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第054話 気楽そうじゃな

 夢見る宝石の工房にフェリスの他、冒険者ギルドの長であるディンク、鍛冶屋ギルドの長であるボルボアが来ていた。

 他に、この二人ほどではないにしろ、街の有力者がこの狭い工房に来ていた。

 夢見る宝石のギルドマスターであるエンケリは緊張した面持ちで龍星石の説明をしている。


 フェリスはひと目それを見ると、工房から離れ、夢見る宝石の応接間に腰を下ろした。

 少しすると、お茶が運ばれてきた。

 運ばれてきたお茶の香りを楽しみ、そして静かに口をつける。

 これはブラン商会がおろしている茶葉から作ったものだ。

 その中でも、この赤い茶葉がフェリスは最もお気に入りだ。

 茶葉は赤い茶葉以外に緑の茶葉、黒い茶葉、青い茶葉があるが、どれも嗜好品として高値で取引されている。

 この茶葉が面白いのは、物が良いからと美味しいとは限らないことだ。

 お茶を入れる技術でその味は雲泥の差が出る。


「気楽そうじゃな」


 しばらくお茶を楽しんでいると、応接間にエンケリが嫌味とともに入ってきた。


「あら、悲願でしたわよね?」


 ちょうどカップに口をつけていたフェリスはちらりとエンケリの方に視線だけやると口を離し、小さく笑いそう返した。

 彼女の小さな嫌味に、エンケリはぐっと言葉をつまらせた。

 その押し込んだ言葉を逃がすように、エンケリは従者に赤い茶を頼んだ。


「味は上々です。これなら彼らに出しても遜色はないですわ」


 茶葉はものだけで味が決まらない。

 茶を淹れる技術がいる。

 この夢見る宝石にその技術を仕込んだのは他でもないいフェリスだった。

 しばらくして、赤い茶が運ばれ、エンケリも唇を尖らせその熱いお茶を恐る恐る啜った。


「赤いお茶はすすらないほうがよろしいですわよ」

「わ、分かっておる」


 エンケリは恥ずかしそうにそう答えると、カップを机の上においた。


「お前が、ワシらにお茶の淹れ方を教えようなんて何事かと思ったが、全てはこのためだったのだな?」


 フェリスはニコリと笑った。


「ここが大きくなれば、いろいろな方と付き合いが増えますからね。

 その時、我がブラン商会の宣伝もかねてですわ」


 もてなしの茶葉は必ずブラン商会から購入してもらう約束だ。

 宝石ギルドというのは、数多くある。

 実はこの夢見る宝石というギルドはそこまで大きくないギルドだった。

 だが、フェリスはここのギルドの技術力と熱意に惚れて、かねてから懇意にしていた。

 龍星石という一世一代の賭けでここを選んだのもフェリスなりに理由があった。

 その彼らが必要となる技術。

 技術者集団である彼らにこういう接客技術は不要という意見も多かったが、半ば無理矢理に覚えさせてよかった。

 なんとか、体裁は整えた。


「今に問う話でもないかもしれんが、

 お主は、ここまで分かっておったのか?」


 エンケリがフェリスにそう尋ねた。

 同じ質問をボルボアにもされた。


「どうでしょう」


 フェリスはそうとぼけながら赤い茶に口をつけた。


 彼女としては、いつかこうなるだろうと想像はしていた。

 ヒトと魔王軍で小競り合いを続ける、いつしかその不満は溜まっていき、爆発するときが来る。

 小競り合いによる消耗戦の末に起きるその戦いは、殲滅戦に近い。

 戦場が焼け野原になるのは間違いなかった。

 ラグリットがやろうとしている商売はそういう商売だ。

 どちらかが壊滅すれば、新たに顧客を探すか、また新たな火種を作るか。

 いつか自らの身を焼いてもおかしくはないやり方だ。


 フェリスはそれを想定して、龍星石の加工を対多数戦を考慮した装備に限定した。

 もちろん、杖や剣への加工により個人の能力上昇も考えたが、それは来たるべき時には必要ないという判断だった。


 そして、今がまさにその来たるべき時。

 が、それは、フェリスの想定よりもかなり早い方だった。

 あと片手の指以上の数の争いがあるとは思っていた。


「なんにせよ間に合って良かったですわ。

 あっ、そうそう――」



 フェリスは思い出したように顔を上げた。


「龍星石の作成方法の件で――」

「分かっておるよ」


 エンケリはようやく冷めた赤い茶を美味しそうに飲んだ。


「グレーフィルらにも念押ししとる。

 生成方法だけは非公開とな」

「ありがとうございます」

「ギルトのメンバーを信じてないわけではないが、いずれ漏れるぞ」


 人の口はゴーレムでも閉ざせない。それはフェリスも分かっていた。


「その時はいつか来るでしょう。

 とはいえ、知られたからと言って簡単に真似できるものではありませんわ」

「大量生産となればな。が、ワシのつてでも豆粒ほどの物ができたんじゃ。

 ヒト、モノ、カネを持つものじゃったらいつかは真似るぞ」

「大商人や貴族ならいつかは真似するかもしれませんね」


 なので、こちらは質の担保だろう。参入を許さないほどの質と市場占有率を確保できれば後発は旨味が少なくなる。

 もっとも、生成の難しさが参入障壁にはなっているのだが。


「これが戦争に使われるのか……」


 エンケリは龍星石を嵌めた指輪を見て悲しそうにそうつぶやいた。

 昨日の話をしたらやむを得なしと彼も承諾したが、やはり自前の宝石が戦いに使われるのは心が痛むようだ。


「本当は戦う前に終わらせたいのですが、そうも言ってはいられないのでしょう」


 フェリスは残念ですとエンケリに同意した。



>>第55話 キスしてください

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