第052話 アルガラータを蹂躙せよ
エンラは久方ぶりに自らの前線基地に戻り、椅子に座った。
「エンラ様、お戻りになられましたか!」
入ってくるとエンラと同じように漆黒のローブをまとった男が、エンラの気配を感じて慌てて近くに寄ってきた。
「あぁ、新しい服を用意して、今すぐ全員を集めろ!」
「はっ!」
男はエンラに頭を下げると、慌てるように小走りで奥に消えていった。
イスに深く腰掛け、エンラは昨日までの出来事を思い出していた。
大森林と呼ばれるその場所にいるフォレと呼ばれるドライアド。
死んだはずの自分が、彼に生き返させられ、様々な魔術を教え込まれた。
何らかの思惑があるのだろうが、エンラにとってそれは些細なことであった。
自分の手のひらをじっと見つめる。
フォレが言うには、魔力が少なかったので補っておいたらしい。
確かに死ぬ前では考えられないほどの魔力が満ち溢れている。
先ほど去って行って従者が新しい服を持ってきたので、それにそでを通した。
もう間もなく部下たちが集まるとのことだ。
彼の言う通り、しばらくするとエンラの前には、部隊長が続々と並び始めた。
全員そろったのを見ると、エンラはゆっくりと話し始めた。
「さて、俺様がいなかった間どうなっていたか報告しろ」
第1小隊から結果の報告が聞こえてくる。
やれ村を焼いたや、争いに勝っただの報告が聞こえてくる。
エンラは正直、もう魔王軍の侵攻についてはどうでもよかった。
それよりも何よりも自らを二つに切ったあのハイエルフそれだけが憎かった。
今でもあの剣撃を思い出す。
氷よりもさらに冷たい氷結の剣。
魔法陣ごと、すべて二つに切られた。
今の自分の力をもってすれば、きっとあのハイエルフも屈服させられるはずだ。
早くあのハイエルフと会いたい。
この炎をもってして、四肢を燃やし苦痛にゆがませたい。
「第12小隊長ガブラ。
現在、ヒト相手の武器調達ですが、遅れが生じております」
「どういうことだ?」
エンラの問いに、ガブラは背筋を伸ばし、直立したまま一切動かなかった。
ガブラはどう言おうか迷っていた。
本当のことを言うべきだろうが、果たして信じられるだろうか。
「なにか言うことはないか」
無言のままのガブラを見て、エンラはそうかとつぶやいた。
その瞬間、ガブラの右手に激痛が走った。
痛みに思わず身をかかがめそうになるのを必死でこらえ、ガブラは直立不動のまま、エンラを直視した。
「も、申し訳ありません」
激痛に耐えながら、ガブラは言葉を続ける。
「俺様の軍に無能はいらん」
「敵の妨害に会いまして……」
「で、おめおめ帰ってきたわけか?」
ガブラは直立不動のまま「そのとおりであります」と返した。
「言っただろう。
俺様の隊に無能はいらん」
次に両足が燃やされ、痛みで思わず両膝を地面につく。
「炎で燃やされて死んだ奴がどうなるか知っているか?」
ガブラの膝から下にゆっくりと炎が這う。
「痛みに叫び声をあげるが、その炎が息とともに身体の中に入り、
最後は声なき声をあげながらのた打ち回る」
叫び声をあげるのを寸でで来られているガブラを見て、ふとエンラは気まぐれに聞いてみたくなった。
「どんな妨害だ?」
「1人のハイエルフが突然目の前に現れて……」
その言葉を発した瞬間、ガブラを襲っていた炎が消えた。
ずっと退屈そうな顔をしていたエンラだったが、ガブラのその一言を聞いて、大きく目を見開いた。
「エンラ様、戯言です。
ハイエルフなど」
エンラに服を持ってきた従者が一番に否定の声を上げた。
ガブラもそういわれるだろうと覚悟していた。
どこにも属さないハイエルフがわざわざなんでガブラにと思う。
真実をもっと詳細に言えば、そのハイエルフは大森林のハイエルフだ。
信じてもらえるはずがない。
「うるさい。黙れ」
意外にも、それを否定したのはエンラだった。
「詳しく教えろ」
「エンラ様、こいつのたわごとを信じるのですか?」
エンラは無視してガブラが話始めるのを待っていた。
「氷の魔法を使うハイエルフです」
「ふざけるな!」
従者がそう怒声を上げるのは最もだ。
ハイエルフの属性は原初属性だと決まっている。
氷などという属性は持つはずがない。
が、それを聞いた瞬間、エンラっは歪んだ笑みを浮かべた。
「あいつか……あいつなんだな!」
エンラは立ち上がった。
この平原にいるということは、おそらくアルガラータを拠点にしているのだろうか。
「ガブラ、お前の失敗は不問とする」
「はっ!」
ガブラは痛みをこらえ立ち上がるとエンラに敬礼した。
「全軍、今から絶対防衛都市アルガラータの侵略を始める」
「今からですか!?」
そこに並んでいた誰もが驚いた。
「お前らここに並べ、今からお前らに俺様の力の片鱗を与える。
その力をもって、大軍を率いアルガラータを蹂躙せよ」
エンラはそういうとにらみつけるように虚空を見た。
「待っていろ……リリア……」
エンラは小さく、しかし恨みのこもった呪詛を吐いた。
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