ノアの紫の光は、やはり、どこかから供給されている。
――最悪だ。どこだ。
――どこにその供給元が……
ばきんっと、大きな音をたて、レーザーソードに触れた牛刀が根元から割れた。
驚くナギの腹部に極大の紫の光が当てられる。
「っ!? しま――」
ナギが紫の光の衝撃を殺しきれず、吸収はしたようだが体勢を崩す。
だが、ナギへの追撃は来ない。
なぜなら――
「だって、人なんて、武器がなくても殺せますもの」
ノアは。
俺の目の前に。
「ポンコツっ! 体を返す!」
「分かりましたっ! ぬおぉ!? 何ですかこの光はぁぁ!」
二人二役のポンコツなんぞ見ている余裕はない。まさか、俺が狙われるとは思ってなかった。
⇒凪、動いてっ! 失敗だっ!
⇒無尽蔵に力が流れてきている!
ナギの言葉が脳内に、左目に流れて響く。ナギも気づいたようだ。だが、その供給元を見つけるには時間が――
『ほら、もう少し』
『お兄さんなら見えるよ』
……いや、ナギ。失敗じゃない。
見つけた。
やはり、ノアはこの紫の光を姫の中で増幅させるものを使っていた。
いや、使っていたんじゃない。
元から姫にあった機能だったんだ。
ナギ、一回だけでいい。
耐えてくれっ!
⇒耐えるってなにする気だい!?
「やっぱり、無駄でしたね」
姫の右腕が――紫の光を纏った鋭い手刀が振り下ろされる。
俺は動けない。
まだだ。
まだ、正確な場所が……
『ほら、あそこ』
『よく見て』
さっきから誰だか知らないが、教えてくれ。
あの流れの先を。その終わりを。
姫の体の中にある、ギア間ネットワークの大元、そのパーツがどこにあるのか。
ノアの手刀を左腕が受け止めた。
ぎりぎりと競り合う音が、やがてぱきりと割れる音に変わる。
⇒凪っ! 無理だっ! 耐えられないっ!
ナギの悲痛な声が響く。
左腕に走る激痛に、右手の佑成を斬り上げるように放つと、紫の光と守護の光が弾け合う。
ピアスに溜まった力も使ってノアの左腕を弾き返すことには成功するが、佑成の刀身は霧散。
がら空きになった俺の右脇腹にすっと、ノアの右手が触れる。
「さようなら」
ノアの右手の紫の光が、凝縮していく感触を脇腹に感じた。
見つけてそこに、簡易観測所を撃つしかもう生き残る術がない。
見つけられないまま、凝縮する光にもう駄目だと諦めを感じ始めるが、まだ諦められない。
当たれば死ぬ。
だけどまだ見つけられない。どこにあるんだ。
……それほど長い時間ではなかったと思うが、脇腹に触れるノアの手から、俺へのトドメの一撃は発せられない。
「くっ。こんな時に……」
『御主人様を怪我させるわけには』
スカートにまた現れた姫の意志。
姫がノアを抑え、俺への攻撃を防いでくれたようだ。
『御主人様、今です。私ごとノアを』
その意見だけは却下だ。
お前を助けるためにこんな危ないことしているんだ。
後少し。
少しで見つけられ――
『『ほら、よく見て』』
先程から聞こえる二つの重なる声に導かれて探す。
――見つけた。
姫の右胸だ。
そこに、ギア間ネットワークのパーツがある。
俺は直ぐ様右腕でその場所に触れた。
そこに、簡易観測所をぶつけて内部から破壊すれば。
もう、ノアは姫を使って出てこれない。
姫、すまん。
少し、壊すっ!
ぴっ。
⇒一定の箇所への簡易観測所の集約を行います。
ああ、やれ。今すぐに。
動けなくなったノアの右胸に触れ、俺は叫ぶ。
「簡易観測所っ!」




