04-04 お泊まり
「実際のところ、森林公園に行くのも難しいよな」
女性達がいなくなったリビングのソファーに座りながら、俺はこれからのことを話しだした。
今は一人ずつシャワーを浴びていて、最後になった橋本さんがシャワーを浴びているところだ。
むしろ橋本家は引っ越してきてお隣さんでもあるのだから、なぜ家に帰らないのかと思わなくもない。
奥さん、一人にして大丈夫なんだろうか。
「まあ……俺としては、華名さんと何があったのかを聞きたいところだが?」
すでにシャワーを浴びてすっきりした白萩が、家の冷蔵庫から出した牛乳瓶のふたをきゅぽんっと開け、腰に手を置きぐいっと飲みつつ話題を変えようとする。
くっ。その話をしたくないから話題を振ったのに。
「で? 実際のところ、どうだったよ?」
「どこぞのエロ親父か」
にやにやしながら俺と肩を組んでくる白萩がうざったい。
「そんなこと、俺より毎日おいたな弥生に聞け」
「毎日じゃないけど」
あっさりと答える笑顔な弥生が妙に眩しい。
「あー、お前等がほんと、羨ましいよ」
「眼鏡ちゃんいるだろ」
「あれは……うーん……流石に俺みたいな一般市民が手を出しちゃ駄目だろうとは思ってる」
あ、そう言う事考えてるのか。
でも、そんなのは関係ないと思う。
俺なんて、ギアに襲われそうになってるし。違う意味で。
「あ。達也。悪いな。こんな話しちゃって」
「え? なんでですか?」
「いや、お前眼鏡ちゃん好きなんだろ?」
「え?」
「「「え?」」」
辺りを、静けさが支配する。
「やだなぁ。ナオちゃんの嘘ですよあれ」
「じゃあ、達也君はやっぱりナオちゃんが好きなのかな?」
「い、いやいやいや! 何で僕の好きな人暴露しなきゃいけないんですかっ!」
「お? 達也の好きな子はナオちゃんだよ」
シャワーを浴び終わった橋本さんが髪の毛をがしがし拭きながらリビングに戻ってきた。
白萩と同じように冷蔵庫を開け、「水原君、頂くよー」と一声かけてから腰に手を置いてぐいっとイッキ飲みし、すとんっと弥生の正面に座った。
……さっきから、皆して普通に人の家の冷蔵庫開けすぎじゃね?
「パパっ! 暴露しないでよっ!」
「いいんじゃないかぁ? 見てれば分かるし。脈ないのも」
「ひどっ!」
橋本さんは隣で可愛らしく怒る達也の頭を撫でながら宥めているが、脈ないのは確かだろうと、その場にいた全員が苦笑いしてしまう。
だが、そうなると、なぜナオはあの時嘘を言ったのかが気になるところだ。
「財閥関係者と付き合うってそんなに大変なのか?」
「大変なんじゃないかな……財閥を継ぐかもしれないんだし」
「眼鏡ちゃんはすでに当主なんだろ? だったら白萩が継ぐ必要ないし」
「いやそうだけど。それはそれで……俺なにしたらいいんだよ」
俺は奈名財閥の後継者だったから朱と会えて婚約者ともなり、碧だと知ってからは恋人にもなったが、ふと考えてみると、俺も財閥を継ぐことになるのだろうか。
「俺の場合はどうなるんだ?」
「水原様の場合は、恐らくは華名家を取り込み、財閥の纏め役であった奈名家を再興することになるでしょう、な」
かちゃかちゃとキッチンで皆の飲み物を用意してくれている火之村さんから返事が返ってきた。
火之村さんの話が確かなら、それは華名家を取り潰すことになる。貴美子おばさんはそれでいいのだろうかと思いつつ、そうなると、俺は貴美子おばさんの代わりに財閥当主にもなる可能性もあるってことにも気づく。
考えてみたら、これから先がかなり大変なんだろうなぁと漠然と思った。
「なんだったら僕が彼女の気持ちを確かめようか?」
今まで無言だったナギが、急に机の上を回りながらそう言う。
「どうやって?」
「ん? 頭を弄って」
「止めろっ!」
何普通に恐ろしいこと言ってるんだこの丸い塊は。
「ほっほっほ。それよりも真剣な話として、森林公園について、奥様方がいらっしゃらない今がチャンスでは?」
火之村さんがアイスティーを皆の前に置きだし、改めて皆が席に座って話し始めることにした。
・・
・・・
・・・・
「正直さ。森林公園に、ギアがかなりいたってことは聞いてるけど、ぴんと来ないんだよな」
火之村さんが煎れてくれたアイスティーを飲みながら、弥生の右隣に座る白萩がそんなことを言い出した。
「あれはもう、死ぬかと思ったよね」
「いや、お前死んでるからな?」
「僕は死んだって現実感ないんだけどね?」
「あの時は弥生君の死体見た時は真っ白で真っ青になったよ」
「自分が死んだって不思議な感覚だよね」と呑気に言う弥生だが、誰も共感できなければ、またあの場に行くのは怖いのか、コップを持つ左手が震えている。
すぐ傍で震える左手は、隣に座っているからよく見えた。
森林公園での出来事からまだ半年も経っていない。
弥生にとっても、あの場所は忘れられない。いや、何年経っても忘れられないのではないだろうか。
ナギが殲滅したとは言え、生き残ったあのギアがまた集めているかもしれない。
そんな場所に弥生をもう一度連れていくのは酷なことだと思った。
「弥生……お前は止めておけ」
「え?」
「そうです、な。夜月様は今回は辞退ですな」
「なんで……」
「正直さ。お前の力は必要だ。でも」
そこで俺は言葉を切った。
皆も何でそう言うのかは分かってくれたようだ。いや、弥生の震えを見れば誰だってわかる。
もしかすると、弥生はもう、ギアとも戦えないかもしれない。
森林公園を思い出すのか、それともギアを思い出してなのかはわからないが、弥生の体は自分で感じていないのか、酷い震えを起こしていた。
「い、いや……でも……」
「でももなにもないな。新人類もいるんだから、この町守っててくれよ」
笑いながら、白萩が弥生の頭をぽんぽんと叩いた。
「町を守るにも人がいる。……お前の力、頼りにしてるんだ。……達也は折角作った人具をぶっ壊してるし」
「壊したの根にもってますかっ!?」
「橋本さんの近衛は……なんか弱そうだし」
「うわぁ……言っちゃったねぇ……そりゃ門番みたいな槍だけどね。一応家宝だよ?」
「だからさ。心許ないから、お前が残ってくれると助かる」
「「居残り組決定してるし!」」
相変わらずうるさい親子だ。
火之村さんが二人をみて相変わらずの笑みを浮かべている。
と、言ってはいるが、達也にはすでに則重を渡しているし、橋本さんにも出発前には新しい人具を作る予定だ。
または、則重を橋本さんに渡して、達也には新しい人具を作る方がいいかもしれないとも思っている。
達也にぴったりなのは、短刀のような、小さな武器だと思う。
修練場で戦ったときに、あの強襲やトリッキーな動きには則重は合わない気もしている。
「そんなわけで。頼むわ。碧達を守れるのはお前くらいにしか頼めないし」
「あれ、私達は戦力外かい?」
「巫女も、多分離れないだろ?」
「凪君……」
じっと、弥生は泣きそうな顔をしながら俺を見つめてくる。
その傍で、無視されて項垂れる橋本さんが達也に頭を撫でられている光景が視界の端に映るのが邪魔だ。
「弥生……頼む」
「凪……君」
俺も、弥生を見つめ返した。
弥生の潤んだ瞳に俺の顔が映る。その潤みは、悔しさなのか、それとも――
「いくのよっ! そこでかばっと!」
「わっ、巫女ちゃんっ」
そんな声とともに、ばきんっと、通用口の扉がぐらりと揺れ、大きな音をたてて地面に叩きつけられ、ぱらぱらと、まるで漫画のように埃のような細かな木屑が舞う。
「いったぁ……」
「……いや、何やってんだお前ら」
扉を抱き締めるように倒れこんだ巫女と碧。その後ろで、
「私が無理に力をかければこうなります」
と、何故か誇らしげな姫が、手を何かに差し伸ばすようなポーズで立っており、
「姫が力入れるからなの」
「はい。そうですねナオ様。些か御主人様と夜月様の見つめ合いに興奮を」
黒猫姿のナオの隣に立つ眼鏡ちゃんが、鼻を押さえてくいっと弦を持ち上げ眼鏡を光らせる。
「七巳先輩が言われてたこと、何となく分かる気がします」
「でしょー?」
「イケメンの集いですね。眼福です」
危ない考えを持つ眼鏡ちゃんが加わったことを知った。
あ。こいつ、良心じゃないわ。
「じゃ、そう言うことで、おやすみ!」
なぜか嬉しそうな少女達が、そそくさと去っていき、その場には壊れて地面に突っ伏す通用口の扉のみが残り、沈黙が、辺りを支配した。
「なんだったんだ、あれ」
「気にするな……気にしたら多分、負ける」
「何にだよ……」
「今頃は、白萩様と夜月様も絡んでいるでしょうな」
……聞きたくねー。
さっきまで真剣な話をしていたのに、あいつ等が何を話しているのか怖くて、話に集中できず。
俺達は寝ることにした。
意外と、夜は長くなかった。




