03-59 すべてを話す 1
ちゅんちゅんと、燕やら雀やらの鳴き声に、清々しい気分で少しずつ意識が覚醒していく。
目を開けるといつもの見慣れた天井が目に入った。
シミひとつない、木目調の天井だ。
木目調なのであればシミではなくて木目模様があるわけだが、それはシミとしてカウントはしないだろう、となぜか起きて早々天井について考えてしまった。
あれ? あそこにシミがある。あ、あそこにもシミが……。
……いや、あれは模様だな。
なんて。見慣れたからこそ気づけるものもあった。
なんだか、妙に長い長い夢を見ていたようだ。
そんなことを何度思っているのかと、また思っている自分がおかしくて、にやけてしまった。
以前は夢だと思った。
だが、今は違う。
「んぅ……」
隣で眠る碧が身動ぎした。どうやら俺が起きたときに少し動いたことで起こしてしまったようだ。
そうだ。そうだった。
俺は昨日……
……俺がシミ数えてどうすんだ!?
「ぁ……お兄ちゃん……」
まだ眠いのか、碧は寝惚けたようにぼーっと俺を見ている。
まだまだ目はしっかり開かなそうだ。
「おはよう」
「ぉはょぅ……ぉ兄ちゃん……」
俺の声に反応した碧が眠そうに挨拶してくる。にへらと笑顔を向けてまた眠ろうとするそんな碧が可愛くて、思わず朝の挨拶をかわし離れると、碧の意識は覚醒したようだ。
「お兄ちゃん……」
「凪、だろ?」
「う~、慣れてないのっ!」
そう言うとぎゅっと抱きついてきて、以前観測所で見たアレの感触が直に触れて。
「それに、まだ恥ずかしいよ」
そんなこと言われたらもう――
と言うところで、がちゃっと扉が開くのはお約束だ。
「御主人さ――」
起こしにくるときはいつもドアを開けてから深くお辞儀するメイド――姫が、顔を上げて部屋の中を見て、ぴしっと、固まった。
「姫ちゃん。どうし――」
更に、ひょこっと、固まる姫の後ろから巫女が出てきて、同じく固まる。
「巫女? 凪君起きて――」
「弥生は見ちゃダメ!」
階段を上ってきたばかりの弥生が巫女に声をかけたのだろう。
はっと巫女が我にかえって、ばたんと勢いよく扉が閉まる。ばたばたと階段を急いで降りていく音と「え? え? 何?」という声が少しずつ小さくなっていく。
部屋に残された俺と碧と姫がその巫女の慌てぶりに閉まったドアをじーっと見つめ続けていると、姫の首がギアばりにぎゅるりと戻り、じろりと俺たちを見た。
「よく眠れたかい? 昨日はお楽しみだったね」
どこのロープレの宿屋の主人だとツッコミたくなるナギの声が、机の上でころころと左右に揺れる丸い玉から聞こえる。
そういや、ナギは机に置いてたな。
そのナギに気づいた碧が、俺の胸元で真っ赤になった。
大丈夫だ。碧。
俺とナギは意識を共有してるから、あんなことやこんなこと、全部筒抜けだ。
なんてことを言えるわけもなく。
「わ、わわわ……」
「御主人様。私は本日の夜中は空いております」
そんな姫の一言に、混沌とした朝だなぁと思った。
だが、そんな光景に、俺は幸せも感じて、自然と笑みが零れた。
決して、その……あれがあれして卒業したからではないと思いたい。
・・
・・・
・・・・
「で? 説明してもらおうかしら」
ナニを説明すれば――いや、何から説明すればいいのかと思いながら、俺の家でリビングテーブルとカウンターキッチンにそれぞれ座って、当たり前のように朝食を共に食べている貴美子おばさんの一言で俺の食事をしようとした手は止まる。
正直、むしゃぶりつきたいくらい目の前の朝食を食べたい。
俺の隣に座って食事をしていた碧がちらっと俺を見た。
ああ、まずはそれから説明したほうがいいのか。
ぐるりと食卓を見渡してみる。
正面に座る巫女が目が合うと「やったねっ!」と言ってそうな満面の笑顔で俺達を見てきて、隣の弥生はその巫女の笑顔に頭の上に疑問符を出している。
そんな巫女の行動に、碧も少し恥ずかしそうだ。
リビングテーブルの上座には貴美子おばさんが俺からの説明を待ちながら優雅に紅茶を飲んでいて、俺の隣の碧とは反対側には、頬を膨らませたナオが座っている。そのナオは姫に食べさせてもらっていることからまだ寝起きなのかもしれない。
頬を膨らませている理由が寝起きだからと思いたいが……。なんとなく理由が違う気がする。
カウンターキッチンの席には橋本親子が揃って座っていて、コーヒーを飲みながら俺からの話を待っているようだった。
火乃村さんはまだ戻ってきていないそうで、白荻は野暮用で少し遅れてくるらしい。
……俺の家って、こんな酒場的な集まる場所だっけ?
と思えるくらいに朝から人が多い。
新婚二人《弥生とたゆん》と貴美子おばさんはお隣だから気にならないが、橋本家に至っては、何で自分の家でのんびりしていないのかと不思議だ。
奥さん大丈夫なんだろうか。今度お詫びに菓子折りもって挨拶にいかないと。
白荻は野暮用で遅れるらしいが、こんな朝早くから何の野暮用なのかと思う。むしろ朝なんだから来れるほうがおかしい気もする。
何だか、とにかく大きなことに巻き込まれすぎじゃないかとため息が漏れる。
「お兄ちゃん、ボクから話す……?」
そんなため息に、俺が話したくない思っていると、碧は勘違いしたようだ。
周りも、そんな碧の俺の呼び方に違和感を感じたようだった。
「話すには順序が必要だろ?……知ってることもあれば知らないこともあるし。順を追って話すと長いけど、いいか?」
「私の知らない話も聞かせてもらえるのよね?」
ある程度話しているとはいえ、貴美子おばさんにも少し辛い話になるかもしれないから話しづらくて話していないこともあった。
それも、話すべきなのかもしれない。
そして、俺は。
俺の信頼できる皆に――俺をこんなに心配してくれた仲間達に話し始めた。
俺はこの世界にいた、水原凪という稀代の英雄の息子だったことや、こことは違う並行世界で暮らしていたこと。
何かがあって俺は父さんと、恐らく母さんと共に別世界に飛んでいて、そこで母さんは亡くなり、父子家庭で暮らしていたことを話した。
話していて、母さんの記憶がほとんどないのは不思議に思うが、まあ、それは後で考えよう。
「その辺りは知ってるわね」
「並行世界? この世界とは別の世界? 弥生、知ってた?」
「知ったのは少し前だけどね」
「お父さん。凄い話が」
「あ、ああ。水原君達が行方不明になっていたことにはそんな理由が……」
それぞれが様々な感想を述べてくる。
「そこで、父さんは、華名貴美子――つまり、別世界の貴美子おばさんと再婚している」
「聞いたときは驚いたわ。基大さんと結婚とか考えられないから。……で、私と基大さんとの間にナオが生まれたのね?」
「はい。出来ちゃった婚みたいでしたけど。結婚式の後、直は産まれています」
みんながナオをじっと見る。
おかしい。
そう思っていることが丸わかりだった。
だが、その話の前に、話すことがある。
「で、ナオとは別に、貴美子おばさんには連れ子がいました。華名碧――水原碧。俺の大切な――女性として好きだった義妹です」
「……その人は、どこに?」
橋本さんが急かすように聞いてきた。
少しだけ、心配そうな顔しながら朱を見ているが、そんな朱こと碧は、下を向いて口を抑えてふるふる震えている。
心なしかにやけているようにも見えるのだが……。心配している皆にそれは失礼じゃないか?
気を取り直して、俺はあの時のことを思い出しながら話していく。
家族旅行で飛行機に乗って、突如ギアに襲われてみんな死んだこと。
そして、俺は目を覚ますとこの世界に戻ってきていたこと。
そこで、まだ一歳にも満たなかった直が俺とほぼ変わらない見た目で傍にいたことや、家から出たら鎖姫に襲われて撃退したこと。
鎖姫の話題になった時は姫がうっとりしながら、
「御主人様との出会いですね。御主人様はとても強かったですよ。ぁあ。また抱き締めて自爆したい」
「そこからは私達も知ってるね。私が保護し――ひっ!?」
橋本さんが感慨に耽っていた姫から睨みを利かされ黙る。
ああ、まあ……今のは姫の話をちゃんと拾ってあげないとそうなるよな。
……俺も拾わないが。
「おにーさん。碧さんとお別れになって悲しいですね……」
「凪君……だから時々辛そうな顔してたのね……」
達也が泣きながらそんなことを言い出した。
いや、横にいるから悲しくはないが。
ああ、でも……あの時はまだ碧がこの世界にいないんじゃないかと思って辛かったのは確かだ。
「碧とは、その頃に会ったよ」
「「「……は?」」」
事情を知らない巫女と橋本親子が凄い声を挙げた。
「ここは、僕が話そう」
テーブルの上でころころと転がりぴたっと俺の前で止まったナギが話し出す。
「世界と世界の間には観測所という中継地点があるのさ。全てはそこに還りそこからまた産まれる。凪が輪廻の輪と表現していたけどい言えて妙だね」
「輪廻の輪……」
「そこを監視するのが刻族。人の上位種。その種族の生き残りが、凪だよ」
達也が「え? おにーさん。人じゃないんですか?」と驚いている。
「人と変わらないよ。凪も観測所を通ってこの世界に来ている。凪の場合は、元の体もあるし刻族だし元々この世界の住人だ。観測所で流れていた時にこの世界との関わりが、この世界へ戻ってきてしまった原因だろうけど。……碧も、飛行機事故の後、凪の力によって体を蘇生され、生きたまま観測所に辿り着いた。観測所で揺蕩う凪の、碧を想う力が、碧を蘇生させたんだ」
え? それは俺も知らない話だ。
碧がなぜ観測所にいたのか、ナギが語り始める。
ご飯は、まだ食べれていない。
ぐぅっとお腹を鳴らしながら、俺もナギの話に耳を傾けていく。




