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第029話 死の商人

 フェリスはギオニスたちと別れた後、その足で商人ギルドのギルド支部に向かった。


 冒険者ギルドの無骨な作りと違い、商人ギルドの支部は豪華を全面に出した場所だった。

 扉は威圧するような巨大な木の扉。それも、継ぎ目もなく一枚の板ででき重厚ある扉。

 見る者が見れば、この扉の価値の高さに驚くに違いない。

 建物もただの石ではない、遠い南方より取り寄せたレガウス石でできている。魔力を帯びたその石は少々の魔法なら打ち消す力がある。

 フェリスの華奢な腕には重すぎる扉を開け、ギルドの中へと入っていく。

 中は足音が消えるほどの毛の長い赤色の絨毯が敷き詰められ、左右の壁には調度品が並んでいる。

 貴族の館だと言われても勘違いしそうなほどの贅の極みのギルド。それこそが商人ギルドの力なのである。

 いつもはワグナかエジャと共にくるが、今回は1人だ。

 受付まで進むとフェリスは受付嬢に声を掛けた。


「レガートさんはいますでしょうか」

「これは、フェリス様。

 お話は聞いております。レガートは赤鹿の間でお待ちしております」

「ありがとうございますわ」

「今案内のものを呼びますが」

「結構ですわ。場所はわかりますので」


 フェリスは受付の女性に軽く頭を下げると、ギルドの中にある赤鹿の間に向かった。

 フェリスにとっても慣れた場所。

 案内されなくてもその場所は分かる。


 関係者しか通れない扉を開けギルドの奥へと進んでいく。

 ギルドの中には、商談用の個室がいくつも存在している。商人同士の密会から、客との商談用まで用途は様々だ。

 ギルドのメンバーはそれらを格安で借りることができる。

 箔が大事な商人とって、商人ギルドに入ることは商売つながりを作るだけでなく、こういった場所の提供もあるのでギルドに入る利点は大きい。


 赤鹿の間につくと、フェリスは静かに扉を叩いた。


 少しの静寂の後、扉が静かに空いた。


「いやぁ、待ちわびたよ」


 赤鹿の間の扉の中央の大きなテーブルのそばに立っていた中年の男性はフェリスを見ると笑顔でそう言葉を返した。

 まるっと太ったその男性は、広く禿げ上がった額をペシペシと叩いた。


 彼はレガート。

 商人ギルドの中でもかなり地位の高い人物で、発言力はかなりある。だが、彼の力に比例するように黒い噂は多く持つ。

 フェリスは彼がどうしても好きになれなかった。


 黒い噂は所詮噂でしかないが、どうも彼と相対するとその噂が真実であると確信してしまう。

 言葉では説明できないが、彼の話には言葉以上の思惑がどうしても読み取れてしまう。

 彼の考えていることはいつも利益のことだ。

 それが正攻法だけとは限らないから、なお彼を信用したくなくなる。

 が、その彼が持つ商人ギルドに対する発言力はその不信感を差し引いても無視できいるものではない。

 特に、今回フェリスが思い浮かべていることを実行するためには、その嫌いな相手であっても重要な人物であることには違いない。


 扉を開けたのは彼ではなく彼女の秘書のような人物で、レガートが視線をやると頭を下げて、部屋から出ていった。


「どれどれ、前の話の続きだろうね?」


 レガートは顔の前で人差し指と中指を絡めた。

 ちょうど、二本指で丸を書いたような指の形。

 フェリスもそれに応じて同じ指の形を見せた。


「ラグリットが魔王軍に武器を横流ししていますの」

「この前の話だな。その話の裏はこちらも取っているところだ」

「ご存知の通り、ブラン商会は今2つに分かれているところです。わたくしが商会長のままでしたら、即刻やめさせますわ。ただし」


 レガートは分かっているわいと言葉を返した。


「死の商人はギルドでも禁止していることだ。確定し次第、即刻対応しよう」

「助かりますわ」

「そう言えば、ちょうどフェリス孃に聞きたかったことがあったのだが」

「なんでしょう?」


 珍しくレガートから話しかけられ、フェリスは不思議そうな顔をした。


「門衛に賄賂を渡したようだね。誰か通したのかい?」


 相変わらずの地獄耳だ。

 どこから仕入れるのか、レガートはいつでも相手の弱みを探し回っている。


「大したことありませんわ」

「そうかい。

 孃が前に賄賂を行った後、しばらくしてワグザとエジャが従者になったようだが。

 従者でも入れ替える気か? なら、ぜひ、ワグザを私のもとに誘いたいのだが」


 この男。とフェリスは心の中で罵倒した。

 そのことはブラン商会立ち上げの時くらいの話だ。よくもまぁ、昔の話を覚えているものだ。


「ワグザもエジャもずっと私の従者ですわ。

 誰かに渡すなど考えられませんわ」

「そうか。残念だな。黄金級の冒険者として、彼らは破格に強いからな」


 その破格に強い2人を子供扱いする2人を連れ込んだわけだが。

 フェリスはギオニスたちのことは口に出さなかった。


「では、準備の方だけよろしくお願いしますわ」

「あぁ、もちろんだとも」


 フェリスはそれだけいうと部屋を出ようとした。

 が、それを止めるようにレガートは大きく咳払いした。

 フェリスは足を止めると、レガートの方を振り返った。


「安心してください。

 見返りは後からワグザに持ってこさせますわ」

「ありがたい」


 この男は金に目がない。こうやって、すぐに金銭を要求してくる。


「では、これで」


 フェリスはそう言うと、部屋から出ていった。

 彼女が出ていってレガートは部屋に1人になった。

 出ていった扉をしばらく眺めると、彼は眉間にシワを寄せた。


「本当に父親に似てきたな」


 レガートは何かを思い出したらしくにらみつけるように舌打ちをした。


「レガート様、お客様です」


 秘書の言葉を聞いたレガートは待っていたかと立ち上がった。

 扉が開くと、そこには金髪の青年が爽やかな笑顔を浮かべ、そこに立っていた。


「お待たせしました」

「いやいや、待ってないぞ。

 ラグリット君」


 そこには、フェリスと敵対しているはずのラグリットが立っていた。

 彼は椅子に座ると、ラグリットにも座るように勧めた。

 秘書の女性は静かに椅子を引いたので、ラグリットも笑顔を浮かべたままその椅子に座った。


「そう言えば、噂に聞いたのだが、君は魔王軍に武器を流しているみたいだな」

「はい」


 レガートの言葉にラグリットは何の悪気もないように笑顔でそう返した。


「いやぁ、それは困った。

 あのブラン商会が死の商人などと」


 レガートは「いやぁ、困った」と何度もつぶやいた。


「で、勝てそうか?」

「勝てそうかどうかは分かりませんが、

 ブラン商会の利益は過去最高を記録しています」

「ふっふっふ」


 その言葉にレガートは満足そうに笑った。


「レガート様が顧問をしてくれたおかげです」

「いやいや、君の実力だよ。

 これからも末永く頼むよ」

「こちらこそ」


 そう言うとレガートとラグリットは互いに握手を交わした。



>> 第030話 私たち疑われてるの?

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