第046話 あなたとは戦いたくないわ
「全員、整列!」
ガブラの言葉に12小隊が綺麗に並ぶ。
タウロス隊との戦闘直後、平原の風は冷たく戦いで火照った体を冷ます。
地面にはタウロス族の亡骸が散らばっており、血の臭いと火球によって焦げた臭いが周囲に満ちていた。
「敬礼!」
ガブラの声に全員が右手で握りこぶしを作り、左肩に当てた。
統一された動き。
リリアはその敬礼を知らなかったが、何となくその意味は理解できた。
「さぞ、名のあるダークエルフとお見受けする。我らをここまで強くしてくださった事感謝である」
ガブラはそこでひと呼吸置いた。
「だからこそあえてもう一度問いたい。
なぜ、我らに力を貸した」
ガブラという男は、ゴブリンではあったが、ウォーリアという戦士の種族であった。口で語るよりも拳で語る方が楽な人種であったが、それよりも道理にそぐわない事の方が嫌いだった。
自分たちゴブリンがタウロス隊に勝つなぞ天地がひっくり返ってもあり得ないと思っていた。
たった数日。
それだけの訓練で部隊での強さが逆転した。
人智を超えたダークエルフ。
だが、顔はおろかその名前さえ聞いたことがない。
「なに、文句あるの?」
リリアはそう返した。
「いや、文句ではない。
ただ、その動機が気になっているんだ」
「答えないといけないわけ?」
リリアは少し高圧的にガブラに対した。
ガブラは気に触ったと一瞬怯んだが、それでもその態度は変えなかった。
「我々を強くしてくれた事は本当に感謝している。だが、その理由は聞かせてもらいたい」
「そんなの、私に聞いても意味ないじゃない?
嘘を言うかもしれないわよ」
「耳障りのいい嘘なら百と聞いてきた。
とはいえ、ダークリリア殿の嘘を見抜けるわけではない。それでも良いから言葉として聞きたい」
ガブラは覚悟を決めた目でリリアを見た。
リリアは困ったような顔をして、小さくため息をついた。
「あんたたち、ほんっとに不器用ね」
ほいほい言うことを聞いてくれれば、良かったのだがそう都合よくいってくれないようだ。
それでも、リリアはそんな彼らに大差な笑顔を浮かべた。
「でも、ダメよ。
こればっかりは教えられないの」
ガブラも彼女を不器用だと内心で思った。教えられないなら今まで通り高圧的な態度でよかった。理由も気まぐれよと言えばよかった。
「分かった。いつかまた聞きたいが良いか?」
「答えられるようになったらね」
リリアがニヤリと笑った。それを見てガブラもニヤリと笑い返した。
「さて、本日はどう鍛えてもらえるんだ?」
「そうね。ちょっと、面白いのを考えているの」
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それから更に数日が経った。
「そろそろかな……」
リリアは地平線を眺めてそう呟いた。
「ダークリリア殿。
何がそろそろなんだ?」
黄昏れているリリアにガブラが声を掛けた。
リリアはガブラの言葉に声を出さずに笑った。
「そろそろ、ここを離れようと思うの」
「どこかに行かれるのか?」
リリアはガブラの問に答えなかった。いや、答えられるはずがなかった。
ここしばらく、思った以上の気さくな彼らに不覚にも情を寄せてしまった。
彼らの故郷の話、そして家族の話。
当たり前だが、彼らにも彼らの生活があった。
ここ数年。
平和に過ごしていた魔王が急に軍を配備し侵略を始めたこと。
だが、解せない話もあった。
それは一部の魔物の話だ。
会話もできず、思考もあるのか分からない。ただ盲目的に魔王の指示に従う意志なき魔物。
その中にはオークもいた。
カブラの話を聞くと彼らは平時でもオークの姿をしていた。
ギオニスの話と違う。
「私だけがどこかに行くって行ったら驚くかしら?」
「いや」
ガブラは一言そう返した。
彼女が紛うことなき天恵であったのはガブラも理解できていた。
そして、それが一時であることも。
どの道、自分たちが止めようとしても止められない存在なのだ。
去ると言うならば止められるはずもない。
「みんなを集めてくれる?
話したいことがあるの」
「分かった。今すぐがいいか?」
「そうね。夜にはここを去るわ」
ガブラは無言で頷くと、その場を去った。
リリアはガブラの背中を見送るともう一度地平線を見た。
不可侵であった森の侵攻、意志なき魔物。
リリアには分からないことが多すぎた。
だが、ギオニスなら。
あいつは何か気づいているようだった。
こうなれば首根っこを掴んでも聞くしかない。
気にも止めなかった違和感がガブラの話を聞くと心の奥に湧いて出た。
程なくして、リリアの前に全員が揃った。
今日もいつもの難題かと思っていたが、リリアの様子がいつもと違ったので、並んだ彼らも少し神妙な面持ちでリリアを見た。
「さて、何から話そうかしら」
そう言うと、リリアはダークエルフから元のハイエルフの姿に戻った。
リリアは本当の姿を見せたら彼らは驚くに違いないと思っていたが、思いの外、彼らは驚く様子を見せなかった。
「あら、驚かないの?」
「知っていたからな」
意外にも横に立っていたガブラがそう言った。
「まず耳がダークエルフのそれと違う。
やり方はわからんが、肌の色や目の色をを変えたくらいだろうとは感じていた」
そこを見分けてもらえるだけで、リリアはヒトよりもゴブリンたちの方が好きになれそうだ。
「ハイエルフの気まぐれ……と言うわけではないんだろう?」
「そうね。
仕方ないから全部話すわ」
本当は話すつもりはなかったのだが、ガブラの態度を見て心を変えた。
リリアは自分が大森林の生まれであること。オークと殺し合ったこと、魔王を恨んでいること。そして、そのために旅をしていること。
全員が静かにその言葉を聞いていた。
そして、リリアは今はヒトについていることも話した。
「絶望的だな。
あなたが敵対しているなどと」
「私としてもあなたとは戦いたくないわ」
戦場で会えば運命と呪うしかない。
「私としてはあなた達にヒトを襲ってほしくないわ」
「難しい話だが……」
ガブラは思案げにそう言った。
「あるの?」
「我ら魔王様は10の土地を分割して統治している。ここを抑えているのは地上征伐軍の第十軍。そこの長の意向は絶対だ。
我らがそれになればあるいわ」
「あら、なら、話は早いわね。
そのトップをぶっ飛ばして貴方がそこに立ちなさいよ」
「簡単に言わないでくれ。
我らの長は魔王軍第三使分位天が1人である獄炎のエンラと呼ばれている男だ。
半端な強さではない」
リリアはその名前にふと首を傾げた。
どこかで聞いたことがある名前だったが、それが誰だったか思い出せなかった。
まぁ、思い出せないなら大したことではないだろうとリリアは思い出す努力をやめた。
「あなたならできるわ。
何たって私が鍛えたのだから」
「言ってくれる。
だがな、争いはそう簡単に収まらんぞ。
我らにもヒトにもこの戦いを願っているものがいる」
例えば、ラグリットのような者たちだ。
「私たちには考えられないわ。
私たちが戦うときは身を守るときか食事かよ」
「羨ましい限りだ」
彼女が視線を遠くにやったのを見て、ガブラは別れの時が近いと察した。
「最後にいいか?」
「何?」
ガブラは武器を構えた。それと同時に隊が散開して各々武器を構えた。
思うところは皆同じだった。
「戦ってもらいたい」
「律儀ね」
ガブラの戦いの顔に、リリアは嬉しそうに剣を抜きそう答えた。
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「私の嫌いなやつで、小細工が得意なやつがいるわ」
リリアはそう言ってギオニスの顔を思い浮かべた。
「ヒトとあなた達が仲良くできれば私たちは争わなくてすむのにね」
リリアは剣を鞘にしまうと、そう笑った。
目の前には疲労困憊の12小隊の姿があった。誰も彼も立つ気力もなくそこに座り込んでいた。
じゃあねと言葉を残してリリアはステップを踏み、風のように去った。
「ははは、まだそんな力を隠していたのか」
ガブラは天を仰いで、手で目を覆った。
少しは行けるかと思ったが、傷1つ残すことができなかった。
まさに桁違いの強さ。
あれに到達するのはまだまだ先そうだ。
「全隊聞け! 我らは謎のハイエルフとの戦闘により疲労困憊だ!
これより拠点に帰還する!
それまで隊の安全を考え、戦闘を禁止する! 分かったか!」
今できる最大の譲歩。
隊員もそれを理解して、ガブラの声に答えた。
>> 第047話 補佐足り得る存在




