第042話 色仕掛け
「よく来てくれた」
冒険者ギルドの中にあるとある一室。
そこには、ディンク、カタリナのほか、3人の人物がいた。
彼らは、冒険者ギルドアルガラータ支部の中でもトップクラスの実力を持つ3人だった。
一人は剣士であるメッシュ。
茶色の髪とスラリと伸びた長い腕。中肉中背ではあったが、剣の腕だけは随一と言っていい。
パーティーの回復役であるティナは白いローブに身を包み、その控えめな胸の前でしっかりと結んでいた。
胸はないが実力はある。彼女の癒やしは常にパーティーを窮地から救っていた。
そして、全身を鎧で纒っているゴザ。パーティー随一の防御力を誇っており、パーティーの壁。
彼らは鎧なき騎士という名のパーティーを組んでおり、その誰もが宝石級の実力を誇る冒険者だった。
「お前が緊急招集だなんて珍しいな」
「それも飛びトカゲでなんて何事かと思ったわ」
メッシュとティナが今回の招集に驚きの言葉を上げた。
「今のところ問題になっていないが、万が一に備えてお前らを呼ばせてもらった」
「問題になってないってのはどういうことだ?」
ディンクのその言葉に、パーティーのリーダーでもあるメッシュが訝しげに言葉を返した。
「現在、アルガラータには1名のハイエルフと1名のオークが
滞在しています」
今度はカタリナが話し始めた。
「現状、この2名は私達に対して友好的であり、害はないと判断していますが――」
カタリナは一瞬、言葉を止めた。
「いつその牙を剥くか分かりません」
ずっと黙っていた全身鎧のゴザがゆっくり口を開いた。
「ディンク殿とカタリナ殿がいれば問題ないと思うが?」
「そうだぜ。ハイエルフはまだしも、オークだろ?
お前らでも余裕じゃねぇのか?」
ゴザの言葉に、メッシュが同意の声を上げた。
確かに、ディンクとカタリナの実力は冒険者ギルドの中でもかなり高い位置にある。
すでに現場から引退しているが、ディンクとカタリナはジュエルランクである彼らと同等の力はある。
「いえ、私はそのオークが友好的という言葉に違和感があるのですが」
メッシュとゴザの間にティナがわって入った。
「確かに、オークってあれだろ。
《意思なき魔物》だよな。
あいつらに友好的だなんていう思考なんてないだろ」
《意思なき魔物》。
その言葉通り、魔王軍の中にいる魔物の中には、一部意思を持たずに戦いを行う魔物がいる。
その代表例がオークだ。
「驚くかもしれないが、そのハイエルフもオークも古タダスの森の住人らしい」
「いや、さすがに嘘だろ」
ディンクの言葉に、メッシュは笑った。
古タダスの森は侵入不可の聖域。その中は未開であり未踏である。
魔王はおろかドラゴンさえも避けて通る完全なる聖域となる森。
「俺も信じたくないが。
少なくとも、俺とカタリナが2人揃ってそのハイエルフには勝てなかった」
「ま、まぁ、ハイエルフですから」
ディンクの言葉にティナが言葉少なく同意した。
「そして、そのオークは少なくともそのハイエルフと同等くらいの力があると推測される」
「嘘だろ!」
「ありえません!」
「ハイエルフと……だと?」
ディンクの言葉に3人が同時に声を上げた。
「待て待て、ディンク!
お前、現場に出なくなって勘が狂ったか?
いいか、ハイエルフってのは、1人で国一国以上力を持つっていう化物だ。
それと同等のオークってことは、それこそ、俺達が束に成っても叶わないぞ」
メッシュの言葉に、ディンクとカタリナは黙り込んだ。
「ちっ、マジかよ」
2人が黙り込んだのを見て、メッシュはだらんと身体を後ろに倒した。
ハイエルフと同等のオークというのは想定していなかった。
オークは《意思なき魔物》。裏を返せば、戦う時そこを意識さえすれば勝てる相手だ。
そのはずが、意思を持って実力がハイエルフと同等。
どう考えても勝つイメージが見えない。
「待てよ……」
しばらく考えていたメッシュが何かを思いついたように身体を起こした。
「カタリナ」
「は、はい」
「お前、メアの血が流れているよな?」
「ちょっと待ってください。そんなの3代以上前の話ですよ!」
メッシュの言葉にカタリナは自分に何をさせようとしたか理解した。
メアというのは、夢魔の一種だ。
あらゆるものの夢や精神世界に入り込み、相手を幻惑し陥落させる。
カタリナはメアの血が流れており、普通のヒトよりも強い魔力を扱うことができる。
だが、それは3代以上も昔。彼女自身にはメアとあったこともなければ、自身にその血が流れているその自覚さえない。
「メアってのはサキュバスの遠縁だ。
《意思なき魔物》に意思があるなら、逆にその手でせめて見るのはどうだ?」
「要するに、色仕掛けってことですね」
ティナが淡々と補足した。
「なんだよ。悪いか?
相手はあのオークだ。その手の魔法なら難なくききそうな感じがするぜ」
「まぁ、可能性としては直接戦うより高そうですね」
「うむ。同意だ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
鎧なき騎士の3人が納得し始めたので、カタリナは慌てて立ち上がった。
「私にやれってことですか?」
「可能性が一番高そうだからな」
メッシュの言葉にカタリナは不安そうにディンクの方を見た。
ディンクはしばらく考え込んで、口を開いた。
「確かに、そうだな」
「そ、そんな」
カタリナは気が抜けたように椅子にへたりこんだ。
「ギオニスに逢う口実は何でもいい、試してもらえないか?」
「いや、口実は簡単ですが、私のメアの力を期待するのは……」
「現状、お前以外に誰ができるんだってことだ。
諦めろ」
ディンクとメッシュに言われたら、カタリナに断ることはできない。
「わ、わかりました。
できるだけやってみますが、失敗しても恨まないでくださいね」
カタリナは諦めてそう言った。
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