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第045話 最弱の捨て石部隊

「いい感じね」


 綺麗に並んだ兵士を見てリリアは満足そうに頷いた。

 直立不動させて1時間。

 既に視覚と聴覚は封じている。

 その間微動だにせずとも、彼らの筋肉は極度に緊張していない。


 リリアが静かに氷の刃を空高くに作り上げる。

 元が兵士なだけあり、筋がいい。

 なので、育てる楽しさがあまりない。やはり、フェリスのようなできない者を育てるほうが楽しい。


 上空高くに作られた氷の刃が音もなく地上へと落ちてきた。

 ガブラを含め隊の全員は1つも身じろぎしない。

 リリアが作った氷の刃がまさに彼らに触れようとした瞬間、微動だにしなかった全員が、剣士はその剣を持って、魔法使いはその魔力を持って刃を打ち壊した。

 初日までの大混乱とは一変。たった一晩で彼らは見違えるほどその能力を高くした。

 リリアが小さくつぶやくと、封じられた彼らの感覚が戻っていった。

 身体は緊張してないくても、やはり精神は気が張っていたようで、感覚が戻ると皆一様に安堵の表情を浮かべた。

 それを見たリリアはニヤリと悪い笑みを浮かべると、全員に向かって氷の刃を投げつけた。

 風を切る音さえせず、向かった刃は、全員の眼前でピタリと静止した。

 あまりにも唐突で素早いその刃に、誰も身動きが取れなかった。


「終わっても気を抜かない。これであなた達全滅……あら」


 全員が今の攻撃を動けないでいたと思っていたが、それはどうやら見間違えだったようだった。

 ガブラだけが、唯一その攻撃に反応し、剣を振り抜き氷の刃を切り捨てていた。


「やるじゃない。

 さすが隊長ね」


 リリアの言葉にガブラは照れるように「たまたまだ」と答えた。

 たった数日だが、その中で最も成長したのは他でもないガブラだった。


「まぁ、これで生き残れそうね」


 リリアが教えたのは攻撃ではなく苛烈な攻撃を捌けるような技術。

 インビジブルゴブリンに始まり、大森林に住むコボルトやゴブリンなど徒党を組む小型の獣人は危機察知能力が高い。

 が、ガブラ率いる小隊はその能力が圧倒的に劣っていた。


 長所を伸ばす。

 それは、彼らが本来持ち得ているはずの能力を伸ばすことと同義で、まるで本来の力が目覚めるように、その成長は著しかった。


「しかし、防御ばかりで大丈夫なのか」


 戦士としてガブラは自分の成長を実感していたが、その成長の方向にやや不満があった。


「生き残らないと意味ないわよ?」

「それもそうであるが。戦場で背中を見せるのは気が引ける」


 ガブラは下っ端とはいえ、魔王軍の兵。

 敵を目の前に背を向けて逃げ出すことには若干の抵抗があった。


「攻撃はおいおいよ。

 まずは、逃げることを覚えなさい」


 不満そうなガブラだが、リリアはそこは妥協しなかった。


「じゃあ、みんな休憩よ。

 一晩中お疲れ様。今度は本当に休みよ」


 リリアの言葉に全員が本当に休んでいいのか気を抜けなかったが、リリアが背を向け、野営用のテントに入ったの見て、ようやく気を抜くことができた。

 いつもの彼らなら休める時に休もうとすぐ気を抜くが、今回は違った。

 隣り合った仲間同士で、夢中で話し始めた。

 その話題は、自分の強さの話だった。


 たった数日で彼らは自覚できるくらい強さのレベルが上がった。その高ぶりを話さずにはいられなかった。

 あるものはリリアの課せられた難しい課題をクリアできたと、またあるものはどれだけ早く魔法を撃てたなど。

 休むことを忘れて、夢中で離していた。


「おおぉい! どうなってやがんだ!」


 嘲りと怒声が混じった大声が響き渡り、夢中で話していた彼らが一斉に静まり返った。


「なんで、12小隊がここにいるんだ? あぁ?」


 その声とともにやってきたのは、筋骨隆々の茶色い肌を持った、牛の獣人だった。


「ラ、ラフォール様!」


 ガブラがその獣人を見ると、慌てて直立し、その場でとどまった。

 他の隊員も同様で、全員がその場で直立不動となった。


「おい、ガブラ! 武器はどうした!」

「そ、それが……」


 ラフォールの後ろに、彼と同じ牛の獣人が隊列を組んで並び立つ。

 ゴブリンの三倍はあろう巨躯はゴブリンの細腕とは比べ物にならないほどの筋肉と重そうな槌や斧を背負っていた。


「なんだぁ? お前らはお遣いすらできないのか? ガキ以下かよ!」


 ラフォールの言葉に、後ろに並んでいた牛の獣人たちは大声で笑った。

 ガブラはその言葉に言い訳もできず恥ずかしさから口をつぐんだ。


「最弱の12番隊とはいえ、お前ら、武器を持ってくるだけだぞ?

 それさえもできないってのか?」


 15隊の内12番目に強いと言っていたが、その下3小隊は主に斥候や隠密、情報部隊となっており、戦闘部隊として数えると、ガブラ率いる小隊は最下位。

 捨て石部隊だった。

 対して、ラフォールの率いる部隊は小隊ではなく中隊となる。ラフォール第5中隊。ガブラ小隊の規模の小隊を10隊以上束ねるラフォール隊は彼を筆頭に、攻撃力耐久力ともに優れた牛の獣人タウルスの部隊だった。

 強くなったとは言え、5本の指に入るラフォール隊を前に、ガブラは明らかに気圧されていた。


「お前ら、分かってんのか?

 我らが魔王軍の強化のため、武器を運んでくるって言ったのはお前だよな?」


 それを見てより一層高圧的な態度を取るラフォール。

 本来なら、すでに彼らは武器を持って帰還中だった。


「ちょっと、うるさいわよ!」


 ラフォールがガブラに向かって更に怒鳴りつけようとした瞬間、テントからリリアが姿を表すと、ラフォーレとガブラに向かって怒声を上げた。


「ダークリリア殿、い、今は、少し待っていただけないか……」


 空気の読まないリリアにガブラが慌てふためいた。

 ラフォールの機嫌を損ねたらいくら彼女でも勝てない。

 ガブラはそう判断した。


「なんだ? 見慣れない顔じゃないか?

 なんで、ガブラのところにダークエルフがいるんだ?」

「それは……」


 ガブラは答えに窮した。

 ある日急に空から振ってきたなど、どう考えても冗談だと思われる。


「あら、それ朝食?

 お肉は好きだけど、多すぎるわ」


 リリアはラフォールを見るとそう言って鼻で笑った。


「ダークリリア殿!」


 ラフォールはその手の冗談が一番嫌いであった。


「き、貴様!

 俺様に向かっていい態度だな!」


 案の定、ラフォールは鼻息荒く、うなりだした。


「ダークリリア殿、彼は第5小隊を率いるラフォール様だ。頼むから失礼がないようにしてくれ」


 ガブラが憔悴しきった顔でそうリリアに告げる。

 が、彼女はそんなことお構いなしだった。

 何より、リリアにとって夜通しガブラたちを見て、疲れていたところに邪魔されたのだから不快極まりなかった。

 見たら大声で怒鳴る牛なのだから尚更だ。


「ガブラ、その牛たちを黙らせなさい」

「おいおい、ガブラが俺様たちをか?

 冗談でも笑えねぇぜ。

 こいつは最弱の捨て石部隊だぜ」


 ラフォールの言葉にタウルス部隊が大きく笑った。

 その大きな笑い声にリリアは更に不機嫌になった。


「ガブラ、すぐにでも黙らせないと次の訓練が更に厳しくなるわよ」

「そ、それは!」


 昨晩のものでさえ、十分に厳しかった。

 これ以上厳しくなるのなら本当に死んでしまう。


「そんな雑魚早く倒してよ。

 あなた隊長なんでしょ」


 全く持ってこのダークエルフは隊長扱いしていない。

 雑魚扱いされたタウロスはもう許してくれそうな気配はない。

 タウロスについても、ダークリリアについても、待っているのは死に近い状況しか想像できない。


 ガブラは決心を固めた。


 そして、どっちも死にそうならば、強くしてくれたこの気まぐれなダークエルフにつくほうがいい。


「全隊、隊列!

 構え!」


 ガブラの声に、固まっていた全員が動き出し、武器を構えた。


「おい、ガブラ!

 これ以上、俺様を苛つかせるんじゃねぇ!」

「こちらとしても、引けない事情ができた」


 リリアの訓練の苛烈さが増す。

 それだけはなんとしてでも避けたい。


「俺様に勝つつもりでいるのか!」

「少なくとも負けないようにはするつもりだ」


 ガブラの手に汗がにじみ出る。

 完全なる格上。

 最弱と罵られて、悔しがりもしたが、まさか小隊第五位の部隊と戦うことになるとは夢にも思わなかった。

 負けると分かっている戦いだったが、ダークエルフに掛けられた言葉が不思議にも力になった。


 これなら生き残れそうね


 あの凶悪なダークエルフがそういったのだ。

 それが、励みにならなくしてなんになろう。


「魔法隊、弓隊、後方より援護を!

 行くぞ!」


 完全に戦闘態勢に入った12小隊を見て、タウロスは雄叫びを上げた。


「踏み潰すぞ! このチビ共が!」


 タウロス隊が巨大な武器を振りかぶり、ガブラたちに向かって突進してきた。

 土埃を上げながら突進してくるタウロスたちを見て、ガブラたちは不思議な感覚に包まれた。

 あれだけ勢いよく走ってきているのに、なぜもっと早く来ないのだろうか。

 彼らがまるで手加減しているように、ゆっくりと近づいてくる。


 真っ先に疑問が確信に変わったのが、ガブラだった。彼が一歩踏み出すのを見て、小隊全員がそれを確信した。


 昨夜の惨劇に比べたら彼らは何とぬるいのだろう。

 身動きできなくなるほどの威圧感もなければ、大振りにならざるを得ない武器。

 あれだけ恐れていたタウロス隊に今は微塵の恐怖も感じない。


 魔法隊が小さな火球を作り上げ、タウロス隊に向かって投げつける。


「そんなロウソク玉なんぞきくわけ――」


 タウロスがそう勇んだのも一瞬、火球は列をなし放物線を描きながら彼らの隊に向かっていった。

 前からはガブラと火球、そして、頭上を狙うようにもう1つの火球。

 いつの間に詠唱を終えたのかタウロスには分からなかった。

 たがその程度と巨大な斧を振り抜こうとした瞬間、肘に強烈な痛みが走った。

 見るとそこには矢が刺さっていた。この距離なら弓矢は後方へのばら撒きがセオリーだ。

 だが、何だコイツラは、

 隊列の間を縫うように、しかも、それは関節や眼球と確実に動きを封じようと射抜いてくる。


 ガブラたちの攻撃の一撃一撃は重くない。

 が、こちらの攻撃は一向に当たらない。武器を振り上げたその時にはもう目の前のゴブリンやコボルトは姿を消していた。


「ちょこまかと動き回りやがって!」


 タウロス隊の一人が苛つきを隠そうともせず雄叫びを上げながら隊員にぶつかってきた。

 だが、今更そののろまな突進を避けられない12小隊ではなかった。

 あっという間にその攻撃線上からは姿を消していた。

 タウロス隊のその突進は勢いを落とさず突っ込んでいく。


 本来なら、明後日の方向に走っていった敵など無視するのだが、この時だけは違った。

 全員が青ざめた顔でその走っていった敵の背中を見送る。

 その攻撃線上の先は、ガブラが寝泊まりするテントがあった。

 いや、テントはどうでも良かった。

 問題なのは、その前に立っているダークエルフだ。

 勢いを少しも弱めようとしない敵の突進がリリアに押し倒そうした刹那、地面から巨大な氷柱が突き出し、敵を空高く打ち上げた。


 身動き一つせず、詠唱の間もない。

 腕を組んだまま彼女は打ち上がった敵を見ようともせず、ガブラたちを見た。


「次、こっちに来たら訓練を10倍にするわ」


 それが質なのか、それとも量を指しているのか。

 ガブラたちには分からなかったが、ただ1つだけ言えることがある。

 何を増やすか分からないが、何か増やされたら確実に死ぬ。


「ぜ、全軍本気で行くぞ!」


 ガブラのその言葉と同時に戦況は一気に傾いた。

 全員が必死だった。

 今まで手を抜いているわけではなかった。

 が、今は下手に避けてダークリリアの方にでも行こうものなら地獄以上の地獄が待っている。


 それからは一方的だった。

 勝っているはずの12小隊がまるで全滅寸前かのような苛烈な攻めに、タウロス隊は耐えきれず1人また1人と倒れていき。

 ついにはタウロスのみとなった。


「舐めやがってゴブリン風情が!」


 タウロスは斧を振り回し始めた。大振りだった軌道は、徐々に小さくなり、身体の周囲を球場に囲うように動いた。


「斧風結界だ! この斬撃の嵐触れたら微塵よ!」


 素早く不規則な斧の斬撃は、12小隊の弓や火球を叩き落とし、どれ1つタウロスに届かなかった。

 さすがの威力に、12小隊は攻めきれずにいた。


「この斧風結界とタウロスの突撃を止められるか!」


 タウロスは斧を振り回しながら、ガブラに向かって走り始めたのを見て。

 12小隊は背中を見せて逃げ出した。


「はっはっは、所詮、ゴブリン共小獣人よな! 砕けて散って悔やんで死ね!」


 ガブラを除く12小隊全員が大きく距離をとった。


「ガブラ、いけるわよね?」


 リリアがそう言った。

 その声を聞いたガブラは振り返ることなく「無論」と返した。


「細切れになりやがれ!」


 タウロスがガブラに向かって一歩踏み出した瞬間、その出来事に目を疑った。


 振り回した斬撃の結界の内側。タウロスの目の前に彼は現れた。


「どうして、この中に……」

「彼女の刃に比べれば、そよ風よ」


 ガブラはそのまますれ違いざまタウロスの首を切り落とした。


「くそっ……ゴブリ……」


 刎ねた首が呪言のように、今際の際の言葉を残して潰えた。



>> 第046話 あなたとは戦いたくないわ

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