04-36 達也とナオ
凪の家。ナオの部屋。
凪達が東に向かって走り去った後、ナオは応急処置だけ済ましただけの、まだ壊れているポンコツを直すために我が家へと戻っていた。
「ナオ様、私も御主人様の役に立つためにっ!」
「うるさい、町おじさんなの、黙れなの。お前は壊れすぎなの」
「町おじ? ですがっ!」
「黙れって言ったの」
ぶすっと。
ポンコツの頭にドライバーを差し込みぐるっと回すと、ポンコツの目玉もぐるっと回ってこてりと動かなくなる。
動力カットし、本格的に修理をするためだ。
決して、とどめを刺したわけではない。
「ナオちゃん」
さて、始めるかと、ポンコツを分解し始めた時、かちゃりとナオの部屋のドアが開き、達也が入ってきた。
達也は凪達が東へ走り去った時、その動きに乗り遅れてしまっていた。
そこを、ぼーっと自身の兄が走り去る姿をみていたナオが、急に《《焦るように》》達也に話があると伝え引き止め、達也も思うところがあったのか静かに後を付いていき、今はポンコツの修理の為の部品を集めさせられていた。
ナオの伝えたい内容次第ではあるが、ポンコツが直った後、達也はすぐに東の戦いに向かう予定だ。
ごとり、と、達也が部品を背後に置いたことを音で確認すると、ナオは振り向かずに手探りで部品を手に取り、ポンコツの修理を開始する。
いくらポンコツと言えど、貴重な戦力だ。だが、《《これから起きる戦い》》で、ポンコツは間違いなく壊れる。
ナオは達也に、これから《《起きる出来事》》を兄へ伝えてもらうために、無理やり残ってもらっていた。
「ありがとなの」
「うん……」
少し元気のない達也を背後に感じつつ、かちゃかちゃとポンコツを分解しながら、ナオは達也にお礼を言った。
時間がないのは、東の戦いよりも、《《その先》》だった。
もうすぐ、東の新人類との戦いは終わる。
それは間違いない。
だが、《《これから起こる問題》》に、ポンコツが関係していた。
ポンコツは、そこで、《《壊れるのだ》》。
《《凪の手によって》》。
それは、あの森林公園で凪がギア全機に伝えた、『死ぬな』という言葉に反してしまう。何より、それを伝えた兄自身が、その言葉に反してしまうことは防がなければならない。
ナオはその時が来るまでにポンコツを何とかしなければいけなかった。
未来を見る、刻族の力。
ナオには、その力があった。
未来を見て、その力で時々こっそりと凪を助けていた。
時にはその力で絶望も感じたこともある。
森林公園での凪様像のブースターがいい例だ。
ぱっと出てきたように見えたブースターは、未来で必要だと見ていたからこそ、姫で事前にテストし、安全性を確認。安全に運べるように常に姫に装着させていた。
他にも、その力を使って、当時は自分から兄を奪う朱の、凪への不必要なまでの接近を妨害していたこともある。
ナオは、純粋な刻族ではない。
父親である水原基大は純血であるが、母親の貴美子は違う。
しかし、ハーフであるナオは、観測所で碧の体を得たとき、観測所にいる短い間に、観測所の力を体内に取り込んでしまっていた。
その結果。
凪や砂名とは全く違う力である、断片的ではあるが未来を見る力を手に入れている。
断片的なため、予測は難しい。しかし、ナオの父親譲りの天才的な頭脳をもってすれば、何が起きたのか、何が起きるのか、予測することは可能だった。
そしてその力で、これから凪達が向かう東の戦いの先を見た。
その戦いを見たのは、凪の背中に自分の姉が乗って走り去る時を見ていたその時ではあったので、伝える時間はなかった。
東の戦いに今からナオが走っても間に合わないし、ポンコツに伝えても伝えられるか怪しい。
そのポンコツが関係する事象であり、防ぐには、ポンコツは修理とアップグレードが必要で、そのアップグレードはすでに第四世代のギアには施してあった。
そんなこともあり、達也が皆に少し乗り遅れてくれていたのが丁度よかったし、重いギアの部品も探してくれて助かった。
後は、達也に東に向かった兄に伝えてもらえれば、最悪の未来は防ぐことができる。
すでにその最悪の未来が起こすキーの一つであるポンコツはこの場にいて、後はあの場にいるアレさえ兄が止めてくれれば、この戦いは終わる。
達也には早く兄の元に向かって欲しい。
兄を助けて欲しい。
そんな想いを、ポンコツをかちゃかちゃと修理しながら、達也に自分が見た未来を伝えようとした。
「お前に、頼みたいこ――」
伝えようとしたナオを、達也は後ろからそっと抱きしめた。
普段の達也が起こさないそんな行動に、驚きのあまりポンコツを修理する手が止まる。
「ナオちゃん……」
「……なに? 止めるの」
不愉快そうに振りほどこうとするナオの力は達也には敵わず。
ぐっと抱きつかれた腕は離れてくれない。
「ナオちゃんは、僕のこと、どう思ってる?」
「――っ」
その言葉に、達也への僅かながらのナオの抵抗は止まった。
「僕は、ナオちゃんのこと、好きだ」
達也は、この戦いに負けたとき、自分がどうなっているか分からなかった。
大軍を相手取った時に何度も死にかけた。
更なる大軍とこれから戦うと思うと、自分が死ぬのではないかと、不安だった。
「ナオちゃんは、どう、かな」
次は帰って来れないかもしれない。
いくら守護の光を使える人類が増えても、数が違いすぎる。
周りに知り合いが誰もいないナオの部屋。
誰にも聞かれることのないこの部屋で、自分の気持ちを伝えるのは、今しかなかった。
「教えて欲しい。僕のこと、どう思っているか」
「……」
しばらくの沈黙の後、ナオはため息をつき、後ろから回った達也の手にそっと自分の手を重ねた。
少しだけ震えるその手が、ナオの手が重なった瞬間、震えを止める。
ナオも、達也がこれから向かう先で、どうなるかと不安を持っていたことにはうっすらとは気づいていた。
それが自分が何とかできるものでもない。
そう思っていた。
でも、たった手を重ねるというそれだけの触れ合いで、達也の不安が少しだけ解消された。
ナオも嬉しかった。
だから、聞かれた想いに、この場で答えるべきだと思い、達也に伝える。
「……好き、なの」
思わず、自分から聞いておきながら、達也は驚いてしまう。
普段のナオの行動から、断られると思っていた。自分のことなんて、全く興味がないと思っていた。
やっと聞けたその言葉。やっと伝わった自分の想いに、不安とは違った意味で体が震える。
「お前は、ナオの、初めての友達で……初めて遊んでくれた人で……ナオに初めてを、沢山くれたの」
嬉しさに、達也の抱きしめる腕に力が入る。
その少し強めの抱かれる力に、ナオも体を預けた。
「ナオのこと好きって言ってくれたのは、とても嬉しいの。ナオも、好きだから」
聞き間違えだったのではないかと思ってしまうほどに驚いた答え。
再度伝えられたナオの想いに、驚きが確信に変わる。
抱かれる力を緩めてもらうため、ナオは達也の手をぽんぽんっと、優しく叩く。
達也も、思いの外強く抱きしめていたことに気付き、力を緩めた。
ナオが、くるりと、居住まいを正しながら達也を正面から見つめる。
いつも面倒そうにしながら時折子供のように楽しそうにはしゃぐ、猫のような無邪気なナオはそこにおらず。
今はほんの少し、頬を赤らめて達也を恥ずかしそうに見つめている。
「お前は優しいやつなの。こんなナオのこと好きって物好きなんだから」
「そんな……ナオちゃんは人気だよ?」
そんな人気のあるナオを、他の男に盗られたくなかった。
だから、今伝えた想いに、ナオが答えてくれたのが嬉しくて、涙が溢れそうになる。
「そんなわけないの。ナオは、まだ、産まれてから二年しか経ってないから。みんな相手にしないの」
「そんなこと誰も知らないし、思ってもないよ? ナオちゃんのこと、皆、大好きだよ」
「だからなの。お前は、それを知っても、二歳児のナオのことを好きって言ってくれた。だから物好きで、優しいやつなの」
ふと、ナオが微笑んだ。
その微笑みは、艶やかに。
いつもの太陽のような、この世は不思議に満ちていると言っていそうな、大きく汚れの一つとない瞳が魅せる笑みとは違う、桜の花びらのように今にも散りそうな微笑みの中、薄く細めた瞳に艶やかさが乗るその微笑みに、達也は目を奪われた。
こんな綺麗な笑みを魅せるこの少女は初めて見たと、その少女が自分のことを好きと言ってくれた事実に、ごくりと喉が鳴る。
再度、達也はナオを抱きしめた。
ナオも、達也の背に手を回して達也を抱きしめる。
本当は、このまま一緒にいたい。
でも、自分にも出来ることがある。
だけど、今は……このまま、もう少しだけ……
時間は刻一刻と、過ぎていく。
ポンコツは、いまだ起動されず。




