03-61 すべてを話す 3
火之村さんと白萩が来たことで、ますますリビングの人口密度が高くなってきた。
おまけに座る席がない。
火之村さんは相変わらず貴美子おばさんの背後に立つのでいいとしても、問題は白萩と眼鏡っ娘だ。
誰かは知らないが、リビングの入り口で礼儀正しくお辞儀をしてから入ってきて、貴美子おばさんや碧に挨拶している。
橋本親子が驚いた顔をしていた。
巫女達も声をかけていることから仲がいいのだろう。弥生もどうやら彼女のことを知っているようだ。
まさか、俺だけ知らない?
「話を進めるけど、彼女は信用できる人なのかな?」
「ええ。話しても大丈夫よ」
「ふーん……」
ナギも俺と同じことを思ったようだが、貴美子おばさんの一言で追求もしない。
「その前に。教えてくれ。その丸いの、なんだ? 喋ってるけど」
俺を除く男勢がせっせとリビングのソファと椅子を移動させては飲み物を用意し始めている。
仮にも俺の家だ。
何勝手にリビングの配置を変えているのかと。せめて俺に一言断ってから行えと思わなくもない。
そんな中、白萩が俺にそう聞いてきた。
答えようとするが、考えてみると説明が難しく、黙ってしまった。
「君とは修練場で会ったね。僕はナギだ。凪の体の中に居候しているもう一人の凪と考えていいよ。……凪の体を使って話すと凪と話が共有できないからこのコアパーツを使って話していると考えて」
「お、おう?……よく分からないがよろしく」
「後で私の方から話しておきましょう」
ナギの説明に曖昧な返事をする白萩に、火之村さんが丁寧にお辞儀をしてフォローしてくれた。
そう言えば、ナギのこと、皆知っているんだな。
今にして思えば、ナギが言っていたように、俺が意識ないときにナギと皆と会っていたのかと気づくが、ナギの受け入れ方が妙に早いような気もする。
さっきの話で、弥生や碧、ナオの三人を蘇生させているわけだ。
言葉で言えば簡単だが、人を蘇生させるとか、正直考えられないことだと思う。
それに、ナギだけでなく、あっさりと朱が碧だと言うことも受け入れられている気がする。
この世界ではああ言うことは当たり前にあるのだろうか。
いやいや、そんなわけない。
「お兄たんが一番非常識なの。だから皆はもう慣れてるの」
なんだ、ナオよ。
お前はお兄ちゃんの考えてることさえ読めるのか。
天使で天才でエスパーか?
「お兄たんのことならなんでもわかるの」
「いや、それはどうなんだ……」
しかし、俺が非常識とか。
ちょっとそれは言いすぎだろ。と思っていると、ナギがこっちを見て呆れたような気がした。
丸いから分からないが。
俺達が座るテーブルの近くにソファとテーブルが並べられ、そこに白萩と眼鏡っ娘が座り、改めて話をする場が整う。
貴美子おばさんが、「さ。続けなさい」と急かすように言った。
え? 眼鏡っ娘の説明ないの? と、思うが、俺とナギだけが知らないようで、眼鏡っ娘も当たり前のようにそこで話を聞くようだった。
少し怯えているのか、おどおどとした印象があるが、皆が聞いても問題ないと言うならいいのだろう。
くいっと眼鏡の左右を包むようにしながら位置を戻し、本人も準備万端のようだ。
……で、だれ?
そんな俺の疑問に、誰も答えてはくれない。
今更席に座って準備万端の彼女に「誰?」なんて聞いたらどうなるだろうか。
そんなことを考えると、声に出すのも憚れた。
「……まあ、いいけど。凪の左腕について話をしてもいいかな? 気になってるよね。凪はすでに知ってるから、あまり聞いても聞かなくてもいいと思うけど」
左腕の話と聞いて、皆が一斉に俺を見た。
俺も自分の左腕を見る。
あの時――修練場で伸びた腕。
ナギから聞いても、この腕はギアの腕だとはいまだに信じられない。
それに、さっきから俺も知らない話もちょこちょこ出ている。話を聞いておいて損はないだろう。
「凪の左腕はギアの腕が着いている。とはいっても、凪自身がギアと言うわけではないから安心して」
ほっとしたような空気が流れた。
俺も、今にして思えば碧は朱に生まれ変わっていて、ナオは碧の体を受け継いでいると思うと、俺だけ何もないと言うのもおかしな話だなとも思えた。
「相変わらず変な考え方するね君は。君はあっちの世界にいたときには、すでに左腕はギアだったよ」
「観測所を通ったからとか、そう言う理由じゃないのか?」
「違うね。……君は左腕を移植するときに、その腕に少し侵食されていてね。君の左目もギアなのさ。その左目は感情の高ぶりによってギアのように赤く光り、空から見下ろすような第三者の目線で広範囲を見渡すようになれる。これは、その左腕の持ち主の力だけどね」
左目がなぜ赤くなるのか。
ギアのようだと思っていたが、本当にギアだったようだ。
「御主人様」
ナオの世話をしていたはずの姫が、気づけば俺の背後に立っていた。
「御主人様と、姫としてまたお会いしたとき。妙に懐かしい感情を覚えておりました。御主人様もギアに近しいからだったのですね」
「……まさかと思うが。お前、それを確認するためにナオの演説の時に頭を固定して見てたのか」
「いえ。あれは愛しくてただ見つめていただけです」
……違うんかい。
ふと、姫のエプロンを見ると、「今夜は御主人様と」と書かれたエプロンだった。
……どうやら、バリエーションは豊富らしい。
「……ボク、お兄ちゃんが前の世界で左目を赤くしていたの、見たことある」
碧がそう俺の左目を見ながらぽつりと呟く。
「お兄ちゃんが……あの……刺された時に……御月さんに止められた時……」
ぶるっと、嫌なことを思い出したのか体を震わし、碧の声は小さくなっていく。
そう言えば。
俺も碧の記憶でアレに刺された後のことを見たが、碧の記憶では確かに左目が赤くなっていたことを思い出した。
生まれ変わってもあれはトラウマなのだろうか。
もう、忘れてしまえば楽だろうに。
そう思ったが、アレがこの世界にもいて、生まれ変わる前にもアレが自分を殺したのであれば忘れられるわけもないか。
碧の記憶がないときでもあの怯えようだ。
忘れたくても忘れられない、アレは、どこにいても、生まれ変わっても碧に付きまとう。
本当に、とんでもないストーカーだ。
……あいつは、何者なのだろうか。
「じゃあ、俺はあの世界にいたときには、左腕がギアだったってことになるのか」
碧の頭を撫でながら話を戻す。
ナギの話を聞く限り、俺の本来の左腕はこの世界で失ったことになる。
「そう。その左腕を移植された時、その左腕にはまだギアの意思が残っていた。その思念は、君を食らいつくし、君の体を自分の物にしようとした。左目を侵食し、脳内に到達しようと言うところで、侵食は止まっている」
少し間が空いて、ナギが「いや、止められた、が正しいね」とぼそっと呟いた。
まだ何か、俺の知らないことがあるのだろう。
だが、それは今ここで話すことではないと言うことか、ナギはそこで話を区切った。
「説明には順序が必要って言ったのは君だからね。君以外に話す必要のないことも話していくよ」
そういうナギに、順序よく聞けば色々知れそうだと思った。
今時点でも、知らなかった話があり、少しずつ色んなことが繋がってきている。
「例えば。君ではない凪と、巫女の話とか」
「それはやめろっ!」
また爆弾を放り投げる気だ。
けらけらと愉快に笑っているかのように、丸い塊がころころと左右に転がる。
「私と凪君?」
巫女が不思議そうにナギと俺を見ていると、背後からがしっと両肩を掴まれ、左右から両腕を痛いほどに握りしめられた。
「お兄ちゃん。その話はしっかり聞くからね」
「お兄たん、巫女お姉ちゃんとは不倫なの」
「不倫!? してないよっ!?」
「いえ。御主人様は何か知っています。ここではっきりさせましょう」
いやいやいや。不倫ってなんだよ。弥生と巫女はまだ結婚してないし、俺もまだだ。
無実の罪を着させられる俺の身になれとナギを睨み付けると、ナギは面白そうにけらけらと笑う。
丸いから表情は分からないが。
「あの……」
そんな中、眼鏡っ娘がおどおどとわさわざ挙手して声を小さくあげた。
皆の視線を一気に浴びて、びくっと怯えてしまう。
「あ、朱様は、どうして水原様を兄と呼ばれているのですか?」
「俺もさっきから気になってた。そういうプレイなら他でやれよ?」
「プレイじゃねぇよっ!」
説明するのがとにかく面倒だった。
火之村さんも疑問には思っていたようで、皆から説明を橋本親子が勝手出てくれた。
なぜか涙を流しながら説明しているのでちらっと聞き耳をたててみると、
「水原君は凄い頑張る子なんだよ。小さい頃はね――」
……え。何か知らない昔話で泣いてるんだけど。
白萩も眼鏡っ娘も助けてくれと苦笑いだ。
時間もかかりそうだったので、こっちはこっちでその間に朝食を食べようとしたが、ずっとナオと碧が腕を掴んで離さないので食べられない。
「お兄ちゃん……本当に巫女ちゃんと何もないの?」
「ねぇよ」
じとっと、疑うように見てくる碧を見つめてみる。
へへっ。これが嫉妬ってやつか。ついに俺にも可愛い彼女が出来るんだなと思うと、疑いの眼差しの碧もまた可愛く見えるから不思議だ。
ただ、この疑いをどう晴らすのかを考えると、原初や俺達の話をしなくてはならない。
あの辺りはナギが話してくれないと分からない部分だから困る。
「御主人様。何を隠されているのですか?」
「何も隠してねぇっての」
「お兄たんは口が固いの。巫女お姉ちゃんに聞くの」
「え、私!? 私何も知らないよっ」
白萩達への説明の間、なぜか俺と巫女への執拗な尋問が始まり、気づけば昼近く。
朝食という時間でもなくなっていた。
俺は、いつご飯を食べられるのだろうか……。
目の前のサラダは、若干萎びている。




