第040話 お風呂は?
リリアは途方に暮れていた。
魔王軍が全くと言っていいほど見当たらなかった。
宛がなかったのは事実だが、空から見れば簡単に見つかるものだと思っていた。
上空雲よりも少し下、遮るものが何もない場所にタイル一枚ほどのステップに乗ってリリアはあたりを見回した。
「ほんっとに何もないわね」
上空の風は少し冷たかったので、たなびくマントの胸元をいつもよりも少し閉めた。
突き出した耳の先が風に冷える。
冷たくなった自慢の耳を少し触り太陽を見ながら次に向かう方法を考える。
野営はできればしたくない。
魔王軍というくらいなのだから、編隊を組んでいるはずだ。
そこに入れば、ベッドくらいはあるはずだ。
温かいお湯と美味しい果物があればなおいい。
リリアは少し考えるとまたステップを蹴った。
風の吹く方向に行こう。見つからなければまた考えればいいだけの話だ。
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日が傾き、夕暮れの気配が立ち込めてきたので、さすがのリリアも焦り始めた。
このまま外に寝泊まりは絶対に嫌だ。
一旦帰ろうかと思ったその時、遠くの方に黒い塊が列をなしているのを見つけた。
あれに違いないとリリアは急いでその黒い塊の方に向かった。
「ふふん、あれがそうみたいね」
上空から見るとそこにはゴブリンやワーウルフが編隊を組んでいる。
「ギオニスなしでもできるのよ」
誰もいない空にそう言葉を投げると、リリアはさてととつぶやいて。ステップから飛び降りた。
支えるものをなくしたリリアの身体は地面に引き寄せられるように落ちていき、吹き登る風にマントがバタバタとはためいた。
地面にぶつかると思ったその瞬間、リリアの足元に薄いステップが何枚も作り出され、氷の割れたような音ともに、リリアが軽やかに地面に着地した。
「待ちなさい!」
魔王の軍隊にリリアがそう叫んだ。
が、魔王の軍勢はリリアに気もとめずそのまま行進を続けている。
「待ちなさい!」
今度はさっきよりも大きな声でそう叫んだが、その行進は一向に止まる気配を見せなかった。
「待ちなさいって――言ってるでしょ!」
リリアは怒声とともに、その軍勢の目の前に巨大な氷の柱を落とした。
耳をつんざくような轟音とともに、突然氷の壁が軍隊の目の前を塞ぎ、魔王軍は混乱とともにようやくその場に止まった。
「まったく」
リリアは満足そうに飛び上がると立ち止まった魔王軍の目の前に躍り出だ。
軽やかに躍り出たリリアを見た瞬間、魔王軍は各々の武器をリリアに向け、敵意を投げつけた。
「貴様は何者だ!」
軍の隊長らしきものが、リリアにそう問いただした。
「私は……えーっと……」
何も考えてなかった。
とりあえず、飛び出たもののノープランだったリリアはしばらくその場で考え込んだ。
「何者だと言っているんだ!」
無視されたと思い、再度大声で隊長と思われるものが、リリアに叫んだ。
「私は……ダーク……そう! ダークリリアよ!」
ダークエルフだからダークリリア。
我ながら良いセンスだ。
「ダークリリア、重ねて問う!
なにゆえ、我らの軍勢を止めた!」
見た目がダークエルフなので、仲間であると一応判断されたようだ。
「えーっと、そうね……仲間よ!
仲間になりに来たのよ! 私を仲間に入れなさい!」
「我らは今、重大な任務をこなしている最中だ!
貴殿の申し出はありがたいが今はそれどころではない!」
「そんなの関係ないわ。
いいから、私を仲間に入れなさい!」
魔王の軍勢を前にリリアは、いや、ダークリリアは一歩も引かずにそう言い返した。
「聞き分けのないやつだ。
悪いが押し通るぞ!」
「やってみなさい。
仲間に入れてくれないならぶっ潰すわよ」
その瞬間、リリアの怒気が一気に膨れ上がり押し付けるような圧力があたりを包んだ。
周りの空気ごと掴まれたようなその感覚にワーウルフは耳を後ろに倒し後ずさり、剣を構えていたゴブリンはその戦意をなくし剣を地面に落とした。
「くっ、貴様、何をした」
その中でもなんとか戦意を保って隊の前に出たのは先程、リリアと話していたゴブリンだった。
その様相からただのゴブリンではなく、生まれながらの戦士、ゴブリンウォーリアだ。
「感心、感心。
でも、そのフラフラの足で私に勝てるかしら」
そのゴブリンは剣を構えてはいるものの、腰は後ろに引き、足はガタガタと震えている。
が、それでも立って戦意を出しているだけ優秀なのかもしれない。
「貴殿は何者だ――」
「だから、ダークリリアって言ってるでしょ。
仲間になりに来たのよ」
「本気でそう言っているのか?」
ゴブリンの隊長からしてみれば当然のことだ。
行軍を止めるような巨大な氷の壁を作り出し、威圧だけで隊を壊滅に追いやったダークエルフ。
それが、仲間になりたいというのだから喜んで然るべきことだ。
だが、それはどう考えても縛られていないドラゴンを取り込むようなこと。
危険のほうが大きすぎる。
「本気よ、本気。
隊長はあなたでいいから、私を魔王軍に入れなさい」
が、相手は本気でそう言っているのだから。
もう選択肢はない。
ゴブリン隊長は諦めて、リリアの問いに答えた。
「分かった。
だから、その威圧を解いてくれ」
「ふふ、分かればいいのよ」
そう言うとあたりの空気がフット軽くなった。
いや、もとに戻ったというべきだろう。
ようやく開放されたことでゴブリンたちは安堵の表情を浮かべた。
「改めて我の名前はガブラ。
魔王軍地上征伐隊第12小隊の隊長を務めている」
「よろしく。私はダークリリアよ」
リリアはそう言うと笑顔で手を差し伸べた。
ガブラはその手を引きつった笑顔で握りしめた。
「早速で悪いが、我らは重要な任務である場所に向かっている。
悪いがこれから夜通しで向かわねばならない」
「えっ、嫌よ」
やっと休める場所を見つけたというのに、これから歩くなんて考えられない。
「今日はここで休憩しましょう」
「しかし、任務が」
「そんなの明日でいいじゃない。
今日はここで休憩よ。いいわね、隊長!」
無茶苦茶な要求だが、ここで暴れられたら手を付けられないのは理解していた。
見上げるほどの氷塊を作りなが疲れた素振りすら見せない。
戦えば壊滅が目に見えている相手にガブラは渋々うなずいた。
「全軍! これより野営の準備に入る。
全隊休め!」
ガブラの言葉に、全員が慣れた手つきで野営の準備を進め始めた。
隊長であるガブラが寝泊まりするテントは他よりも一回りほど大きかった。
「うん。いい感じね。
ねぇ、食事は?」
「行軍中のため、携帯食しかないぞ」
「えっ」
「仕方ないのだ。
隠密の任務のため、強行軍なのだ」
それを聞いたリリアは不満だった。
寝床はまぁよしとする。食事はいつも旅でするあの不味いものだ。
多少の彩りはあるが、やはり街の食事に比べて見劣りする。
ギオニスとの旅のおかげで備蓄も少ない。
ここは我慢すべきか。
「お風呂は?」
「ないに決まっている」
リリアは落胆のため息をついた。
旅では仕方ないとはいえ、湯浴みもできないのは正直辛い。
しばらくすると野営の準備が完全にできた。
どうやら、場慣れしている隊のようだ。
よくよく観察すると、ゴブリン、コボルトにワーウルフと小回りが聞く構成の隊だ。
その上、リリアの威圧を前にして動く気合を持った隊長だ。
フェリスたちが戦うにはなかなか厄介な相手だ。
一回り大きな隊長用のテントに入ると、中は丁寧に敷物が引かれ、ガブラが座ると思われるそこにはふかふかのソファーのようなものがあった。
リリアがそこに座ると、ゆっくりと身体を伸ばした。
「そこは我の……」
「私に気にしなくていいわよ。
好きにそこら辺を使って」
「いや、だから……」
「それより聞きたいことがあるんだけど」
一向に聞かないリリアにガブラは諦めてその場に腰を下ろした。
「聞きたいこととは?」
「そんなに急いでどこに向かっているの?」
ガブラは一瞬その解いに答えるのを躊躇した。
が、目の前にいるダークエルフはどこまでもついてくる様子だ。このまま隠し通すことは不可能だろう。
ガブラは諦めて、話すことにした。
「武器の調達だ」
「武器?」
「あぁ、どこの世界にもそういうやつがいるんだ。
ヒト族にもかかわらず、我らが魔王軍側に武器を横流しにするやつが。
そこから武器を大量に仕入れるという任務だ」
「へぇ……」
リリアはその言葉に思案げに返した。
これがギオニスとフェリスが言っていたやつなのだろう。
なら、ここで阻止すべきだ。
上手く阻止できたら、ギオニスに自慢してやろう。
「その武器を買うのをやめなさい」
「な、何を言っている!」
「なんでわざわざ武器なんか買うのよ」
「それは、我らが軍勢を更に強くするために……」
ガブラは思っても見なかったリリアの言葉に思わず立ち上がった。
これ以上自分の任務を邪魔されたらたまったものじゃない。
それも、急に現れたダークエルフに邪魔されたなど報告できるわけがない。
「ふーん……」
目の前のダークエルフが何か思案げにしている。
これからこのダークエルフが何を言い出すか、不安でならない。
「分かったわ。
あなた達が強くなればいいのね」
「な、何を言っている」
ガブラたちが武器が必要なくなるほど強くなる。
そうすると、武器を買わなくて良くなる。結果として、フェリスの言っていたラグリットの目的は崩すことができる。
もともと、リリアにとってヒトと魔王軍の争いはどうでも良かった。たまたま、ギオニスがヒトに助力をしようというとんでもないことを言い出したのだ。
フェリスのために力にはなるが、ヒト族のためではない。
というか、種族間争いに割って入るということ自体がご法度なのだが、ギオニスはそこらへんどう思っているのだろうか。
「私が鍛えてあげるわ。
それこそ半端な武器が邪魔になるくらい」
「それは……」
思っても見ない提案がダークエルフから飛び出した。
小隊の行軍を止めるほどの巨大な氷の壁を作り上げる魔力、それに小隊すべてを震え上がらせるほどの威圧をかける力。
その力の一端でも得られるならそれは素晴らしいことである。
しかし、本当なのだろうか。
あまりにも唐突でできすぎた話にガブラは穿った目でリリアを見る。
暫く逡巡して、ガブラは諦めたかのやうに頷いた。
どのみち逆らえない相手。相手の気まぐれで強くなれるなら儲けものだ。
「分かった。では、我の軍の魔法隊を呼ぶ」
「何言ってるの、魔法だけじゃなくて全員よ」
「いや、確かに、貴殿の魔法は素晴らしいが、我が隊は魔法だけではなくだな――」
「私は剣も使えるわよ」
リリアはガブラを見てニヤリと笑った。
その頼もしいはずの笑みに、ガブラはいささかの不安を覚えた。
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