04-29 巻き起こす惨状は印象深く
その男は砂埃を纏いながら。
空から降り立ったその場で、ゆっくりと立ち上がり、弥生達に答えた。
突如一筋の光を放って現れた男に、新人類達は警戒し、隊列を整えるために町から離れて待機し、次の突撃に備えながら男を睨み付ける。
その姿は、スーツがよく似合いそうなスリムな外見。その皮膚は少し病弱さを感じる肌の色だが、肌とは正反対に、くせっ毛のあるワイルドなアップバングの髪型はキリッとした眉と共に男らしさを魅せる。
肌の色が軽く日焼けでもしていようものなら、どこかの海でサーフィンをしていそうな、笑顔の似合う好青年だ。
そんな男は弥生には面識がない。目の前の男は笑顔でもなく、少し不機嫌そうな表情を浮かべ、弥生を見ている。
お互いに面識はなかった。
相手から逆に聞かれた問いに、弥生は慌てて言葉を返す。
「だ、誰と言われても……」
唖然としていた弥生が、我にかえって焦りながら必死に絞り出した言葉に、不審げな表情を見せる男。
火之村はその男に見覚えがあった。
苛烈を極めた森林公園の戦いで、弥生を助けるために離脱後、戻ったときに凪と対峙していたギアだと気づいた。
「っ!? ま、まさか……あの時のっ!? 夜月様っ! 森林公園にいたギアです!」
「……え? ぎ、ギア!? こんな時にっ!?」
自分達よりも町に近い場所にギア。そして二人を挟んで、先程の光に驚き足を止め、いまだ燻る焼け野原の線から前へと踏み出せていない新人類約百体。
二人は、敵に挟まれ、動きが取れないことに気づき、ここが死地だと悟った。
だが……
南に降り立ったギアは――ポンコツだ。
弥生達は、ナオが弄って凪を御主人様と崇める忠実なげぼ――仲間となったことは知らず、ポンコツからしてみれば、うっすらと片方の初老の男に見覚えはあっても、声をかけてきた凪と同年齢の青年には面識はない。
ポンコツは、自分の記憶を司る高性能チップと頭脳から、今まで会った人類のデータベースの中から二人を、自分にとって――いや、崇高なる御主人様に害を為すものか検索をかける。
ぽくぽくぽく、チーンと、ポンコツの中で、結論が出た。
……御主人様はやはり、崇高だ。
目の前の人類とは違って、神々しい。
そんな御主人様に害を為す輩が人類の中にいるわけがない。
いや、いるのならそれは人類なわけがない。そんな人類なぞ、滅ぼしてくれるわっ!
だが、だがっ! それしたら御主人様が怒る! 悲しむっ!
「くっ! それも見てみたい!」
「い、いきなり何!?」
二人が凪に害を為すか等、関係なく。
彼の記憶を司る残念なほうの高性能チップは、最早自身の御主人様である凪でいっぱいだった。
そんなポンコツの、比較的まともなほうの頭脳は、今は凪によって与えられた初のミッションを、いかに盛大に成功させるべきか、チップとせめぎ合いながら考え出す。
共に、初老の執事が何者かを頭脳は思い出したが、どうでもよかった。
……成功すれば、間違いない。
御褒美が頂ける!
頭脳は、負けた。
思い至ったポンコツは、自身の使命に、空を見上げ、二人に向けてすっと掌を向ける。
掌にある丸いレンズは、ポンコツの内部で常に発電されている電力を集約させ、ばちばちと、放電を放ち出す。
「あの時の執事か。言いたいこともあるかもしれないが、今は争う気もない。私は、御主人様のために動かなければならない! 邪魔をするなっ! 御主人様が、今にも落ちてくる!」
「「ご……?」」
御主人様。
ギアが使うその言葉に、二人は自分達に近しいギアである、姫を思い出した。
まさか、と思い、そのギアが見上げる空に視線を走らせる。
空高い場所に、辺りに影を作りながら近づく大きな建造物が見えた。
「な……なに、あれ……」
その建造物は、人の形をした、二人には少し見覚えるある風貌の建造物だ。
ゆっくりとではなく、徐々にスピードを上げ、自分達のいる地上へと落下するかのように向かってきている。
その建造物が近づくにつれ、声が聞こえてきた。
「―ツ―! ――こ――っ!」
「はい! 御主人様ぁっ! いーまーすーぐぅぅにぃぃーっ!」
その建造物から聞こえる声は聞き取りづらいが妙に焦ったような声に聞こえた。
近づいているとは言え、まだ上空にある建造物からの声は人には風切り声のようにしか聞こえないが、ギアとしては高性能のポンコツにはよく聞こえたようで、自分にかけられた声に嬉しそうに返事を返している。
ポンコツが、嬉々満ち溢れる笑顔で、空に向かって掌から、まだ明るい昼下がりの時間を、眩い光で辺りを照らすほどの極大のレーザーが。
ポンコツでさえ内部のリミッターがかけられていて、今まで放ったことがないほどの最大の出力でそれは放たれる。
一筋の大きな光は、猛スピードで落下する巨大な建造物の《《真ん中より下》》辺りに直撃し、焼き貫き、花火のように爆散させた。
「しっかり捕まってろよっ! 二人ともっ!」
「抱き着くのは得意なの」
「怖くて離れられるわけないよぅっ!」
「二人と言うか、僕は?」
「だぁ! 黙ってろ! 舌噛むぞっ!」
「舌なんてないよ」
「うっせぇ! 丸っこい玉!」
ぴょんぴょんと器用に。
ピアスから受ける白い光を身体中に纏いながら。人を二人抱えた男が、地上に落ちる建造物の残骸の上を跳び跳ねながら地上へと降りてくる。
「ついでに、ぶつかっとけ!」
塊は、細かくもあれば巨大なものもある。
その巨大な塊――人の形を成した、上半身と思われる残骸は、爆散した衝撃で更に加速し、新人類の群れへと。
極大なレーザーの眩しさに驚き、新人類達が発射された先に巨大な建造物があることに気づくのは遅く。
気づいてもそれが何か、なぜその建造物がつい先程地上に降り立った仲間であろうギアが撃ち落とそうとしたのか、理解ができないまま、硬直していた。
運悪く、町から離れて隊列を整えたことが仇となった。
その結果に。
これから自分達に降りかかる結果に至るまでの時間はなく。
巨大な建造物――凪様像は、地面に突き刺さった。
地面に着弾と共に、辺りを爛々と照らして暑さを与える太陽の光を遮るほどに舞い上がる粉塵。
隕石が落下したように地面を揺らし、雷が至近距離で落ちたかのような轟音を響かせ、音さえ遅れて届く。
円環の輪が物理的に見えてしまうほどに広範囲に撒き散らされた衝撃波は、辺りですでに息を引き取ったまま放置された候補生の体を、離れた場所とは言え力なく飛ばし無慈悲に地面へ叩きつけ動きを止め、空を舞う男を木の葉のように空中を右往左往させる。
町の南の外壁を跡形もなく吹き飛ばし、ギアから町を守るシンボルである二柱の壊れた拡神柱も例に漏れず。中腹から二つに折れた拡神柱は町に所狭しと立ち並ぶ家屋に突き刺さる。
落下先の近くにいた新人類は、その衝撃に吹き飛ばされパーツを撒き散らす。
質量に潰された新人類は跡形もなく消え去り……。
それが起こした光景は。
町の南側に、甚大な被害をもたらし、ギアと言う落下物とは比べ物にならない、大きなクレーターを作り出した。
そのクレーターの中心には、突き刺さりながらも原型を留める建造物――凪様像。
戦場を逃げた候補生や町民達が退避していた為、誰も死者がでなかったことのみが救いだ。
ぱらぱらと、辺りに土や粉塵、細かな建造物の塊が降り注ぐ中。
「――よっと。……うぉぉ、死ぬかと思った」
「ぼ……僕は一応ギアだ。至近距離での守護の光は……辛いよ?」
「その減らず口を減らすいい機会だろ」
「減るじゃなくて、死ぬからね?」
ピーガガと、若干壊れた音を発声スピーカーから出す丸い塊を肩に乗せ――
「楽しかったの」
「た、楽しくないよぅっ! お兄ちゃん! ナオにどんな教育してたのっ!?」
「いや、教育もなにも。……そういや、ナオって、壊れた姫の頭だけ抱き締めて寝たりしてたけど、スプラッタ系だな」
「今は動いてるからいいの」
「お姉ちゃんとしてそれは良くないと思うよ!?」
両脇に少女を抱えて、右耳のピアスから守護の光を放って身体中に纏う、ショートスタイルの茶髪を風に靡かせた目付きが少しきつめなその男。
起きた惨状――いや、起こした惨状を物とも――多分現実逃避――せずに、無邪気な笑顔で両脇と肩の丸いコアパーツに笑いかけるその男――
「弥生、火之村さん。無事でよかった」
「な……なぎ、君……」
町の惨状より、二人の身を案じる男――水原凪が、南の戦いに参戦した。
無事というより、何よりも。
この凪様像。凪が起こしたであろう惨劇が、何よりも死を伴う状況だったのは、間違いない。




