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第048話 よくやった

 フェリスがギルドの工房に来たのは2日後だった。

 疲弊しきって帰ったフィリアが翌日来なくてギルドのメンバーは心配していた。

 が、顔を出したフェリスはそんな心配が杞憂だったと思うほど朗らかな顔だった。


「皆さん、ご心配かけましたわ。

 もう大丈夫ですわ!」


 フェリスの足元には、小さな白い犬が寄り添っていた。


「フェリス殿、工房にはその仔犬は連れて行かぬ方がよいぞ?」


 シロを見たエンケリが、気を遣ってそう伝えたが、フェリスはそれを丁寧に断った。


「ありがとうございます。

 でも、この子がいないとダメなのです。

 許していただけますか?」

「大人しくしていれば、問題ないが。

 危険なものも多いしな」

「大丈夫です。この子は賢いですから」


 フェリスはそう言うと、シロと共に工房の中に入っていった。

 自信満々のその様子を見て、エンケリはギオニスを見た。

 彼はエンケリに見ればわかるさと小声で返した。



----



 フェリスは炉の前に立って大きく息を吸った。

 何度も練習をしてきた。

 再度魔法の構成を頭の中で描く。


「さぁ、いきますわよ!」


 フェリスが魔法陣を描く。

 ここまでは、失敗しない。


「シロ、お願い」


 シロが小さく唸り声を上げてそれに応える。

 フェリスは魔法陣の作成を途中でやめ、新たに別の魔法陣を描き始めた。


 本来で言うところ、魔法陣の作成を途中で放棄すると魔力は事象となりきれず霧散する。が、シロを介すことで、その霧散を無理やり止めている。

 シロと力を合わせていても、制御の魔法を組み込むことは難しかった。

 ならば、フェリスが考えたのは、制御用に完成した魔法陣を今作っている魔法に組み込むこと。

 そのために必要なのが、魔法陣の途中放棄。


 彼女は小さな薄黄色の魔法陣を描くとそれを先程まで作っていた魔法陣に重ねた。


「ありがとう、シロ」


 フェリスはそう微笑むと最後の仕上げを始めた。炉の大きさに合うように調整し、魔法陣を閉じた。

 彼女はそれを満足そうに見た。


 エンケリは思わず「今のは?」と尋ねそうになった。

 彼女が連れてきたペットと思わた仔犬が明らかに魔法の介入を行っていた。

 普通の犬にできるはずがない。

 フェリスの魔法は龍の息吹に匹敵する威力。仮にその犬が魔獣だとしても、それに介入するのは至難の技である。

 知りたい気持ちがあったが、彼は何とか自分を律した。

 フェリスは貴族ではないにしても大がつく商人。

 何かしら深い理由もあるだろう。藪に入ってドラゴンの尾は踏みたくない。


 ただでさえ、今、ブラン商会はいい噂を聞かない。

 

 本当なら関わらないほうが良いとわかっていても宝石ギルドとして龍星石の魅力に負けてしまった。


「今度は完璧ですわ」


 フェリスは先程と同じようにして、もう一枚の魔法陣を作り上げた。

 彼女がこれで問題ないといったので、炉の頂部に龍星石の粉末を取り付けると、合図に合わせて中身を落とす。

 粉末が、落ち魔法陣に触れた瞬間小さな爆発音が聞こえた。

 今まで聞いた音よりも小さい音。立て続けに2度目の爆発音がなった。

 音から察する威力の通り、炉は壊れていない。


「確認してくれますか?」


 フェリスの言葉にエンケリが炉の中を見た。そこには一粒であるが、精製された龍星石があった。


「どうですか?」

「ふむ。あとは連続使用に耐えられるかじゃな」

「お願いしますわ」


 エンケリが視線をやるとグレーフィルが頷き、炉に龍星石の粉末を落としていった。

 先ほどと同じように小さな爆発音が何度も響いた。


 幾度か響いた後、粉を落とすのを止め、恐る恐る炉の扉を開いた。

 扉を開いた瞬間、今まで来なかった熱気と共に、蒸気に似た魔力の余波が炉の中から吹き出した。

 エンケリが炉の中を見るとそこには小指の爪程度の小さい龍星石があった。


 炉の暗がりの中でも、一際輝く深い青。それは青空的な青さではなく、月明かりに照らされた夜空のような青だった。


 エンケリは龍星石が冷え固まるのを待ち、それを取った。

 彼はポケットから小さな拡大鏡を取り出すと龍星石を丹念に見た。

 ひとしきり見ると、それをグレーフィルとロゼッタに渡す。


 彼らもエンケリ同様、小さな拡大鏡で、宝石の表面を丹念に見る。


「どうですの?」


 フェリスがおそるおそる尋ねる。

 ギオニスも多少の目利きができるものの、やはり、専門職には及ばない。

 ぜひ彼らの評価を聞いてみたい。

 エンケリもそのつもりだと頷いた。


「まずは、グレーフィルとロゼッタからか言ってくれんか?」


 エンケリは次期ギルド長候補である二人にそう促した。


「あっ、はい。

 表面は均一でないので磨く必要があると思いますが、密度と内蔵魔力は天然の物と遜色ないと思います」

「俺もそう思います。

 これならすぐき加工できそうです」


 グレーフィルとロゼッタの評価は概ね好評だ。


「ふむ。気になのは、つなぎの部分もじゃな。層を重ねることでできる不和は残っておる。

 あとは透明度か。

 揺れる湖面のように僅かに滲んでおる」


 言葉に反してエンケリは満足そうな顔をした。


「まぁ、それらを差し引いたとしても――」


 エンケリは龍星石の余韻に浸っていた。


「申し分ないな。

 この目で本物の龍星石を作る過程を見れるとは思っても見なかったな」


 エンケリの言葉にギルドの全員が歓声を上げた。


「ようやく形になったな」

「はい」


 フェリスは満足そうに炉を眺めていた。39回目にして、ようやく炉が壊れていない。

 ここまでできるのは簡単ではなかった。最後はシロの力を借りてしまったが、それでも、十分頑張ったと自分を褒めたいと思っていた。


「よくやった」


 ギオニスがそう言ってフェリスの頭をくしゃりと撫でた。

 思ってもみなかったギオニスの行動にフェリスは驚いた表情を浮かべた。

 が、すぐにその顔は綻びた。

 嬉しかった。

 失敗した時は本当にしんどかった。でもようやく苦労が実った。

 そして、それを一番褒めてほしい人に褒めてもらえた。

 認めてもらった。

 ギオニスの手が頭から離れてもそこに暖かさを感じ、にやけた顔が元に戻らない。

 閉じようとしても横に広がる口を手で隠すと。ありがとうございますと小さな声で返事した。


 エンケリが後は自分たちの仕事だと息巻いていた。

 とはいえ、フェリスの役割は終わったわねではなく、魔法陣への魔力供給もあれば、さらなる改良があれば付き合うつもりだ。


 エンケリとしばらく今後のことを話して、今日は解散となった。

 既に日が暮れた夜の道をフェリスとギオニスら歩いていく。

 珍しく月も星も綺麗に見えているのは、やりきったからなのだろうかとフェリスは空を見上げた。


 夜になっても人通りが多い道を2人でゆっくり歩いていく。


「空ばかり見ていると危ないぞ」


 ヒトとぶつかりそうになったフェリスの肩にギオニスの手が優しく引き寄せる。


「あ、ありがとうございます」


 ギオニスの離れていく手を思わず掴みそうになるのをぐっと堪える。

 彼にはリリアという絶世の美女が近くにいる。

 彼女の横に並ぶと美しい宝石の横にある石のような気分になる。


 そんなこと言ったら彼女はきっとギオニスはいつか倒す相手だと言うだろう。


 そんなことだから。

 どうしても、諦めきれなくなってしまう。

 彼には返せない恩が山ほどある。


 少し離れた場所をそっけなく歩くギオニスにフェリスは目を逸らせないでいた。


「そう言えば」


 ギオニスはそう言ってフェリスの方を振り返った。


「龍星石作りが落ち着いたし、ちょっと別件で出ていいか?」

「どこか行かれるんですか?」

「冒険者ギルドの頼みでな」


 ギオニスは視線をまた前に戻すとフェリスの方を振り返らずに歩いた。

 ギオニスもまた困っていた。

 フェリスはヒト族の女性であって、オークの感性からするとそういう目で見る対象ではなかった。


 だが、ギオニスの中には南方ハレの人格が色濃く残っていた。

 小さくふわふわとしたフェリスをどうしても可愛いと思ってしまう。

 先ほど不意に肩に手を回してしまったから尚更だ。

 髪から漂う甘い香り。

 透き通った幼い肌はほんのり紅く、触れた肩は、力を込めれば砕けそうなほど華奢だった。

 気を抜いたらそのままずっと凝視してしまいそうだ。

 何とか紳士を装いながら遠い先を見る。


「内密でギルドの依頼があってな。

 5日ほど出かけることになりそうだ」

「5日もですか」

「商談はいつだっけか?」

「8日後です」


 フェリスは寂しそうに答えた。


「長いですわね」


 フェリスはギオニスと会えない5日間がまたあるのかと呟いた。



>> 第049話 彼を見張ってください

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