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第043話 脱いでいる方が好き

「不安だ」


 夢見る宝石からの帰り、遠くを見ながらギオニスがそう呟いた。


「龍星石の加工ですか?」

「いや、リリアの方だ」


 声をかけられギオニスは視線をフェリスに戻した。

 ギオニスもそうだが、リリアも大森林の種族。ヒトや魔王軍との争いに関しては他種族同士の争いくらいの認識だ。

 魔王に関しては叩きのめしたいと思っているが、その配下の種族に対してこれといった特別な感情はない。

 ギオニスも同じであるが、南方ハレの心情上ヒト族の方に肩入れしている。

 あとは。


「だいたい、あいつの成功ってのは俺の斜め上を行くからな」


 ギオニスのため息似た言葉にフェリスは苦笑した。


「それにしても火炎融解炉というのはおもしろい構造ですね」


 フェリスの話題がリリアから先程の龍星石の話題に戻っていった。

 フェリスのいう火炎融解炉というのがギオニスが夢見る宝石に提案した炉の形である。


「できるかどうか分からないがな」

「そんなことないですわ! 夢見る宝石のメンバーも驚いておりましたわ」


 確かに融解炉を使わないその方法に最初は半信半疑だったギルドの面々も身を乗り出して聞き始めた。

 龍星石の原石を溶かす炉は存在しない。

 ならば、最初から炉を作らなければいいじゃないかという発想。

 代わりに、粉末化した原石を炉の上から降らし、落ちてくるまでの間に溶かす。

 溶けた溶けたしずくが下に落ち宝石が積み上がっていく。

 それはまるで育つように一滴ずつだが宝石が大きくなっていく。

 問題は原石の粉が落下中に溶かせるだけの火力と粉末の細かさ、そして落下の距離だ。

 一週間で簡易版を作ってもらうことになっているが、そこから試行錯誤が待っている。

 残された二ヶ月という猶予はあまりにも短い。


「二ヶ月後に売り上げの勝負ということだが、間に合うか定かじゃないぞ」

「そうですね。それにはいくつか考えがあるので試してみますわ」


 ギオニスにしても門外漢の分野、そこはフェリスに任すしかない。


 フェリスの家に帰るために、歩いていると人混みをかき分けながらギオニスを呼ぶ声が聞こえてきた。


「ギオニスさん! ギオニスさん!」


 すみませんと謝りながら流れるヒトの隙間から出てきたのは冒険者ギルドの受付嬢であるカタリナだった。


「よかった。ちょうどお宅へ伺うところだったんです」

「俺にようなのか?」


 ギオニスが不思議そうにカタリナにそう訪ねた。

 リリアならまだしも、ギオニスはギルドに探される覚えが全くない。

 ギルド長との腕試し以降、ギルドに寄り付いていない。


「あぁ、ランクの件か?」

「あっ、いやそれはまだなんです。

 手続きがいろいろと面倒で」


 思い当たる節が外れた。

 となると余計に思い当たるところがない。


「特にギルドから呼ばれる理由がないんだが」

「あの、この前採取していただいたマジョネムの件についてなのですが」

「確か、変種がどうのと言っていた?」

「はい。その後、何度か探索に行ったのですが、全く見つけられなくて。その……ギオニスさんに直接お話を聞こうかと」


 何を気にしているのかカタリナは遠慮がちにそう訪ねた。


「別にいいぞ?」

「ギオニス様、いいのですか?」


 ギオニスが簡単に返事したのを見て、フェリスが驚いて割り込んできた。


「何か問題があるのか?」

「大有りですわ。冒険者にとって依頼達成は重要な事項ですわ。採取場所や狩場の情報というのはそれこそ冒険者を生業にしている人間にとって重要な情報ですわ」

「確かに」


 フェリスの言葉になるほどとギオニスはうなずいた。

 漁師に例えるなら穴場の漁場みたいなものだろう。確かに、それを生業にしているものとして安易に流していい情報ではない。


「すみません。マナー違反なのは重々承知しております」

「その変種はそんなによかったのか?」

「まだ調査中ですが、ポーションを作ったところ、本来の数倍の効果が出ました」


 カタリナの言葉に、フェリスは驚きの表情を浮かべた。

 と言っても本当にすぐ近くの林で取れたのだから、ギオニスにとって特別な情報ではなかった。


「ギオニス様、なおさらですわ」

「うーむ……」


 カタリナは悩んでいるギオニスを見て、今しかないと瞳に魔力を込めた。

 瞳の中に魔力を込め、相手の目を見る。

 視線があった相手の精神に干渉するメアの得意技蠱惑の瞳チャームアイ

 3代以上前とは言え、その引いている血に宿った魔力は健在だった。


「まぁ、いいよ。リリアが迷惑を掛けたみたいだしな。

 迷惑料ってことで場所を言うぞ」

「えっ? あの? いいのですか?」


 ギオニスがあまりにもすんなり快諾したので、カタリナのほうが驚いていしまった。

 フェリスの言うとおり、採取の場所の情報は冒険者にとっても最重要情報。それをあっさり話す気になったということは蠱惑の瞳チャームアイが成功したということだ。

 成功した感触はないが、これでギオニスはカタリナの命令したとおりに動く。

 まさに虜になったはずだ。


 カタリナは1つ咳払いをして、低い声でギオニスに向かって命令を投げかけた。


「座ってください」

「ん?」


 カタリナの言葉にギオニスは不思議そうな顔をする。が、カタリナは気にせずもう一度「座ってください」と言葉を続けた。

 ギオニスは何かのお願いだろうか、不思議そうに彼女の言うとおりその場に腰を下ろした。


「次は立ってください」

「分かった」


 カタリナの言うとおりギオニスは立ち上がった。

 それを見て、カタリナは確信した。

 成功した感触はないが、自分の言う通りに動くということは、蠱惑の瞳チャームアイは成功しているということだ。

 あのハイエルフと同等と思われるオークに蠱惑の瞳チャームアイがかかった。


「次は上着を脱いでください」

「いいぞ」

「ちょっと、ギオニス様!」


 あまりのカタリナの要求にフェリスが思わず止めに入った。


「どうした?」

「さすがに、この街中で上着を脱ぐのは……」


 フェリスが頬を赤く染めあたりをきょろきょろと見回す。


「いや、俺も脱いでいる方が好きなんだがな」

「カタリナさんもなんで急にそんなことを言うんですか!」


 ギオニスにとっては、ヒトの服は窮屈で仕方がない。

 脱げと言われて断る理由はなかった。


「フェリスさん、無駄ですよ。

 ギオニスさんは、私の蠱惑の瞳チャームアイにかかっていますから、どんな要求も受け入れてしまいます」

「なんでそんなことを!」


 カタリナの言葉にフェリスは驚いた声を上げた。

 が、一番驚いているのはギオニスだった。

 全く、何かにかかった気がしないのだが、カタリナいわく蠱惑の瞳チャームアイにかかっているようだった。


「冒険者ギルドとしてやはりギオニスさんの存在は危険視しているのです。

 ギオニスさんには悪いですが、なんとかしてヒトに危害を加えないという保証を取る必要があります。ねぇ、ギオニスさん」


 カタリナがギオニスに向かい、蠱惑的に微笑んだ。蠱惑の瞳チャームアイに嵌ったのであれば、どんな事でも彼はカタリナの言うことに同意せざるを得ない。


「いや、ねぇって言われても」


 そんな思惑とは裏腹にギオニスは困ったように頭をかいた。

 ギルドにはヒトの側につくと言ったはずなんだが、まだ信頼されていないようだ。


「あと、たぶんだが、それにはかかってないぞ?」

「それ?」

蠱惑の瞳チャームアイかな」


 今度はカタリナが驚いた顔を見せた。

 そう言えば、リリアは知っているがカタリナは知らなかった。


「俺たちオークは、魔力抵抗が高いんだ。

 半端な魔法はすべて無効化しちまうぞ」

「そんな……半端って、薄くなっても蠱惑の瞳チャームアイは血統の魔法ですよ!?」

「俺にダメージを与えたいなら、リリアくらいのレベルにならないとな」

「そんな……」


 そんなことよりも、蠱惑の瞳チャームアイにかかって上着を脱がして何をさせるつもりだったのだろうか。

 絶望に塗られたカタリナの顔を見ると、そんな質問は悪いかと思い聞くのをやめた。

 

「すみませんでした!」


 しばらくの沈黙の後、状況を理解したカタリナはにあわてて頭を下げた。

 どう取り繕ってもこちらが悪い。

 カタリナができることと言ったら謝ることくらいだ。


「独断ってわけじゃないんだろ?

 おおかた、ギルドから言われたんだろ?」

「それは……」


 依頼元を言うのは彼女も一応冒険者なので、プライドがそれを許さない。


「まぁ、いいさ。

 あんまり疑うと、俺にも考えがあるぞって伝えといてくれ」

「な、何するつもりなんですか?」


 流れでそう言ったが、実は何も考えてなかった。

 困った顔でフェリスの方を見ると、彼女もそれを察知したようで、ギオニスとカタリナの間にすっと割り込んできた。


「アルガラータの冒険者すべてを完膚なきまでに叩きのめすといいう手もありますが?」

「フェリス嬢、それは……」


 フェリスの提案にカタリナは引きつった表情を見せた。

 フェリスの実感ではおそらく十分に可能だと踏んでいる。

 ワグザやエジャは黄金級ではあるが、その実力は黄金級を優に超えている。その2人を相手に余裕な彼らだ。

 おそらくアルガラータの冒険者ギルド全員と相手しても勝てるだろうことは容易に想像できる。


「最悪それもありか……」

「ちょ、ちょっと待ってください。

 それはさすがに困ります」

「俺だってやりたくはないが、そっちが信じないなら致し方ないよな?」

「私から、私から言っておきますので!」


 もちろんやる気はない。

 そんな面倒なことが起きるくらいなら素直にこの街から出るほうが良いだろう。


「じゃあ、頼んだ」

「ギオニス様はヒトが良すぎですわ」

「次は気をつけるよ」

「いえ、わたくしもそのヒトの良さに救われた一人ですから」

「では、ギルドのものを派遣しますので、道案内をしてももらっていいですか?」


 ギオニスはフェリスに問題ないかと視線を送ると、彼女ははいとうなずいた。




>> 第044話 宛ならある

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