第049話 彼を見張ってください
>> 第050話 同じポンコツ
翌日、ギオニスは冒険者ギルドに顔を出した。
リリアのように何回も顔を出していないので、見知った顔はいなかった。
いつものように受付にはカタリナがいると思いこんでいたが、どうも休みだったのか、タイミングが悪かったのか、受付には知らない女性が座っていた。
「すみません。カタリナさんはいますか?」
ギオニスが、丁寧に受付にそう質問すると、受付の女性はゆっくり顔を上げて、メガネ越しに鋭い目で彼を見た。
柔らかな印象のカタリナとは全く正反対のとっつきにくそうな態度。
細く理知的な目が余計に彼女の印象を冷たいものにさせてた。
「御用は何でしょうか?」
その受付の女性はまるで威嚇するように冷たく言い放った。
「いや、具体的な用は言えないんだが、彼女と逢う約束をしているんだ」
マジョネムの変種の話で、カタリナとはその話は内密にとお願いされている。
受付の人間なら知っているかもしれないが、念の為、ぼかしておいた。
知っていたなら例の件ですねとか気をきかして通してくれるはず。
だが、ギオニスのその言葉に受付嬢の眉がピクリと動いた。
「本日の予定者リストにはギオニスさんは載っておりませんが。
本当に約束されていますか?」
「いや、具体的に逢う日付は決まってなかったんだ。
こっちの都合に合わせてくれるって話だったんだが」
「そんな話は聞いておりません」
これは流石に取り付く島もないといった感じなので、一度退散することにした。
一応念の為、図書館にいると事付だけは、お願いしておいた。
ギルドから出て、露天でパンを1つ買う。
これ1つで8リダだった。
大森林から出てようやく、この街の通貨にもなれてきた。
パン1つが8リダから10リダ。
そして、100リダで1グリタ。
フェリスが、この街に戻ったばかり冒険書ギルドに報酬を払っていた。
それが2000グリタ。
今だから分かるが結構な大金だ。
それをポンッと出すのだから、狙われて当然だ。
後から聞いたが、大体は後ほど送付するか、さもなくばワグザを連れて行くらしい。
あの時は、ギオニスとリリアがいたからそのまま支払ったらしい。
まぁ、絡まれて置いていかれたわけだが。
買ったパンを食べながら思考は大森林の出来事にスライドしていく。
前にも考えていたが、魔王軍がオークとハイエルフの集落に足を運んだのは偶然じゃないはずだ。
誰かが手引きをしたはずなのだ。
そうじゃなければ、あの広い大森林で偶然にも集落を見つけられるはずがない。
俺たちオークも他の種族がどこにいるかなんてそう多くは知らない。
オークとエルフが殺し合って得をするもの。
正直、それが思いつかない。
大森林に住むものは互いに極度な干渉を嫌う。
では、侵略を指示した魔王とはどういった者なのか。
ギオニスはヒトの残した書物からそれを解きほどこうとした。
魔王を記した書物は多くあった。
戦記から年代記、物語から伝説まで。だが、描かれる魔王の姿はギオニスの予想と反したものだった。
ある時は敵となり、ある時は共に戦ったりもした。
姿も老人の時もあれば、若い女性の時もあった。
どうやらずっと敵対関係であったわけではない。
共通して書かれているのは、巨大な魔力を持ち、優れた軍隊を従えていること。
「ギオニスさーん!」
考えながら歩いていると、後ろから聞き慣れた声がした。
振り向くと、手を振りながらカタリナが人混みを掻き分けなが、走り寄ってきた。
どうやら走ってきたみたいで、呼吸が少し上がっていた。
「す、すみませんでした。
アギナが失礼をしたみたいで」
「アギナ?」
「はい、受付の子で。
悪気はなかったんです」
彼女はどうやらあの受付嬢の態度のことを指していたようだ。
とはいえ、事前の連絡もなしに会いに来たのは事実だし、用も言えなかったのなら怪しまれても仕方ない。
「こっちは、気にしてないが、
あんな態度じゃトラブルにならないか」
カタリナのように彼女も強いのだろうか。
ギオニスの言葉にカタリナは言いにくそうに言葉を続けた。
彼女が言うには、どうもカタリナの話になるとアギナはあんな態度になるらしい。
今日みたいにカタリナに言い寄る冒険者は多いらしいので助かってはいるのだが、たまに度が過ぎることがあるらしい。
「彼女にはちゃんと言っておきましたから」
もう問題ないと言った風のカタリナだが、それはどう説明したのだろうか。
ギオニスはカタリナが来てから彼女の背後にある視線に気づいていた。
どうやらアギナは、気になったらしくカタリナの後をついてきたようだ。今は物凄い形相で、ギオニスとカタリナを睨みつけている。
受付の仕事はどうなっているのかと聞きたいが、このまま彼女のことは気づかないふりをすることにした。
「で、今回頼みたいっていう厄介事は?」
「あぁ、それはですね」
カタリナは耳打ちをするように顔を近づけると小さな声で、異界の勇者の件についてですと小さな声で伝えた。
異界の勇者。
ギオニスとっては聞きたくないキーワードだった。
初めにその言葉を聞いたのは突発狂乱の時にフェリスが言った。
そして、次にそれを見たのは、ギルドの帰り、フェリスが襲われた時だった。
と言っても、ギオニスというよりその中にいる南方ハレだった。
割って入った男、いや、少年と行ったほうが良いだろう。
彼の服はどう見ても詰め襟の学生服だった。
「そいつがどうしたんだ?」
聞きたくないと思いながらもカタリナたっての願いとして呼ばれたのだ。聞かないわけにはいかない。
「異界から転移したと言っていますが、本当にそうなのかギルドとして測りかねています」
「というのは?」
話を聞くと、周りが勝手に囃し立てるだけで、彼が本当に異界の者なのか確証が取れないらしい。
ともあれば、魔王軍の手先かもしれないと言うのがギルドの懸念らしい。
だが、強さは確からしく、ギルドとしても扱いに困っているらしい。
いっそうのこと、本物だよと言いたいが、それこそ厄介事を抱え込みそうで、できることなら無視したい。
「その異界から来るってあり得るのか?」
自身がそれだが、当たり障りのない会話を投げかける。
「幾度か記録があります。
過去1人を除いて本人の意思ではないことが多いので彷徨い人と呼ぶことが多いです」
「1人を除いて?」
「はい、自身を異訪者と称しており、妖精と共に各地に毒薬をばら撒いたと残されています」
「それは酷いやつだな」
「明確に記録として残っているのはそれくらいで、後は逸話だったりですが、お伽噺ではないことは確かです」
ギオニスとしては、お伽噺として流してほしかった。
「で、俺みたいにヒト型に姿形を変えたやつか見てほしいと」
カタリナはこくりと頷いた。
偶然ではあるがどんぴしゃな人選ではある。
全く持って迷惑な話だが、適当に話をして問題ないと言ったほうが良さそうだ。
「で、具体的にはどうするんだ?」
「マジョネムの変種、あれを採取するメンバーに彼を入れます。
ギオニスさんにはそのパーティーに同行してもらって彼を見張ってください」
「2人で?」
「今回は私ともう一人冒険者が同行します」
カタリナはよろしくお願いしますと頭を下げた。




