第028話 幸運を祈っていますわ
満足そうに戻ってきたギオニスとお茶を楽しんだリリアがフェリスに連れられて冒険者ギルドに向かっていった。
ギオニスと立ち会ったワグナはボロボロであったが、彼もまたどこか満足そうだった。
「最初の手続きは私が少し口添えしますが、あとはすべておまかせします」
「あぁ、そのほうが助かる」
自分でやって初めて覚えることはある。
ギオニスもできるだけ自分でやりたかった。
「フェリスはこの後どうするんだ?」
「そうですね。間に合わないと思っていた商談に間に合いそうなのですわ。その準備でもしようかと思っていますわ」
「そうか。成功を祈っているよ」
「ありがとうございますわ」
程なくして、冒険者ギルドについた。
大きな街のギルドだけあってギルドの支部も大きかった。
扉をくぐると、大きな広間。
左右の壁には多くの依頼の張り紙、そして、中にいる多くの冒険者は情報の交換をしたりパーティーを探したり騒がしかった。
フェリスに連れられ、奥の受付に行く。
そこには、金色の美しい髪を持った女性が静かに座っていた。
短めの髪に、大きな胸。印象的な緑色の宝石をした首飾りをつけており、その飾りがちょうど胸に座るように谷間に置かれていた。
「すみません。冒険者の新規登録をお願いしますわ」
「どちらの方になりますか?」
フェリスは受付の言葉に後ろの2人に視線をやった。
「2名ですね。身分証があればそれを。なければ手続きに入ります」
「身分証はありませんわ」
「承知しました」
フェリスはギオニスたちに振り返ると言葉を続けた。
「ギオニス様、リリア様。
後は彼女がやってくれると思います」
「助かったよ」
「ありがとう」
2人の言葉にフェリスは笑顔を浮かべた。
「幸運を祈りますわ」
フェリスは2人に頭を下げるとギルドから出ていった。
ギオニスとリリアはフェリスを見送ると受付の女性に視線を戻した。
「改めて、私は冒険者ギルドの受付をしています。カタリナです。
依頼の受諾から達成報告までここでやりますので、これからよろしくお願いいたします」
受諾や達成のやり取りは昨日フェリスがやっていたのでなんとなくわかっていた。
「身分証がないということなので、目標は身分証の取得でしょうか?」
「だな」
リリアもそれに無言でうなずく。
「ギルドに参加していただくとギルドカードという証明書をお渡しします。白銀ランクになるまではその街でしかそのカードは効果を発揮しません。白銀ランク以降は他の街でもその効果は発揮しますので、まずは白銀ランクを目指してください」
ギオニスはとりあえずわかったとうなずく。
「では、ギルドカードを作成します。
お名前を教えてください」
ギオニスとリリアがそれぞれ名乗る。
「次に魔力契約です。
魔力石に手をおいてこのペンでカードに署名してください。
聞き手は右手ですか?」
ギオニスは右手とリリアは左手と言った。
カタリナは利き手と逆の手を魔力石に手を置きながら署名するようにと説明した。
2人は言われるままに署名を行う。
署名が終わり、カタリナがそれを見ると困惑した顔を見せた。
「えーっと、これはなんと書いてありますか?」
「自分の名前だが?」
ギオニスとリリアは不思議そうに返した。
「正常に契約できているみたいで問題はないようですが……」
「なにかおかしいことでも?」
「あっ、いえ、説明を続けます」
オーク文字とハイエルフ文字で書かれた名前を彼女は読めなかったようだ。
「こちらの身分証は再発行および失効は可能ですが、なくしたカードの責任までは当ギルドでは責任を持てません。
失効したからと言って何も起きないとは言えませんので、かならず管理するようにお願いします」
そう言って、ギルドカードを2人に渡した。
そこには黒石ランクと書かれていた。
「冒険者のランクは鉱石のランクで分けられます。
始まりは黒石ランク、赤銅ランク、そして、青銅ランクです。
ここまでが下級冒険者になります。
その後、中級冒険者は白銀ランク、紫銀ランク、黄金ランクとなります。
上級冒険者。通称ジュエルランクと呼ばれるランクになるためには、そこからさらに一定の功績がひつようになります」
中級までは依頼をこなせば自然となるが、それ以上になるためには何かしらの功績を残す必要があるらしい。
「手っ取り早く白銀ランクになるコツは?」
ギオニスの言葉にカタリナはクスリと笑った。
「皆さん、必ずその質問しますね。
一番の近道は地道に依頼をこなすことです。
あとは上級冒険者の推薦でギルドマスターと戦って認めさせるという方法もありますが、当支部のマスターはドラゴンを倒すほどの実力ですからおすすめはしませんよ」
「ほう」
ドラゴンをソロで倒すのは結構骨が折れる。
それができるというのはそこそこの実力者であることは間違いない。
「じゃあ、まぁ、依頼をこなすとしようか」
「そうね」
「そうしたほうが、賢明ですね。
需要が高いマジョネムという薬草の採取の依頼はいつでもありますから、ぜひ受けてみてください」
「おう、助かる」
「では、まずは依頼の受け方についてです」
カタリナは受付から立ち上がると別の女性に受付を任せ、説明のために2人を連れて壁際に歩いていった。
「ここにあるのが依頼書です。
受付の方を向いて左側が低ランク、右側が高ランクとなります。
やり方は簡単です。
壁から依頼書を剥がして、受付へ持っていきます」
そういって、壁から一枚紙を剥がすと受付へ持っていった。
「そこで、ギルドカードと依頼書を見せて受付完了です」
受付は依頼書に依頼中のはんこを押した。
「依頼書に対して1パーティーのみです。
これらは、パーティー間の衝突を避けるためにあります。また、他人の依頼を妨害した場合は、かなりキツめのペナルティがあります。あくまでも、ギルドとして依頼をこなしていることをお忘れなきようお願いします」
カタリナは笑顔でそう返した。
「依頼ですが、一応決められた期間があります。
それを過ぎてしまいますと自動的に依頼失敗となります。
他の依頼書を見ていただきますとわかるとおり、失敗が多い依頼はかなり難易度が高いとお思いください」
カタリナの言うとおり、高ランクの依頼書の中には何度も依頼中のはんこに取り消し線がついたものがある。
「もちろん、自らキャンセルを進言していただいても問題ありませんが、依頼の失敗自体にもペナルティがありますから、なるべく可能な範囲での依頼をこなしてください」
ここまでで質問はとカタリナがいうので、2人は首を振った。
「さて、これで依頼受諾です。
達成しましたら受付横にある鑑定所に持ってきてください。
そこで問題無しと判断されれば達成とします。
今回の依頼は、根付きのマジョネムを10束ですね。街の東に木漏れ日の林がありますので、そこで採集可能です。
では、頑張ってください」
ギオニスとリリアは分かったというとギルドを出た。
「薬草集めとか懐かしいな。
子供の頃よくやったぞ」
「私は初めてだわ」
リリアはちょっと楽しそうだ。
城門を抜け、平原に出る。
改めて大森林とは違う平原の風景に外に出たんだと実感する。
「さて、東の方だったな」
「じゃあ、ひとっ走り行きましょうか」
「だな」
ギオニスとリリアは東に向かって走り出した。
「木漏れ日の林って言ってたな。どんなところなんだろう」
走りながらギオニスがリリアに尋ねる。
「林っていうくらいだがから大森林よりも小さいのよね」
「はは、いまいちサイズが分からんな」
途中、木集まる場所があったが、あまりにも小さすぎたのでそこを通り過ぎて更に東に向かう。
「しまったな。距離くらい聞いておくべきだったか?」
「そんなに遠いような言い回しじゃなかったわよね」
一時間ほど走り続けたが、林と思わしき場所は見当たらなかった。
「ちょっと、あれじゃない?」
「ん?」
リリアの指差す方向に小さな林があった。
「おっ、サイズも小さいしそれっぽいな」
少し瘴気が強いが確かに小さい。森とは言えないサイズだ。
「マジョネムの特徴は聞いてきた。
さぁて、探すぞ!」
「楽しみね」
木漏れ日の林と思われるその場所は木々が手を伸ばし、ほとんど光が入って来ていなかった。
「木漏れ日?」
「大森林の奥地よりも明るいわよ?」
ギオニスの知っている木漏れ日という単語には結びつかない暗い場所。
そこに入った瞬間、空気が一気に冷える。
森特有の気配。まとわりつくような視線が懐かしい。
「敵も弱そうだし、初心者にはちょうどいいんじゃないか?」
明らかに狙っている気配だが、その気配は弱いものばかりだ。
「えーっと、木の根本にあるらしいぞ。
緑の細い葉に青い筋が入っていて、甘い匂いがするらしい」
「宝探しみたいね」
リリアがウキウキしながら大きな木の根本に視線を送っていく。
「これとかどう?」
リリアが指さしたそれは、確かに姿形は似ていたが、近寄ってみると少し酸っぱい香りがする。
「甘いって言ってたぞ」
「じゃあ、違うわね。
大森林と全然違うわね」
「だな」
生えている草や木は見たこともないものばかりだ。
襲ってこないところ見る限り、平和な場所だ。
やはり、木漏れ日の林なのだろう。
「ん、視線が鬱陶しいな。散らしていいか?」
「お好きにどうぞ」
リリアは視線をお構いなしに、樹の下で薬草探しを楽しんでいる。
リリアは見たこともない植物ばかりで楽しいようだ。
「んじゃ、遠慮なく」
ギオニスは殺気を込め、一気に周りに散らした。
その瞬間、森全体がざわめき、周りの生き物が一気に逃げ去った。
「うむ」
ギオニスは満足そうにあたりを見回した。
暴食の王。ギオニスの殺気を受け、周りの生き物がすべて奥へ逃げ出した。
「あっ、これなんかどう?」
この程度の殺気には微動だにしないリリアは楽しそうに採集を続けている。
「おっ、これっぽいな」
カタリナから聞いた通りの特徴を持つ草。
「依頼は、根付きで10束だったな」
群生してるようで10束くらいなら大丈夫そうだ。
小さいものは取らず、大きなものだけを丁寧に抜いていく。
「こんなものか。
じゃあ、戻るか」
「ちょっとしたお使いね」
リリアは楽しそうに笑った。
>> 第029話 死の商人




