第036話 やられましたわ
「一体どういうことなんだ?」
ギオニスは座って呆けているフェリスに尋ねた。
「やられましたわ。
すべてラグリットの手のひらの上でしたわ」
ギオニスは現在の状況が全然理解できなかった。
「先程も言ったとおり、わたくしが勝負に負けた場合、それと同時に商人ギルドがブラン商会の商売権を剥奪する予定でした」
そこは先程フェリスから聞いた。
「のつもりだったのですが、密告したレガートはすでにラグリットから買収済みでしたの」
「あの顧問料というやつか。
なら、それを告発すればいいのでは?」
「ダメですわ。商人の誓いをしてしまいましたの」
「商人の誓い?」
フェリスは2つの指で丸を作った手を見せた。
先程、三人でやったやつだ。
「商人の誓いをした時に知った情報は、口外してはならない。
そして、仮に口外したとしても、それは必ず不問となる。
要するに、レガートが顧問料と称して賄賂をもらっていることをわたくしは告発できないのですわ。
そして、したとしても、その罪は不問となってしまうのですわ」
「そんなもの破ってしまえばいいんじゃないか?」
「誓いを破るというのは商人としての信頼をなくすことに等しいですわ。それは身の破滅と同意。
二度と商人としてやっていけませんわ。
そして、彼らの目的はそれだけじゃないですわ」
フェリスは言葉を続けた。
「レガートは恐らく今後も賄賂をもらい続けるつもりですわ。
そして、ブラン商会はその名の下に武器商を続ける。
けれど、恐らく真の目的は、武器商となったブラン商会が白日のもとにさらされることですわ」
「それは、いくらなんでもないんじゃないか?
だって、賄賂をもらっているんだろ?
甘い汁を吸うのをやめるとは思っていないんじゃないか?」
普通はそう考える。
ラグリットから賄賂をもらい続けられるほど美味しい話はない。
「ドゴーラ商会。世界の三本の指に入る大商会です。
私の父がやっている商会ですわ」
その言葉にギオニスもようやく理解した。
「わたくしとしては、父のドゴーラ商会とは無関係ですわ。
けれど、世間はそうは思わないでしょう。
その娘が作った商会が武器商人として利益を貪っている。
当然、ドゴーラ商会も裏で糸をひいていると疑われますわ。
レガートの目的はそこでしょう。
彼はドゴーラ商会の力を削ぐつもりですわ」
フェリスは悔しそうに唇を強くかんだ。
「安易でした。
もっと早くに彼が武器商をやっていることに気づくべきでした」
フェリスが言うには、勝負が決まってからラグリットが死の商人をやっていることを知ったみたいだ。
「終わりですわ。
父の影から逃げたのに、そこにまで火の粉が飛ぶなんて」
フェリスは両手で顔を覆った。
いくら考えても彼女にはその対抗手段が思い浮かばないようだ。
切り札としていたブラン商会の権利剥奪すらできない。
レガートの真の目的が賄賂ではないとしたら、こちらからの賄賂に応じるわけもない。
裁定者を変えても結果は同じだ。
ドゴーラ商会の関係者となれば、公平性が失われるとして選ばれるはずがない。
「勝負を受けた時点でわたくしの負けでしたわ」
フェリスはもう立ち上がる気力すらないようだ。
「……」
ギオニスは静かに逡巡した。
今の状況を冷静に分析し、何か打つ手がないか思考をし続ける。
その思考の中には南方ハレもいた。
「フェリス……まだ諦めるな」
「そんなこと言われましたも、手がないのですわ」
ギオニスもそうだった。
どれだけ考えても勝つ手は思い浮かばなかった。
それは、自分がオークだという特異性を除いたらだ。
「フェリス、1つ考えがある。ここではなんだから一旦戻ろう」
ギオニスの言葉に、フェリスは力なく分かりましたわと答えた。
>> 第037話 犯し殺されそうになった相手




