04-41 紫の光
なんだあの紫の光は。
何なんだ、あのノアの力は。
俺は佑成の刀身を見ながら愕然とした。
二度。
佑成の刀身は砕かれた。
……あり得ない。
守護の力は、人の意志から漏れた光の塊だ。
意志の塊とも言えるその力を……
それを簡単に。
たった数回のぶつかり合いで壊れるような力じゃない。
今まで、こんなこと起きたこともないし、消されるような現象を見たことがない。
「私も本体ではありませんからこれが限界ですね。……とは言え、流石私の娘。守護の光を壊せるほどの力を出せるというのは素晴らしい。人が作り出したギアも馬鹿には出来ませんね」
ノアが、左肘辺りから生やした牛刀を見せる。
「あなたも素晴らしいですよ。さすが刻族」
その牛刀はぱきぱきと音を立てて割れ、半ばから地面に落ちた。
「ほら。《《この力》》を使っていても、守護の光で私の武器を壊した」
んなわけない。
俺の力は何一つ届いていない。
あの紫の光に負けて壊れただけだ。
あれは、危険だ。
それだけは分かる。
あれは、《《怖すぎる》》。
だけど、俺はあの光を見たことがあるような気がする。
いつ、どこで見た?
俺達にはない力。見ていると絶望が寄ってくるような力。
人が使える守護の光とは正反対にも思える力。
ギアだけが使える力だとしたら。
……ギア……?
「……あの時か」
……ナギだ。
以前、森林公園で俺が死にかけた時、心の世界で見た。
俺の体を使って戦うナギが、俺の体から立ち昇らせていた。
あの時の、光だ。
だが、あのナギの力とは比べ物にならないくらいに、あの光は恐ろしい。
見るだけで心が砕かれそうになるほどに。
挫けそうになるほどに、怖い。
そう言えば。
ナギを《《怖い》》と思ったことがあった。
あれは、この力のせいだったのかもしれない。
「さて。話を戻しましょう。……人を全て滅ぼすには。どうしたらいいと思いますか?」
あの力は俺の意志は弱いと言うのだろうか。
だから、《《怖い》》と思うのだろうか。
……いや、俺の意志が弱いというだけなら理解はできる。
だが、違う。
俺の今使っているのは観測所の力だ。
折れるなんて、ありえない。
それは、数多の人の意志を折ることと同意だ。
すぐに佑成の新しい刀身を作り出した。
俺の思いも篭めて、俺の全てを篭めて作り出す。
今度は、折らせるわけにはいかない。
折れれば、人の意志がギアに負けたことになる。
俺の全てが、人の想いが壊される。それが《《怖い》》。
「いくら滅ぼしても人は生まれる。なぜなら、上位世界で管理しているから。人がいなくなれば他の世界から連れて来ることもできるから。そうやって、刻族は世界を管理してきたから」
ノアは、観測所を知っている。
人を滅ぼすにはどうするか、だと?
人は別の世界では滅んでいる。
こいつらからしてみたら、滅ぼすことなぞ簡単だろう。
「観測所を、壊してしまえばいいのです。
ね? 観測所の管理者、刻の護り手殿。
守護の光や神具を作り。
私の愛しき子供を殺し続け。
私の計画を壊し続ける。
忌わしき、夫婦とその子供」
……そう言う、ことか。
観測所を壊して、生命の輪廻をなくして、全てを消そうとしている。
俺のことを……観測所の管理者――刻の護り手を知っている。
俺が刻の護り手だから。
だからこいつはここに現れたのか。
そう。
俺は刻の護り手となったときに、刻族を知ってしまった。
刻族は言ってしまえば世界のバランサーだ。
ノアが言ったように、世界に危機が訪れれば現れ、人を護る。
そんな刻の護り手を倒せば、人を護る存在はいなくなる。
世界のバランサーがなくなる。
全てが、ノアが思うように進む。
だから出てきた?
今この、混沌としていた状況に現れた?
今まで人と戦ってきた姫の体を借りて、わざわざ?
……いや、違う。
混沌としていた状況が改善されだしたからか?
その為に、姫という人を助けるギアを使った?
俺を倒し、刻の護り手を――この世界で生きる人類を護るものを消して、ギアはやはり人とは相容れないと人類を絶望させて、自分の求める世界を作る為?
俺が人具を作れるから?
俺がギアに仇なす存在だから?
俺が刻の護り手だから?
俺がそんなに……重要な存在?
……ふざけるなよ。
観測所を壊し、人を滅ぼす?
自分だって人が産み出した存在だろうに。
……こんなことをこいつが言うのはなぜか分かった。
俺の意志を、刻族の意志を潰したいんだ。
人の意志など取るに足らないと、知らしめたいんだ。
人は確かにあらゆるものを滅ぼし、壊す。
だけど、それでも、こいつの言う人の害悪は、あくまで一部だ。
滅ぼさないように、壊さないように努力している人はいる。
共存しようとしている人だっているんだ。
何が、人が害悪だ。
何がギアは私が作っただ。
何度人の意志の塊を折られた、だ。
例え、世界にとって害悪だとしても。
お前が人を滅ぼそうとしなければ。
お前が、人と手を取り合ってよくしていけば良かった話じゃないのか。
現に、俺がいた世界は。
少なからずそういう人がいて、見た目だけかもしれないが平和だった。
人だって、共存して生きるために足掻いているんだ。
そうだ。
確かにこいつの光に佑成《意志》は折られた。
だからなんだ。
人は何度だって立ち上がれる。何度だって想える。
それが、ギアには――いや、こいつには、こいつだけには理解できない、人の心だ。
それに……
俺の全てを、観測所の力を十分に使った、佑成は、折れるわけがない。
「次は、折らせない」
「折れますよ。きっと……」
俺は自分を奮い立たせる。
こいつに、負けることは絶対にあってはならない。
ノアが、右腕の牛刀を俺に向けた。
「いいえ。折ります。だって、簡単ですもの。……人の意志なんて、簡単」
くすっと笑いながら、紫の光が右腕の牛刀に集まり威圧感を俺に与える。
その紫の光が――
「……はっ」
その余裕のある微笑みを、崩してやる。
――怖い。
「佑成っ!」
「来なさい。遊んであげますよ」
地を踏みしめ一気に駆ける。
走る勢いのままに突き貫く。
ふわっと。エプロンスカートが軽やかに浮き、数歩下がるだけで避けられ、後ろへ下がる勢いを無視するかのように前方へ。
佑成の腹をすり抜けるように近づかれた。
「ほら、折れますよ」
佑成に振り下ろされる牛刀。
右腕だけなら力負けする。
だったら、左腕も使って――
――左腕が、動かない。
直ぐ様切り替えて佑成を引く。
空振りした牛刀は地面を抉り、突き刺さる。
怖い。
ノアが、動きを止めた。
「逃げましたね。折られたくなくて。折られると、思ったのでしょう? 意志を」
黙れ。
折れるわけがないし、折れてもまた作る。
折れようが、また意志を籠めればいい。
怖い。
無防備となったノアの胴体に佑成を薙ぎ払うように振る。
その体は姫の体だ。
でも、今は、ノアを倒すためには……やるしか……。
やらなければ……
怖いから――
……姫。
――姫だろうが、怖い。
すまないっ!
佑成は腹部へと。姫を切り裂くように吸い込まれていく。
佑成が、折れた。
「この力を、私が腕だけに纏っているわけがないでしょう?」
折れ、た……。
怖い。
俺の意志。観測所から漏れでた意志の光。
ありったけの意志を籠めたのに。
怖い。怖い。
……こんなにも、あっさりと。
急激に溢れる力が失われ、ノアの動きが見えなかった。
地面から振り上げられたであろう牛刀は、佑成の残っていた光の刀身に当たる。
佑成は弾かれ、俺の手から抜けて宙に浮いた。
さくっと。
佑成が地面に落ちて光を失い、元の柄だけになって地面に転がる。
怖い。怖い。怖い。怖い。
一気にその感情だけに心が塗り潰された。
先程までどうして戦えると。
こんな存在に、どうやって勝てると。
勝てない。怖い。
こんなの、どうやって……。
「ほら。折れましたね。あなたの意志も、あなたの心も」
気づけば俺は座り込んでいた。
妖艶な微笑みを浮かべて俺の前に立つギア。
がたがたと震えが止まらない体が、動こうと足掻く。
逃げたくて、逃げろと、脳が叫び続ける。
「刻族も所詮は人。守護の光に護られていただけ」
俺を護ってくれていた守護の光。
人の意志。
砕かれた。
体が、動いて、くれない。
「頑張りましたね。さようなら」
ノアの腕が振り上げられる。
その微笑みが、怖い。
姫の姿で、そんな怖い微笑みを……俺に、向けないでくれ。
牛刀が――
「ようこそ。私の、私だけの世界」
――振り下ろされた。
「させませんっ!」
そんな声が上空から聞こえ、一筋の光がノアを襲う。
全てを灼ききる赤い光は、俺とノアを遮るように俺の目の前を灼き、俺とノアの接近を許さない。
「……厄介なのが、来ましたね」
スカートを翻しながら俺から距離を置いたノアの舌打ちと共に。
空から。
俺の隣に、人影が降り立った。
それは、灼ききる一線を放った、俺の救援。
「御主人様っ! 私が来ましたっ!」
ポンコツだ。




