第027話 冒険者ギルドって
ギオニスの優雅な二度寝は爆発音で途切れさせられた。
「ん……終わったのか」
ギオニスは眠たい目を開けた。
亜空間の入り口はあまり自由な設定ができない。
最初に別れた場所にリリアたちは出ているだろう。
ギオニスは部屋を出ると、朝の場所へ歩いていった。
ーーーー
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「いやああぁあぁぁぁぁぁぁ」
ギオニスが朝の場所につくと、そこにはボロボロの3人が空に向かって大声を上げていた。
その横で満足そうなリリアの顔。
相当の地獄だったことが想像できた。
「声が出ますわ! 風を感じられますわ!」
「音が聞こえるぞ! 匂いが、戻ってきた!」
「うぅ……太陽が見える……」
3人がそれぞれ涙を流しながら喜んでいる。
「何をしたんだよ」
「魔力回廊に入れてきたわ」
「お前……やりすぎだろ」
魔力生命体のみが存在を許されるという魔力回廊。
歩くだけで魔力の深淵に触れ、通り抜ければ魔力の真実に到達できるという場所。
存在は知っていたが、そこに至るにはかなりの修行がいる。
伝説の体験である。
最も体験者たちはそれどこれではないようだが。
「もう一度やる?」
「り、り、り、り、リリア様、な、な、な、何を言っているのですの」
リリアの言葉を聞き、フェリスが流していた喜びの涙が恐怖の涙に変わった。思い出しのだろうか、手や足ががたがた震え始めた。
ワグザやエジャはフェリスのように泣くほどではなかったが、凍りついたようにリリアを見て動きが止まった。
「あら、残念」
リリアが残念そうにつぶやいた。
ギオニスはリリアに小さく耳打ちをした。
「本当に魔力回廊を通ったのか?」
「ふふふ、実際は入り口にも行ってないわよ。
本当に行ったらフェリスたち帰ってこれないでしょ?」
少なくとも自我は残らないだろう。
ギオニスでも、そこまで行くには躊躇する。
散歩するように行けるのは、ハイエルフの中でもリリアくらいだ。
「じゃあ、朝ごはんでも食べましょうか」
「リリア、もう昼前だぞ」
ギオニスが空を指さした。
すでに太陽は暑そうに空の真上に転がっていた。
「あら、もうそんな時間だったのね。
どうりでお腹すくわけね」
リリアは空に向かって気持ち良さそうに伸びをした。
ーーーー
食事に呼ばれた客間は、大きな窓があり明るい部屋だった。
フェリスが蒼の間と言っていますのと説明した。
その名の通り、薄青色壁に梁や柱は鮮やかな青が塗られており、床には深く蒼い絨毯が引かれていた。
長い長方形の机には、蒼いテーブルクロスが引かれていた。
フェリスは従者である2人を食事に誘った。
客人の手前、ワグザとエジャは、主人と同席には断固拒否したが、フェリスの強い要望により、同席することになった。
「リリア様、ギオニス様も問題ございませんですか?」
「あぁ、そこらへんは、あまり気にしないからな」
「私もよ」
2人は居心地が悪そうに席についた。
「ギオニス様、リリア様。
改めて今までのことお礼を申し上げます」
フェリスは2人に頭を下げた。
「いや、実際、俺たちも助かっているぞ」
大森林の外の常識も知らない。
実際、ここに入るための身分証明書もなかった。
そして、通貨もない。
「魔王を倒す道中でございましたね」
「そうよ」
「ん……まぁな」
リリアに比べてギオニスは歯切れが悪かった。
今回の騒動、ギオニスは少し違和感を覚えていた。
「わたくしたちもお2人にはできる限りの助力をさせていただきますわ」
「助かるよ」
「こちらにいるワグザとエジャもお2人ほどではないですが、腕は立ちます。
何かあれば言いつけてください」
フェリスは2人に挨拶をするように視線を送った。
ワグザが席から立ち、自己紹介を始めた。
「改めて名はワグザでございます。
種族はワーウルフ。特技は格闘。流派は紫電流です」
格闘を特技を聞いてギオニスはブルリと興奮した。
得意分野なら手合わせしたい。
と、ギオニスは流派の話を聞いてふと思い出した。
「紫電流ってことは、ライカンのおっさんの関係者か!」
「始祖であるシデン・ライカン様を知っておいでですか!」
ワグザが興奮した様子でギオニスをみた。
「おう、300年前くらいに何度か手合わせしたぞ」
「シデン・ライカンってあの《滅拳》のライカンのこと?」
「おう! ずいぶんとやりあったぞ!」
リリアも名を聞いたことがある格闘の達人だ。
「さ、300年前ですか?
し、失礼ですが、ギオニス様は見た目よりもお年を召されているようで」
「えっ? そうか?」
ギオニスが驚いたのを見て、フェリスはクスリと笑った。
「ギオニス様、大森林の外はあなた様が思っている以上に短命なのですわ。
私達は80年生きたら良いほうです。ワーウルフも100年は生きられませんわ」
「ワーウルフもか?」
「はい」
「驚いたな。ワーウルフでも少なくとも600年は超えていると思ったが」
「オークの寿命も20年ほどと聞いています」
ヒトだけが短命種と思ったが、どうやら考えを改める必要があるようだ。
「今度、手合わせしないか。
紫電流なら少し教えてもらえたからな」
「し、始祖から教えてもらったとは……」
ワグザは感嘆の言葉を漏らした。
フェリスは、次はとエジャに視線を送った。
「私はエジャ。西の果て、エルジャビの民。
得意なのは精霊魔法」
「精霊魔法……ね」
今度はリリアが気にかかったようだ。
「ハイエルフに詳しいようだけど……」
「……」
エジャは黙り込んでしまった。
しばらくの沈黙のあと、ようやく口を開いた。
「シェルも知らないって……」
「シェルってのが、精霊の名前?」
エジャは無言でうなずいた。
「ちょっと、姿を現しなさい」
リリアの言葉にシェルが姿を現した。
シェルも自分の失敗のせいで契約者であるエジャを危険に晒したと理解しているようで、しおらしくしていた。
シェルが姿を現した瞬間、赤い巨大な手だけが急に現れ、シェルを掴むとそのまま姿を消した。
「シェル!」
エジャが大きな声を上げて身を乗り出した。
すぐに、リリアの後ろに見たこともない4人のヒトの形をした精霊が現れた。
エジャは、現れた4人を見て、言葉を失った。
伝承や書物で伝え聞いたそのままの姿。
深淵の魔を3度焼き尽くした炎の大精霊アグナ。
大地を飲むほどの洪水を2度起こした水の大精霊ラクア。
雷鳴と共に世界を2度壊した風の大精霊ビュー。
雲を貫く山脈を一夜で作り上げた大地の大精霊ガナ。
伝説の四元属性の大精霊がリリアの後ろに立っていた。
「私たちに代々仕える精霊よ。
シェルは彼らのもとでしばらく力をつけてもらうわ」
さすがのエジャもこれを断ることはできなかった。
「でも……私、シェルがいないと……」
「あなたは精霊に頼り過ぎなのよ。
まずは、魔力の使い方を覚えなさい」
「でも、どうしたら」
「フェリス」
「ひ、ひゃい」
フェリスは自分に話が振られるとは思わず、驚き変な声を漏らした。
「フェリス、あなたが教えなさい」
「リリア様、さすがにわたくしが教えるのはどうかと思いますわ。
エルジャビの民は魔法に長けた一族。
わたくしのような平凡なかたではありませんわ」
「でも、今はあなたの方が優秀よ」
その言葉にエジャは強く唇をかんだ。
彼女自身、それは分かっていた。魔法を強制的に解除させる。
魔法が苦手だと言っていたフェリスがそんな事できるとは思わなかった。
圧倒的な敗北感。従者としてフェリスを守るつもりが今やフェリスよりも弱くなってしまった。
話が途切れたところで料理が運ばれてきた。
焼き立てのパンに卵をくずして焼いたもの、それに野菜や果物。
フォークとナイフでそれをすくい取ると口に運んだ。
悪くない味にリリアの顔がほころぶ。
最近はずっと旅行食だった。ギオニスもリリアのその顔を見て出された食事を食べ始めた。
少し硬いパンとエスニックな香りがする卵料理。香辛料のお陰か塩気の少なさはそれほどストレスに感じなかった。
落ち着いて、ギオニスの食べ物の記憶と南方ハレの食べ物の記憶を合わせていく。
大森林にはない香辛料だ。だが、悪くない。
鼻孔をくすぐる不思議な香りと卵の甘さが温かく舌の上で溶ける。
「さて、話は変わって。俺たちの話をしていいか?」
「もちろんでございます」
フェリスはギオニスの言葉にそううなずいた。
「今回はフェリスがいたからどうにかなったが、旅をしようと思ったらどうも身分証があると楽みたいなんだが、どうしたらそれを得られる?」
毎回、門番を買収するわけにはいかない。
「とり方は大きく2つあります。
1つは街の住人になること。
大きな街に限られますが、そこに住み、税金を払い続けること。
約1年ほどで発行できます」
それができない場合は、小さな街に住むか、大きな街の周辺で勝手に住み着くしかない。
「1年は長いな」
「もう1つは、ギルドに身分保証をしてもらうこと。
商人ギルド、冒険者ギルド、鍛冶ギルド、魔術ギルド。
ギルドは多種多様ありますが、そこに登録すれば身分の保証をしてもらえます」
「これならすぐか」
「ギルドも新規加入者をすぐに保証するわけには行きませんから、ある程度の功績は求めます。
といってもお二人なら大したことではないと思われますが」
商人ギルドなら露天を構えられるくらいの収支。冒険者ギルドなら中級レベルまで。
魔術ギルドなら中級の魔法取得。
商人ギルドならばフェリスの口添えがあれば遠くない未来に実績は出せるだろう。
が、即時性を求めるなら冒険者ギルドか魔術ギルドのほうだろう。すでに彼らは中級程度を凌駕している。いや、上級ですらだ。
「フェリスのおすすめは?」
「簡単なものでしたらやはり冒険者ギルドでしょう。
最も簡単に身分証を得られるギルドです。
ワグザとエジャも身分証を得るために冒険者ギルドに入っておりますし」
「なら、そこでいいか?」
リリアの方を見ると彼女は無言でうなずいた。
「じゃあ、食べ終わったら場所を教えてくれ。
あとは、なるべく俺たちでやってみたい」
「承知しました」
リリアは食事が終わったらしく満足そうに、布巾で口を拭いた。
「冒険者ギルドって何をするところなの?」
「簡単に言えば、人々の依頼をこなす方々です。
例えば、わたくしが平原を渡る問に護衛として雇ったり、あとは他のギルドから必要なアイテムの収穫を依頼されたりとかですね」
「つまり何でも屋ってわけね」
リリアはふむふむと想像しながら納得した。
「ここにいるワグナもエジャも中級と言われる黄金ランクの冒険者ですわ」
「へぇ、結構簡単に取れそうね」
当人たちはリリアのその言葉に苦笑いを浮かべた。
が、それは嫌味ではなく事実なのだからどうしようもない。
「おっ、そうだ、ワグナと手合わせする約束だったな。
フェリス、ちょっと手合わせしてくるから、その後に冒険者ギルドの場所を教えてくれ」
ギオニスはそういうと席から立ち上がると、ワグナもニコニコしながら部屋を出ていった。
「まったく、格闘バカの男たちは……」
リリアは喜々として出かけた2人の背中を見てそうつぶやいた。
「せっかくだから、エジャにはこれを上げるわ」
リリアは収納結界から一本の紐を取り出した。
「これは?」
「アリアドネの朝露糸よ。魔力感応が高いのよ」
リリアがそういうと紐の先端を持った。すると、紐がまるで意思を持ったかのように動き出した。
「動きも硬度も自由自在。
例えば……」
そう行って、アリアドネの朝露糸で皿を持ち上げた。
「こうやって指代わりにものも持ち上げられるし――」
リリアは指先から火をだしてその紐を炙る。
「魔力を通せば弱点の炎も防げる」
紐は皿を置くと目の前に飾られた花を突き刺した。
「武器にもなる」
「す、すごい……」
エジャはそれを見て感嘆の声を上げてた。
が、フェリスはその凄さがいまいちわからなかったみたいだ。
「しばらくあなたはこれを使いなさい。
完全に使いこなしたらあの精霊を返してあげるわ」
「は、はい」
リリアはエジャにそれを渡すと、カップに残ったお茶を飲んだ。
>> 第028話 幸運を祈っていますわ




