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第066話 最後の商談

 アルガラータと魔王軍との戦いが終わって数日。

 フェリスとギオニスとリリアはアルガラータにある商人ギルドの迎賓館にいた。


 ギオニスもリリアもフェリスが用意した美しい衣装に身を包み、少し居心地悪そうに落ち着きがなかった。


「私、こうひらひらした服苦手なのよね」

「そうなのですか?」

「だって、戦いにくいじゃない」


 その言葉にフェリスは思わず苦笑した。


「こんなの着てステップに乗ってみなさいよ。

 完全に空飛ぶ痴女だわ」


 戦闘狂と痴女でどちらかを選ぶなら、同じ脳筋なら後者がいいなとギオニスは心の中で思った。


「まぁ、ヒトの服は窮屈だってのは分かる」

「ふふふ、ギオニス様は公道で脱ぎましたからね」


 当時のことを思い出し、フェリスは少し顔を赤らめた。


「ギオニス、あなたそんなことしてたの?

 戦闘狂か露出狂かどっちかにしなさいよ。

 まぁ、私なら前者のほうをお勧めするわ」

「……」


 ギオニスとリリアが同レベルのことを思っていたことに、ギオニスは落ち込みそうになった。

 いや、それを心の中に留めておいたのか、口にしたのかの差はでかいはずだと言い聞かせた。


 しばらくして、扉がノックされ、ワグザとエジャが入ってきた。


「お嬢様、そろそろです」


 フェリスはワグザの言葉を聞いて神妙にうなずいた。

 今からだ。

 今からブラン商会をかけた決着がつく。


 ワグザとエジャはギオニスたちの後ろの壁に沿って並んで立った。


 少しすると、ラグリットとレガートが入ってきた。


「お早いお集まりで」


 ラグリットが余裕の笑みでフェリスたちを見ると、その中にいるリリアで目を止めた。


「本日は美しいエルフさんもいるのですね」

「リリアよ」


 リリアがつっけんどんにそう返す。

 が、ラグリットは彼女の方に一歩近づくと笑顔で手を差し出した。


「本当に美しい。

 貴女のような美しい方を見たのは初めてです。ぜひ、私の妻になりませんか?」

「つ、妻?」


 妻という言葉に驚いた表情を見せるが、すぐに呆れた顔に代わりため息のような息を一つはいた。


「美しいのが好きなのね」

「それはもちろん!

 貴女の静かな湖面のような瞳、そよぐ春風のような声。

 そのすべてが今まで見たどんなものより美しい」


 リリアはそれを鬱陶しそうな顔で聞いている。落ち着かないのか、指先で髪をくるくると回している。

 ラグリットが美辞麗句を並べ終わるとようやくかとリリアは口を開いた。


「いいことを教えてあげるわ。

 どれだけ美麗な伴侶を得ても時は老いを余儀なくさせるわ。

 それに私たちは人形じゃない。ある日ある時病気にもなるしケガもするわ。

 今見ている私は明日私ではなくなる可能性があるのよ。

 外見なんていうそんな一過性のもので熱をあげないほうがいいわよ」

「ては、リリアさんは何で判断するのです?

 相手のことをよく知らない私はまず外見で判断するしかないのです。中身はその後です」

「そんなの、決まってるじゃない!

 やっぱり強さよね。

 私と対等に戦えるなら素敵だわ」


 リリアは少しも考えることなく得意顔でそう答えたのを見て、ギオニスはこの戦闘狂がとつぶやいた。


「貴女こそ、明日怪我して腕が使えなくなったらどうするんです?」

「あら、私は片手の剣士を知ってるわ。

 腕しか使わない格闘家も脚しか使わない格闘家も知ってるわ。

 言葉が話せない沈黙の魔術師も目の見えない盲目の治癒師も知ってるわ」


 その誰もが名高い戦士である。


「ようは、あなたの価値観だけで評価されても意味ないってことよ」


 リリアは舌をべっと出した。

 彼女はあなた好みに生きるのは面倒だと言っている。

 相変わらずのじゃじゃ馬だ。

 誰かこのじゃじゃ馬を制してほしい。


「ははは、嫌われてしまいましたね。

 さて、では、本題に入りましょうか」


 ラグリットは少しも残念そうな素振りを見せないで、席についた。

 レガートが席につくのを見て、ラグリットは人差し指と中指で円を作り、商人の誓いを見せた。


「今回は必要ないですわ」

「それは困るな。

 仮にも商談の結果を話すんだ。

 そこにいる部外者に知られたくないんだが」

「彼らは部外者ではありませんわ」


 フェリスは机の上に龍星石の原石を机においた。

 ラグリットは一瞬その石に視線が奪われたが、それが加工できない原石だと、ゴミだと分かると興味が失せたのか視線をフェリスに戻した。


「さて、もう一度勝負の条件を確認ですわ。

 本日までの間に、どちらが売上が高かったかですわよね」

「そうです。判定は商会に出した売上帳簿の金額で決めましょう」


 ラグリットはもう勝った気でいるのか、余裕の顔で話している。

 対して、フェリスは表面上は何とか整えてはいるが、内心はずっと緊張していた。


「異論ありませんわ。もし、金額が同等でしたら?」

「我々は商売人だ。

 その時はより将来的な計画を提示した方が勝ちとしよう」

「異論ありませんわ」


 ここまでは事前に決めていたことの確認。

 ラグリットに気づかれないように、フェリスは呼吸を整えた。


「最後に確認ですが、商会内の取引は可能なのですか?」

「というと?」


 予想していなかった質問にラグリットはすぐに返事を返せなかった。


「例えば商会内の支店間で互いに取引を続けたら実質永久に売上を挙げられますわ」

「ははは、なかなか変なことを考えますね。

 表面的な売上は上がりそうですが、実質的な利益はないでしょう?」

「えぇ」

「なら、当然、商会内の取引は今回の勝負では無効ですよ」

「わたくしも異論ありませんわ。

 他にラグリットの方からはありませんか?」


ラグリットは少し考えたふりをして言葉を続けた。


「商会の権利ですが、カトゥス家のものであっても商会に帰属していたらいただくつもりですよ?」

「えぇ、どうぞ」


 静かに頷いたフェリスを見て、ギオニスは「カトゥス家って?」と小さな声で彼女に尋ねた。

 それを聞いたフェリスは少しだけ驚く顔を見せ、「まぁ、ギオニス様ですから」と恥ずかしそうに小さく笑った。


「フェリス・シルウェストリス・カトゥス。それが私の名前ですわ。

 カトゥス家は私の家。まぁ、商売でちょっと有名な家ですわ」

「そうなのか」

「もうっ、はじめに名乗りましたわよ」


 怒ってそうな口ぶりだがフェリスは嬉しそうだった。


「カトゥスではなく、フェリスの名を先に覚えたのはギオニス様たちが初めてですわ」


 笑ったフェリスの顔が幼い子供のような笑顔で、ギオニスは初めて年相応の彼女の顔を見た気がした。

 だが、それも一瞬で彼女はいつもの顔に戻った。


「さて、始めましょうか。

 先にラグリット、貴方からですわ」

「まぁ、挑戦者は僕ですからね」


 ラグリットは何枚かの紙を取り出してみせた。


「さて、我々があげた売上だが、まずはこれが前の赤の月の分だ」


 見てわかる。

 真っ当な商売ではありえないほどの売上。

 正面から戦っては絶対に負けていた。


「さて、フェリス嬢の方はどうですか?」

「わたくし達はこれです」


 出したのは、鉱石を売った僅かばかりの収益。

 普段ならこれでも随分なものだが、ラグリットが出したそれを目の前にするとそれは霞んでしまう。


「おやおや、あのフェリス様がこの程度ですか、ならばこの勝負私の――」

「失礼、その前に紹介したい者がいますの」

「今ではなくていいだろ!!」


 勝ったと確信しているラグリットは無駄に話を延ばされそうになり、少し語気を強めた。


「いえ、今回の勝負に必要なことです。

 入りなさい」


 フェリスのその言葉に魔王軍の一員であるガブラが部屋に入ってきた。


「なっ――お前は!」


 当然ラグリッドも彼を知っていた。

 戦争前夜に取引をする相手だったのは、他でもないガブラだった。


「改めて紹介しますわ。

 この度、ブラン商会の魔王本部店の店長になりますゴブリンウォーリアのガブラさんですわ」


 ラグリッドはあまりの出来事に理解が追いつけず、呆然としていた。


「あら? そういえば、ラグリッドさん?」


 フェリスはそう言うと帳簿を指さした。


「何やら色々と取引されているみたいですが、全て同じ商会内の取引じゃないかしら?」


 ラグリッドが内密に行っていた魔王軍とのやり取り。

 現状それはブラン商会の魔王軍本部店とのやり取りだ。

 最初に述べたように商会内のやり取りは無効だ。

 ならば、ラグリッドの上げたすべての取引はこれで無効になる。


「ば……かな……」

「ラグリット、聞きなさい。

 どれだけ秘密裏に事を進めようとも。その噂は必ず漏れます。

 仮に、あなたが私に勝ったとしても、いつかあなたのやった悪事は世間に露呈されてブラン商会の評判は地に落ちますわ」

「そんな正論だけで渡れるわけないのも、あんたも分かっているだろ!

 巨大な商会はどこも口にはできない商売の一つや二つあるだろ!」

「だとしても! ――だとしても、負い目がないことこそが私たちの誇りですわ!」

「あなたがそんなんだから、私のような者が現れるんだぞ!」

「上等ですわ。現れたら、また叩き潰すのみです!」

「……」

「ラグリッド、レガートは?」

「あいつは、遅れてくると……」

「逃げましたわね」


 耳だけは敏い。

 今回のことを耳にして、こうなることを予測したのだろう。

 切り離すと決めたらどこまでも冷酷な人物だ。

 まぁ、いい。逃げた相手のことは一旦忘れよう。


「ギオニス様、リリア様。

 ありがとうございます。これにて商談終了ですわ」


 フェリスはそういうと、二人を見てにこりと笑った。



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