第051話 異界君
「てぇやぁ!」
異界の勇者。
結局、自己紹介はほとんど聞けなかったので、名前が分からない。
今は、異界君と呼んでいるその彼は、長剣を振りかぶると、ウッディドッグを一刀両断に切り伏せた。
不安定だが、素早い一撃にウッディドッグは絶命の遠吠えを上げ、地面に横たえた。
木の邪精の眷属であるウッディドッグ。
カタリナもアギナもこの程度の魔物では問題ないらしく、掠り傷1つ負わずに倒していく。
やはり、根本のうごきが違う。
カタリナもアギナも動きに流れがある。ある程度訓練によって培われた動き。
それに比べて、異界君は違う。
飛び抜けた筋力と反射神経。おそらく魔力での強化だろうが、それによってなぎ倒していく。
雑ではあるが、強い。
何よりも彼の魔力量が桁違いだ。
「案内人さんは手伝ってくれないんですか?」
カタリナがギオニスの方を見て嫌味っぽく話しかける。
「案内人だからな」
ギオニスが素っ気なくかけしたので、カタリナは小さくもうと怒った。
それを見た異界君が、僕に任せてくださいと大きな魔法陣を描いた。
炎の範囲制圧魔法。前にフィリアが範囲魔法と同じ規模だ。
魔法陣がみるみる形作られていく。
「……」
格好いい魔法陣だが、中の記述が無茶苦茶だ。
間違っているくらいならいいが、完全なるルール無視。これで完成だと言われたら驚くほどだ。
そんなことを思いながら魔法陣を眺めていると、彼はギオニスの予想に反した声を上げた。
「いくぞー!」
「待て、それで完成なのか!」
規則性のない記述に、矛盾した術式。
魔法の規模が読めない。
カタリナとアギナの2人を自らの背中に隠す。
戦闘態勢に入りたいところだが、実の姿を知っているのはこの場ではカタリナだけ。
南方ハレじゃなくてもその選択肢が良くないのは分かる。
「爆炎焔風!」
魔法陣が赤い魔力と共に霧散した直後、炎の渦が、ウッディドッグを次々と飲み込んでいく。
「凄い……」
ギオニスの背中でカタリナがそうつぶやく、確かに威力は申し分ない。
が、同時に不可解でもある。
しかし、ここでギオニスは彼の魔法について考えるのを止めた。
魔力の深い話になるとどうしてもリリアの方が詳しい。
ここは一端彼女に聞いたほうが良いだろう。
異界君の作り出した炎はウッディドッグ全てを灰に変えると、空に立ち上り風に吹かれて消えた。
「どうです?」
異界君が、胸を張ってこちらを見た。
魔力の威力を褒めてほしそうな彼に、ギオニスはため息混じりに凄い凄いと言葉を返した。
鍛えられていない肉体に似合わない瞬発力、溢れている魔力に釣り合わない魔法の知識。何を取っても違和感の塊である。
戦闘経験のなさから、彼が魔王の手先とは考えにくいだろう。
>> 第052話 アルガラータを蹂躙せよ




