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第041話 下っ端じゃない

「全員集合!」


 日も隠れ、夜の帳が降りたその時間。

 ガブラの掛け声に小隊全員が立ち上がり列をなした。

 その数100。

 横10縦10ときれいな正方形に編隊を組んだそれを見て、がブラの横にいるダークエルフは満足そうにそれを眺めていた。


 その横にいるダークエルフ。

 全員がその顔を覚えている。

 たった数刻前に現れたそのダークエルフはこの隊恐怖の底に叩き落とした。

 今から何を言われるのか全員が戦々恐々としていた。


「えー、今から、このダークエルフの――」

「ダークリリアよ」


 リリアが満足そうにそう名乗る。


「えーダークリリア殿が、お前らを鍛えてくれるそうだ」


 なんとか隊長としての威厳を保っているが、彼の心は不安でいっぱいだった。

 そして、その不安は部隊にも伝わり、隊はざわめき立った。


「全員、黙れ!」


 ガブラの声に、隊が一気に静まる。


「詳細は彼女から話す」


 ガブラはそう言うと一歩引いた。

 それを見たリリアは一歩前に出た。


「私がダークリリアよ!」


 物音一つ立たない。

 リリア的には拍手か歓声を期待したのだが、期待はずれであった。

 リリアは「まあ、いいわ」とつぶやくと言葉を続けた。


「今からあなた達を鍛えるわ。

 ちなみに、あなたちの強さって魔王軍の中でどのくらいなの?」


 その言葉に、ガブラが答えた。


「魔王軍地上征伐隊第三使分位天所属の中にいる15の小隊の中の12番目だ」

「えっ、何よ。下っ端じゃない」


 リリアの吐き捨てるような言葉にガブラを含め全員が恥ずかしさから下を向いた。


「まぁ、いいわ。

 やるからには最強を目指すわよ」

「いや、それは……」

「無理だなんて言わないでしょうね。

 この私が教えるんだから、できるに決まっているわ!」


 自信満々にそう言い放ったリリア。

 先程まで恐怖の対象だった彼女を今は期待の眼差しで見つめている。


「さて、まずは振り分けよ!

 魔法組はこっちに、武器組はこっちに並んで」


 リリアはそう言うと、右手に魔法を専門とするものを、左手に武器を専門とするものを並べた。

 魔法組は20名ほどで残りは武器組に分かれた。数名ほどは医療補助専門らしいので、その塊からは外れた。


「魔法組は得意な魔法を私に撃ってきなさい!

 武器組は今から私が氷の剣を投げるからそれぞれ叩き落としなさい!

 あっ、あなた達適度に離れなさいよ。お互い怪我するから」


 リリアが80本の氷の剣を作り上げたのを見て、武器組は慌てて散らばりそれぞれの場所を確保した。


「じゃあ、行くわよ!」


 準備もままならないにもかかわらず、リリアは氷の剣を放った。


「ほら、魔法組も早く!」


 リリアの急かすような言葉に、慌てて詠唱を始める魔法組だが、詠唱がおぼつかないもの、すぐに撃てたものもいたが、その威力は大したことがなかった。


 結果は散々だった。

 武器組で氷の剣を撃ち落とせたのはわずか3名。その他全員が身体に剣を受けた。

 受けたと言っても剣は身体に触れるとまるで砂糖菓子のように壊れたためけが人はいなかった。

 最悪なのは魔法組だった。

 中途半端に詠唱をしたため、暴発したのが2名。リリアとは全然違う方向に飛ばしたのが3名。詠唱が終わってもいないものが大半だった。


「さすがに、下っ端なことだけはあるわね」


 リリアのため息にガブラが慌てて言葉を挟んだ。


「さすがに、準備ができていない今でそれは無理もないことではないか」

「はぁ、何言っているの。あんた奇襲を受けたときに敵に待てって言うつもり?」

「いや、それは……」

「これが今のあなた達の実力よ。

 奇襲を受ければまず間違いなく全滅。良くて半壊だわ」


 通常隊の3割が喪失すれば被害は甚大とされる。

 この現状を見れば、全滅も間違いではない。


「特に悪いのは、弓組!

 一人も撃ち落とせてないじゃない。」

「いや、さすがに、矢で撃ち落せというのは……」

「弓矢が一番神経を使うのよ。

 荒れ狂う戦場で仲間に当てることなく敵を穿つ。

 奇襲では敵が気づかない長距離から一点を撃つ。

 わかる?」


 リリアの言葉に、さすがのガブラも黙り込んだ。


「練度が足りなさすぎるわ。

 あなた達ちょっと死んでみたほうがいいわね」


 その言葉とともに、リリアの背後に数百の氷の剣が現れた。


「次はその剣は身体にあたっても砕けないわよ。

 死にたくなかったらちゃんと撃ち落としなさい」


 全員の目が恐怖に引きつった。


「じゃあ、頑張りなさい」


 その言葉とともに、氷の剣が雨のように彼らに降り注いだ。

 剣を持つものは必死でそれを叩き落とし、弓を持つものは避けながらもなんとか矢で打とうとする。

 魔法使いたちは、巨大な魔法を諦め、低級の詠唱が短い、もしくはないに等しいほどのものでなんとかそれに応戦する。

 たまに、氷の剣があたったのか悲鳴に似た叫び声が聞こえる。


「さすがに、これは」


 ガブラが止めに入ろうとした瞬間、リリアがさっと彼を見た。


「何言ってるの、あなたもやるのよ」


 その瞬間、ガブラにも同様に剣が降り注ぐ。


「あなたは少し強いから多めにね」


 ニコリと笑うと、リリアは氷の剣の雨が降る小隊の周りをふらりふらりと歩き回る。


「ちょっと、周りを見なさい! 味方に当たるわよ」


 がむしゃらに振り回しているコボルトの剣の軌道を手でそっと変える。


「武器組! 筋力だけで武器を振らない! 魔力を身体に流しなさい!」


 リリアの檄が飛ぶが、他の者たちは耳に入っているかどうかさえわからないほど必死だ。


「魔法組、詠唱が長すぎる!

 死ぬわよ!」


 いつのまにか魔法使いたちの方に歩を進めると、剣と魔法が入り乱れるその中を歩きながら一人ひとりチェックする。


「がむしゃらにしない! 魔法は常に頭を働かせるのよ!

 三手先まで読んで、魔法を構成しなさい!」


 こちらも武器組と同様リリアの言葉が耳に入っているかわからないくらい必死だ。


「さてと……」


 リリアはステップを踏んで飛び上がると、数名取り残された補助組の方に言った。


「あ、あの……」


 飛び降りたリリアを恐怖に満ちた目で見る。


「私は回復のことはよくわからないのよね」


 その言葉に補助組は安堵の表情を浮かべた。


「だから、魔力の基礎値上げね!」


 そう言うと、人数分の巨大な氷の剣を作り上げた。

 安堵から絶望に表情が崩れ落ちた。


「この剣はゆっくりあなた達に近づくから魔力の壁を作って押し返しなさい」


 その言葉と同時に氷の剣がゆっくりと彼らに近づく。


「もちろん、逃げても追いかけるわよ」


 全員が諦めたのか覚悟を決めたのか、両手をその剣に向け魔力壁を作った。


「うん。いい感じ、いい感じ」


 リリアの作り上げた氷結の剣はその後日が昇るまで続いた。



----



 とある場所にて。


「くそっ、所詮魔族か!」


 ラグリット率いる武器商隊は魔族と落ち合う約束の場所で舌打ちを打った。

 ここは12小隊とラグリットが武器の売買を予定していた所であった。

 結局朝方まで待ったが、約束していた12小隊は来ず、売れ残った大量の武器を抱え、ラグリットは引き返すこととなった。


 リリアの目論見は、ギオニスとは違う方向ではあったが、成功を収めた。



>> 第042話 色仕掛け

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