03-57 無理やり帰還?
とんてんかん。とんてんかん。
そんな音が部屋内に響く。
ナギの依頼に、ナオが素直に壊れたコアを直している音だ。
どこから取り出したのか分からないトンカチでコアの周りの丸みの調整をしているようだが、外見は最後じゃないだろうかとも思う。
空きっ腹な俺としては、この音が酷く体に響くので辛い。そろそろ何か物を入れたいのだが、この部屋には何もなさそうだしあっても腐っていそうだ。
碧達が来ているってことは他にも誰か来ているはず。
誰かが栄養のある食べ物を持っていれば、すぐにでも食らいつきたいと思う。
「ナオがいて助かったよ。僕は専門じゃないから、何回かやれば出来上がりはしただろうけど」
「偶然に感謝だな」
「偶然? そう言えば、何で君達は凪の場所がわかったんだい?」
「碧お姉たんが知ってたの」
ぎーこぎーこ。と、トンカチから鳴らないはずの音を部屋内に響かせながらナオが答えた。
「ナギがボクの頭の中に入り込んだときに、少しだけ意識が流れてきたの」
「おい。ナギ。本当に何したんだ」
「何って人聞き……ギア聞きの悪い言い方だなぁ。ちょっと記憶とか見せてもらっただけだよ?」
頭の中弄るとか。
碧が大丈夫なのか心配になってきた。
でも、それがあったから朱は碧の記憶を取り戻したと考えれば、やはり偶然には感謝したいとも思う。
後、自分が姫の体使ってるからと言って、器用に使い分けようとしないでよし。
「ナギ。ありがとう」
「何がだい? 僕はなにもしてないよ。君が自分で切り開いた道だ」
「でも、ナギがああしてくれなかったら今のボクはないよ? だから、ありがとう」
「ふーん。……――」
ぎゅぃぃーん、かりかりかりと響く音と、ぷいっと体ごと碧から反らす行動にナギの言葉は掻き消えた。
俺には聞こえてたけどな。
こいつ、照れてやがる。
お礼とか言われることに慣れてないみたいだ。
「凪、ちょっと、卑怯だよ?」
「何がだよ。いつも人の心を読んでからかってるくせに」
「ああ。それが生き甲斐みたいなもんだからね。……だからこれからもそうしていきたいけど。特に巫女との話とかで」
ばきんっと、大きな音が響いて先程までの音が止まる。
……おい。それはからかいの度合いを越える話だぞ、今は。
「それは、後でゆっくり聞かせてもらうから。ね? お兄ちゃん」
「ナオが知る限りはそんなことなかったの……お兄たん。浮気」
ナギではないが、浮気とは人聞きの悪い。
俺は巫女に手はだしてないぞ。
……俺は、な。
「そんなことより。ここ、どこなんだよ」
話を変えたくて今更なことを聞いてみる。
意識が戻ったと思ったらすでにこの屋敷の中だ。
ナギもこの屋敷を知っているようだし、俺以外知っていそうな雰囲気が気になる。
「大財閥『奈名』家の跡地だよ」
「……何でそんなとこに」
「お兄ちゃん。そんなとこじゃないよ」
「?」
「ここ、お兄ちゃんの家だよ?」
碧の言葉に頭の中が真っ白だ。
俺の家はあの小さな一軒家だ。こんな大きな家ではない。
「お兄ちゃん。何でボク――朱の婚約者になれたか分からない?」
「いや、知らんよ」
「命さんが奈名家当主だから、お兄ちゃんは奈名家唯一の後継者だよ?」
本当に知らんわっ!
何さらっと凄いことを。
……いや、これさえも俺だけが知らないとかなのか?
「財閥同士だから文句言われないし、だから、お兄ちゃんはボクの旦那さんだよっ」
いつか見た笑顔を浮かべた碧が、両腕を俺の腰に回して抱きついてきた。
頭を胸に擦り付けるぐりぐり地獄が始まるが、やっと飛び込んできた碧を離さないように抱き締め返す。
やっと、やっとその笑顔にまた会え――
――ぎぃゃぁぁーんと、聞いたことのない音が響いて、とんかんとんかん、ぎゅぃぃーんと音が一気に早くなってきた。
「できたのっ!」
ぽいっと投げ捨てられた丸い鉄の塊が飛んできて、俺は碧のさらさらの髪を撫でていた右手でそれを受け取る。
それと共に背後からナオが飛び付いてきた。
「ナオもくっつくのっ」
「ぐぅぉあ」
前には碧。後ろにナオ。
身動き取れない上に重い。
いや、重いは禁句だが、重いっ!
「さて、じゃあ姫だっけ? 彼女に体を返すね」
姫の姿でけらけら笑いながら、ナギはそんな言葉を残し、姫ががくりと項垂れた。
「……」
意識が戻ったのか、項垂れたまま無言で姫がゆっくりと、ふらふらと俺に近づいてくる。
ゆっくり、ゆっくりと。
足を持ち上げず、床を擦らせながらずりずりと。
「御主人様……私は、姫は、ナギ様に乗っ取られ、汚されてしまいました……」
案の定、ぎゅっと唯一自由だった頭を抱え込まれる。
「どうか、慰めてください」
ぎゅーっと、これでもかと言うくらいの力で抱え込まれ、アレに挟まれて息ができない。
慰めるも何も、死ぬわっ!
「あー、あー、テストテスト」
そんな中、丸い球体からマイペースにナギの声が聞こえ出した。
ナギ、頼む。
嬉しい状況だけど助けてくれっ!
じゃないと、もう力も入らなくて限界だ。潰れる!
サンドイッチになって柔らかい肉と肉に潰されて死ぬっ!
いや嬉しいけども。嬉しいけども!
「つまりだね。このギアのコアを新人類が手に入れると、研究が一気に進んで溢れかえるらしいよ。残ったコアは、破棄することをお薦めするよ」
すげぇ重要なことをさらっと言ってるけど。今はそれじゃない。
この状況をなんとか――
ああ……頭がくらくらしてきた。
あ。もう、だめ……
・・
・・・
・・・・・
目が覚めると、見たことない車内のシートに横になって寝かされていた。
俺の目の前には、二つの饅頭があった。
腹が空きすぎて、ちょうどいいと思って手を伸ばしてかじりつこうとしたら饅頭が、動く。
「あ。凪君が目を覚ましたよー」
饅頭が離れていく。
ああ、待ってくれ饅頭……
……いや、違う。巫女だこれ。
「あら、起きたのね。どこも怪我ない?」
そんな声が聞こえて、運転席からひょこっと貴美子おばさんの顔が出てきた。
がたごとと車窓から見える景色がゆっくりと移り変わっていて、車がゆっくり動いていることに気づく。
「大丈夫そうだけど安静にね」
巫女が看病していてくれたようで、用が済んだのか弥生の元へと戻っていく。
体を起こすと、車内には碧やナオもいた。
「屋敷内で意識失ってたって聞いたけど、体大丈夫? 今は聞かないけど、後で何があったか教えてくれるかな、凪君」
弥生が心配そうに俺を見ている。
意識を失っていた?
失いはしたようだけど、失わされたが正解だ。
「ご無事でなによりですの。……《《凪様》》を《《見つけた時》》に、《《私達》》が運べたらよかったのですけど、凪様は流石に重たくて……」
? なんだ? 碧がいきなり朱みたいに話し出した。
「お兄たん、重たかったから姫に運んでもらったの」
「御主人様が《《気絶されていた》》ので、私が運ばせていただきました」
助手席から姫が顔を出す。
「ですが。御主人様エキス、十分に補給させていただきました」
なんだエキスって。
後、気絶させたのはお前がトドメだからな。
?? なんだ? 凄い違和感があるぞ。
「凪様……まだ具合が悪そうですが……」
席から立ち上がりすすっと俺の隣に座る碧が、俺の頬に手を添えながら、俺にしか見えないように口パクした。
ご・め・ん・ね……?
あー……なるほど。
要は、三人揃ってもみくちゃにして、俺を気絶させたもんだから、バツが悪くて口裏合わせろと。
「はぁ……まあ、問題を先送りにしただけだからな? それ」
「わかってるよぅ」
「朱。あなた、何か隠してない?」
運転席から貴美子おばさんの少し怒っていそうな声が聞こえる。
「い、いえ……お母様。」
「雰囲気が違うのよ。……あなた達、何か隠してるわね」
貴美子おばさんの言葉が断言に変わった。
ほら、そんなことやるから貴美子おばさんが怒るんだ。
だが、何か皆の表情が、少し強張っているのが気になる。
その表情は貴美子おばさんがギアシフトに手をかけると、更に絶望に彩られていく。
「お、お母様っ! 話します! 話しますのっ! だから――」
「話そうが、隠し事したのは確かよね」
ばっさり切り捨てられた碧が、がしっと周りの掴まれる場所に両手で掴み出した。
「さ。張り切って行くわよっ!」
「「「「張り切らないでーっ!」」」」
え? え? なになに?
みんなの大合唱と、一斉に辺りを掴み始めて何かに耐えようとする行動に意味が分からず狼狽えていると、がくんっと体に急激なGがかかる。
「御主人様。覚えてますか? 私と初めて逢瀬を重ねたあの時。私はボロボロでした」
急激な後ろへ引っ張られる衝撃に耐えていると、姫が冷静に語り出した。
ああ、逢瀬ではないが覚えてる。
俺が鎖姫だった姫に勝てたのは、姫がすでにダメージを負っていたこともあったと思う。
「私、逢瀬の前に、この車に轢かれております」
「っ!?」
それはつまり――
必死に俺と同じく耐えている皆をじろりと睨む。
「そう言うことは先に言っとけぇぇぁぁぁぁあっ!」
「ああ。御主人様には伝わりましたね」
家に帰るまでが遠足と言うが。
家に帰るまで、休ませてもらえませんでした。




