第066話 これにて終戦です
エンラの姿が消えた瞬間、ヒト側に歓声が起きた。
ほぼ戦意喪失していたヒトが武器を掲げ、魔王軍に攻め込み始めた。
「リリア様、あれを止められますか!?」
「脅すだけならできるけど、魔力がないから張りぼてみたいな氷しか作れないわよ?」
「大丈夫です! あとはわたくしが何とかします」
リリアはそれならとつぶやいて、ヒトの身長ほどある氷の壁をヒトと魔王軍の間に並べた。
唐突に、現れた氷の壁にヒトの軍勢が思わず立ち止まった。
軍勢の端から端まで、それを一瞬で遮る氷の壁。
「ギオニス様を呼んでもらっていいですか!」
そういうと、フェリスはリリアの言葉を聞かずに走り出した。
「あらあら、人使いが荒いわね。
まぁ、そういうの嫌いじゃないわよ」
リリアがそういうと、ステップを使ってギオニスを呼びに行った。
フェリスは、止まることなく走り、リリアが作った氷の上に立った。
「皆さん! 戦いはこれで終了です!」
フェリスは声を張り上げた。
アルガラータの重鎮は戦場の中心に立ったフェリスに気が付いた。
「貴様、甘いところだけ奪うつもりか! 商人風情が!」
各方向から怒号と罵声が飛ぶ。
フェリスは自分が最も嫌う類の感情を向けられ、思わず言葉に詰まった。
「――」
言わなければならない。
ここで全員を説き伏せないと。
手札はそろっている。あとはそれ切っていくだけなのだが、いざ前に立って大人から罵声を受けると自然と心がすくんでしまう。
だけど、ここのままじゃ。
「何か、考えがあるのよね?」
いつの間にかリリアがフェリスのすぐ後ろにいた。
頭が真っ白になって考えられなくなった時、彼女はそっとフェリスの肩に手を置いた。
リリアの温かい手。たったそれだけなのに、不思議と心が軽くなった。
「失敗は気にしなくていいわ。
最悪の状況になったら、私とギオニスが全部倒せばいいんだから」
「ふふふ、リリアさんらしいです。大丈夫です。やれます」
フェリスは大きく息を吸った。
「今からアルガラータと魔王軍はブラン商会がすべて買い取ります!
あなたたちは、たった今から私たちの商会のものです!」
「買い取る? ふざけるな、何様のつもりだ!」
各方面から飛ぶ怒号のような言葉。
フェリスは静かに息を吸い込んだ。
やるならば徹底的に、だ。
フェリスの顔から怯えた表情が消えた。
表情は冷静になり、まるでその後を見透かしたような冷たい目。
高いところから、下にいる彼らを見下ろし言葉をつづけた。
「あら。皆様、龍星石のお値段をご存知?
わたくしは皆様に、龍星石をお貸しするとは言いましたが差し上げるとは言っておりませんわ。
返していただける方は、使用料を。壊した方は弁償をしていただきたいのですわ。
もちろん、皆様、龍星石の価値はご存知ですよね」
小国なら一国が傾くと言われるほどの貴重な石。
もちろん、本気で吹っ掛けたらここにいる誰もそれを支払えるはずがない。
ギオニスがこちらに歩いて来るのが見えた。
「即刻返せないのでしたら、たった今から皆様ブラン商会の傘下に入ってもらいます。
そして――」
ブラン商会は後ろを振り返った。
「魔王軍の方々。
あなたたちを従えていたエンラは死にました。
彼の手によって――」
フェリスが指さしたその方向に全員が視線を移した。
そこに映るのは、意思なき魔物と呼ばれた最悪の魔物であるオーク。
彼は、その姿でフェリスのそばまで近寄ってきた。
「ギオニス様、リリア様。
どうか名前を使うことをお許しください」
フェイスは小さな声で二人にそうつぶやいた。
「構わないにきまっているだろ」
「私もよ」
ギオニスはこの戦争を終えるつもりなのだとしたらそれは願ってもないことで、むしろ名前を使うくらいで止められるなら是非にとお願いしたいところだ。
リリアにとってはどうでもよかったが、ガブラ隊と戦わなくても済むならそれに越したことがないし、何より、フェリスになら多少利用されても悪い気はしない。
「魔王軍よ! 従うべき主は変わりました!
あなたたちは、これよりギオニス様に従うのです!」
「ふざけるな!」
「何様のつもりだ!」
「この強欲な魔女め!」
「恥を知れ!」
魔王軍からのその怒号に合わせるように、ヒトからも同様の怒号が飛んだ。
その対象は戦場の中心にいる小さな少女。
その瞬間、リリアの背後に数千の氷の剣が作り上げられ、ギオニスが拳と拳をぶつけて唸り声をあげた。
ヒトと魔王軍。
万を超える者が集まっているにもかかわらず、誰一人物音を立てることもなかった。
「気に食わない方はどうぞ前に出てください」
少女の言葉にだれも歩を進める者はいなかった。
全員が、ギオニスとリリアの実力を理解した。
絶対に勝てない相手だと。
「さて――」
フェリスは声高々に宣言した。
「これにて終戦です!」




