第062話 助けたいの。ヒトも魔族も
「蹄閂!」
ギオニスが両手を重ね合わせるようにエンラの頭をつぶした。
が、押しつぶされたマグマがはじけ飛ぶだけで、エンラに一切ダメージが与えられていない。
「くそっ、核が見当たらない」
魔力生命体の核。魔力結晶ともいう。
霧散する魔力をひとところに留めておく楔のようなもので、魔力生命体は依り代と核をなしてこの世に存在している。
どちらか一方を破壊できれば魔力生命体は存在が維持できず霧散する。
依り代はエンラで、彼を壊せば決着がつくが、彼の身体はマグマと同化してしまった。
先ほどからどれだけ折ったりつぶしたりしたが、どれもダメージになっていない。
「オオオオオオオォォォォ!!!!!!」
エンラが叫び声とともに溶岩を吹き上げた。
「ちょっと、待て!」
さすがに溶岩の雨はまずい。
まるで噴水のように噴き出したマグマは、下に落ち山のように盛り上がっていった。
マグマがマグマを作り、吹きあがりそれがまた広がりマグマができる。
「おいおいおい……」
横たわった死体がマグマに溶かされ、それがさらに彼に力を与えていく。
マグマに溶かされ、積みあがった岩が崩れ落ちた。
リリアたちは、ちゃんと逃がしているのだろうか。
盛り上がった溶岩が巨大なエンラの上半身を作り上げた。
見上げるほどの巨大なエンラ。
その巨大な手がギオニスに向かって振り降ろされる。
逃げられる大きさじゃない。
受け止めようと構えたが、覆いかぶさるように振り下ろされた手に囲まれた。
巨大な手に目の前が覆われ、次いで熱気が遅る。
目も開けられないほどの熱風とともに、全身に尋常じゃない痛みが走る。
「あああぁぁぁぁ!!!」
突然目の前が開けたと思ったら、エンラの巨大な手がギオニスを握りしめていた。
オークの自己治癒が間に合っていない。
エンラの握りしめた手の隙間から白い煙とともに、焼け付く音がする。
力を入れようともがくが、痛みに力が離散する。
「ギオニス!」
声とともにリリアが目の前に躍り出た。
「凍てつく息吹きよ。凍り付く指先よ。
その身は薄氷、その柄は氷柱。
秘められし古の刀。抜けば玉散る氷の刃。
降誕せよ七枝が一つ冷剣・ムラサメ!」
リリアがエンラの巨大な腕を切り落した。
切り離された腕は熱を失い岩へと変わった。
ギオニスは、岩と化した両手から抜け出ると、リリアを見た。
「ごめん。今の魔力じゃ一太刀が限度みたい」
「いや、助かった。
戦場の方はどうなった?」
「今、フェリスが撤退を促しているわ。
でも、上手くいくかどうか」
足元はすべて溶岩の海。
ギオニスはその上に立ち、リリアはステップに乗り空中にいる。
ギオニスと違ってリリアは溶岩の上に立つような芸当はできない。
ステップから落ちたら即、死だ。
怪しく光るマグマの海にリリアは眉を顰める。
「これからどうするつもり?」
「俺も本気を出す……」
「あんたねぇ! 本気で言ってるの!?
知っているでしょ。なぜか今、私たちの魔力の回復が遅いのよ!
こんなところで本気出したら本当に空っぽになるわよ!」
「今のお前みたいにか?」
ギオニスの言葉にリリアはぐっと言葉に詰まった。
魔力が空になる。これがどれだけ危険なことなのか、二人とも理解している。
「まぁ、やるしかないだろ」
「ギオニス、ヒトと魔族の争いなんてあなたに何の関係もないじゃない」
ギオニスは言葉を返さなかった。
リリアはなんで、そこまでヒトの肩を持つのか不思議だった。
ギオニス自身も不思議だ。
自身の中に突然生まれた南方ハレという記憶。
彼が自身で自身が彼だという自覚はある。
だが、そこにあった強烈な記憶はギオニスをオークだけの価値観ではなくさせてしまった。
およそ戦いには合わない価値観を持つ世界の記憶。
それが入り込んでしまったのだ。
目の前の美しいエルフが心配そうにギオニスを見る。
「仕方ないさ」
「何よそれ! 返答になってないわよ!」
「助けたいんだ」
フェリスやカタリナを見捨てることはどうしてもギオニスにはできなかった。
「最悪だわ……」
「お前は逃げていいんだぞ?」
吐き捨てたようなリリアの言葉にギオニスはそう諭した。
「あぁ、もう、最悪! 最低! なんでこんなことになるのよ!」
「いや、だからお前は逃げても――」
「私も同じよ!」
ギオニスの言葉をリリアが遮った。
「私も助けたいの、ヒトも魔族も……」
「お前のほうが助けたいやつ多いじゃねぇか」
ガブラのことはギオニスは知らなかったが、リリアが何かしらの思い入れがありそうだということは感じた。
「リリアにお願いがある」
「何よ」
「俺があのマグマを拳で散らす。
だから、遠目からでいい。核が見えたら打ちぬいてくれ」
「……」
リリアは少しの間、押し黙った。
が、それしかないことを彼女もわかっていたので、「分かったわ」とギオニスに返した。
「じゃあ、今から盛大に散らすから、離れていろ」
ギオニスはさよならだといわんばかりに手を挙げて横に振った。
リリアのほうは見ずに。
「ギオニス」
「何だ?」
「死なないでよ?」
「当たり前だ! じゃあ、行くぞ――」
ギオニスはスーッと大きく息を吸った。
「飢エル慟哭……」
リリアは変異するギオニスの身体を心配そうに見つめていたが、覚悟を決めて視線を外した。
それから振り返ることなく、彼女はその場を離れたが、さり際に言ったギオニスの言葉が嫌に耳に残った。
「あぁ、腹が減った……」




