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第二話 過去編 魔法のある世界

 彼と最初に出会ったとき、わたしはアイビーという名前で、〝未来を視る魔女〟だった。


 わたしは王様に仕える魔女で、未来を視て国を豊かに幸せするお仕事をしていた。


 わたしは長いこと生きているらしく、ここにいる理由も、いたであろう家族の名前も、時の経過と共に忘れてしまった。でも、不思議と変な気分にはならない。


 それは王様がとても綺麗な部屋を、わたしにくれたからだと思う。キラキラと輝く部屋は見ていると心地よく、穏やかな気持ちになれた。


 それに、未来を視ると、みんなが喜んでくれた。笑顔になってくれたから、わたしは顔を見たくて、未来を視た。


 空から雨がたくさん降るよって言えば、みんな安全な場所に避難できた。


 稲が病気になって死んじゃうよ、って言えば、その時がくるまで食料をみんな溜めた。


 えらい人は稲が病気にならない薬を開発してくれた。


 未来が視えるってすごいね、すごいねってみんな褒めてくれた。


 だから、わたしはこの力は人を幸せにするものなんだと信じて疑わなかった。




 ある日、王様が一人の王子様を連れてわたしのところに来た。「息子だよ」と紹介されたので、わたしは「王子様」と声をかけた。


 でも王子様はわたしを怯えた表情でみていた。わたしは、姿形が他の人と違うから怖かったんだと思う。


「怖がらせちゃって、ごめんなさい」と言おうと思ったのに、声を出す前に王子様は行ってしまった。


 去る小さな背中をぼんやり見つめて、もう会えないかな?と思ったけど、王子様はまた来てくれた。今度は一人で。


 未来を視てほしいの?と尋ねると、違うよと言う。


 王子様はただ笑って、お話をしようと言った。彼は優しかったから、わたしは不思議に思うことはなく、ふたりでこっそりお話をした。



 ある日、その王子様がきれいなお姫様に恋をした。とってもきれいな人で、みんながお似合いだね、これで、国も安泰だねって、笑顔だった。なんでも、二人は婚約者で、二人が結婚したら、怖い戦争が無くなるんだそうだ。


 二人の幸せな未来を視てほしいって、王様に言われたから、わたしは力を使って未来を視た。


 ――でも、二人の未来に幸せなんてなかった。



 お姫様は王子様のことなんて、ちっとも愛していなかった。影で男の人に睦言をささやいて、王子様をバカにしていた。


 お姫様は、お金をたくさん使って、国はボロボロになる。王子様は悲しそうで、国中が悲しみに満ちていた。


 そんな顔をしてほしくなくて、わたしは視た未来を言った。


「……お二人は幸せになれません。皇女殿下は、王太子殿下のことを愛しておられません」


 二人がわたしを見つめる。お姫様は息を飲んでいた。そのお姫様は真っ青になって、泣き出した。


「そんな……そんな……わたくしは……」


 泣き崩れるお姫様を王子様が支える。未来を視るように頼んできた王様は顔を蒼白させて叫んだ。


「嘘を申すな! この二人は愛し合っておる!」


 わたしは悲しくなって、眉尻を下げる。重苦しい空気が辺りを包み、お姫様が王様に何かを囁いた。王様は肩を震わせ、怖い顔でわたしを睨み付けた。


「この魔女は偽りを言って、両国を平和を乱す罪人だ! 捕らえろ!」


 わたしはありのままの未来を言っただけ。それなのに、みんな困惑した顔でわたしを見た。だれかが、「アイビー様のおかげで国は繁栄したのです。捕らえるのは……」と言った。


 王様は未来よりも今が大事だと叫んでいた。


 王子様は何か言っていたけど、連れていかれていってしまった。みんなは王様にせっつかれて、わたしを怖い顔で見た。



 痛い。痛い。

 髪の毛を引っ張らないで。


 痛い。痛い。

 顔を焼かないで。


 痛くて右目が開かないよ。


 痛い。痛い。痛い。



 ……もう、やめて。



 痛くて怖くて、わたしは、これから起きることを視た。わたしは崖から突き落とされる。でも、死なない。


 ……死ねたらよかったのに。


 わたしは死ねなかった。


 わたしがみんなを怖い顔をさせてしまったから、天罰が下ったんだ。


 悲しい……悲しい……




 わたしはようやく気づいた。


 この力は、誰かを幸せにするものではないんだってことを。




 ***



 こぽこぽ。


 湖に沈んでいると、誰かが声をかけてきた。



 ――アイビー……アイビー……



 そう呼ばれるのはいつぶりだろう。

 そうね。王子様に呼ばれて以来かな。



 ――アイビー……王子様はあなたを裏切った。王様も、国もあなたを裏切った……恨んでいるのでしょう?



 恨む? ……恨む……


 でもそれは、わたしの力が幸せにしなかったからなのよ。

 わたしのせいよ。



 ――アイビー……じゃあ、恨んでないの……?



 分からない……


 ただ、悲しい……


 悲しい……


 わたしは幸せにできなかった。


 悲しい……悲しいよ……



 ――アイビー…………わかった。もう、泣かないで……あなた心が優しくなりすぎたわ…………


 ――わかったから………だから…………



 ――待ってて……



 こぽこぽ。

 声は消えて、いつしかわたしの中から、話した記憶も消えてしまった。



 ***


 冷たい湖から這い上がる。水のおかげで、顔の火傷は温度を無くす。左目しか見えない体を引きずって、わたしは誰もいない森へと身を隠した。


 ボロボロの小屋に寝泊まりして、一人で暮らした。わたしは何度も、何度も自分がいつ死ぬのか視ようとした。


 でも、いつも黒い手に阻まれて、わたしは死ぬ瞬間を視ることは叶わなかった。



 すべてを諦めて、ひっそりと暮らしていた時だった。彼が現れたのは。



 がさがさ。

 長くなった草の根を踏んで、道なき道を歩いてきた彼は、自分を冒険者だと名乗った。


 名前はルティス。


 彼は、今はもう言い伝えになってしまったわたしの力を頼ってきたんだという。



 顔の傷を見られたくなくて、わたしはいつも目深なフードを被っていた。だから、さっと視線を逸らして、お帰りくださいと言った。


 声を出すことはなかったから、老婆みたいにひしゃげた声になる。でも、ちょうどいい。これで、びっくりして帰ってくれたら……と、思ったのに。彼はしつこかった。


「一度だけでいいんです。俺の未来を視てください!」


 直角に頭を下げられて困ってしまった。そんなことを言われても、わたしの力は幸せにするものじゃないから。


「……お帰りください。わたしの力は過ぎたもの。人を不幸にして、どん底に落とす忌まわしきものです……あなたを不幸にしたくはありません。お帰りください」


 頭を下げたのに、ルティスは本当にしつこかった。その場に座り込み、両手をついて、地面に頭がめりこませた。


「そこをなんとか! どんな結末でもいいんです! お願いします」


 あまりに必死に言われてしまい、本当に困った。だから、わたしは追い返すために視るふりをして、嘘をつこうと思った。


 だって、真実を伝えることが幸せになるとは限らないから。


「わかりました……一度だけ……視ます。中におはいりください」


 彼は顔を上げた。おでこに土がついてしまっていた。それに、ちょっとだけ笑う。わたしは彼を招き入れた。


 簡素な木製の椅子に彼を座らせて、わたしも対面の椅子に座る。


「……本当にどのような未来でもいいんですね……」


 確かめると、彼はいいと言った。だから、未来を視た。




 彼の未来にわたしがいた。

 わたしはフードを上げて、醜い顔をさらしていた。

 それなのに、彼は愛しそうに微笑んでいた。



 そんなありえない未来にわたしは茫然とした。


「……視えたんですか?」


 彼が恐る恐る尋ねてくる。わたしは首を振って、まだですと、嘘をついた。


 もう少し先の未来を視る。

 そこには、黒い扉と、無数の黒い手。

 その手は、彼を捕らえようと伸びて、真っ黒でなにも見えない黒い扉の向こうに、引きずり込もうとしていた。



 その黒い手は、わたしが死ぬときに出てくるものと同じだった。



 わたしは言葉を失って、茫然としてしまった。


「……視えたのですか……?」


 彼に聞かれてはっと我にかえる。なんと言えばよいのか分からなくて口ごもる。すると、彼は淡々とわたしの視たものを告げてきた。


「……俺は黒い手に捕まって、扉の先に行ってしまいましたか……?」


 息を飲む。その表情を見て、彼は自嘲じみた笑みを見せた。


「……そっか。やっぱり、この世界でも……」


 諦めたように彼は立ち上がり、頭を下げた。


「……ありがとうございます。視てくださって」


 切ない表情にとくりと胸が痛んだ。


「あの……これからどうするのですか……?」


 あまりに痛々しい顔をするから、わたしは余計なことを言う。

 彼はすこしだけ口元に笑みを浮かべて、さぁ……と言った。


「……目的もないので、またあてもなく歩きます」


 それはどこか、死に場所を探す言葉に聞こえた。


 わたしは彼の着ていたローブを指で摘まんだ。


「行くところがないなら……ここに……」

「え……?」

「あの……その……」


 なんでそんなことを言ったんだろう。

 あの未来を本物にしたかったのだろうか。

 愛しげに見つめてほしかったのだろうか。


 そうね……

 わたしは、きっと、寂しくて。

 独りが辛くて、彼にすがってしまったんだ。


「……もし、よろしければ……なんですけど……」


 でも、こんな醜いわたしなど、居ても嫌だろう。浅ましくすがった自分が恥ずかしくなる。


 そっとローブを摘まんだ手を離す。


 次の瞬間、指が一本、捕まれた。



 彼は切なく微笑んで、わたしの指を手繰り寄せて、ふわりと両手で包み込んだ。


「居てもいいなら……」


 その手があたたかくて。

 泣けるほどあたたかくて。


 わたしは涙を見せないように、頷いた。



 ***


 それから、彼と一緒に生活をするようになった。

 最初は、誰かと一緒に暮らすのは久しぶりすぎて、戸惑いだらけだった。


 わたしの家の周りには小さな畑があって、野菜を育てている。後は実りがある森だから、木の実とか、食べられる草とか。それを言ったら、彼は目をパチクリさせていた。


「肉とか、麦とは食べないんですか?」


 わたしは、首を振る。わたしは体は丈夫だけど、運動神経はないの。うさぎ一匹、捕まえられない。


 すると、彼は持っていた弓であっさり飛んでいた鳥を狩った。


「俺がさばくよ。美味しいよ。鳥肉って」


 にかっと笑われて、口調が変わったので驚く。すると、彼はあっ、みたいな顔をした。


「すみません……その……」


 わたしはまた首を振った。


「敬語はいりません……」


 すると、彼は柔らかく笑う。


「じゃあ、君も……」

「え……?」

「敬語じゃなくていいから」


 するっと言われたことが恥ずかしくて、フードを引き寄せる。こくりと頷くと、彼はまた子供みたいに笑った。



 ***


 彼はあちこちの場所に行ったところがあるって言っていた。根なし草なんだと、笑う彼を見ていると、わたしは森と王宮しか知らないことに気づく。


 彼は虹色の大地がある場所。浅瀬がずっと続いて、空が鏡のように写る場所。コンクリートと呼ばれる知らない石でできた高い建物の話をした。


 知らない、不思議な場所のお話をたくさんしてくれた。


 でも、彼はひとつの所に留まることはしなかったそうだ。じゃあ、なんでわたしの所にいてくれるんだろう。


「ここはつまらないし、どこかに行きたくなるんじゃないの?」


 森しかないし、ワクワクするような景色もない。行ってしまうのは寂しいけど、わたしは引き留められない。


 そう言うと、彼は目を細めて微笑む。


「……君がいるから、行かない」

「え?」

「独りにさせたくないんだ」


 それは同情だろうか。


 ……でも、それでも、いい。

 彼がそばに居てくれるなら。

 また独りになるのは辛い。


 わたしは何年ぶりかに感謝を口にした。


「ありがとう」


 すると彼は目を大きく見開いた。そして、真剣な顔になる。


「あのさ……フードをとってもいい?」


 それに、ひゅっと息を飲んだ。だって、わたしの顔は半分爛れてて、とっても醜い。


 わたしはフードを手にとって顔を隠す。


「ダメ……顔は醜いの……」


 それなのに、彼は食い下がる。


「醜くなんかない」

「でも……嫌われちゃう……」

「嫌ったりなんか!」


 大きな声を出されてびっくりした。わたしは体を震わせて、腰を引く。彼は切なそうな顔をする。


 どうして、そんな顔をするの?

 そんな顔をしないで。

 いつもみたいに笑って?


 わたしは切なくなって彼に顔を近づけた。フードを取るのは怖いけど、彼が望むなら……わたしはできそうな気がした。


 恐る恐るフードに手をかける。怖くて視線があげられない。ぎゅって、目を閉じてフードがぱさり、落ちていく。


 太陽の眩しさを瞼の裏に感じた。

 眩しすぎて目を開けられない。


 見えている右目をうっすら開けると、彼の顔が近づいてきた。


 酷い火傷の痕に、唇が落とされる。

 びくって体を震わせると、傷のある頬に手を添えられた。触れられたところが不思議と熱い。


 ちゅっ、ちゅって、顔中にキスされる。無性に恥ずかしくなって、ぐいって彼の胸を両手で押した。顔が熱くてたまらない。ふるふる震えた腕で押し退けたのに、彼はくすっと笑う。


「ごめん。……嫌だった?」


 嫌じゃないから首を振った。すると彼は子供みたいに笑う。その笑顔が眩しくて、お日様みたいって思った。


「アイビー、可愛い」


 力が抜けてしまって、抱きしめられる。

 彼の腕の力が強くて困ってしまう。それなのに、離してくれないから、わたしは熱い顔を彼の胸にうずめた。



 彼はキスをたくさんしたがった。

 フードも被らないでってお願いされた。


 困った顔をすると、悲しそうな顔をするから、わたしはいつも彼の言うとおりにしてしまう。


 フードをとると、太陽の熱が近づいた。風が頬を撫でるのが気持ちいい。


 世界はこんなにきれいだっただろうか。


 目に飛び込む色彩に目をパチクリさせていると、彼は無邪気に笑って、おでこにキスをした。



 彼との時間はとても幸せで、わたしは口の端がずっと上向いているのを感じていた。


 幸せすぎて、愚かなわたしは忘れてしまった。



 この幸せは限りのあるものだと。



 ある日、彼はそろそろ十七歳になると言った。お誕生日をしなくちゃね、と無邪気に笑うわたしに、彼は切ない表情で首を振った。


「ごめん……誕生日は祝えないんだ……」


 どうして?と問いかけると、彼は泣きそうな顔をした。


「俺はここに居られない……俺はね、永遠を生きる旅人なんだ。だから、別の世界に行かなくちゃいけない……」


 そう言って、彼は自分は十七歳までしかこの世界に留まれないことを話してくれた。話す彼は深い悲しみが滲んでいて、見ていて痛々しかった。


「ごめん……ずっと話さなくちゃいけないって思ってたけど……」


 言葉の続きはなかった。ただ、彼が愛しげに見つめてくれた。それは、置いていくわたしに気をつかってくれたのだろう。


 わたしは立ち上がって、彼に言う。


「未来を視るわ。……どうにかできる方法が見つかるかもしれない!」


 わたしは未来を視る力を使った。

 久しぶりすぎて目眩がしたけど、それでも彼の未来を視た。



 扉が開いて黒い手が伸びてくる。

 彼をここではないどこかに連れていこうとする。

 彼は足掻いていた。

 切ない声で、わたしの名前を呼んでいた。


 泣きそうな顔で必死に彼は口をひらく。言葉は黒い手が遮って聞こえない。


 でも、わたしは彼の口から言葉を読み取った。



 だから……わたしは――



「アイビー!」


 くらりと目眩がして、彼に支えられる。心配げに覗き込む顔に手を差しのべる。


 頬に手を添えて、にこりと微笑む。


「大丈夫……大丈夫だよ……」


 わたしはこの時、悟った。


 わたしが今まで生きていたのは、彼に出会うためなんだ。

 わたしの死が黒い手に覆われてしまっていたのも、彼に付いていくからなんだ。


 それは、なんて幸せなことなんだろう。



「ルティス。お誕生日をしよう」

「え……?」

「大丈夫だから。わたしは、あなたが生まれた日を祝いたい」


 彼は眉根をひそめて苦しげな表情をする。


「でも、俺は……」

「わかっている。視えたから」


 彼がびくりと震える。それに、大丈夫。大丈夫だよと微笑みかける。


「大丈夫だから……お祝いをさせて」


 彼は何か言いたげに口をつぐんでしまった。


 誕生日が近づくにつれて、彼は元気をなくしていった。憂いを帯びた目で見つめてくるから、わたしは口の端を持ち上げた。


 笑顔を見せた。

 大丈夫。大丈夫と彼に伝わるように。



 誕生日の日は、わたしは満面の笑顔だった。朝から用意した豪華な料理は、我ながら自信作だった。


 彼が美味しいよと言った鹿肉のシチューはとろりと口の中で溶けてくれる。


「美味しくできたでしょ?」


 わたしが微笑むと彼は曖昧に笑う。だから、わたしは彼のほっぺを両手で掴んで、ぐにぐにほぐした。

 

「なんだよっ……」


 ルティスはちょっと嫌そうにしたけど、わたしはいたずらっこみたいに笑う。


「笑って、ルティス。大丈夫だから」


 そう言うと、彼は眉根をひそませながら、口の端を少しだけ上げてくれる。それに、わたしは満面の笑顔になる。


 彼には付いていくとは最後の最後まで言わなかった。だって、去ってしまうと思ったから。


 眠っている隙に、ちょっと目を離した隙に。彼はいつだって、わたしを置いていける。それは、嫌だったから。大丈夫だよ、だけ言って、引き留めた。


 ごめんね、ルティス。

 わたしはずるい子なの。


 だけど……どうか許して。


 わたしには、もうあなたしかいないの。


 あなたがわたしを見つけてくれたから。


 わたしは、どこまでもあなたに付いていきたい。




 ――――ガチャン。


 おわかれの時は唐突にきた。


 まだシチューを飲み干していないのに、黒い扉が開いて、彼を連れていこうとする。


 からん。


 彼が持っていた木のスプーンが手から離れて床に叩きつけられる。彼は黒い手にもがきながらも、真っ直ぐわたしを見た。


「アイビー! 俺は……!」


 彼の口を覆って言葉を遮る。でも彼の口はわたしが一番うれしい言葉を紡いでいた。


 だから、わたしは微笑んで彼の胸に飛び込む。離れないように両手を彼の背中に回して、服を掴んだ。


「大丈夫だよ。わたしも一緒だから……」


 わたしはきっと、このまま死んでしまうのだろう。でも、不思議と怖くはなかった。


「連れてって……独りじゃないよ」


 彼の体がびくりと震えて、わたしの体を強く掴んだ。


 泣き声が耳に聞こえる。

 涙が落ちてわたしの肩が濡れていく。


 だから、わたしはもう一度言った。


「大丈夫。大丈夫だよ……」


 わたしの視界が黒い手でいっぱいになる。重くて苦しかったけど、それでも腕の中はあたたかくて。


 とっても、幸せだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 切ない……! アンハッピーエンドの企画なのは重々承知! それでも幸せを願ってしまう、そんな魅力が満載ですね。
[一言] ラブラブで胸キュンもあり、そしてやっぱり切ない……! すごい、これのめり込めます!! 続きが、続きが気になります!!
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