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第024話 そういう日もあるさ

 沐浴が住むとギオニスは部屋に戻った。

 まだリリアは帰ってきていないらしい。


 寝室の奥には小さなテラスがあったので、外に出てみた。

 沐浴で火照った身体に夜風が涼しい。


 収納結界から、オーク酒を取り出すと星を眺めながらそれを口にした。


 星空は南方ハレの世界と変わらない。

 が、星の位置は違う。

 それに月のような大きな星が2つもある。

 こうやって改めて見ると、ここが異世界なんだと改めて実感する。


 飲んだこともない飲み慣れたお酒、見たこともない見慣れた夜空。

 百年以上生きてきたギオニスとしての自我と数十年しか生きていない南方ハレの意識が同居する。


 南方ハレ。

 敢えて彼と表現するならば、彼は自分が死んだという実感はない。

 彼とギオニスには連続性が存在していて、そこに死という区切りはなかった。


「俺は南方ハレなのか?」


 不思議な感覚である。

 今なら理解し難かったヒト喰らいの忌避感を理解できる。

 今まで、食糧として食べるわけじゃないからヒト喰らいではないと思っていた。

 だが、南方ハレが持つヒト型を喰らうという行為そのものに持つ忌避感と嫌悪感。

 それが、ここまでのものかと理解できた。

 そして、その忌避感はヒト喰らいだけでなく、殺傷に至る行動にもあった。

 だが、ここにいるヒトを鑑みるに、殺傷まで嫌うのは南方ハレの感性のようだ。


「幸せな世界だよな。

 いや、ある意味不幸か」


 南方ハレの世界は死という感性が薄い世界だった。その実、その裏には確実に死は存在している。

 自分でない誰かに死を代行してもらっている。そんな世界だ。


「何、黄昏れてるんだ?」


 リリアの顔が見上げていた夜空を遮った


「リリアか」


 ここで用意された、就寝用の薄い衣服。

 しっとりとした肌がそれを僅かに透かす。

 火照ってほのかに桃色に染まるリリアの頬、薄い衣服から透けて見えるすらりとした身体。


「いいの飲んでるじゃない」

「久しぶりに身体を綺麗にしたからな。

 ゆっくりとしたいじゃないか」


 道中は日中は走り続け、夜は警戒しながら寝る日が続いた。

 自分の村ほどでもないがここはゆっくりと休めそうだ。


「いいわね。

 私も秘蔵を出そうじゃないの」


 リリアはそう言うと収納結界から緑色の瓶を取り出した。


「月の雫とフルフルの花の蜜だけで作った蜜酒よ。

 本当は素敵なグラスで飲みたいんだけど……」


 リリアは瓶の蓋を取ると、そのまま口をつけ傾けた。

 リリアの白い喉が蜜酒を飲み込むたび小さく上下に揺れる。


「……ふぅ」


 気持ち良い吐息を漏らし、瓶をギオニスに向けた。


「交換しましょうか」

「いいな」


 オーク酒の瓶をリリアに渡すと、代わりに蜜酒の瓶を受け取った。

 それは、氷のように冷たかった。 

 リリアが冷やしたのだろう。

 それも冷やしたほうが美味しいぞというと、リリアは笑って分かったわと答えた。

 蜜酒は絡みつくように甘く、そして、思った以上にアルコールがきつかった。


「こっちもくるわね」

「ドワーフの火酒に次ぐ強さだからな。

 火酒と違ってオーク酒は香りがいいんだよ」


 オーク酒は高いアルコールの原酒に花を漬け込んで作る。

 オーク酒を飲んだリリアの吐息から薔薇に似た花の香りが漂う。


 ギオニスは困っていた。

 ギオニスの感性でいうなら、恋愛対象は紛れもなくオークだ。それ以外は別種で、恋愛はおろか美の基準さえ違う。

 が、南方ハレは違う。


 横で、頬を赤く染めているエルフの姫を美しいと思ってしまっている。


 考え直せ俺よ、とそれを自ら否定する。

 目の前にいるのはエルフの長い歴史の中で最凶と呼ばれた死の姫だ。

 凍てつく千の剣を持った殺戮の姫だ。

 それを可愛いだなんて。

 あまつさえ、抱きしめたいなどと。


「狂ってるな」

「何よ? こっちを見なさいよ」


 自嘲気味につぶやいた言葉にリリアは不満そうだった。

 どうやら、自分に構わず一人物思いに更けているのが気に入らなかったようだった。


「何か食べたいわね」


 ギオニスの物思いを邪魔しようと強引に話しかける。


「何か作れないの?」

「材料も、調理器具もねぇよ」


 魔法といえどもつまみを作るものなんてない。


「肉ならあるわよ。ドラゴンのだけど」

「マジか」


 リリアの収納結界なら入っていてもおかしくない。

 が、収納結界とはいえ、結界内には時間の流れが存在する。

 生肉なんて置いていたら当たり前だが腐る。

 考えるに加工済みなのだろう。

 燻製か、塩漬けか。


「そのまま食べられないのか?」

「さすがの私も生肉なんて食べないわよ」

「はぁ? なんで生肉なんてあるんだよ。

 腐ってるだろ?」

「少しだけ取り出して上げるわ」


 ギオニスの言葉にリリアはニヤリと笑うと収納結界から氷漬けの肉の塊を取り出した。

 手のひら大のそれはからからか見る限り新鮮そうだった。


「魔力で限界まで温度を下げたのよ」


 魔力で下げられる限界の温度。エルフの魔力なので恐らくかなり低い温度だろう。

 はいと軽やかに氷を砕くと肉塊をギオニスに渡す。

 温度を上げて溶かしたというよりも術式を壊して氷をなくしたようだ。


 瞬間冷凍、瞬間解凍。

 鮮度は良好っぽい。


「食材があっても、調理器具がないって言ってんだろ」


 その言葉にリリアは氷の板と氷の包丁を作り出した。

 それをこちらに見せて無言でニコリと笑う。

 欲しいものは用意ができると言いたげだ。


「そもそも、塩みたいな調味料もないっての」


 リリアは収納結界から手の平サイズの氷を取り出すとそれを握りしめ、呪文を唱えた。


「花焔手!」


 リリアの手の平から熱風が吹き出した。

 彼女が唱えたのは炎の中位魔法。

 不得意属性でもこの威力だから、エルフは恐ろしい。


「はい、お塩よ」


 はい。じゃなくて。と突っ込みそうになる。


「何をした?」

「デフォードの涙を蒸発させて――」

「――レアアイテムじゃねぇか!」

「いいのよ。もう、私の国もなくなったのだし」


 最後は嫌味のようにチクリと笑った。


「ったく。

 今日だけだぞ」


 ギオニスがそう言うと、リリアはぱっと明るい顔をして手を叩いて喜んだ。

 

「さすがギオニス!」

「今日だけだぞ?」


 念を押してそう言ったが、もうその言葉はリリアの耳に入っていなかった。

 リリアは、テラスに氷で机や椅子、調理台を作り始めた。

 ギオニスが器も頼むといったので、皿やグラスを作った。

 作りながら彼女は次から飲むときは氷のグラスねと笑った。


 さてと、とギオニスはつぶやいた。

 ギオニスはあまり料理が得意ではなかったが、南方ハレは下手というほどではなかった。

 ギオニスの知識と南方ハレの知識で作る異世界メシ。

 和洋中どれにしようか迷う。


 ギオニスとしては、肉を出されて困っていた。

 菜食主義のオークにとって肉のレシピは極端に少ない。

 代わりに南方ハレが逡巡する。


「リリア、パンはあるか?」

「さすがに、ないわね。

 貰えないかしら? ちょっと、聞いてくるわ」


 そう言うと、ギオニスの言葉も聞かず、リリアは軽やかな足取りで部屋から出ていった。


 食材としては単純なものしかない。

 ギオニスの収納結界の中にも多少の保存食があったが、つまみに使えるようなものはなかった。


 ならば、ここからは南方ハレの知識で勝負だ。

 リリアの作った氷の包丁を持ち上げる。

 千剣が作ったことだけはある、切れ味は抜群そうだ。

 ドラゴンの肉に氷の包丁をゆっくりと入れる。

 僅かな抵抗があったが、それも一瞬で、氷の刃が溶けるように肉の中に入っていった。


 あるのは肉と塩。

 ならば、作るのはリエットだ。


 リエットというのは、フランスの肉料理だ。

 本来はブタで作るのだが、こっちにもブタはいるが、南方ハレが知っているような、ブタはいない。

 少なくとも南方ハレの知識には飛んだり火を吹いたりするのはブタではない。


 ドラゴンの肉をみじん切りにして、デフォードの涙から作った塩を多めにふりかける。

 収納結界から鍋の代わりになりそうなものを出すと、細かく切ったドラゴンの肉を入れる。


「パンをもらってきたわよ」

 

 少しすると、リリアがかごを抱えてテラスに戻ってきた。

 何が出てくるか楽しみといったふうな顔。

 少なくともギオニスには知らない料理だ。なら、リリアもきっと知らないだろう。

 リリアは興味津々でギオニスの手元を除く。


「遅い時間だから、焼き立てはなかったけどいいわよね?」

「問題ないぞ。

 ちょうどいい、こいつを炒めるから火を出してくれ」


 リリアは快く空中に火をともした。

 小さな炎だったが、これを炒めるには十分だった。


「もうちょっと強いほうがいい?」

「いや、弱火のほうがいいんだ」


 空中に灯った火で調理するのはなんとも不思議な気分だ。


 しばらくすると肉の間から油が染み出してきた。

 焦げ付かないようにゆっくりかき混ぜながらその油を出し切る。

 さらに、その油が混ざるようにゆっくりかき混ぜる。細かく切られたドラゴンの肉が油と相まってどろどろに溶けていく。


「いい匂いね」

「もうそろそろいいかな」


 火から上げるとそれを凍りの机においた。


「冷めないうちに食べましょうか」

「いや、これは冷ますんだよ」


 えぇ、とリリアは落胆の声を上げた。

 確かに焼いた肉は熱々のほうが美味しい。

 それは南方ハレも認めるところだ。

 だが、リエットはそうではない。


「お前が作ったのは氷の食器だろ。

 それに熱い料理ってのはなんか風情がないだろ?」

「風情?」

「まぁ、折角氷の食器なんだ冷えたものを食べようぜってことだよ」


 氷の器に移し替えて、温度が均等になるように混ぜ続ける。

 と、みじん切りされたドラゴンの肉に少しずつ粘り気が出てきた。

 周りの油が冷えて固まり始めたのだ。


「焼いたものを一度冷やすなんて始めてみたわ」


 リリアが興味津々でそれを見る。

 しばらくするとようやく完成したのか、ギオニスは机においた。


「終わり?」

「あぁ。せっかくだ。酒もグラスに注ぐか」


 エルフの蜜酒はグラスに黄金色の色を付けた。

 オーク酒は深い緑色だ。角度によっては青にも見えなくもない。


「オーク酒って始めてみたけど不思議な色ね。

 味も悪くないわ」


 グラスを傾けてリリアがオーク酒を楽しむ。


「リエット……で、いいのよね。

 これはどんな味かしら」

「そのまま食べるなよ。

 パンに塗るんだ」


 ギオニスの言葉に従い、リリアはナイフでそれを取るとパンに乗せて恐る恐る口に運んだ。


「はむ……む……ん」


 味を堪能するように何度も噛むリリア。

 味の評価が気になり、じっとリリアを見つめる。


「焼いた肉を冷やしたのってどうかなと思ったけど……

 これはおいしいわね。

 強めに振った塩のおかげで、油っぽさが逆にいいアクセントだわ。

 こんなのがパンに合うのね」

「それに――」


 ギオニスの言葉に、リリアがニヤリと笑った。


「塩みがお酒にも合うわね」


 それはギオニスも南方ハレも同意見だ。

 リリアの言葉を受け、ギオニスもようやくリエットをパンに塗って食べ始めた。

 塩みの中にある肉の甘い味。

 ギオニスは嫌がっていたが、ハレの感性がそれを受け入れる。


「何だ、肉も食べられるじゃないの」


 リリアがリエットを食べるギオニスを見て、不満そうに言葉を漏らす。


「そういう日もあるさ」


 グラスを持つ指先がひんやりと冷たい。

 こんな日も悪くないかと、リリアと飲みながら夜は更けていった。



>> 第025話 耳が違うでしょ?

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