第009話 太い方がいいの
フェリスは、加減しながらゆっくりと手綱を引いた。
が、手綱は勢いよく張り、馬は驚いて走り出した。
加減したにもかかわらずこの勢いだ。
「あ、あの……これでよろしいのですの?」
フェリスは後ろで怪しい会話をしている2人に恐る恐る尋ねた。
「ん? それでいいぞ。
まずは一日それでいてくれ」
ギオニスはそう言うとまたリリアと話し込んだ。
「ですけども……」
フェリスは、口を動かすのもゆっくりだ。
「もう1つ開くか?」
「流石に爆死するんじゃないかしら?」
不穏な言葉にフェリスはびくりと身体を震わせた。
フェリスは今、力が溢れている。
少しでも気を抜くと有り余った力で、辺りを壊してしまうほどにだ。
「そうね。やるなら、外側から魔力で抑えた方がいいかしら?
オークのあれも似たようなものでしょ?」
あれというのはギオニスの戦闘態勢のことを指している。
魔力を肉体の変容に使う。
それはただの強化ではなく、外に拡散しないようにする機構がある。
「まぁ、確かにあれも生命力を燃やしているしな。
じゃあ、失敗したら、押し込んでくれ」
「任せて」
「あの……先程から不穏な単語が……聞こえるのですが……」
フェリスの心配そうな言葉にギオニスは笑った。
「いや、そんなんじゃない。ただの訓練の追加の話だぞ」
爆死などという強化メニューの追加では、聞こえてくるはずのない単語が聞こえてきている。
「出力をもう1段階上げることにした」
「やっぱりですの!」
フェリスは声を上げた瞬間、大気が大きく揺れた。
「おおい、落ち着け。
死ぬぞ」
フェリスは慌てて、静かに口を閉じた。
「改めて説明するが、今、フェリスは生命力を燃やして魔力に還元しているんだからな。
あまりはしゃぐと全部持ってかれるぞ」
全部持っていかれる。
言葉通り生命すべてが魔力に変わることを意味する。
それは、フェリスの死と同義だ。
「ギオニス様……これはなんの訓練なんですの?」
その言葉に、ギオニスとリリアが笑った。
「これはただの準備体操」
「そうよ。訓練は今からよ」
フェリスは2人の言葉に困惑していた。
今のフェリスは自爆魔法を使う寸前で止めているようなもの。
今こうしているだけで、巨大な魔力が身体を駆け巡り、外に漏れている。
じっとしているならまだしもそれでいて普段通りにしておけというのが彼らの注文だ。
「まぁ、正確には身体作りだな」
「身体作りですか?」
「魔力を扱うなら大事だぞ」
「学園では……魔力の操作が一番大事と教わりましたわ」
「そうね。
それが一番大事だわ」
リリアがフェリスの言葉をあっさりと肯定した。
なら、フェリスがやっていることは何なのだろうな。
そんな疑問が浮かぶ。
「フェリスの身体には魔力回廊がなさすぎるんだ」
「魔力回廊ですか?」
聞きなれない言葉に、フェリスは眉をひそめた。
「身体中を無尽に走る魔力の通り道だ。
これを使って魔法を使うんだぞ」
「そうなんですの?
学園では教えてくれませんでしたわ」
「基礎中の基礎なんだがな」
ギオニスは困ったような顔を見せた。
「それで、今のフェリスだけど」
今度はリリアが話し始めた。
「これがほとんどないのよね。
あっても細いの。
だから、無理やり魔力を流して魔力回廊を広げているの。
魔法を使うなら魔力回廊は太い方がいいの。
あと本数も多いほうがいいわ」
ハレの知識で話すなら水とホースのようなものだ。
これが曲者で、ホースが細すぎると水の出が悪い。だが、不得意からといって出る水の量が少なければ意味がない。ホースの太さと水の量が出てくる魔法の威力にかかわる。
「でも、これってわたくしの命を燃やしているんですわよね」
「死ぬ前には止めるから大丈夫よ」
「あの、本当ですよね」
「あぁ! だから、出力をもう1段階上げることにした」
「そこは……決定なのですわね」
フェリスはすっかり諦めた顔を見せた。
彼女は馬車を止め、彼らの言うとおり馬車から降りた。
「というわけよ。ぎりぎりまで調整するから、万が一に備えて色々用意するわ。上を脱いでくれる?」
「こ、ここでですか?」
フェリスが驚くのも無理はない。
いくら周りにヒトの気配がないと言っても、ここは平原のど真ん中だ。
こんなところで、喜んで脱ぐはずがない。
それに目の前にはリリアだけでなくギオニスもいる。
殿方の目の前で上着をはだけさすなどフェリスの常識ではなかった。
「嫌なら、いいけど。
万が一の時は、諦めてね」
リリアが笑顔で譲歩してみせたが、実際、それは脅迫に近い。
諦めろと言うのは命のことあろう。
命を天秤にかけられたら、断りづらい。
「わ、分かりましたわ」
フェリスは観念して上着を脱いで上半身を見せた。
太陽の光にフェリスの白い肌がさらされる。
幼いせいか小ぶりな胸は緊張でピンっと上を向き、長く青い髪がそれを覆っている。
何をされるかわからない。
その緊張が彼女の小さな肩をこわばらせる。
「背中を見せてくれる?」
フェリスは無言でうなずくとリリアたちに背中を見せた。
傷一つないきれいな背中、そこにリリアが指で触れる。
フェリスの身体が一瞬震えたが、すぐに動かないようにじっと我慢した。
指でくるりと丸を書き魔力を通す。
くすぐったさか、恥ずかしさか。
フェリスは耳の先まで真っ赤にして、涙目になりながらそれに耐える。
少しでも動くと、リリアが動かないでとそれを制する。
「んっ……」
身体中に熱い何かが走り、フェリスは思わず身悶えする。
「これは?」
フェリスの背中をまじまじと見つめながらギオニスが興味深そうに尋ねる。
見たこともない魔法陣だ。
魔法封じの文様に見えるが、どうもそれだけでない。
「緊急用ね。
魔力暴走を起こした時、これで無理やり閉じるのよ」
「エルフはこんなん作ってるのか」
「あの……そんなにまじまじ見ないでください。
2人して背中を見られ、慣れないフェリスは身体を震わせる。
「よし、じゃあ、次は俺だな」
今度はギオニスがフェリスの背中に触れる。
温かく大きな手が背中に触れ、フェリスは思わず背を伸ばす。
前は服の上からだったが、今回は直に肌を触られる。
恥ずかしさと緊張でフェリスはどうにかなりそうだった。
少しの沈黙に、彼女は耐えきれずゴクリとツバを飲んだ。
「開門――ッ!」
その言葉と同時にフェリスの身体が淡く金色に光る。
「私たちの神籬武装に似ているわね」
「こりゃ、俺には真似出来ないわ」
フェリスの湧き上がった魔力が、形を変えて彼女の身体の周りにとどまった。
オークは湧き上がる魔力を身体強化に使う。それこそ、外見が変容するくらいの魔力をだ。
エルフは今のフェリスと同じように魔力体のまま周囲にとどめる。
これが戦闘時は非常に厄介な鎧になる。
「あ、あの……」
フェリスが頬を赤らめて呟いた。
「どうした?」
「ちょっと、身体が疼いてきて……」
フェリスは恥ずかしそうに身体をもじもじとくねらせる。
確かに、ギオニスも戦闘態勢に入るとかなり攻撃的になる。
それはリリアもだ。
神籬武装になると、攻撃性が増す。
こうなれば、我慢は難しい。手合わせくらいしたほうが良いだろう。
「普通にしてろって言ってたが、仕方ない。
よし、やるか!」
ギオニスの言葉にフェリスは真っ赤にして勢いよく首を振った。
少しうつむき加減に真っ赤な顔で首を振っている彼女を見て、ギオニスは少し笑った。
「はは、恥ずかしがらなくていいぞ。その状態になるとよくあることだ」
「で、でも……やる……だなんて、そんな破廉恥な……」
フェリスはずっと身体をモジモジさせている。
「いやいや、我慢は身体に良くないからな。
軽く汗を流す程度でいいさ」
「でも……わたくし、初めてで……
それに……外だなんて……」
「そうか? 外でやる方が気持ちいいだろ?」
「と、殿方はそうかも……しれませんが……」
「考えるよりもやった方が早いぞ」
フェリスはぐっと口をつぐんだ。
初めてはベッドの上でと思っていた。
白いシーツに天蓋付きのベッド。窓からは月明かりが差し、部屋の中は花の香りに満ちている。
そんな理想とは正反対。
昼間に、誰もいないとはいえ、それも外でなんて……
けれど、感情の高ぶりがそんな理性的な感情を押しのけていく。
「俺とリリア、どっちがいい?」
「え、選べるんですの?」
「そりゃ、まぁ、相性ってのがあるしな。
まぁ、経験がないフェリスに選べってもむずかしいか」
ギオニスの言葉にフェリスは恥ずかしそうに俯きながら頷いた。
もちろん、ギオニスからしたら手合わせの話だ。
フェリスがどんな戦闘スタイルになるか、今の段階では分からない。
攻撃性が高まるならば近接戦闘も行けるかもしれない。
「じゃあ、俺とは打撃系主体でまずはやってみるか。
魔法主体はリリアでやってみよう」
「えっと……なんのお話ですの?」
「何って、手合わせの話。
その状態って少し攻撃的になるんだよな」
ギオニスが笑ってそういったのを聞いて、フェリスは自分の勘違いに気づいた。
「えっ、やるって……手合わせなんですの……わたくしてっきり……あの……」
「おい、フェリス、落ち着け!」
火を噴きそうなほど真っ赤な顔で慌てるフェリスを見て、ギオニスは落ち着かせようと彼女の肩をつかむ。
「ギオニス様、先程の話は――違うんですの!」
「だから、落ち着けって!」
途端、フェリスの身体から強い光が天をついた。
「マズい! リリア、抑え込むぞ!」
「ええ!」
フェリスの意識が飛んだようだ。
ぐったりとしているが、溢れ出す光がどんどんと強くなる。
ギオニスとリリアが魔力を使って抑え込もうとするが、フェリスの中から溢れてくる魔力に押し返される。
「あの、緊急用の魔法陣は?」
「触れれば行けると思うわ。
でも、この魔力密度よ」
「本気で押さえつける、頼んだぞ」
「任せなさい」
ギオニスは大きく息を吸った。
「行くぞ!
戦闘態勢――!」
肉が盛り上がり、四肢の筋肉が膨れ上がる。
気を失っているフェリスの身体を強く抱きしめた。
>> 第010話 もっと力を込めて