第008話 わたくし、殺されます?
横転した馬車を立て直すことができたが、ギオニスもリリアも馬車を操れないということで、フェリスが馬車を動かすことにした。
「お二人はどうやってドラフ平原を渡っているのですの?
見たところ馬車などなさそうですが?」
フェリスはそう言いながらキョロキョロとあたりを見回した。
馬を操れないのは貴族や大商人でなければあり得る話だった。
と言うことは、誰かの馬車に便乗したのだろう。腕が立つから冒険者だろう。護衛でもしていたのだろうとギオニスたちを想像しながらフェリスは話す。
「いや、走ってだが?」
「うふふ、ご冗談を。
最も近い国境防衛都市アルダカーラでさえ、馬を使って15日以上はかかりま――」
と、そこまで口を開いて、フェリスの笑顔が張り付いた。
腕が立つと言っても限度がある。
中堅上の実力を持つ白銀クラスの冒険者たちが全く歯の立たないモンスターを一蹴した2人だ。
その実力はそれより遥か上のはず。
そんな2人の顔も名前も知らない訳がない。
ドラフ平原にいるなら国境防衛都市アルダカーラか西にあるディテシアのどちらかの街を出発してなければならない。
この二人はそのどちらも知らない素振りを見せていた。
ならば、どこから。
フェリスの中であり得ない仮定が浮かぶ。
それを必死で振り払い、確認するように尋ねる。
「あ、あの、お二人はどこから……えーっと……来られたのですか?」
「大森林のオーク領からだ」
「私はエルフ樹林領からよ」
フェリスはどちらも聞いたことがなかったが、大森林という単語だけで嫌な予感が的中したのが分かった、
この付近で大森林といえば、古の禁領。
聖域と言われた森しかない。
「まさか……あの森からではないですよね……?」
まさか、まさかねと呟きながらギオニスとリリアに尋ねる。
「あの森って、先にある大森林のことだよな?
そうだぞ?」
ギオニスが指差す先。
間違いない。
古タダス大森林だ。
フェリスの頭はフル回転していた。
国一つを優に飲み込む程の巨大で深い森林。
そこは、魔王やドラゴンさえも避けて通る森、凶悪な魔物が蠢くその森にヒトが住んでいたなんて聞いたことがない。
嘘か? とも思ったが、あの狼を簡単に制圧する実力。
「えーっと……わたくし、殺されます?」
フェリスの混乱がピークに達した。
「何でだよ!
大丈夫だから!」
ギオニスが混乱するフェリスを嗜める。
殺すつもりならわざわざ狼から助けたりしない。
「街まで一緒に行くって話だろ?」
「た、確かに言いましたが」
フェリスの顔には恐怖の色が貼り付いていた。
彼らを街に放したら何をするか分かったものではない。
自ら胸中にドラゴンを招き入れる真似なぞしたくない。
「俺たちは本当に何も知らないんだ。
君みたいな知見のあるヒトがそばにいてくれるだけで助かる」
「しかしですが……」
「俺たちからできることがあれば協力しよう。
商人にとったらチャンスじゃないかい?」
「確かに……」
その言葉にフェリスの心が揺らいだ。
未知の出会い、それは恐らくかなり幸運で希少な出会いだというのはフェリスも容易に想像がつく。
なにせ、古タダスの森の住人だ。
自分たちの知らない何かを知っている可能性は大いにある。
「分かりました。
わたくしに、おまかせください」
開拓は先行者利益が強い。
この二人と縁を作れば何かしらの利益があるかもしれない。
彼女はそう考えると、彼らに手を差し出した。
ギオニスがそれを握り返す。
「リリアも、ほら」
ギオニスの促しに、リリアもフェリスに手を出した。
「ギオニス様、リリア様
これからよろしくお願いします」
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御者台にフェリスが座り、荷台に2人が座る。
荷台は足を伸ばして寝れるほど広く、まるでテントの様に円状に黄色がかった白いの布が張られていた。
それも、先程の戦いの影響であろう、所々が破れ、土に汚れていた。
幸運なことに車軸は傾いていなかったのでそのまま使えるらしい。
「馬車か……平原ではこんな使い方ができるんだな」
ギオニスは、荷台に乗ってそう呟いた。
南方ハレの記憶で話すなら自動車の方が快適そうだ。
「光に弱い商品もありますしね。
近場ならもっと簡易な馬車ですが、今回は護衛付きですので、このような馬車ですの」
本来なら馬車を操るのも冒険者に頼みたいところだった。が、あいにく彼らは全滅している。
「大森林では、使わないのです?」
フェリスはギオニスたちに合わせて古タダス大森林を大森林と呼ぶようにした。
「木が多いしな、こんな大きいもの動かすなんてそれこそ無理だ」
「それは、不便ですね。
荷物とかは小分けにするしかないんですの?」
「わじわざ、手で持たないわよ。
だいたい、殆ど収納結界に入れるからね」
「収納結界?」
リリアの言葉にフェリスは不思議そうに言葉を返した。
「一種の魔力空間よ
そこに荷物を入れておくのよ」
フェリスはリリアの言葉を聞いて驚いて振り返った。
「インベントリスペースですか!!」
フェリスの驚きの声にギオニスとリリアが逆に驚かされた。
そんな大した技術ではない。
「えっ? ちょっと、それ本物ですか!?
見せてもらっていいですか!?」
フェリスは馬を止めると、脇目も振らず、ギオニス達の傍に近寄ってきた。
「そんな、珍しいものじゃないわよ?」
実際、ギオニスもそれが使える。
が、フェリスの目は真剣そのものだった。
リリアは、人差し指で手が入るほどの小さい四角を書くとその描いた空間に手を突っ込んだ。
傍から見たら、突っ込んだ手がリリアが描いた四角から先は完全に消えている。
リリアはそこから赤い木の実を取り出した。
「エロオラの実よ。
少し酸っぱいけど、疲れた時にはいいわよ」
そういうと、リリアは取り出した実をフェリスに渡した。
「インベントリスペース。
噂にしか聞かなかったレアスキル。
本当にあったんですね……」
「レアねぇ……」
リリアは宙に描いたその四角を見た。
「あ、あの、これって、わたくしでも取り出せるのかしら?」
「やってみたら?」
リリアがそう言うと、フェリスは嬉しそうにその四角に手を伸ばした。
フェリスがリリアと同じようにその四角に手をいれたが、フェリスの手をはリリアの時のように消えることはなかった。
「あ、あれ……?」
「残念ながらこれを構築する時に、本人以外使えなくするように作ってるのよ」
「そうですか……使いたかってみたかったですわ」
フェリスが残念そうにその空間を見る。
魔力空間を作るレアスキル。
選ばれた者や異界の勇者が使うと言われているそれを目の当たりにした。
その横で、リリアとギオニスが視線で何かを会話している。
フェリスにばれないようにこっそりとだ。
「そんなに触ってみたければ自分で作ればいいじゃないの?」
「えっ!? できるんですか!?」
あまりにも嬉しそうに、フェリスが言うものだからギオニスとリリアはこれしかないと目だけで頷きあった。
リリアはジッとフェリスを見つめ、難しそうに言葉を続けた。
「少し魔力が足りないわね」
「そ、そうですか……」
商人である自分に魔法の才能がないことはフェリスも自覚していた。
リリアにそう言われると、フェリスは残念そうにそう呟いた。
「まぁ、訓練したらいけるかもしれないわよ」
「えっ?」
「ねぇ、ギオニス?」
ギオニスもフェリスをまじまじと見て頷いた。
「そうだな。
多少低いが、それでも訓練したら十分伸びるぞ」
フェリスは悩んだ。
今回は状況が状況だ。
フェリスが立ち上げたブラン商会は今、大きな危機に直面していた。
フェリスの父親はドゴーラ商会という世界でも有数の商会の会長であった。
その父とフェリスは喧嘩別れをして、自らの商会を立ち上げた。
フェリスが幼い頃より受けた商人としての英才教育、そして、余りある才能。
ブラン商会は新興商会とは思えないスピードで大きくなっていった。
が、その急成長は同時に軋轢を呼び起こした。
大きくなるにつれ、不足していった人手。
それを補うように多くの人を雇うが、彼らが全てフェリスのように誇り高い商人と言うわけではない。
欲にまみれ、金銭や地位を望むもの。
そして、フェリスのように幼い少女の下に付きたくないという者も多く出始めた。
そして、今回の一件。
その波に乗じてブラン商会の乗っ取りを謀ったのが、ブラン商会ナンバー2のラグリット。
直接の争いはブラン商会の体力を削ぐとして、フェリスとラグリットは、取引で争うことにした。
決められた期間内に新規取引を成功させ、より大きな利益を出したほうがブラン商会のトップに立つというルールとなった。
会長であるフェリス自身は、乗り気ではなかったが、商会の全員に改めてフェリスの実力を知れ渡らせる必要があった。
ラグリットの妨害につぐ妨害。それを乗り越え、フェリスは無事商談を成功させるための材料を揃えることができた。
が、何より時間がなかった。
そして、普段なら行わないドラフ平原を渡るという判断をした。
これが失敗すればラグリットに会長の席を奪われてしまう。
急ぐべきだ。
「……」
が、伝説級のレアスキルを学べる可能性がある彼らを逃したくない。
しばらくの沈黙の後、フェリスは大きなため息をついた。
「リリア様、教えて下さります?
幸運なことに、私は今、時間があるのですわ」
フェリスは、ブラン商会を辞めることを決意した。
権力闘争に疲れたのもある。
商会などまた作ればいい。
それよりも、この2人といた方が面白そうだ。
彼女の勘がそう囁いた。
つい先程、リスクを見る目と人を見る目を怠ったのをもう忘れている。
「いいわよ。
で、いいわよね? ギオニス」
最後の確認とリリアはギオニスを見た。
が、ギオニスは快諾せずに難しい顔をしていた。
「だ、ダメなのですの?」
せっかく決意した矢先。
ギオニスがすぐに賛成を示さなかったのがフェリスの不安を煽った。
「いや、折角だから、もっと覚えてみないか?
リリアから魔法。そして、俺からは近接格闘とかどうだ?」
思ってもない方向の提案がギオニスから飛び出した。
「あら。なら、折角だから剣と飛空戦闘技術も教えたいわ」
「いいな、それ!
じゃあ、俺が肉体強化を教えるか」
「それなら立体魔法陣の構成も教え込もうかしら」
「あ、あの……」
盛り上がっている二人にフェリスが割り込んだ。
「わ、わたくしは、ただの商人ですのよ。
そんな剣や魔法なんて……才能がありませんわ……」
フェリスは自分が平凡なことを知っていた。
彼女が通っていた学園でもそうだった。
非凡な魔力や剣の使い手たちの中、フェリスはただただ平凡だった。
フェリスの絞り出すような声を聞いて、ギオニスとリリアは大きく笑った。
フェリスは、笑った二人を見て恥ずかしそうに下を向くと、唇を噛んだ。
この2人からしたら自分の魔法など児戯に等しいものだ。学園でもそう笑われていた。
そんなフェリスを見て、ギオニスとリリアは言葉を続けた。
「フェリス、よく聞きなさい。
魔法も剣も才能で使うものではないわよ」
「そうだぞ。
どちらも技術なんだ。
重要なのは自分ができる事を知ることと、タイミングだ」
「……そうなんですか?」
フェリスは不安そうに聞き返すと、2人は笑ってもちろんだと応えた。
あまりにも言い切る二人の笑顔にフェリスもつられて少し笑顔になる。
「条件さえ揃えば、フェリスだって、俺やリリアに勝てる」
「そんな、仮にあったとしても実現不可能な条件ですわ」
「そこが実力なのよ。
相手の力を削ぎ、自分力を最大限に出す状況を作る。
それが何より重要よ。
剣や魔法の腕なんてそこの選択肢を広げるだけの手段に過ぎないわ」
リリアは、そこで思いついたように言葉を続けた
「ついでに言うと、どうせ教えるなら出来が悪いほうが教え甲斐があるわ」
「だな!
筋がいいやつを教えても、面白くないんだよなぁ」
無神経な二人の言葉に、フェリスの笑顔はあっという間に消えてしまった。
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