03-63 ナギの正体
皆は話しながら食べ終わっており、また俺の前にだけ食べ物が残っている。
興味津々なのか、皆はナギの言葉を待つ間、コーヒーをぐいっと飲んだり、冷静に上品にくいっと飲んでいる。
落ち着きたいのかもしれない。この謎だらけのナギの正体が分かるのだから。
そんな俺も、ついにナギが何者なのか分かると、ドキドキしながら、腹に何か物を入れたいと思い、改めてサンドイッチに手をかけた。
「僕はね。凪。君の左腕に宿る、ギアだ」
「……え?」
あっさりと告げられたナギの正体に、俺は思わずサンドイッチを離してしまい、サンドイッチが地面にぽとりと落ちてしまう。
「お前……俺じゃ、ないのか?」
「そうだよ? 君を侵食しようとして、見事に失敗したギアだ」
そう言われ、ナギがさっき言っていたことを思い出す。
だからあんなに詳しかったのか。
ナギが俺とやり取りするとき、左目に文字を出していたのは、自分が侵食した左目だから、自由に使えるってことか。
だったら、この左目の力はナギの力だったってことになる。
ただ、そうなると。ナギは俺を乗っ取ろうとしていたことになるが――いや、ナギを信じよう。
ナギが本気であれば、俺なんかとっくに乗っ取られているはずだ。
「あ。命さんが今度は倒すって言ってたけど、ナギ、前に命さんと戦ってるの?」
「そうだよ。ぼこぼこにされてね。左腕を捧げて逃げた」
「その左腕が俺に?」
だったら、俺が左腕を失ったのは何が原因なんだ?
ナオが俺の左腕を触ったり撫でたりして感触を確かめているが、やはり普通の腕と変わらないのか、不思議そうにしている。
「御主人様。失礼いたします」
姫も同じように触りだし、自分の腕と比べているようだ。
「あ、じゃあボクも」
碧は右腕を触る。
「……そっち、ギアじゃないぞ」
「触りたかっただけだからいいのー」
お前だけ違う目的じゃねえかっ!
「君はあの奈名家の屋敷でギアに襲われて左腕を失った。その後、父さんが失った腕を補うために僕の腕をつけたんだよ」
そんな俺達のやり取りを見ながら、楽しそうな口調でナギが話を続ける。
楽しそうな口調のナギにもうちょっと落ち着いたところで話して欲しかったと抗議したい。ふにふにと両腕を触られて話に集中できない。
姫もナオも、途中から違う意味で触ってる。
だが、俺にとってはかなり重要な話だ。
きりっと、気持ちを引き締めナギの言った言葉を考えてみる。
ギアにふにふに一度襲われてふにる?
そんな記憶はふにふに。
……いや。ある?
前に一度だけ、家のふにふにキッチンがぼろぼろになっている光景を見たことがふにふに。
まさか、あれが、その時ふにふにの……あのキッチンふにふには、あの屋敷にふにったのか……。
「だぁ! 話に集中できんわっ!」
「ちなみに。原初はその時に死んでいるんだ」
「は、はぁ?」
ふにふに地獄から抜け出したと思ったら、ナギが更にとんでも発言をしてきて、思わず変な声をあげてしまった。
ナギが言ったことが正しければ、あのぼろぼろのキッチンの記憶は俺じゃなくて原初の記憶になる。
また記憶を上書きされていたのかと、知らぬ間に植え付けられていく記憶が恐ろしくなった。
「……原初……それはなんでしょうか」
眼鏡っ娘がきらりと眼鏡を光らせ聞く。まさか、食いついてくるとは思わなかった。
で、お前誰だよ。
記憶を植え付けていくならこの眼鏡っ娘が誰かを植え付けてくれないかと本気で思う。
「ああ。そうだ。話してなかったね。……並行世界というのはわかるよね?」
皆がこくりと頷いた。それを見て、ナギは話し出す。流石に三人もふにふには止めた。
「この世界はいくつもの世界の中の一つだ。その中で、凪という人物に焦点を当てると、始まりの――原初の凪が死ぬか生きるかのポイントが発生する。ギアに殺された凪がいた、と言うポイントで、実際に死んだのが、原初だ」
自分が死ぬとか、聞いててあまりいい気分ではない。
ナオと碧がまた両腕にしがみついてきた。
「だけど。
もしも、凪が屋敷にいなかったら?
襲われていたけど、無事だったら?
重傷を負ったけど、生き延びたら?
重傷を負ったけど、治ったら?
屋敷がギアに襲われていなかったら?
それらの可能性が、並行世界として出来上がった。この世界にいた凪が死ぬ運命を回避した、もし、が、今の君達の世界。そして目の前にいる凪なのさ」
それぞれの凪がどんな風に過ごしてきたのかはわからない。だけども、それぞれが違う過ごし方をしているのだろう。
「ボクが会った二人のお兄ちゃんは……」
「さっきの例で言うと、屋敷にいなかった、襲われなかった凪だ」
「私達の前で消えた凪くんは?」
「重傷を負って生き延びた。ちなみに、僕らの知る凪は、重傷を負ったけど、治った凪だね」
治ったと言うのは、ナギの左腕が移植されたから、という意味なんだろう。
「俺は五人いるらしくて、オリジナルと呼んでるらしい。内三人の凪は死んで、記憶をナギが保管しているんですよ」
「この辺りは説明が難しいけど聞くかい?」
「……ややこしいわね」
「でしょ?」と、ナギが笑いながら頭を抱える貴美子おばさんに答える。
ナギの話だと、俺を除いてまだ生きているオリジナルは、屋敷がギアに襲われていなかった凪になる。
そいつは、何をしているのだろうか。それこそまったく違う人生を送っていそうだ。
「ついでに言うと、僕は『英知』と呼ばれる絶機だ。つまり、凪の左腕は、絶機なんだよね」
「「ぜっ」」
ぶばっと、橋本親子が同時に飲んでいたコーヒーを吹き出した。げほげほと咳き込みながら涙目でナギを見る。
周りも唖然として言葉を失った。
俺もそのうちの一人だ。
「あ。ぼこぼこにって……」
「そう、ぼこぼこだよ。本当にぼっこぼこ。おかげで本体は活動限界を超えて動けなくなって放置さ。ナギに左腕を移植されなかったら今もぼろぼろな本体の中だったよ」
絶機の腕と聞いて、唖然としていた俺の肩を、姫がぽんぽんっと叩いてきたので反射的に振り返る。
「ギアは表層でネットワークが繋がっています。なので、思考を司るコアが無事であれば意識の共有が可能な場合があります。コアも自由に保管場所の移動が可能です。私がナギ様に乗り移られたのも、そのネットワークに不正侵入されてしまったためです」
俺だけに聞こえるようにぼそぼそ言う意味が分からなかった。
「恐らくは、本体にあったコアを、左腕に移動させていたのだと思われます」
そこまで聞いて、考えが思い浮かんだ。
もしかしたら、ナギは左腕をわざと置いていき、母さんに一矢報いようとしていたのかもしれない。
だけど、その前に俺の腕として移植され、俺の体を乗っ取るために侵食しようとした。
そこを父さんに気づかれて鳴りを潜めていたけど、俺に感化されて今に至ったと考えるとナギの今までの行動が理解できそうな気がした。
「色んなことを知ったよ。ギアだったら知り得なかったと思う」
「だから、感謝してる」と、ふいにナギが心の底からそう思っている気持ちが、俺に流れてきた。
「そして、僕に、色々教えてくれる凪が大好きだ。凪のおかげで人が知れて、英知たる探求の欲がほどよく得られてとても満足さ。昨日は人の繁殖方法も教えてくれたしね」
「はんしょ……く?」
眼鏡っ娘がその言葉に反応し、一瞬眼鏡の煌めきが消え、言葉を理解したのか真っ赤になって俯いた。
な、なんてやつだ。
まさか、こんな……ここでぶっこんできやがった……っ!
「ああ、あなた達。致したのね」
貴美子おばさんが冷静に火之村さんの注いだコーヒーを飲みながら追撃する。
その言い方、父さんにそっくりだ。
「あ、わわわ……」
碧が恥ずかしさのあまり茹で蛸のように真っ赤になって言葉を失い、巫女の「やったねっ!」顔がすげぇイラっときた。
橋本親子なんて、わざとらしい咳払いで今まで振り返って話してたのに正しく座りだす。
火之村さんの「ほぅ……」と意味不明な頷きに何を納得したのか気になるし、弥生の「うわぁ」と言ってそうな苦笑いが印象的だった。
ナオと姫は、ぎりりと、俺の肩と腕を握り締めてきて、俺がダメージを受けるのはなんでなのかと。
……さて。この微妙な空気をどう乗り切ろう。
「さて。君達に色々話したんだ。君達の世界を、他の凪達の世界から変えるために、僕から依頼したいことがあるんだけど、いいかな?」
ギブアンドテイク。
流石だ、凪。
窮地に立たせた上で話を変えるその技法。真似したい。
俺を窮地に立たせなければなおいいぞ。
その世界を変えるためのナギの依頼とやらに、話をすり替えて聞いてみようか。




