第064話 喰ったぞ
「飢エル慟哭……」
リリアが走って去っていくのを背中で感じた。
極度の乾きが喉を襲った。そして、それ以上の飢えが身体に走る。
自分の命を削る技だ。
腹が減って仕方がない。
ギオニスは空を仰いだ。
太陽がじりじりと皮膚を照りつける。
暑いなとつぶやいた。
拳を見ると、やけど跡がまだ治っていない。
単純な熱だけではない。
どうやら魔力が込められている。
こちらの攻撃はきいているのかさっぱりだが、向こうの攻撃は確実にこちらの皮膚を焼く。
このまま焼けたらその名の通り焼豚だ。
「いや、だから、俺はイノシシだって言ってるだろ」
心の中の自分に突っ込む。
太陽が一瞬隠れ、日陰ができる。
雲じゃない。エンラの巨大な手だ。
その熱気に空気が歪む。
「上等だ!」
振り下ろされたその一撃を打とけ止める。
同時に、焼け付く痛みが両腕に走る。
気合の掛け声と同時にその腕を弾き返す。
「我が身は大地。豊穣と暴食の牙よ我が拳に宿れ。
我慢比べだ!」
ギオニスの拳が土色に変わった。
地面を強く踏むと飛び上がるとこれでもかと言うほど殴り続けた。
ギオニスの拳にエンラの身体のマグマが飛び散っていく。
両拳が熱に焼かれ激痛が走る。
が、それでも殴ることをやめない。
飛び散ったマグマが意思を持ったように飛び上がり、ギオニスの背中を焼く。
痛みに一瞬目の前が暗くなるが、ここで飛び退けばエンラの体が再生する。
背中を焼かれてなお、ギオニスの拳は止まらなかった。
獣のように咆哮を上げ、殴り続けるギオニス。
「くそっ」
背中だけでなく腕にも絡みつき痛みと重みに殴る手が重くなる。
「助太刀いたす!」
その言葉と共に、身体がふっと軽くなった。
身体についていたマグマが一瞬にして剥がれ地面に落ちた。
「貴殿が、ギオニス殿か」
目の前に現れたのは見たこともないゴブリンだった。
だが、彼の手に持っていた氷の剣を見てすぐに状況を理解した。
この状況で氷の剣を渡すやつなんて1人しかいない。
「リリアか」
「左用。助太刀を頼まれた」
「すまん。背中を預けてもいいか」
「無論!」
背中を預けられるならば、後は前に集中できる。
ギオニスはエンラだけを見て手を動かし続けた。
後ろでゴブリンが剣を降るたびにあたりに冷気が走り、身体が少しだけ楽になる。
「おおおおおおぉぉぉぉぉ!」
その時、エンラの身体の中に赤い輝きを見つけた。
手のひら大の赤い宝石。
エンラの魔核だ。
−−−−
同じ時刻ギオニスより離れた場所でリリアとフェリスが2人の戦いを見ていた。
ガブラが参戦したことで、ギオニスが攻撃に集中できているようだ。
「フェリス。よく見ていなさい」
リリアがそういった瞬間、太陽光に当てられ、エンラの中にひときわ赤い光が光った。
「あれよ!」
「はい!」
リリアと同時、フェリスもそれがリリアの言っていた魔核ということが理解できた。
風の読みは完璧だ。
狙いを定め、矢を放つ。
手を離し、放たれた矢は赤く光った宝石に進んでいく。
が、それを防ぐように強い風が吹き降りた。
「そんな……」
予想だにしなかった風に矢は大きく弧を描く。
「大丈夫! 次の矢を用意す――」
リリアが手の中に氷の矢を作ろうとしたが、氷は矢を形作れず砕け散った。
「魔力が……」
リリアの魔力が完全に切れた。
もう一度なんて悠長なことは言ってられない。
「リリア様、それなら……」
「ちょっと、どうするつもり?」
「吹き荒れろ暴風。その道を示せ!
ウインド・アーチ!」
フェリスは風の魔法を唱え、同時に矢の起動を修正する。
矢は急に弧を描きながら再度、魔核に向かった。
「これなら!」
矢は風に吹かれて再びエンラに向かい、その鋭い先が魔核にあたった。
「えっ……」
「なんで……」
フェリスとリリアは矢が魔核に当たったので、確実に貫いたと思った。
が、矢は魔核にあたったが、砕くことなく跳ね返った。
「横風に煽られて威力が落ちたのね」
何度か円を書きながら矢が地上に向かって落ちていく。
「そんな……」
リリアの魔力が切れ、次の矢は作れない。
こんなチャンス次も来るとは限らない。
だから、この矢を諦めるわけにはいかない。
「まだ、諦めません!」
矢が地面に落ちる瞬間、フェリスは地面ギリギリにステップを作りあげた。
ステップにあたった矢は再度高く空中に飛び上がった。
「よくあんな遠い場所にピンポイントに作れたわね」
魔核に向かって等間隔にはられるステップ。
それを見てリリアもフェリスが何をしたいのか理解できた。
「ステップくらいなら今の魔力でも作れるわ」
フェリスのステップに重ねるようにリリアのステップが作り上げる。
跳ね上がった矢は何度かステップにはねながら起動を修正する。
そして、矢は魔核に狙いをつけた。
「いけ!」
フェリスの言葉に従うように、弾かれた矢はステップを壊しながらその速度を上げた。
「いきなさい!」
リリアの言葉に後押しされるように、矢は一直線に魔核を撃つとそれを貫いた。
突如、赤い光が四方に撒き散らされ、魔力が一気に開放された。
−−−−
ギオニスとガブラは息を呑んでそれを見送った。
リリアたちが放った矢が魔核を貫いた。
突如、光を放ちながら内包された魔力が周りに流れ始める。
もう、エンラがその身を保てるのは長くない。
「シネ……ヌ……オマエラモ……道連れだ!」
漏れ出ていた魔力の流れが急に逆転し始めた。
無理やり圧縮された魔力がエンラを中心に高熱を放つ。
「あいつ、土壇場で自爆するつもりか!」
「この規模は……」
ガブラはそれを見て覚悟を決めた。
あの規模の爆発が起きれば間近にいる自分は確実に死ぬだろうと。
もともと、覚悟を決めた身。
ガブラは静かに目をつぶりその時を待った。
「諦めるなよ。こっからは、俺の得意分野だ」
ギオニスは笑ってその魔力の渦を見た。
中心に集まる魔力の塊。
ギオニスは大きくいきを吸うと、その中心に向かって一気に走り出した。
「ギオニス殿、何をするつもりだ!」
「俺はオークだ! なら、やることは決まっているだろう!」
魔力の圧が皮膚を引きちぎるが、それを意に介さずギオニスはその渦に飛び込んだ。
限界まで圧縮された魔力は、それに耐えきれず周りに破壊と共に周りに飛び散った。
強い光とともにあたりに静寂が広まった。
開放された魔力渦は確かに弾け飛んだ。
それは破壊と共にあたりを焦がすはずだった。
が、何も起こらず、そこにはギオニスが1人立っているだけだった。
「な、何が起こったんだ?」
ガブラは呆然とつぶやいた。
「喰ったぞ」
ギオニスはそう言うと満足そうに笑った。




