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刻旅行 ~世界を越えて家族探し 戦ったり、恋したり、露出に目覚めてみたり?~  作者: ともはっと
一章:それが夢であれば

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01-10 夢の中では病院行き


 眠れない。


 眠れないのは今までずっと寝ていたのもあると思うが、碧が隣にいるからなのは確定してるわけで。

 俺は部屋の天井を見ながらそう思う。


 いっそのこと、天井のシミでも数えてやろうかと思ったがシミがない。

 いや、シミがないわけではなく、木目模様の天井ということもあるが、窓からほんの少しの光が差し込んでいたとしてもさすがに天井は暗くてよく見えない。


 隣を見ると、俺に背を向けて静かに眠る碧がいる。

 ぶるっと、少し寒気がした。毛布を引き上げる時に、碧にもしっかり毛布がかかるように掛けなおす。

 その後ろ姿を見ながら毛布を掛け直した時に、ふわっと甘い匂いが香るような錯覚を覚えた。


 前に抱き着かれた時に感じたその香りに、碧の体の柔らかさが脳裏に浮かぶ。またあの感触を味わいたく、自然と手が動き碧の肩を掴んで自分の方へ引き寄せてしまいそうになる。


 ……欲求不満になるぞ、この状況は……。


 情けなく碧の肩に伸びる手を見て、ため息をつき引っ込めると、碧のさらに向こう側にある窓が視界に映る。

 暗闇の中にまばらに見える星々の他に、近くの電灯に照らされて淡い光を放っている雪は、まだしんしんと降り注いでいる。

 隣の家の屋根や電灯を見ると、雪が少し積もっていた。

 道理で少し寒い。と思ったわけだ。



「明日は積もってるかな……」

「……お兄ちゃん」

「はっ! な、何だ?」


 まさか起きているとは思わなかった。驚いて俺は大きな声を出してしまい、更にどもってしまう。


「眠れないの?」


 くすっと、笑いながら碧はそう聞いてくる。

 碧の背中越しに感じる声は、傍にいるのに、いつもより小さく儚さを感じて少し不安になった。


「まあ、な。……碧もか?」

「……うん。……目を閉じると……思い出すの……」


 その言葉に、少しだけ碧の体が震えていることに気づいた。


 怖い。そりゃそうだろう。

 目の前で人が刺されて大怪我――治ってはいるが――しているのだ。

 どれだけの血が散らばったのかはわからないが、結構な量だったとは聞いているし、碧からすると俺が死ぬんじゃないかと思ってしまったのかもしれない。

 それが、自分のせいだと思ってしまったのもわかる気もする。


 俺は碧を引き寄せ、背を向かせたまま抱きしめる。いきなりだったからか、碧が小さく声を上げた。


「お、お兄ちゃん?」

「……俺がいるから……安心して眠りな」


 ただ、その不安を少しでも取り除いてやりたかった。抱きしめるだけでその不安や震えが収まるならいくらでも抱きしめてやるさ。


 少しの身じろぎがあり、碧が俺の方を向き、胸に頭を預けてくる。

 ほんの少しだけ見えたその瞳には、少しだけ涙の跡があった。


「……あったかい……」


 碧は幸せそうに呟き、俺の背中に腕を回してきた。

 碧の涙を指で掬って跡を消した後に頭を撫でる。さらさらとした髪の毛を撫でているととても心地よい。

 俺が癒されてどうする、と思った。


「ありがとう……お兄ちゃん」


 ずっと寝てなかったこともあるのだろう。安心したのか、背中をぽんぽんと、あやすように軽く叩いていると、碧が寝息をたて始めた。


 これだけのことで安心して寝てくれるなら俺も本望だ。


 目にかかった前髪を梳きながら再度頭を撫でると、碧は頬を緩ませ、より一層俺に密着する。


 一緒に寝るなんて普通はしないことだろうな。


 この年齢になったら、例え血のつながった兄と妹でも恥ずかしくてできることではないだろう。

 俺のことを信じてくれている。ただ、それだけで俺の心は満たされた。

 助けられてよかった。心から安堵している自分がいる。


(おやすみ。碧)


 心の中で呟き、俺も簡単に夢の中へと落ちていった。



 ・・

 ・・・

 ・・・・

 ・・・・・



 朝、目が覚めると、一緒に寝ていたはずの碧はすでにいなかった。


 まだ隣に誰かが寝ていたような温もりはあったため、俺より先に起きて自分の部屋にでも戻ったのだろう。


 昨日の出来事を思い出すとなんだかんだで少し恥ずかしかったので、目を覚ました時にいなかったことに少しほっとする自分がいる。


「ふぁ……」


 あくびをしながらベッドから降りて軽く背伸びをすると、体が昨日と同じようにぎしぎしと音を立てた。寝すぎだということもあるが、やはり体は上手く動かない。いや、昨日より少し悪いかもしれない。


 流石に数日何も食べていない為腹が減っていた。体が動かない理由もそこにあるかもしれないと思い、部屋から出る。


 部屋から出て階段を下りる時に台所から朝食の匂いがして、今日の朝食は何かと予想するのが日課なのに今日は匂いがしない。


 ふと、義母さんに会った時になんて答えようかと考える必要があることに気づいた。


 流石に数日も寝たきりで、何事もなく「おはよう」なんていつも通りに出ていったら何言われるだろうか。


 碧があれだけ心配していたことから、義母さんもかなり心配していると思う。

 父さんは……まあ、あれはいいいや。

 やはり最初の挨拶は、心配かけてごめん。が無難だろう。


 栄養がなくて働かない頭で必死に考えながら階段を降りてリビングへと向かう。

 階段を降りるときに足を踏み外さないように歩くのが大変だった。

 これはちょっとどころじゃなくリハビリが必要なレベルじゃないかと自分の体が心配になる。



「……???」


 リビングに入ると、そこには誰もいなかった。

 いつもなら、義母さんがご飯を用意してくれていて、新聞片手に父さんがいるはずなのに、なぜか今日は二人ともいない。

 そういえば、いつも香るコーヒーの香りもまったくしていない。


 出かけているのか、それとも寝室にまだいるのかわからないが、目を覚ましたのに声をかけないのも悪いと思い、二人の寝室へと向かう。

 二人の寝室は一階にあるため、階段を上がらなくてよかったと、少しほっとする。


 ノックをして中に入ろうとすると、階段のほうからもの凄い音がした。

 なんの音かは知らないが、むしろ知ったら知ったでそちらに向かわなければいけないのが億劫だ。

 どちらにしても後で階段横を通り過ぎてリビングや自分の部屋に戻らなくてはいけないのだが。


 気を取り直して寝室の扉を開けてみるが、そこにも二人はいない。


「お母さんとお父さんなら朝早くに仕事が入ったって、出ていったよ?」


 後ろから声が聞こえ、振り向くと昨日の夜に見たパジャマではなく、首元が妙にだぶっとしたタートルネックに赤いチェックのスカートに着替えた涙目の碧がいた。


 胸元には俺が昨日渡したペンダントがあり、昨日渡して今日つけてくれるのは渡したほうとしては嬉しかった。


「大丈夫か? 大きい音がしたけど……」

「うん、大丈夫。お兄ちゃん、おはよう」


 昨日みたいなことがあったので少し気まずくはあったが、吹っ切れたのか、嬉しそうな碧の笑顔がまた見れたことが、何より俺へのご褒美だと思った。


 暗い顔をするようであれば、また元気づけてやろうとも思うし、もう少し注意深くみて気づけるようにしよう。

 と、思ったところで、ふと、嫌な予感がよぎった。


 あれ……なんか、おかしくないか? 布団がまだ温かかったのに、義母さんと父さんが出かけていることを知っている?


「碧はその時起きてたのか?」

「ううん。まだ眠ってたの」

「どこで? っていうか俺の部屋?」

「うん。お兄ちゃんの、部屋」


 答えに少し間があったが、碧は少し頬を赤くしながら頷きながら答える。

 え、それって、まずいんじゃないか?


「義母さんの反応は?」

「驚いてたよ」

「……それだけ?」

「う~ん……お母さんが喋り出すまでちょっと間があったかな?」


 顎に人差し指を当てて言う碧のその答えに、少し脱力する。

 いや、それ……勘違いされてないか?


「えーと……義母さん何か言ってた?」

「も~! お兄ちゃんのことみんな心配してたんだから、出かける前にお兄ちゃんが目を覚ましてないか確認することくらいするよ普通っ!」


 いや、碧よ……そこじゃない。


 次に義母さんに会った時に何かしらの勘違いが発生しているのは間違いない。

 しっかりと、答えを考えておかないと事故る。


「あ、お父さんもお母さんと一緒に来てたよ」

「あ~……あああぁぁぁ~………」


 事故った後じゃねぇかっ!

 それは……もう、アウトだろぅ……


 なんて答えたらあの父さんの弄りを回避できるのか、なんて言えばあの状況の説明ができるのか。


 ああ、無理だ……。


 一気に体から力が抜けて、へなへなっと座り込む。

 これからの父さんの弄り回避ができないことを悟り、今日遅くに帰ってくる二人のために、自分が今持てるだけの料理力を使って今日の出来事を忘れてもらうため、父さんの弄りを少なくするために翻弄しようと頑張ることを決めた。




「私としては別に、アリ、よ?」


 義母さんが帰ってきて早々に俺に言った言葉はそれだった。

 そりゃまあ、その後は思う存分、弄られましたとも。




 実は結構な重傷だったことを父さんと義母さんにさらっと伝えられたクリスマス後の一日。


 碧にはあまり聞けなかったが、学校の廊下が俺の血で真っ赤に染まっていたと、大げさと思うその表現に、


「その廊下は誰が綺麗にするんだ?」


 となんとなく思ったことを告げると「ふふん」っと言わんばかりの父さんの、親指立てて自分を指す気取ったポーズ。


「じゃあルミノール反応さえも消えるくらい綺麗にしたんだろうな」


 と推理小説から引っ張ってきた知識で困らせようと言ってみたが、


「当たり前だ。私の知識総動員で以前よりも綺麗にしてやったわ」


 ふはははっという笑いもセット。


「ちなみにお父さん講座その壱。

 凪。ルミノールは金属反応を確認するものだからあまり効果はないぞ。

 普通は、ヘモグロビンを検出するヘモクロモーゲン結晶とかを使ったりするわけだが、人の血液かどうかを確認するなら、抗ヒトヘモグロビン抗体を用いての免疫沈降反応になる。

 そもそも、ドラマとかの殺人現場にある包丁とかのルミノール反応確認は鉄包丁とかに使ってたら反応しまくりだと思うんだが。

 セラミックとかを想定しているんだろう。なんせ、セラミックは王たる蟲ぐらいの硬化でないと欠けんからな」


 そうだった。この人、科学者だったり専門分野の研究者やれるくらいの頭の良さなんだった。と改めて感心するが、蟲笛を振り回して父さんの前に誘導したい気分になった。


 父さんと義母さんが俺が起きた後に早急に元通りに動けるよう、リハビリ施設を探して交渉しに行ってくれたことに感謝したものの、体が思う通りに動かないことを伝えると後日精密検査を受けることになった。


 重傷で重症。


 軽い貧血なのかと思ったら血を流しすぎてて、おまけに二日間も寝続けていたから栄養も補給されないため戻ることはなく、寝たきり、心臓発作、死亡に至る可能性が高かったという事実を、怒りマークが出てるんじゃないかと感じるほど険しい顔をした医師に告げられた。


 反骨心の塊な俺としては勇気をだして、


「いえ、怪我治ってたので」


 なんていったもんだから怒りマークが具現化。

 輸血等の治療の為に病院に来るべきだと正論激怒された。


 ええ、そうですね。それが正しいと思います。

 でも、俺に言われても……俺、寝てた人よ?


 慌てて父さん達の息のかかった病院に搬送され碧が大泣きして、それに合わせるように直も大泣きしたり、父さんが「そんな状態で致すんじゃない」と人の不幸を笑いながら下ネタを言って、義母さんと碧にとにかく怒られて直がまた大泣きしていたのが印象深い。


 父さんと義母さんの俺の治癒能力を隠す為の自宅療養が裏目に出た結果ではあったが、それを悪いとは思ってはいない。

 俺を思って行ってくれたことだ。むしろ感謝しようと思う。


 「まあ、致すのもほどほどにな。応援する」


 うん。俺の父さんは懲りないやつだ。




 毎日リハビリに勤しみすぎて元旦を病院で過ごし、しっかり動けるようになったのは二月の頃だった。


 まだリハビリは必要そうではあるが、もうほぼ完治したと医者からお墨付きをもらい、自宅へと帰ったらちょっと直に忘れられてて凹む。



 待って、直。リハビリ中もちょこちょこ顔見てたよね……?


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