第059話 手加減しないわよ
リリアは自分の作ったステップにフェリスを乗せて、小さく声をかけた。
「ここで待っていて、このステップから出たらダメよ」
危ないからねと言うと、リリアの身体が黄金の光に包まれた。
フェリスの時よりも薄く、均一に張られている。けれど、存在感というのだろうか。フェリスのそれとは違い、そこになにか異質な厚さを感じた。これがギオニスも恐れたハイエルフの神籬武装。
リリアが視線をエンラに戻した瞬間、ステップの割れる音と小さな氷が飛び散り
リリアの姿が消えた。
ステップによる高速移動。フェリスのそれは確かに目にも止まらぬ速さだったが、リリアのそれは次元が違った。
目にも映らぬその速度で、エンラを斬りつける。
リリアの斬撃が走るたび、澄んだ金属音のような音が響く。
フェリスはそれを見て寒気を覚えた。リリアの剣閃にではない。切り刻まれているはずのエンラが身じろぎもせず笑っているからだ。
「ハハハハハ、リリアよ! 俺様の運命のエルフよ! あの時受けたあの屈辱!」
エンラの身が少しずつその実態を無くし、炎へと変化していった。
「今こそ晴らすぞ!」
その言葉と共に、エンラを中心に爆発が起り、彼の身体が赤く変異した。
「焔霊装術! アグラサラマンダー」
リリアはすぐにその力が何か理解した。精霊の力を一時的に取り込む降臨術。一時的とはいえ、精霊と同化することで精霊の特性をそのまま継承できる。
どのレベルの精霊なのかは一目ではわからないが、リリアの冷気をもってしてもなお溢れる熱気を鑑みるに、高位の精霊であることは分かった。
だからとて。
リリアがそれにひるむはずがなかった。
空中でひらりと身をよじり、指先をエンラに向けた。
それと同時に、空中に舞っていたステップの破片が氷の剣となり、その切っ先をエンラに向ける。
リリアの作る氷の剣はただの氷ではない。全て魔力が通った剣。いわゆる魔剣に類する力を持っている。
「染め上げよ! 氷剣・落涙の染桜」
破片が小さな刃となって一斉にエンラに向かう。
「我に追従せよ! 召喚・マグマワーム!」
エンラの手の先からマグマの様な液体が溢れ出した。それらは、ねじれながら形を作り、リリアの氷をその身で受け止めた。
「魔法使い喰いと言われたマグマワームだ。まだまだ死んでくれるなよ!」
そのマグマが触手のようにうねり、リリアに襲いかかる。
リリアが氷の剣を握りしめるとその巨大なマグマの触手を叩き上げた。
触れた部分が凍りつき、マグマワームが天を仰ぐ。
「その程度の熱で私の――」
リリアが言い終わる間もなく、四方からマグマワームがリリアを食い尽くそうと襲いかかる。
先程叩き上げたマクマワームも自身の熱で氷を溶かし、他と同様に彼女を襲いにかかった。
リリアはそれを舞うように身を揺らし、剣でいなしていく。
マグマワームは剣で打たれるたびに、その部分を凍らせていく。
凍りついたマグマワームの表皮は自身の熱で、すぐに溶かし、またリリアに向かう。
果てのないその突撃に、さすがのリリアも少し困惑の色を浮かべた。
「ガズナ火山に生息するマグマワームは貪欲でな。特に魔力値の高いエルフは好物だぞ」
「っるさいわね!」
人の身長ほどの氷の塊を作ると、それをマグマワームに向かって投げつけた。
マグマワームが飛んできた氷の塊をおいしそうに食いつくす。
それもそのはずで、氷の塊とはいえ、それはリリアの魔力を帯びた氷の塊。
マグマワームにとって最上級の食事である。
リリアはそれでもなお氷の塊を打ち出す。
しかし、そのすべてがマグマワームに取り込まれてしまう。
「さしもエルフとて、魔法使い喰いには勝てないようだな」
「この程度で魔法使い喰いですって?
私はもっと貪欲で食い意地の張ったやつを知っているわ!」
リリアを襲っていたマグマワームの色が鮮やかな赤からだんだんとくすんだ土色に代わっていった。
「どうやら、あなたの思った通りにはならなさそうね」
マグマワームが土塊へと変わり、パラパラと崩れ落ちていく。
「ガズナ火山のマグマを冷やしたか。
さすが、ハイエルフ!」
リリアは、ため息をつきながら、氷の剣を投げ捨てた。
「あー! もう、やめ、やめ!
蘇った原因を探ってみたかったけど、手加減なんて慣れないことはやるもんじゃないわね」
「何を言って――ぐああぁぁぁ!」
リリアが無造作に手を振ると、エンラが突然叫び声を上げた。
「私の氷と炎が相性良いですって?」
リリアはまた剣をふるうように手を動かした。
手には何も持っていないように見えるのだが、それでも、彼女が手を動かすと同時にエンラが叫び声を上げた。
「何だこれは! 精霊化した俺様の――」
「黙りなさい」
三度目の見えない攻撃に、エンラは痛みと共に地上に落ちた。
ドサリという鈍い音が聞こえたが、流石にそれではエンラは死なず、荒れ狂う戦場の中、フラフラと立ち上がった。
そのすぐそばにリリアが飛び降りた。
「あなた、ここに巨大な剣があるって言って見えるかしら?」
「何を言って……」
エンラはリリアの表情を見て言葉が詰まった。見えはしない。見えはしないが、たしかにそこに巨大な魔力でできた何かがあった。
「光が素通りするほどに薄い氷でできた剣。これで斬られて初めて剣の存在に気づくのよ」
光に溶けるほどの薄い剣だが、それにはリリアの魔力が通い壊れることはない剣になっていた。
「私たちエルフの民を手に掛けたこと。死んで償いなさい!」
リリアがそれを振り下ろそうとした瞬間、戦場が炎に包まれた。
爆発にも似た熱風に煽られ、リリアは思わず持っている氷剣を手放した。
「さすがだ。
だが、俺様はこの程度じゃおわらねぇんだよ」
戦場を走った火はヒトや魔族問わず伏した亡骸を包むと灰も残さず燃やし尽くした。
「流転ノ魂」
まるで生きているかのように死体を喰らい尽くすと炎がエンラに戻ってきた。
ギオニスが言っていたように数多くある属性の中で、大森林において、明確に《死》や《破壊》のみを象徴する属性は氷しかない。
炎でさえ、その焼け跡から再生を意味するものもある。
その再生の意味を持つ技の1つ。
リリアはその技を見て驚いた。
この技は大森林でも使えるのは一握りしかいない。
「あんた、それはどこで――」
「死ねぇ!」
エンラの目の前に巨大な魔法陣が浮かび上がり業火とともに雷が走った。
リリアは氷で障壁を貼ると、ステップを踏み込み空に逃げた。
何人を取り込んだのだろか。
先ほどとは段違いの魔力に、リリアの髪が薄っすらと焦げた。
咄嗟とはいえ、まさか障壁を破られるとは思わなかった。
手は抜いていられない。
「なら私も手加減しないわよ!」
リリアの周囲に大小異なる氷の剣が数え切れないほど作り上げられた。
それらが細く青い線で繋がり複数の魔法陣を作り上げていく。
「サテライト――」
魔法陣から光の柱が立ち天を貫いた。
「受けなさい! 神技・コキュートス――」
「僕が相手だ――」
リリアがまさに魔法を放とうとした瞬間、閃光と共に飛来する何かが、リリアの魔法陣を突き破り2人の間に躍り出た。
現れたのは路地裏でフェリスを助けた少年だった。
だが、飛び込んできた少年は、リリアの魔法陣を砕いた衝撃に耐えきれず空中で気を失っていた。
「私の魔法が! くっ、間に合わない――」
その瞬間、エンラの炎がリリアを包んだ。




