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第三話 過去編 魔法のある世界 一度目 (彼視点)

目を逸らしたくなるような胸糞・狂気・死の描写があります。無理だと思ったら、Uターンをお願いいたします。最後までスクロールすると話はつながりますので、残酷描写が嫌な方は回避してもらえればと思います。

 





 俺の最初の名前はルティスという。


 とは言っても、この名前は今まで二回、名乗っている。最初の名前のときは、王子として生まれてきた。


 俺が生まれた国は小さいながら豊かな国で、よく繁栄していた。


 それは未来を視る魔女を捕らえているからだ。


 何百年か前に捕らえた魔女は王宮の一室、〝黄金の牢〟と呼ばれた場所に囚われている。


 その昔、俺の先祖が地上に降りた魔女をその時代の力のすべてを持って捕らえたのだそうだ。


 黄金の牢は、イエローアパタイトという宝石でできた部屋で、その石は魔法がたっぷりと含まれたものだった。机、椅子、壁まで。一見しては分からないが、すべての調度品にイエローアパタイトか含まれていた。


 人を惑わす力があるその石は彼女から、反抗する意思を挫き、従順さだけを残した。


 彼女は、悲壮感に暮れることもなく、無垢な眼差しをこちらに向けていた。


 ここにいることも、未来を視ることも、それが当たり前となってしまったのか、疑問を感じていないようだった。


 彼女の容姿は十七くらいだろうか。俺よりは年上に見えた。瑞々しい肌色に、髪色は黒。そして、瞳は左右違う色をしていた。左目は髪と同じ黒色。右目は、黄金の色をしていた。


 黄金といっても不思議な虹彩(こうさい)をしていて、瞳孔は黒く、その周りに花が咲くように黄金の色がある。そして、瞳の端は深い緑色だった。


 大地に芽吹く、大輪の黄色い花。

 そんな風景を閉じ込めたような瞳だった。


 その吸い込まれそうな瞳を初めて見た時、俺は息を飲んだ。


 ――なんて、キレイなんだろう……


 黄金に佇む彼女の存在にも圧倒されたというのに、瞳を見たらもうダメだった。


 早鐘を打つ心臓の音が妙に生々しく、俺は思わず生唾を飲み込む。


 このまま心臓が止まってしまうのではないか、という衝動を受けていると、隣にいた父上が俺のことを彼女に紹介しだした。



 正直言って、父上が俺を彼女に紹介したが、なんと言って紹介していたのかは曖昧だ。息子だとか、なんたらかんたら……名前を紹介してはいないと思う。父上の声が届かないほど、俺の体は硬直して、彼女から目を逸らせなかった。


 やがて俺の紹介の話が終わると、彼女の視線が父上から俺に向かう。


 俺の緊張感はピークに達し、ひゅっと息を飲んだ。彼女は俺を見つめ、確認するように口を開く。


「王子様……?」


 呼ばれた声はなんとも形容しがたい声だった。高くもなく、低くもない……でも、耳に残る声。


 この前、旅の楽団が弾いていた竪琴に似ている。すごく落ち着く声だ。


 呆気にとられて返事を忘れた俺に、彼女は花開くように笑った。


「王子様」


 先程よりも優しげな声。

 俺を認識した声。



 その瞬間、俺は――彼女に堕ちた。





 それから、暇を見つけては、俺は彼女に会いに行った。頭の中は彼女でいっぱいで、王になるための勉強が身に入らなかった。前はそれでも、約束された道に迷いがなかったし、真っ直ぐに進んでいたと思う。


 それなのに、俺は熱に浮かされたように、彼女に会いに行ってしまったんだ。



 俺がこっそりくる度に、彼女は不思議そうに小首をかしげた。


「未来を視たくないの?」と尋ねられたけど、ただ話がしたいだけなんだと、笑った。彼女は不思議そうに瞳を瞬かせた。


「お話をするの?」


 こてんと、首を傾げるしぐさが可愛くて俺は頬を緩ませる。


「うん。君と話をしたい」


 彼女はますます不思議そうな顔をした。




 彼女は黄金の牢のせいか、純真な性格だった。まるで生まれたての雛鳥のように、与えられた環境を苦痛と思うこともなかった。それでも、背景を知る俺はいたたまれなくなって、ある日、彼女に尋ねたことがあった。


「ここから出たいと思ったことはないの?」と。


 彼女は無垢な瞳を何回か瞬かせて、首を振った。そして、口の両端を少しだけ持ち上げた。


「わたしが未来を視ると、ありがとうって言われますから……その顔が好きなんです」


 はにかんだ顔は、あまりにも穢れを知らなすぎて、痛々しくさえ感じる。


 俺たちの身勝手な行為で囚われているのに、彼女は慈愛の言葉を紡ぐ。それに罪悪感が腹から込み上げてきた。


 でも、俺は喉まできた罪悪感を無理やり腹の底に押し込む。


 この牢から彼女を解放するなんてできないから。


 彼女の存在は、国の柱だ。もう彼女の預言なしに国が保てるなんて思わない。


 ただでさえ大国が勢力を伸ばして、不穏な影が近づいている。彼女の存在は人々の希望だ。



 ……いや、それは全部、取り繕った言葉だろうな……


 誰より。

 俺自身が、彼女から離れがたかったのだから……



 黒く淀んだ気持ちを生唾と共に飲み込んで、俺は無理やり口の両端を持ち上げる。


「そっか……君がいると幸せだよ。みんな君の預言に救われているんだ。……いつもありがとう」


 どうやら俺はうまく笑えたようだ。

 彼女がまた、はにかんでくれたから。



 ***



 彼女は〝黄金の魔女〟とか、〝未来を視る聖女〟などと呼ばれていたが、名前はなかった。彼女に聞いてみたけど、名前は分からないという。それにまた罪悪感が込み上げて、だったら名前を付けようかと提案した。


 彼女はこくりと頷いた。それに俺は歯を見せて笑った。



 彼女の名前を日がな一日、考える。授業は上の空でそのせいで教師にガミガミ言われたが、小言は聞き流した。


 彼女の名前を考えて移動しているとき、ふと庭園で庭師がせっせと作業しているのが目に入った。普段なら気にも止めないその光景に目を奪われ、庭師に声をかけた。


 やれやれとうんざりぎみに作業をしていた初老の庭師は、俺を見るなり仰天した。普段なら声もかけないからだろう。


 地面に頭を擦り付けた低姿勢の庭師に、俺は何をしていたのか尋ねた。


「はっ……アイビーが育ちすぎまして、剪定(せんてい)しておりました」


 アイビー。聞いたことはあるが、どんなものか思い出せなかった俺は庭師に再び尋ねた。庭師は恐縮しながらも、教えてくれた。


「このハートの形をした葉の植物です」


 庭師が一枚の葉に手をかざす。皺の入った手の中には、確かにハートに見える葉があった。


「アイビーは〝永遠の恋〟という花言葉があって人気なのです。しかし、困ったことに繁殖力が強くて、放っておくとどんどん伸びてしまうのですよ」


 庭師は苦笑いをしていたが、その目は優しく見えた。俺は親にはなったことがないので、これは想像でしかないが、手のかかる子供でも育てているように見える。


 俺は話しかけてきた庭師に教えた礼を言った。すると、彼ははたと我に返り、また地面に頭を擦り付けだした。それに苦笑したが、また言葉をかけて、その場を後にした。



 アイビーという植物の名前は、可愛い響きで、彼女にぴったりだなと思った。だから、さっそく彼女に話をした。


 彼女は黒と黄金の瞳を見開いて、告げた名前を聞いていた。


「嫌だった……?」


 気に入らなかったかな、と不安に思っていると、彼女は首を振った。


「……可愛らしい名前ですね」


 心地よい声で言われて、俺の頬が緩む。俺は嬉しくて満面の笑顔になったと思う。


 俺の顔を見て、彼女もはにかんでくれた。



 〝永遠の恋〟のことは言わなかった。

 淡い思いを悟られそうだったから。


 〝永遠に叶わない恋〟


 それが、彼女に抱く思いの名前だ。




 そう思ってしまうのは、俺は年々成長するのに彼女の容姿が変わらなかったからだ。彼女は何百年も生きているという話だし、死なないのだろう。


 すぐ触れそうなほど側にいるが、俺と彼女の時間は交わらない。


 それを実感するたびに、心に闇のような黒いものが巣食って、穴をあけた。ひゅー、ひゅーと冷たい風を吹かせるそこは、奥が底知れず、気を抜くと真っ逆さまに落ちていきそうだ。だから、それを見ないふりをした。



 深淵を抱えたまま、時は過ぎ、十七歳のとき、俺の結婚話がでた。大国の姫が俺を気に入り、輿入れを申し入れてきたのだ。


 父上からそれを聞かされた時、俺は信じられなくて頬をひきつらせた。


「まさか……なぜ、俺を……」


 父上は(くら)い表情で、淡々と言葉を続けた。


「……皇女殿下は、お前の容姿を気に入ったらしい。一番、キレイだから結婚するならお前だと」


 キレイだから、結婚? 正直、意味がわからない。俺は王家特有のラピスラズリの瞳を持っているが、それは父上も同じだ。それに、そんな安易な理由で、小さな国の輿入れなんてするのか? 相手は大国の姫ぎみだぞ?


 様々な疑問が浮かんだが、全て飲み干した。父上はお願いをしているわけではないと分かっていたからだ。


 これは、大国からの命令だ。

 逆らえるわけはなかった。



 当時、大国は新たな魔法――〝転移〟を武器に勢力を伸ばしていた。


 彼女の牢を見ても分かる通り、この世界の魔法は魔法石を介してじゃないと発動しない。石の持つ魔力を引き出すのが定石だった。その魔法も人体に及ぼすものしか今まではなく、人や物質、武器を瞬時に運べる転移魔法は常識を覆すものだった。


 突然、目の前に武装した兵が百単位で現れたら、後手に回るしかない。東の国では、大国の脅威に対抗すべく、密かに転移を封じる魔法の開発もされているそうだが、まだまだ時間がかかる話だ。


 そのため、俺たちの国を含めて周辺諸国は、大国に従うしかなかった。



 初めて姫にあったとき、確かに美しい容姿をしていると思った。緩やかなウェーブのかかった見事な金色の髪。少しつり上がった瞳は、彼女の自信をあらわしているようだ。


 一言でいうなら、愛をたらふく食べてきましたという容姿。俺は苦笑を堪えるのに必死だった。


 胸に巣食う深淵が徐々に俺を飲み込んでいくのを感じる。そんな気持ちで口を引き結んでいると、姫は愉快そうに微笑みかけた。


「やっぱりいいわ……ふふっ。キレイな瞳ね」


 蠱惑(こわく)的な笑みを浮かべて、姫は俺の頬に指を滑らす。ぞわりと、鳥肌が立った。それを悟らせないように、さらに口をきつく結ぶ。


 姫はますます愉快そうに甘ったるい声で囁いた。


「あなたは、わたくしのコレクションの中でも、最高のものになるわね」


 吐き気を耐えながら、姫の睦言を聞いていた。



 ――アイビー……君に会いたい……いますぐ、君に……



 この不快感を君を見て、流したかった。


 だけど……俺がいくら嫌悪しても定められた道を歩くしかない。



 それに……

 元々、叶わぬ恋だ。

 いずれアイビーとの別れはくる。

 早いか遅いかだけの差だ。


 分かっている……

 君は俺の手には届かない人だって……


 そんなこと……わかってるっ……


 でも、やっぱり会いたくて、気がつけば彼女の元に足を進ませていた。


 姫との対面を果たした夜、俺はこっそりアイビーに会った。彼女は黄金の部屋でちょこんと座っていて、こてんと首をかしげた。


「王子様……?」


 その瞬間、緊張しきった全身の力が抜けた。俺はホッとして、口元に笑みを浮かべる。


「アイビー……」


 すぐにでも抱きしめたい衝動にかられたが、姫に撫でられた部分が気になり、ぐっと拳を作って耐えた。


 そして、大きく息を吐くと、俺は笑顔を作った。


 少し話をした後、俺は結婚の話をした。少しは嫉妬してくれないだろうか……なんて、バカな期待をしたんだ。


 だけど、想像通りというべきか、俺の思いなどちっとも気づかないで、彼女はこてんと首をかしげた。


「王子様はお姫様に恋をしたの?」


 恋をするから結婚。なんて……純粋で可愛らしい考えに苦笑してしまう。


 それに彼女は戸惑って眉尻を下げた。


 その顔を見ていたら、どうにもこうにも切なくなってしまった。俺は彼女の頬に手を添えて、右目の瞼に唇を寄せた。びくっと震えた彼女が愛らしくて、心臓が痛い。


「アイビー……」


 好き、と言えない代わりに名を呼んだ。


 俺が付けた名前。


 どうか、それだけは君のそばに。


 忘れないでいてくれると嬉しい。




 ***


 姫と結婚する前、姫はアイビーの預言に興味を持って占ってもらおうと言い出した。


 素直すぎるアイビーを姫に見せるのは嫌な予感がしたが、止められなかった。


 そして、悲劇は起きた。



 アイビーは的確とも言える未来を予言した。


「――お二人は幸せになれません。皇女殿下は、王太子殿下のことを愛しておられません」


 姫が俺に外見以外に興味ないことなど分かりきっていたから、俺は幸せになれないと告げられても平然としていられた。


 だけど、姫は違った。ヒステリックに泣いて、可哀想な自分に酔っていた。それを見た父上がアイビーに酷い仕打ちをした。


 顔を焼き、あの黄金の花のような瞳を二度と開かないようにすると言い出した。それを聞いた俺は父上に考え直すように叫んだ。


 だが、父上は肩を震わせ、双眸(そうぼう)から涙を流しながら、俺に残酷だけを押し付けた。


「皇女殿下は聖女さまを二度と見たくないと言っている。その力を封じてしまえと! 逆らうことはできぬ! 皇女殿下に逆らえば、何万の民の命が危険になるのだ!」


 父上は無念を滲ませた顔して、顔を両手で覆った。嘆きを殺した声だけが俺の耳に届く。俺は瞠目(どうもく)して、言葉を失った。



 そして、アイビーは顔を焼かれ、崖から突き落とされた。


 彼女は死なないと言われている魔女だ。それぐらいでは死なないかもしれない。


 だが、これはあんまりな結果だろう……


 彼女が何をしたって言うんだ。



 波紋を広げる湖を呆然と見つめると、場にそぐわない嫌な声が耳に届く。


「あぁ、せいせいしたわ」


 まるでゴミでも片付けた声。俺は目を見開き、声の主――姫を見た。


 姫は爽快と言わんばかりの顔をしていた。



 それを見て、俺の心はバキン、と音を立てて壊れた。



 ――憎い。憎い。憎い。


 目の前の女の首をへし折ってやりたい。無意識に手が伸びた。その手は震えながら自分の首に向かう。



 ――憎い。憎い。憎い。


 無力な自分が、たまらなく憎い。へし折られるのは俺も同じだ。俺は一度だけ、強く首を締め上げ、乱暴に振りほどいた。


 こんなところで死ねない。


 死ぬなら、憎い相手も道ずれに――



 俺は心の深淵に囚われ、ゆるりと口元に弧を描いた。


「えぇ……全く。その通りですね」


 姫は同意されると思われなかったのか、訝しげに俺を見つめた。だけど、俺は笑みをやめなかった。



 ――ごめん。アイビー……


 君を守れなくてごめん……


 守れる力がなくてごめん……



 だから……せめて……


 君をこんな目に合わせたやつは苦しめるから。


 俺を含めて……死よりも辛いものを与えるから。


 ……今、死なないことをどうか許してほしい。



 ***


 俺はそれから自分の持てる武器を最大限に活用した。俺の武器は見目だけだ。だから、姫を籠絡(ろうらく)させる手段を選んだ。


 その道に詳しいものを呼び、閨の作法を学んだ。女性が高みに昇る技法を身につけた。


 吐き気なんてしなかった。


 俺はとっくに狂っていたから。


 全ての技法は初夜で生かした。

 さも愛してるような甘ったるい睦言を囁いて、快楽を植え付ける。ただ、種の処理だけは気をつけた。


「あなた様の高貴な腹を汚すなどできません」


 と、懇願すれば、姫はプライドが満たされ、俺の言うとおりにした。


 三日もすれば、姫は種をねだりだすまでになったが、俺はそこで手のひらを返した。


 三日間が嘘のように俺は姫に触れなくなった。


 一度覚えた快楽を忘れらず姫はすがるような目で俺を見たが、俺は笑って誤魔化した。


「あまりがっつくと嫌われてしまいそうで怖いのですよ」


 姫はやがて、俺に見せつけるように持ってきたコレクションに手をつけていたが、俺は態度を改めなかった。


 時には強要もあったが、俺は張り付いた笑みで薄い愛を囁き続けた。


 彼女はそのうち狂い、無意味な浪費を続け、苛立ちを強くした。


 王宮中にヒステリックな声が響き、使用人たちは蒼白していた。その噂は外にまで渡り、民は震え、隣国に移住するものが出てきた。


 俺は裏で手を回し、隣国に民の受け入れを懇願した。父上と懇意にしていた東の国は民の受け入れを承諾してくれた。


 アイビーが幸せを願い、思ってきた人々だ。俺の身勝手さで彼らまで道連れにするわけにいかない。


 復讐は姫に、大国にすればよい。


 東の国は、かねてより準備していた転移魔法を封じる、結界魔法を引き出せそうな石を発見したと話してきた。


 この石が発動できれば、武力で負けることはないかもしれない。


 一縷(いちる)の光に望みを託し、俺は姫に悟られないように演技を続けた。


 実際、何万の民を受け入れるには、金がいる。


「なるべく、姫を通して力……金を奪うだけ奪いましょう」


 そう言って、俺はまた手のひらを返して姫をこの胸に抱いた。



 姫はたわいない女だった。快楽に溺れさせれば従順になった。なので、彼女の肢体を抱きながら、甘ったるい声で囁いた。


「この部屋はあなた様の美しさにふさわしくない。……あなた様の生まれ育った部屋にここをしてしまいましょう」


 大国は勢力を伸ばしたおごりがあったのか、どこまでも姫に甘く、転移魔法を使って、高級品を次々とこちらに送らせた。


 生まれ育った場所で、姫を抱けるなんて最高だ、とか甘言を吐き続けた。


 わずかに残った理性が悲鳴をあげたが、俺はそれを握り潰した。



 こんな痛み、アイビーに比べたら大したことはない。


 俺なんかもっと、苦しめばいい。



 ***


 豪華に。絢爛に。狂った思考で宴は続いた。


 ダイヤモンドの風呂ではしゃぎ、綺麗だからと、金貨を外にばら蒔いた。世界一、大きなピンクダイヤモンドでできた薔薇を作らせ、それよりも姫が美しいと囁いた。


 当然、それらの財宝は隣国へ流れさせた。


 イカれた愉悦しかない日常は、姫をひどく満足させたらしい。狂ったように笑っていたから。



 そして、狂宴を続けている間に、民の移住が終わった。



 隣国が力をつけ、大国に対抗にできる算段がついたころ。俺は姫にもっと刺激的なことをしようと誘った。


 なぁに?と蠱惑的な眼差しを向ける姫に、俺は口元に弧を描いた。


 そして、女性でも扱いやすい銀のダガーを姫に握らせた。姫は訝しげにこちらを見たが、俺は笑みをやめない。


 姫の手を強く握りしめる。


 視線を上げたら、金髪が見えた。


 それが二度と見れなくなったアイビーの黄金の瞳に重なった。


「あぁ……本当に綺麗だ……」


 夢うつつのままに愛を語る。



「永遠に……(アイビー)を想っているよ……」



 そして、俺は自分の心臓に向かってダガーを突き立てた。



 姫は発狂して暴れたが、俺は手の力だけは緩めなかった。鮮烈な痛みが全身を駆け抜け、俺は瞠目した。


 それでも、心臓へ、ダガーを進めた。


 痛みと、終わる安堵と、アイビーへの懺悔で、俺の双眸(そうぼう)から熱いものが流れていく。


 それでも、やめない。


 俺はここで死んで、姫には死より辛いものを――



 グラグラと血が煮立ち、全身に感じていた痛みが遠のく。



 心に巣食った深淵に飲み込まれるように。


 俺の意識は闇へと堕ちていった。





 愚かで無力な俺の生はここで終った……



 はずだった。





 ***


 ふと、目を開くと俺は真っ暗な世界にいた。誰かが憐れむような声で話しかけてくる。



 ――愚かな人……本当に愚かとしか言い様のない人……



 愚か……確かに俺は愚かだよ。

 アイビーを……守りたい人を守れなかった……



 ――そんなにまで求めるなんて……あなたとアイビー(おねえさま)は一緒には生きられないのに……



 そんなこと分かっている……


 でも……もう、どうやってアイビーを忘れたらいいか分からない……


 分からないんだ……



 ――……っ……分かったわ……分かったからっ……できるなら、わたしも……アイビー(おねえさま)の笑顔がみたいのよ……



 そして、声は俺に永遠を与えた。

 ただ、それは仮初めの永遠だ。



 声は言った。

 この世界は文化も、文明も異なる世界がいくつも点在しているらしい。世界は数珠繋ぎに繋がれていて、ひとつの魂を介して、別の人格が世界には点在しているのだそうだ。にわかには信じられない話だったが、俺は体験することで世界を知った。



 俺はいくつもの世界を旅人として居座ることになる。


 旅人と表現したのは、十七までしかその世界に留まれないからだ。


 声は言った。



 ――わたしの時空の力ではこれが限界なの……あなたがアイビー(おねえさま)と別れた瞬間までしか、世界に留められない……あなたがアイビー(おねえさま)がいる世界に飛ばされるかは分からない……でも……あなたがアイビー(おねえさま)に会えることを願ってるわ……



 どこかにアイビーがいると知った俺は、果ての見えない彼女探しを始めた。



 十七歳までしかいられない俺はひたすら彼女を探した。


 ひとめ。ひとめだけでいい。


 彼女の笑顔を見れたら……



 もうそれだけでいいと思った。



 でも、彼女は見つからなかった。

 正確に言うと、彼女のいるあの世界へ飛ばされなかったんだ。


 十七年の無駄な時を何度も何度も繰り返した。


 数回……数十回……数百回……


 繰り返して、膨大な時を過ごしているうちに、俺から彼女の記憶がじょじょに消えていった。



 彼女はどんな声だった?

 彼女はどんな姿だった?


 彼女の名前は…………なんだっけ……?



 やめろ。やめろ。――――嫌…………だ。



 忘れたくない。


 お願いだ。


 お願いだからっ……


 俺から彼女を消さないでくれ。



 彼女だけは消さないでくれ!




 時に思い出が殺される。


 黒い手が伸びて、俺に忘却を促した。


 ただ、永遠を生きる意味を教えるように。


 鮮烈な恋心だけは、俺に残された。



 また、0歳から始めて、十七まで時を過ごす。



 ――✕✕✕✕……君に会いたい……


 ――✕✕✕✕……君の笑顔がみたい……



 君はどんな風に笑うのかな?


 こんなに焦がれる君だから、きっと可愛い名前なんだろう。



 君は……君は……


 どこにいるのだろう……



 君の名前を教えてください。



 会いに行きたいです。



伊賀海栗さまより一番、最初のアイビーのイラストを頂きました。ありがとうございます!


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] あの王子様が最初のルティスだったんですね! やりすぎなんて事ないですよ、こういう展開めっちゃ好みです! どん底のどん底に突き落とされるの大好きなんで!! 何度も何度も無意味な十七年間を過ごし…
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